- 弁護士ドットコム株式会社
- 人事室 採用担当
- 清水 亮路
「人事が動かない」はただの言い訳。長期戦を勝ち抜く、弁護士ドットコムの採用手法
〜採用戦略は、事業ビジョンに紐づく「理想の組織」から考える。人事と現場の二人三脚で、2年で10名以上のデザイナー採用に成功した事例〜
足元の欠員補充ではなく、未来を見据えた採用をしたい…と考えていても、実際には目先の課題解決に追われてしまいがちではないだろうか。
2005年に設立し、「専門家をもっと身近に」を理念に掲げてサービスを展開する、弁護士ドットコム株式会社。
同社では「サービスの成長と同じ角度で、自ら成長することのできる人材の採用」を方針に掲げ、2017年よりデザイナー採用を強化。まずは「転職意欲」と「企業への関心度」の2軸でターゲットを4象限にセグメント分けし、それぞれの層に対する採用施策を整理した。
そして、自社の発信に関心を示した人に対して選考プロセスをカスタマイズし、ふとキャリアに迷った時の「最初の相談役」となれるような関係性を構築したことで「長期戦の勝ち方」を見つけていった。
人事と現場の二人三脚で、一連の施策に取り組んだ結果、2年で10人以上のデザイナー採用に成功したそうだ。
今回は同社人事の清水 亮路さんと、デザインマネージャーの金子 剛さんに、デザイナー採用の立ち上げ方から実際の施策に至るまで、詳しくお伺いした。
▼【左】人事の清水さん、【右】デザイナーの金子さん
私たちはどこを目指したいのか? 事業戦略を採用に落とし込む
清水 私は2015年4月に弁護士ドットコムに営業として入社し、2017年7月からは人事に異動して、職種を問わず中途採用を担当しています。
現在の社員数は200名ほどですが、実は150名ほどの規模になるまで採用担当の専任がいなかったんです。各部署がそれぞれ動くような体制だったところから、採用の仕組みをほぼイチから作っていきました。
職種ごとに現場と連携して動き始めた中でも、デザイナーは採用難易度が高い職種という認識がありまして…。当時はデザイナーの人数も少なく、入社後のフォローまで手が回らずに、なかなか定着しないという課題もありました。
金子 その採用立ち上げのタイミングでちょうど僕が入社して、本当にまっさらな状態から人事と一緒にデザイナー採用に取り組んでいきました。
僕は新卒でヤフーに入社して以来、IT系の企業でUI/UXデザイナーとしてのキャリアを積んできて、もともとデザイナーの採用や組織づくりには関心が高かったんです。
弊社は2016年に事業部制に移行したので、デザイナーもそれぞれの事業部に所属する形なのですが、入社当時は、ひとつの部署にデザイナーが2人しかいなくて。そこで僕がマネジメントの役割も担いながら、デザイナーの組織づくりを始めました。
最初は、UXデザイナーとして「そもそも自分たちはどんなサービスを作りたいのか」を代表や役員を中心にヒアリングし、顧客の抱える課題やソリューション、事業の構造などを、ユーザージャーニーやリーンキャンバスなどに描いていきました。
というのも、組織づくりを考える上で、前提となる会社のミッションと、それを達成するためのサービスがあると。その事業戦略から組織戦略に落とすべきだと考えたんです。
そのなかで「5年後には、世の中の誰もが知っているサービスにしたい」というビジョンを聞いたとき、率直に「結構、大きな夢だな」って思いまして(笑)。
これを真に実現するためには、今のスピード感や組織規模のままではとても到達しないなと感じ、すぐにデザイナーの採用と組織づくりに注力しようと決意しました。
いま「トッププレイヤー」である必要はない。伸びしろを重視する
金子 デザイナーの採用要件を決める上で、はじめに会社としてどんな組織が理想なのかを議論しました。
そこで、組織のカルチャーとして避けたいことを考えてみると、「サービスは2倍に成長したけど、長くいるメンバーがずっと成長しないままになっている」ということだよね、と。
▼避けたい組織(上)と、理想の組織(下)
採用の考え方として、外からスキルフルな人を連れてきてどんどんサービスを伸ばしていく、というのもひとつの方法だと思います。ですが弊社の場合は、サービス成長と同じ角度で、今いるメンバーも成長していくような組織をつくりたいと考えました。
そこで、現時点ではデザイナーとしてのスキルが足りなかったとしても「5年後に活躍できる人かどうか」という伸びしろを見て採用する方針にしました。
また「専門家をもっと身近に」というミッションを実現するためには、全員の知恵を結集させて、1人ひとりが自律的に動くようなボトムアップ型の組織で成長したい、という話が代表の内田からあったんですね。
それを前提として考えると、従来のウォーターフォール開発で求められるような職能スキル重視ではなく、デザイナーも含めてアジャイルに開発ができる体制が求められると。つまり、エンジニアリングや企画にも積極的に越境するようなデザイナーが必要そうだということが見えてきて。
すると具体的に、コードがかけてエンジニアと共創できる、指示待ちではなく自律的に動ける、ゼロから価値を作りたいと思ってくれる、といった採用要件のパーツが揃ってきました。
一方で、これを「採用ペルソナ」として厳密に定義はしませんでした。というのも、自分のUXデザイナーとしての経験上、仮説の精度が低い段階で「中間生成物」に時間をかけるのは意味がないかなと思っているんです。
採用ペルソナの作成に1週間かけるよりも、大体のイメージを決めたらスカウトを送って実際に会ってみる。
それから「この人はうちに合いそう」みたいな感じで、素早く動いて高速に改善を回していったほうが、早く結果にたどり着くんじゃないかなと思っています。
関心をもってくれた人にアプローチする「長期戦」の戦い方
清水 デザイナーとともに採用したい人物像を擦り合わせたあと、「転職意欲」と「企業への関心度」の2軸、つまり4象限にセグメントをわけて、具体的な施策を考えていきました。
例えば、転職意欲が低くて弊社を知らない人には「知ってもらう施策」としてカンファレンスにスポンサードしようとか、転職意欲が高くて弊社の関心も高い人には「ミスマッチをなくす施策」としてランチ面談を実施しよう、といった内容です。
最初は、そもそも認知してもらう必要があったので、Wantedlyを中心としたスカウト媒体の運用や、転職エージェント企業との関係づくり、社員インタビューなどの情報発信から始めました。
そうした基盤をつくった上で、特に注力したのが「転職意欲が低く」「自社への関心度が高い」層 へのアプローチです。
というのも、たとえ転職意欲が低くても、自社の発信に関心をもってくれた人とゆるく繋がっておいて、ふとキャリアに迷った時の最初の相談役になる、という方法が合うことがわかってきて。
なので選考プロセスも、カジュアル面談や社内勉強会への参加を挟んだりして、1人ひとりカスタマイズする形にしました。
金子 カジュアル面談をつい選考の場にしてしまう企業も多いかと思いますが、僕たちは、それを候補者のための真剣な「キャリア相談」と位置づけていて。こちらも「ありのままを見せる」ことを意識しています。
弊社はスタートアップのフェーズは脱したけれども、まだまだ仕組みとしては整っていないんですね。
一方で、組織や事業の課題を解決すること自体が、デザイナー自身のポートフォリオになるとも思っていて。なのでこれらの課題を解決することで「ご本人のキャリアアップにつながるかどうか?」を真剣に考えるようにしています。
個人的には、すでにできあがった会社に行ってオペレーションを回すのって、クリエイティブじゃないなと思うんです。なので、自ら課題を発見して解決策を考え、実行する余地があることや、そこにデザイナーとしての楽しさがあることを伝えています。
また面談以外でも、イベントの登壇やブログ発信などのアウトプットを積極的に行うことで、初期の接点や長期的な関係づくりにもつながっています。実際に「〇〇さんにお会いして面白そうだったので話を聞きにきました」といった方も増えてきましたね。
「人事が動かない」ではなく、現場の主体性がもっとも大事
清水 こうした長期戦の採用活動をする上で、現場との連携はかなり大切にしています。
そこで重要なのが役割分担だと思っていて。候補者とのコミュニケーションの中で「魅力を伝えるのは現場」だと考えているので、その役割に集中してもらうため、人事側は選考のために必要な情報を抑えるようにしています。
また情報共有の場として、人事とデザイナーで週次の採用ミーティングを開き、今週のToDoや進捗などを確認しています。スカウト送付から選考過程のコミュニケーションに至るまで、人事と現場が密に連携をとることで、状況に応じた修正がしやすくなりますね。
さらに、お互いの理解を深めるために、職種をクロスさせた輪読会も行いました。組織と人材マネジメントに関する書籍をデザイナーと人事で一緒に輪読したのですが、職種特有の疑問の解消や共通言語ができてよかったです。
金子 よく「会社が採用をしてくれない」とか「人事が動かない」みたいな不満ってありがちだと思うのですが、僕は、やはり現場が採用を自分ごと化し主体性を持つことが一番大事だと考えています。
例えば、ミッション実現のために成し遂げたいプロジェクトがあるけれど、今のチームにはフロントができるデザイナーが足りないと。そしたら、デザイナーみんなでスカウトを打って、ターゲットのいそうな勉強会に参加したりして、自分たちが率先して動きます。
結局、一緒に働くのは自分たちなので「採用しました、はい育ててください」って人事に言われると苦痛じゃないですか。事業の成長を一番に考えて、一緒に成長できる仲間を採りたいと思っています。
チームのUXを高めることで、良いプロダクトをつくっていきたい
清水 こうして地道な採用活動を続けてきた結果、デザイナーはこの2年で2倍以上に増え、現在は全社の約1割に達しています。
今後は、権限委譲を進めていきながら、入社された方々が自律的に成長していけるように支援していきたいと考えています。
金子 事業ビジョンから理想の組織を考えて、5年先を見据えた採用を実践してきた結果、自社にマッチする人が採用できてきたかなと思っています。
大事なのは、いま必要だから採用するのではなく、「長期的に会社を育てていくために必要な人材を集める」という会社としての意思決定だと思っていて。
実際、四半期ごとに何本のプロジェクトを走らせて、どれだけの工数が必要かをステークホルダーとすり合わせるのですが、無理な採用を前提としたプロジェクト計画はしないようにしています。
清水 とはいえ、どうしても早く必要なときは「その仕事は正社員じゃないといけないのか」に立ち戻ります。派遣や業務委託といった就業形態だったり、社内リソースを含めた採用以外の方法がないかを検討するようにしていますね。
金子 僕はデザイナーとして、本当にいいプロダクトを組織で作るということを考え抜いた時に、チームや会社をまずデザインする必要があるなと最近すごく感じていて。
チーム版のUXを意味する「TX(Team Experience)」という概念が最近盛り上がりをみせていますが、優秀な人を集め、情報を開示し、優れたプロセスで開発することで、アウトプットの品質が上がると。
結局、PC画面とずっとにらめっこしていても、本当に良いデザインって生まれてこないと思うんです。入り口で誰を採用するかから始まり、どうやって価値を生み出していくかまで一貫した思想 で、チームのUXを設計していかないといけない。
そうしたチームや組織のUXを高めることで、より良いサービスを作っていきたいですね。(了)