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  • 中野 康平

【特別対談】人事とは経営である。DeNAとGAのHRBPが語る、本質的な人事の在り方

〜「あなたの会社が10人だったら、誰が人事をしますか?」経営と人事をつなぐ「HRBP」と、経営としての人事を担う「CHRO」。両者が語る、本質的な人事の在り方とは〜

2019年のビジネストレンドのひとつとして、SELECKでもご紹介した「HRBP(HR Business Partner)」をご存知でしょうか。

経営と人事、そして現場をつなぐ役割を担うHRBPは、一言でいうならば「事業に資する人事」です。

今回は特別企画として、株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)で、2014年からHRBPを務める山下 裕大さんと、株式会社GA technologies(以下、GA)で、2019年からCHROを務める清家 良太さんに「事業に資する人事の在り方」についてお話を伺いました。

HRBPとCHROの違いや、HRBPに求められる人材像、本質的な課題への向き合い方など、余すところなくお話いただいています。人事、経営に携わる方は必見です!ぜひご覧ください。

「HRBP」と「CHRO」に違いはあるの? HRBPの要件とは

ーー最初に、おふたりの現在の「役割」についてお伺いできますか?

山下 私は、DeNAグループの半分以上にあたる1,000名以上の社員が所属する、ゲーム・エンターテインメント事業本部のHRBPを務めています。

役割は、事業リーダーの事業面・人事面におけるパートナーです。事業計画や人員計画の策定支援から、採用、育成、評価周りまで、HR領域を中心に事業戦略の推進を担っています。

加えて、子会社のHRBPを兼任していて、経営会議の議論に参加して経営と人事をつなぐ役割を担うこともあります。おそらく清家さんと違うところは、今は直接的にマネジメントを担っていないことでしょうか。

清家 私の役割の前にお話しておくと、実は山下さんとはDeNA時代の中途同期なんです(笑)まだ全社で1,200名くらいだった頃で、その年にHRBPができたんですよね。私の原型はここにあると思っていますし、DeNAのHRBPの作り方は素晴らしいと思っています。

▼左:清家さん、右:山下さん

それから別の会社を経て、2019年にGAに入社し、以来CHROを務めています。今の管掌領域としては、本社と4つの子会社の人事全般です。具体的に言うと、採用、組織開発、人事企画、労務、情報システムまで、私が責任を持っています。

山下 めちゃくちゃ幅広いですね(笑)

清家 人が足りていないので、山下さんみたいな人材が欲しいです(笑)

ーー清家さんは役職としては「CHRO」だと思うのですが、担っている役割としては「HRBP」と近いのでしょうか?

清家 そうですね、「事業に資する」という意味合いでは同じですが、HRBPが「経営と人事をつなぐ」役割であるのに対し、私(CHRO)の場合は「経営のひとり」として人事を担っています。

おそらく弊社でいうと、情報システム(以下、情シス)長をしている人物が、実質エンジニア組織と経営をつなぐ役割をしており、いわゆるHRBPにあたると思います。

もともと他社で人事系SaaSの事業部長をしていた人物なのですが、情シスについてはいま必要な役割を担ってくれているだけで「CSの責任者になってほしい」と言ったらきっとできる。そういうメンバーが、BP(Business Partner)になれると私は思っていますDeNA時代は、事業経験のないことがひとつのコンプレックスでしたね。

山下 清家さんと一緒に働いていた頃は、一部の外資企業を除き、まだ「HRBP」を取り入れている企業が少なかったと思います、そもそも「HRBPってなに?」というところからのスタートでした。

それが、昨年はかなり変わってきた肌感があって。DeNAが主催している「HRBP CRUNCH」というイベントでも、参加した経営者や人事の方から「HRBPをどう導入したらいいか」「人事が事業部のパートナーになるためには、どのように事業リーダーと関わっていけばよいか」といった相談が本当に増えてきました。

日本でも「人事=経営」というイメージが広まり、その温度感が高まっているように感じています。

会社にとって「本質的な課題」を見極め、その解決に着手する

ーーHRBPやCHROは、すべての人事領域を担うため、「何から着手すべきか」という悩みもあるかなと思っていまして。GAさんでは、どのような取り組みをされていますか?

清家 GAは創業8期目で、DeNAと比べるとまだアーリーフェーズです。そのなかで、GAでは一貫して「強い人材を入れれば、組織が変わる」ということを徹底してきました。そこで2019年、最も注力したのは「採用」です。

また同時に、組織づくりでは「ルールを作らない」ということを大事にしています。なぜなら、「人はルールは破るが、カルチャーは破らない」と考えているから。なので、弊社では性善説に基づいて制度運用しており、ルールはめちゃくちゃ少ないです。

その結果として、意思決定がものすごく速い組織になっています。たとえば、採用の意思決定においても、「この人にこういう役割を担ってほしいから採用したい」と私から代表にSlackして、OKであれば即オファーを出す、みたいなスピード感ですね。

また昨年は、既存のルールを疑いながら、最速で新しいことに挑んできた1年でもありました。

特徴的な例で言うと、「21卒」の採用を、昨年の7月に内定承諾してもらった「21卒」に担ってもらっています。通常の会社では考えられないと思いますが、グループ会社を含め社員数350名で、21卒は80名という高い採用目標を追っているので、既存の概念に捉われずに取り組んでいますね。

ーー「事業に資する」という観点だと、中途の方が即戦力になりやすいかと思うのですが、新卒採用に力を入れる理由はなんでしょうか?

清家 まず、カルチャーの体現者として新卒を採用していきたい、という代表の「想い」がベースにあります。かつ、そのプレッシャーが我々を強くするという前提のもとでスタートしています。

一方で、CHROとしては「事業に資する=売上に資する」を考えていて。新卒の育成期間や生み出す利益、人件コストなどを計算し、「新卒を採用することによって、どれくらいの数字を作れるのか」という指標を作っています。

つまり、人事領域だからKPIは抽象的でも仕方がない、ではなくて、事業数値をどう作るかをいかに証明するか。あくまで売上を伸ばすことに人事がこだわり、結果として売上高で前年比195%成長を実現しています。

山下 事業に貢献できるかどうか。この「事業に資する」に関してはDeNAも同じ考え方ですね。

ただ、以前はそれを理解することが難しかったです。それがなぜかを考えると、事業計画や人員計画の策定という上流工程が決まってから、採用や人材育成などの一部を切り出されて任されていたからだと思っていて。

HRBPとして上流から関わることが出来始めてから、少しずつ経営感覚を実感する事が増えたと思います。

昔は「いま自分が実施しているこの研修って、本当に事業のためになっているんだっけ」と悩んだこともあれば、HOWに拘り過ぎで怒られたこともあります(笑)でもそれを繰り返してきて、ようやく「事業に資する」の本当の意味がわかってきた気がしますね。

新しいメンバーにHRBPを担ってもらうため「スクラム」を導入

ーーおふたりは、数々の経験からHRBPの本質を学ばれてきたと思うのですが、新たにHRBPを担うメンバーは、どのように学んでいけばいいのでしょうか?

清家 私は前職のときに、HRBPの体制を作ろうとして上手くいかなかったことがあって。概念を理解していても、結局は事業を作れるようなメンバーがいないと、HRBPの体制は作れないのかなと思っています。

山下 清家さんも感じられている通りで、事業リーダーと人事領域の両方を担える人ってそうそういないですよね。その力はあったとしても、人事は経営そのものなので、違う会社から来られたりすると経営思想が違うので最初からいきなりハマることは難しい。

そこで私たちの組織開発部では、チームでHRBPスクラムを運用しています。2017年1月に導入し、2週間のスプリント単位を50回以上まわしてきて、HRBPの人事育成や属人化の解消に効果的なチームづくりが出来たかなと思います。

もともとの背景は、事業拡大の中で組織の管掌範囲も拡張し、HRBPが4名から8名に増えたタイミングで、HRBPをうまく立ち上げる必要があって。個別OJTによる育成ではなく、チーム全員で各自の動きを見て育成できるようにしたかったんです。

実際の運用としては、毎日30分ほど全員で集まって、各自が担っているOKRの進捗状況確認やお互いが知りえた情報を共有しあっています。

各タスクには、「事業に与える価値」をストーリーポイントでつけていて、そのポイントが低ければ「今これをやる必要はないんじゃないか」といった指摘をし合ったりします。

また、2週間のスプリントの終わりには、セレモニーという3時間のMTGを行い、必要があれば目標を見直していますし、プロセスの振り返りも行っているのが特徴です。また目標管理は攻めのフレームワークとしてOKR、守りのフレームワークとしてOODAループをアレンジした仕組みで運用しています。

▼OODAフレームワーク

守りのフレームワークを活用したきっかけは、メンバーの入院によって一時的に戦力ダウンした時、すべての課題には対応しきれなかったからです。

より緊急で重要度の高いものがどこかという視点から課題を観察する。その上で「いまは取り組まないこと」をチームで決められたのは、よかったポイントだったかなと思いますね。

ーーHRBPを育てるために、スクラムの導入は良さそうですね。

山下 そうですね。チームの中でどうすればより生産性高く、事業や組織にインパクトが出せるかを議論し、適応していく。スクラムの導入はHRBPの人材開発・組織開発につながったと思います。

先ほどの清家さんの話のように、一度決めたルールに縛られてしまうのは良くないと私も思っていて。私たちの場合は、ルールはあるけれど、ルール自体を2週間に一度見直していい、という形で運用しています。

清家 ルールをつくるプロセス自体を、楽しんでいる感じがいいですね。ルールはあっても縛られていないと言うか。「ルール」というものをどう捉えるか、というスタンスが違うのかなと思います。

トレンドは、当たり前に取り組んできたことの「キーワード化」

ーーHRBPの方から見ると、EXやCXといった昨今のHR界隈のトレンドはどう映るのでしょうか?

清家 まず私のポリシーとして、世の中には様々なトレンドがあると思うのですが、本質的でないことをするのが嫌いなんですね。キーワードだけが先行してしまって、実態が伴っていないケースもあると思っていて。それが、いまのHR界隈に対する課題感でもあります。

なので私自身は、トレンドは気にしていないですね。書籍であっても、長い年月を経てもなお価値のある名作、または一過性でないと確信できるトレンドで本当に読みたいと思ったものしか読まないです。

たとえば、トレンドのひとつに「リファラル採用」があると思うのですが、弊社では以前からリファラル会議を行っていて、今もなおリファラル比率が35〜40%あるんですね。

これがなぜ実現できているかというと、「うちもリファラル採用やろう」と言って始めたわけではなくて、リファラルで強い人材が採れてきたからこそ毎週継続してきただけなんです。これは当たり前のことであって、トレンドでもなんでもない。

DeNAさんの取り組みでも、「スクラム採用」というトレンドを実践したのではなくて、本質的な「スクラム」をHRBPのチームに適用しただけだと思います。人事として当たり前のことをしてきた中で、その一部が切り出されて「トレンド」のようになっている気がしますね。

山下 おっしゃる通りですね。いま振り返ると、DeNAに入社した当時、清家さんと一緒に中途同期のつながりを作るための飲み会を開いたんですが、それはいまの「オンボーディング」のひとつです。

他にも、入社後に同じ時期に入社した仲間で悩みを共有したり、お互いに相談しあえるような「2weeksシェア会」という場を作ったり、入社1ヶ月後のタイミングで上長だけでなく斜め上の人とも話せる機会を作ったり。

そうした入社後の体験を高める活動は、いまのワードでいう「EX(従業員体験)」だったと思うんですね。

結果として、いまのトレンドの言葉を借りれば「EX」だったと言えますが、実体験として課題があったから解決のために取り組んできただけであって、トレンドだったからという訳ではない。

なので、トレンドを否定するつもりはないのですが、たとえば「『ティール組織』が注目されているから、うちも今の仕組みを廃止して、マネージャー廃止しよう」と導入してうまくいったところって、少ないと思うんですよね。

マネジメントは、役職ではなく「役割」だというのが本質であって、その前提がなければうまくいかないし、逆にカルチャーとしてその概念があれば、ティールに似た組織に自然となると思いますね。

清家 私も同感で、あらゆる制度は、企画1割・運用9割だと思っています。たとえばDeNAでは「ことに向かう」とか「良質な非常識」というワードが社員から出てくると思うのですが、これって20年以上続く素晴らしいカルチャーだと思うんです。

一方で、ただ表層的に、一旦企画して1年回してみただけでは、たぶん本質ではないと思っていて。当たり前のこととして、継続的にできる状態を作ることが大切だと思っています。

ーー人事の方々がその「本質」に目を向けるには、何が必要なのでしょうか。

清家 シンプルに「会社の事業が伸びているか」という問いに対して、人事の責任だと思えるかどうか。もし売上が下がっているのであれば、「やばい、これ自分たちの責任だ」と思って変えていけるかどうか。ただそれだけだと思います。

山下 私はいまのをもう少し具体的に、人に伝えるときに使っているのが「あなたの会社が10人だとすると、誰が人事をしますか?」という質問です。

この答えの回答は、ほとんどの方が「社長」と言います。つまり、人事は経営そのもの。それに気づいて肌感を持つことができれば、人事の本質にアプローチできると思います。

組織のフェーズに応じて挑戦を続ける、2020年の両社の取り組み

ーー最後に、2020年に取り組んでいきたいことについて、お伺いさせてください。

清家 2019年は「採用」に重きを置いた年でしたが、2020年は引き続き採用に尽力しながら、メンバーの成長支援に力を入れていきたいと思っています。人事の仕事は、いかに優秀なメンバーをいれて、その人の能力を最大限引き出せるかだと思うので、その後者に注力するフェーズにしたいです。

そこで新たに立ち上げるのが、「GA GROUP UNIVERSITY」という育成体系です。これは2つのコンセプトがあって、ひとつはリーダーシップなどの基礎的な育成プログラムと、もうひとつは社員が作る講座です。

後者については、社員が「学びたい」という内発的な動機づけを持って、自ら研修を作っていくような形ですね。この講座を社内だけでなく、社外にもオープンにして進めていく予定です。

また、2020年は海外展開を予定しているので、人事としても「Go Global」を目標に掲げているので、海外のメンバーにジョインいただく体制づくりを進めています。今後起こりうるM&Aに備え、それに耐え得るPMIの仕組みづくりが、CHROとしての挑戦になると思います。

いずれも、昨期の売上390億円から、今期550億円というハイストレッチな目標を置いている状況下で、その売上にどうヒットできるかを考えて、注力するポイントを見定めています。

山下 DeNAは、2019年に20周年を迎えました。

2020年は、これからも永久ベンチャーとして世の中にデライトを届けられるように、常に新しい価値の提供に挑戦し続ける組織として、社内のカルチャー体現者を増やしていき、DeNA全社のカルチャー濃度を高める取り組みに注力したいと考えています。

また、リモートワークや派遣法の改正など、労働市場や働き方が変化している中、いままで以上に優秀な人材を集めることが困難になっていきます。それに対してどのように対応していくかも、HRBPとして考えていきたいと思います。

最後に、社内だけでなく、HRBPの概念やあり方がもっと世の中に広まるといいなと思っていて。先日も第4回の「HRBP CRUNCH」を開催しましたが、そうしたイベントなどを通じて日本の人事全体を強くしていきたいですね。(了)

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