- GEヘルスケア・ジャパン株式会社
- 執行役員 人事本部長
- 桜庭 理奈
「HRBP」って何する人? 経営と人事、そして社員をつなぎ、変革を導くその役割とは
〜人事を「セクシーな」キャリアに。経営戦略と人事戦略をシンクロさせ、リーダーのパートナーとなって変革を推し進めるプロ人事「HRBP」とは〜
近年、日本でも広まりつつある新しい人事の役割が「HRビジネスパートナー(以下、HRBP)」だ。
従来のオペレーションに強みを持つ人事と比較すると、HRBPはいわゆる「戦略人事」の役割を果たす。事業部長と同レベルで経営課題やPLを理解した上で、組織戦略や人事戦略を立案し、実行していくのだ。
GEヘルスケア・ジャパンでは、2016年より「HRBPモデル」を導入し、HRチームの組織体制を一新させた。現在では事業部ごとに合計3人のHRBPを置き、グローバルな市場で勝ち続けるための人材戦略を推進している。
2016年に同社のHRBPとして入社し、現在は人事本部長を務める桜庭 理奈さんは、「リーダーも、組織の中では『個』のひとり。HRBPというパートナーがいることで、その意思決定をサポートすることができる」と話す。
今回は桜庭さんに、HRBPの定義や具体的な役割、さらに導入する上でありがちな失敗など、自信のご経験を踏まえてお話いただいた。
オペレーションではなく「ストラテジー」に軸足を置くHRBP
HRBPは、従来のオペレーションに特化していたHRと比較して、よりストラテジーに軸足を置く役割です。守りの人事に対して、攻めの人事、と呼べるかもしれません。
より具体的なHRBPの役割は、大きく分けて3つあります。まずは、経営課題や事業戦略を理解した上で、それを解決するための組織戦略を立てることです。
売上を伸ばす、利益をつくる、といったオペレーションメカニズムを回し、事業を成長させていくのはすべて「人」です。そのためにどういう人やリーダーが必要で、どういう組織を作っていくべきなのか。これを設計するのが、HRBPのひとつめの仕事です。
そして設計をすると、組織的に変革を促していかなければいけないことが出てきます。その変革を促して旗振りをしていく、いわゆるチェンジ・エージェントであることが、ふたつめの役割です。
そして最後が、社員の声を経営に届けることです。常に「社員がチャンピオン」であるべきなので、経営と社員との間の橋渡しをしっかりしていくことが、非常に重要になります。
私どもが人事組織を「HRBPモデル」に変えたのは2016年のことです。当時は、ある一定以上の数字の責任を追っている4つの部門の各支社長のパートナーとして、それぞれ1名のHRBPを置きました。
そして、より社員1人ひとりに向き合う役割として、エンプロイーHRマネージャー(以下、EHRマネージャー)を7名置きました。
例えば事業の戦略上、次のフェーズにいくために必要な人材を定義するのはHRBPです。対して、実際の採用オペレーションやオンボーディングを行っていくのがEHRマネージャー、というイメージですね。
当時はそれに加えて、採用や福利厚生、オペレーションといった領域の専門家集団を、「Center of Excellence」というシェアードサービスの形で設置しました。
これがもともとスタートしたモデルですが、現在ではグローバルな組織改変や時代の変化があり、かなり形が変わってきています。例えばEHRマネージャーに関しても、きちんと事業PLを理解して、人事戦略と事業戦略をつなげて考えられることが必須のスキルになりつつあるんです。
ストラテジーとオペレーション、どちらも重要性が出てきているからこそ、お互いの仕事に興味を持つことが必要になってきているんですね。
リーマンショックをきっかけに、キャリアを人事へとシフト
今現在のGEヘルスケア・ジャパンでは、事業部ごとに合計3人のHRBPが配置されています。
GEにおいて、人材戦略はグローバルで戦っていく上で欠かせないひとつの柱です。その中でHRBPに対しては、事業部のリーダーと同じくらいに経営課題を理解した上で、リーダーの代わりに人材戦略を語ることができる、というレベルが求められます。
私は2016年10月にHRBPとして中途入社し、現在は人事本部長を務めていますが、実はGEで働くのは2回目なんです。
最初にGEにいたときは、主に営業のトレーニングを担当していました。トレーニングをしているときって、皆さんすごくやる気があるんですね。言い換えると、当時は人の「良いとき」を見る仕事をしていたんです。
でも、その「良いとき」を過ぎて、その人たちが現場に帰ったあとに同じモチベーションが続いているのだろうか? ということを疑問に思うようになって。
そんなタイミングでリーマンショックが起こり、その影響で私のポジションにも余波が迫ってきたんですよ。そして入社以来、すごく久しぶりに人事と面談したのですが、その会話のやり取りにとても違和感を感じたんです。
人の人生を左右するメッセージを伝える、という人事の仕事はすごく大変そうだけれど、もっと他の伝え方や対話の仕方があるのかもしれない、と感じました。
タイミングもちょうど良かったので、「1回辞めて、まずは自分が人事になってみようか」と思ったのが、私の人事キャリアの始まりです。
とは言え世の中そんなに甘くないですし、リーマンショック後なので、未経験で人事の仕事を探すのにはなかなか苦労してしまって。最終的には、当時日本での立ち上げを行っていたロゼッタストーンジャパンにリテールトレーナーとして入社し、後に人事マネージャーになりました。
その後、自分が日本人としてグローバルのマーケットの中で、タレントとして認めてもらいたいという思いから、海外勤務ができるアリアンツ火災海上保険に人事部長として入社しました。
アリアンツではシンガポールでの勤務も経験し、その中で、自分の仕事の立ち振る舞いやマインドセット、リーダーシップの発揮の仕方などはかなり破壊的に変わりましたね。
多様な人達が「ありのまま」でパフォーマンスを発揮できる組織を
そして2016年にGEヘルスケア・ジャパンに戻ってきたのですが、そこで感じたのは、2,000人前後の従業員の大半が日本のバックグラウンドを持っていても、「本当にみんな違う」ということです。
実際に今、私どもがうたっているのは「Thought Diversity」という考え方です。国籍や性別のようにカテゴリー分けにしたダイバーシティではなく、考え方の多様性ですね。
例えば「女性の管理職を2020年までに◯◯人増やす」ということを目指していたとしても、そもそも「女性」といっても色々な女性がいますよね。シングルの方がいればパートナーがいる方も、ご両親と暮らしている方も、犬と暮らしている方もいますし、家族構成だけをとってもこれだけ多様なんです。
つまり1人ひとりの価値観やバックグラウンドが異なる中で、「女性」というだけでくくるのはちょっと乱暴。そのことに、皆さんすでに気が付かれているけれども、どうしたらいいのかわからない。
年代、人種、信仰、性別、障害の有無など、世の中にあるダイバーシティのトピックでよく出てくる切り口だけでは収まりきらないのが、現実なわけです。
その中でポイントになるのは、異質なものが混ざったコミュニティを作ることが最終ゴールではなくて、その多様性をどうしていくかということ。そこで大切になるのが、「インクルージョン」という考え方です。
ダイバーシティ&インクルージョンとは、多様な人達がいかに「ありのままの状態」でパフォーマンスを発揮して、同じミッションに向かっていけるようにする環境を作るか、ということです。
そしてこの文脈で重要なのは、リーダーも、ダイバーシティの中では「個」のひとりだということです。
「個」のひとりであるリーダーが、弱みを見せられる場所をつくる
リーダーがひとりの人としてありのままでいられる環境にあれば、その下にいる人たちも目標に向かって動いていくことができます。
HRBPは、その意味で、リーダーのパートナーとして非常に重要な役割を果たすんです。
特に今は、時代の変化が激しく、市場環境も非常に複雑性を帯びていますよね。その中で「勝ち続ける」ということは、どんな業界でも困難になってきています。
こういった時代だからこそ、「弱み」を見せながら信頼関係を築いていけるようなリーダーが求められるんですね。というのも「お前ら、ついてこいよ!」と言って、間違えたら恥をかくじゃないですか。
恥をかくと人間はどうするかというと、より「守り」に入ってしまうんです。そうすると、勝てなくなってしまうんですよ。
ですので、最初から弱みが見せられて、「自分のこの決断は正しいのか」といった課題をパートナーとして相談できる人がいると全然違います。それが、HRBPを置くことの一番の醍醐味ですし、GEヘルスケア・ジャパンがHRBPモデルを採用してから起こった変化だと思っています。
また、HRBPを導入する他のメリットとして、HRサービスとしてのクオリティを担保できるということがあります。
どうしても経営目線で、1人ひとりの社員までを一貫して見ることって難しいんです。ですがHRBPを置くことで、リーダー側の方に時間を使う人と、社員の方に向いている人を分けることができます。
すると、社員側の課題も抽出できるようになり、結果的には組織のエンゲージメントを高めることにもつながります。
内向きにならず外に出よう!人事を「セクシーな」キャリアに
HRBPというコンセプト自体は10年ほど前からありますが、日本で広まり始めたという感覚を持ったのがここ5年くらいですね。
とは言え、まだ定義づけには曖昧な部分があるため、日本では苦しんでいらっしゃる方も多いかと思います。
よくあるのが、経営層がいきなり「うちにもHRBPが必要だ!」ということで採用をしたり、「明日からあなたたちはHRBPです。おめでとうございます」と任命したり、といったケースです。
でも、もともと旧来型の人事というのはオペレーションに強い役割です。いわゆる「守りの人事」なのですが、HRBPは「攻めの人事」なので、全く別のスキルなんですね。
ずっと会社が存続するために守ってきた人たちに、「明日から攻めてください」というのはとても難しいじゃないですか。
ですので最も大切なのは、経営者がHRBPの重要性、そして人事戦略の重要性を理解することです。
その点、GEという会社は、人のことに興味を持たない人はリーダーになることはできません。私たちのHRBPモデルが機能するのは、リーダーが人に興味を持ってくれているからです。
私が人事でHRBPを目指す人たちに一番伝えたいのは、「HRBPとして、私、まだまだかな」と思ってらっしゃる人も多いと思うのですが、あまり悩まなくていいと思うんです。
HRBPの定義自体もこれからまだまだ変わっていくものですし、悩む前に、今HRBPという仕事に就いている人たちにどんどんコンタクトしてほしい。
そして、色々な人のやり方、生き方、在り方を吸収してもらった上で、HRBPが進化している過程を楽しみながら、自分のスタイルを確立していけばいいんですよ。
今、日本のマーケットにおけるHRBP人材は非常に少ないと言われています。なので私は、できるだけそのパイを増やして、ゆくゆくはプラットフォーム化していきたいと思っているんです。
人事のプロも、シェアードされるべき時代なんですよね。そもそもできる人はそんなに多くないのだから、シェアしたほうがいいんです。シェアしていくと、その人たちの知見が広がっていって、またそこでパイが大きくなるじゃないですか。
人事という仕事は、「あるがままの自分」「魅力ある自分」「ユニークな自分」「完璧ではない自分」を出せば出すほど、それが強みとして武器になっていく「セクシーな」キャリアだと思うんです。
人事という仕事に誇りをもち、組織におけるカルチャーを体現するようなロールモデルとなれることに惹かれて、人事の道を選ぶ人が増えればいいと思っています。
ビジネスがこれだけ速いスピードで動いている中で、人事である私たちも同じスピードで進化しなければ取り残されてしまいます。ですので、なるべく多くの人が外に出るようになって、HRBPではなくても、人事の仕事をどんどん進化させていくことができたらいいなと思っています。(了)