- カゴメ株式会社
- 常務執行役員CHO(人事最高責任者)
- 有沢 正人
人事こそ、イノベーティブであれ。HRBPや副業制度も導入した、カゴメの組織づくりとは
〜評価制度の刷新、HRBP制の導入、社員の健康を重視した副業制度まで。次々と新たな挑戦を続ける、カゴメの人事制度を紹介〜
変化が速く、先の見えにくい現代。従来は「守り」の役割を担っていた人事にも、新しいチャレンジが求められている。
日本を代表する食品・飲料メーカーであるカゴメ株式会社でCHO(人事最高責任者)を務める有沢 正人さんは、「人事が変わることこそ、組織にとってはシンボリック。一番エッジにいて、どんどんイノベーティブなことを実行するのが非常に大事」だと話す。
その言葉通り、有沢さんの就任後、カゴメでは様々な制度改革が実施されてきた。役員も含めた全員の目標のオープン化、評価と昇給・昇格の切り離し、HRBP(※)制の導入など、人事から組織を変革する打ち手が次々と繰り出されているのだ。
※「HRビジネスパートナー」の略称。経営者や事業責任者のビジネス上のパートナーとして、人と組織の面から働きかけを行う戦略的な人事を指す。
今回は有沢さんに、現在の人事評価制度や目標制度について、また、これからの人事のあるべき姿について、詳しくお話を伺った。
リストラ執行も経験…波乱のキャリアを経て、カゴメの改革に着手
私は新卒で都市銀行に入り、支店も4ヶ店経験しましたが、その間に自ら希望して人事へと異動しました。
そこから人事制度の策定や業務改革などに携わってきたのですが、バブルの崩壊に伴い、当時の金融庁より業務改善命令と公的資金注入を受けることになったんです。
当時は、人事部の責任者としてリストラの執行に関わるといった経験もしました。
それが一段落したところで、私自身はある程度、自分自身も責任をとらないといけないなという思いがあったので、20年勤めた銀行を退職し、日系の精密機器メーカーに転職しました。
そこではグローバルな人事制度の統一というミッションを社長と二人三脚で推進し、4年半ほど務めました。
その後、外資系保険会社にお声がけいただき転職したのですが、なんと入社して2日後に保険グループ全体が経営破綻いたしました。そしてアメリカのFRBからの業務改善命令を受けて、個人的には二度目となる公的資金の注入という経験をすることになりました。
都市銀行のときに3兆8000億、保険会社のときに20兆円の公的資金を受けたので、結果的に公的資金についてはよく存じ上げるような立場になってしまいましたね…。
そして2012年に、カゴメに声をかけてもらって入社しました。
当時のカゴメはいわゆるグローバル企業を目指していたのですが、そもそも人事部がオペレーション中心の状態で、海外の子会社には人事部もないところがありました。そこから立て直して、古い制度とカルチャーを変革するためにこの7年間走ってきました。
具体的には、年功序列の廃止や、職能資格制度から職務等級制度への全面転換、グローバルの人事制度の統一、役員の評価制度の導入などを行っていきました。最近では、副業の解禁や、フレックス制度とテレワークの完全導入も推進しています。
納得感を醸成するため、人事制度の変更は「上から」スタートする
このように、これまで様々な人事制度の改革を進めてきましたが、人事って「一番変わらないものの権化」のように言われることが多いんですよね。
ですので、逆に人事が新しいことをどんどん進めていくとシンボリックですし、社内に「変わるんだ」というメッセージがわかりやすく伝わります。
私自身は、人事が一番エッジにいて、どんどんイノベーティブなことをやっていくのが非常に大事かなと思っています。
しかし一方では、「人事制度を変える」と言ったときに「万歳!」という反応をする人って少ないんですよ。基本的には「不利益な変更になるんじゃないか」と感じる人が多いわけです。
ですので、カゴメで制度改革を行うにあたっては「上から変えていく」ということを徹底しました。
具体的には、まず役員から新たな評価制度や職務等級を導入しました。役員の次は部長、その次は課長、そして現場…この順番を間違えると、皆の納得感を得られないことになってしまいます。
そして、上層部が評価制度を変えたということを、社内報などを通じて次々に発表して伝達していきました。それによって、「俺たちも変わるんだな」という雰囲気をどんどん醸成していったんですね。
現在の評価制度に関しては、役員であってもそうではなくても、基本的に考え方は同じです。全員が1年に一度、個人の目標を設定し、それに対して定量評価がなされます。
目標を決める際のベースは、3年単位で策定している中期経営計画です。この中にある年度計画が社長の目標で、そこからブレイクダウンする形で各役員の目標が決まります。
役員の目標が決まったら、そこからさらにブレイクダウンして部長が目標を決める。そこから課長が決める、それから現場が…という形で、カスケード式につながっています。この形にすることで、中経に対して漏れなく個人の目標を設定できます。
▼個人目標のイメージ
(SELECK編集部作成・実際にカゴメが運用しているものとは異なります)
漏れがないようにする、ということは大事だと思っていますね。守るところが重なっても構わないから、全体のフィールドを皆で見ている状態にする。その見る範囲が、社長が一番広く、役員が次に広く…という形になっているということです。
全員の目標を全社に公開。上層部ほど「新しい仕事」を評価する
1人ひとりの目標を具体的に説明すると、大項目、中項目、小項目に分かれていて、小項目で30個前後が設定されます。
例えば私自身の目標のひとつを例にお話すると、
大項目:“生き方改革”を推進する
中項目:社員の年間総労働時間を削減することに資する制度を導入する」
小項目:◯◯月までにフレックスやテレワーク制度を導入する
このような形になっています。
このように、役員であっても目標はかなり具体的です。というのも、全員の目標が全体公開されているのですが、具体的でなければ皆に伝わりませんから。
ただ役員の場合は、どれだけイノベーティブなことをやるのか、ということを一番の評価ポイントにしています。
ですので目標設定の際にも、社長と専務2人と私で、役員1人ひとりと面接いたします。「今年は何をやるのか、去年よりイノベーティブな点は何か」ということを必ず対話しています。
やはり役員に求められるのは、新しい仕事をやることだと思っています。私が入るまでは、基本的には前年踏襲型の目標設定をしていたのですが、今は去年と同じことをやってもあまり評価されません。新しいことをどれだけできたか、ということを、基本的に上になればなるほど求めています。
評価と昇格を切り離すことで、「誰でもアピールができる」状態に
また目標に関しては、すべて定量的に測定できるものにしています。間接部門などは定量化が難しい、とよく言われますが、カゴメでは全社で定量化に努めています。
ただ、年間の評価がリンクするのは賞与だけで、昇給・昇格には紐づけていません。昇格に関しては、アセスメントや小論文、面接などを通じて多角的に判断しています。
以前は、各評価にポイントがついていて、「◯◯ポイントを取得したら昇格する」というオートマチックな仕組みだったのですが、これを行うと評価の中心化傾向が起きますので、あえて年間評価と昇格を切り離しました。
背景としては、私が入社したときのカゴメは、S、A、B、C、Dの5段階評価で、実際につけられた評点のうちBが85%、Aが14%といった状況にありました。
この評価が昇進に直結するということで、マネージャーが「部下の一生に責任は持てない」と言って、C以下をほとんどつけていなかったんです。
年間評価を昇格にリンクづけすると、どうしてもそうなってしまいます。そこで、この制度自体をやめてしまいました。
評価と昇格のリンクを切り離したことで、今は評点の付き方も正規分布に近くなってきています。一方で、自動的に上に上がる仕組みをやめたので、昇格率は当然下がりました。
ただ、逆に言うと全員にチャンスが生まれた、ということでもあります。誰でもアセスメントなどをきちんと受ければ、トップにアピールができる。これは大切なことだと思います。
従業員がハッピーであるために!HRBP制や副業制度も導入
また、カゴメでは2年前からHRBP制を導入し、現在は3人のHRBPが活動しています。営業の担当、生産調達の担当、さらに本部のスタッフ担当という形で分かれて、全メンバーをフォローできる形にしています。
HRBPの役割としては、基本的に現場に行って、面談などを通じて1人ひとりのキャリアに向き合う。本人にキャリアの希望を聞いたり、介護やお子さんの病気といった個人の事情まで含めてしっかり話します。
こうした立場なので、現場の人が「この人だったら信用できる」と思えるような、現場の経験者に入ってもらっています。例えば営業担当のHRBPは、支店長の経験者が務めています。
人事の重要なミッションのひとつに、自律的にキャリアを考えるカルチャーを醸成することがあると思います。制度や仕組みを作ることが、人事の目的ではないんですね。
では制度や仕組みを何のために作るのか、極端に言うと、従業員にハッピーに働いてもらうためです。そのためには何をしたらいいのかは、やはり現場に行かないとわかりません。
外に出ないで、オフィスでパワーポイントばかり作っている人事というのは、一番ダメだと思っています。HR techがどれだけ入ってきても、対面のコミュニケーションという部分の役割は置き換えることは完全にできないと考えています。
また直近では、冒頭で申し上げた通り副業を解禁しました。カゴメの特徴としては、年間の総労働時間が1年で1,900時間以上の人は、副業はできないことにしていることです。
なぜなら、働きすぎることは社員の健康に大きな影響を与えます。副業をするとしても、弊社が主たる雇用主である以上、その人に対しての健康配慮の義務があると考えていますので副業する人にはもれなく、弊社の保健師の指導がつきます。
ちなみに来年からは、この規定を1,800時間に引き下げるとともに、全員の労働時間を1,800時間以下にしたいと思っています。
もともとカゴメが健康経営を打ち出していることもありますが、やっぱり、従業員の健康は最も大事であり必須であると考えています。健康でなければ、そもそもハッピーではありませんから。
私にとっての一番のステークホルダーは、従業員です。株主もお取引先も大事なのですが、私にとっての一番は従業員なので、常に皆がハッピーでいてもらうことを軸に、できることは何でもしていくというスタンスです。
人事に必要なのは、人の一生に向き合い、トップと伍していく覚悟
人事というのは、人の一生を左右する仕事だと思っています。なので、生半可な気持ちでやってもらっては困ります。自分なりの覚悟を持たなければ、人事の仕事はオペレーションで終わってしまいます。
例えば、どこに異動するかで、その人の人生は変わってしまいます。私は銀行時代に人事部に配属されて間もないころ、個人のキャリアを突き詰めない人事異動を組んでしまったことがあります。
そのため先輩から「人の一生を考えられない人事マンは辞めろ」と言われたのですが、その体験がひとつの原点です。
説明がつけられない人事異動は絶対にない。できあがった人事異動は、アートだと思っています。必ずどこからでも全部説明できて、完璧に組み上がっている。そこに漏れがあるのであれば、おそらくどこかで人事が力を抜いているんですよね。
あとはやはり、人事には「トップと伍していく覚悟」が必要だと思います。私はよく「トップを共犯にする」という言い方をするのですが、要はどんどん人を巻き込んで、トップと拮抗していかなければならないと思います。
厳しいようですが、現場から出てきた人事案をまとめているだけでは、人事の仕事とは言えません。それは単なるオペレーションです。
人事というのはそれだけプレッシャーもある仕事ですが、私は趣味が非常に多くて、それでストレスはうまく解消しています(笑)。まず、テレビドラマやアニメが大好きなんですよ。録画して、深夜枠も含めて全部見ています。
あとは音楽ですね。もともと洋楽が好きなのですが、日本のバンドも含めてコンサートやライブにも色々行っています。スポーツ観戦も好きで、今日は会社のメンバーと横浜スタジアムに行きます。この時期、毎年恒例なんですけどね。
こんな私なので、社内ではみんなに「有沢さん、絶対仕事してないでしょ」なんて言われたりします(笑)。
カゴメの社員は本当にみなさん、人が良くて、誠実で優しいのですが、健全な危機感はまだまだ足りないと思っています。今はそこを支えるのが自分の役割だと思って、楽しみながら仕事をしています。(了)