• 株式会社LIFULL
  • 社長室事業開発グループ グループ長
  • 今村 吉広

最短1年で子会社化。100人の経営者を生み出す、LIFULLの事業提案制度とは

〜入賞した事業アイデアは、社内で完結させず子会社化。「70:20:10」の法則で育成された社員が経営の全権を担う、真の経営者を生む「SWITCH」制度の全容〜

新規事業のアイデアを次々と生み出し、それを高いレベルで実現する経営者を輩出し続けるには、どのような仕組みが有効なのだろうか。

不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」をはじめとして、様々な領域で事業の企画・運営を行う、株式会社LIFULL。同社は、さらなる社会課題の解決に向けて、「2025年までに、100子会社を設立し、100人の経営者を生み出す」という全社方針を2015年に決定。

その実現に向けて、事業アイデアを量産し、経営者を育成する鍵となるのが、新規事業提案制度「SWITCH」だ。しかしその運営においては、エントリーの「数」と提案の「質」の向上に課題があったという。

そこでまず、運営と社員との接点強化や、開催頻度の見直しを実施。さらに応募ハードルを下げる工夫を取り入れたことで、初めての応募者の割合が6割を占めるようになり、エントリー数も年間150件以上に増加した。

また、各分野のエキスパートであるアクセラレーターが、事業案のブラッシュアップをサポートすることで提案の質を向上。実際に入賞した提案は、1年〜1年半の早さで子会社化しているそうだ。

今回は、同制度の責任者である今村 吉広さんと、同制度を通じて事業責任者となった原田 奈実さんに、事業アイデアを生み出し続ける仕組みと、経営者の育成手法について詳しくお伺いした。

年間150件のエントリー。優れた新規事業を量産する仕組みとは

今村 弊社は2015年に、全社方針として「2025年までに、100子会社を設立し、100人の経営者を生み出す」を掲げました。

当時、基幹事業の「HOME’S(現LIFULL HOME’S)」は、順調に成長していましたが、さらなる社会課題の解決に向けて、事業展開をシフトし始めたタイミングでした。

この方針を実現するためには、より多くの事業アイデアを生み出す必要があります。それを支える仕組みのひとつが、新規事業提案制度「SWITCH」です。

これは、新規事業の提案・審査を行うコンテスト形式のイベントで、内定者を含めて社員は誰でもエントリーできます。入賞したアイデアは、フィジビリティスタディ(※以下、フィジビリ)で承認されると事業化され、最短1年から1年半ほどのスピードで子会社として完全に独立します。

元々弊社には、新規事業を積極的に立ち上げていく文化があって。このSWITCH制度は、2006年に人事施策のひとつとしてスタートしたものでした。

その後、全社方針の発表を受けて、SWITCH専門の運営組織を持つ横断プロジェクトとなり、近年のエントリー数は年間150件ほどに上ります。

▼新規事業提案制度「SWITCH」の全体像

提案書1枚で応募OK。年4回の開催でカジュアルに挑戦できる場に

今村 私は2017年にLIFULLに中途で入社し、SWITCH制度や新規事業の責任者を担っています。

原田 私は2017年に新卒で入社しました。現在は、SWITCH制度を通じて事業化した「Clean Smoothie」の事業責任者を務めています。

今村 私が入社した当時、この制度には大きく2つの課題がありました。ひとつは、応募者が全体の2割程度で顔ぶれも固まりつつあったため、その幅を広げてエントリー数を増やすこと。もうひとつは、事業アイデアの質を高めることでした。

まず、運営を担うSWITCH委員会が「数」の課題にフォーカスしました。ここで重視したのは、運営側と社員とのタッチポイントを増やすことです。

というのも、たとえば全社的な開催告知だけで、未経験者の背中を押すことは難しいですよね。そこで、委員会メンバーが伝道者となり、制度の内容や自らの経験談を伝えてまわることで、社内の認知を広げていきました。

また、委員会には職種やポジションの異なるメンバーが集まっていたので、部長レイヤーのメンバーが自主的に勉強会を開いてくれたりもしました。

原田 私は応募者側でしたが、エントリー前に主体的に制度に触れられる機会もありました。企画書の作り方などのワークショップやブレスト会、事業立ち上げ経験者とのランチ会などをみんな活用していました。

今村 私としては、年に一度のお祭りのようなイベントではなく、もっと気軽に挑戦できる文化を作りたかった。なので、開催頻度を年1、2回から年4回に増やすことで、よりチャレンジしやすい場に変えていきました。

そして、当初は応募時点で綿密な計画書が必要だったところを、提案書1枚でも応募可能にしました。

その結果、毎回40件前後のエントリーが集まり、初めての応募者が6割を占めるようになりました。顔ぶれは新卒や若手が中心ですが、最近ではマネジメント層からのエントリーも増えてきました。

「質」の向上はアクセラレーターの役割。伴走相手を挙手制で選ぶ

今村 次に、提案の「質」を高める部分は、子会社社長やマーケターなど、各分野のエキスパートである約10名のアクセラレーターが担いました。

エントリー後の「相談会」は、一次審査の位置づけです。そこで応募者のプレゼンを見て、ひとりでも「サポートしたい」と手を挙げれば、そのアクセラレーターが責任を持ってピッチまで伴走する。もし誰からも手が挙がらなければ、また次回に…といった形で、一定ラインの見極めを行っていました。

また、途中でハードルが生じても乗り越えられるように、チームでの参加を推奨していたのですが、実際はひとりでのエントリーが多かった。そこで、ビジョンや事業アイデアが近いものがあれば、アクセラレーターが積極的にマッチングするような工夫も行っていました。

原田 私は内定者の頃から、一貫して「農業の課題を解決する」という事業テーマで欠かさずSWITCHに挑戦し続けていましたが、なかなか受賞できなくて。

そこで、アクセラレーターの方に「改めて考えると農家の課題ってなんだっけ」とか、「どうしたらその課題を解決できるのか」といったことを、かなり壁打ちしていただきました。そこから導き出した「農家の生産ロス」を解決する提案で、入社2年目に念願叶って受賞できたんです。

▼受賞時の発表の様子(原田さん)

そうして事業化したのが、美味しくても廃棄せざるを得ない規格外野菜や果物を、新鮮なスムージーにしてオフィスに届けるという、法人向けの福利厚生サービスClean Smoothieです。

振り返ってみても、アクセラレーターの助けがなければ受賞はできなかったと思います。PLの作り方や事業設計のレクチャーなど、本当に力を貸していただきましたね。

審査はビジョンを最重視。全社施策と連携し、アイデアの埋没を防ぐ

今村 ピッチでは、1組あたり発表3分、質疑3分、審査1分という流れで進めます。ここで、経営陣が指標としている審査基準は4つあります。

ひとつは、本人の熱量が高く、内発的なビジョンを持っているかどうか。次に、課題の質(Customer Problem fit)。そして、施策の質(Problem Solution fit)。最後に、当面の事業性です。

なかでも最も重要なのは、出発点であるビジョンですね。社会課題性の大きさはもちろん、実体験として課題を感じていて、自分ごと化しているかがポイントです。

課題と施策の質に関しては、実際に現場の生の声を集めたり、先行してフィジビリを実施したりなど、ファクトに基づいて設定しているかを見ています。

審査をしていると「ビジネスとしては事業化が難しい。でも社会貢献性が高い」という内容もあって。その時は、弊社の社会貢献活動「One P’s」に繋げるなど、アイデアを生かすようにしました。

またSWITCH制度の他にも、全社施策として、社員が講師を務める「LIFULL大学」や、経営者を育てる「経営塾」「クリエイターの日」などの独立したプログラムがあります。

以前は、そこで事業案が出ても各プログラム内の共有で終わっていたのですが、すごくもったいないですよね。なので今は、その受け皿としてSWITCHに繋ぐこともあります。

こういった制度にありがちなのが、応募数が足りないとか、出口がもったいないといった「入り口と出口の課題」です。そこでSWITCHと馴染むものがあれば、積極的に連携させ、企画のやりっぱなしにならないように気を配っています。

「70:20:10の法則」で、経営者のスキルとマインドを育成

原田 私が入賞した後は、フィジビリとして顧客が本当に存在するかと、事業の実現性、実際に何件受注できるかなどを検証しました。業務時間の20%を新規事業に使えるものの、とにかく本業との両立が大変でしたね。

今村 そのように本業との兼ね合いで「時間の捻出が難しい」という声が多く、全社的な座学プログラムに加えて、すきま時間で学べる専門的なオンライン講座も幅広く揃えました。

基本的に、私たちは経験70%、薫陶20%、研修10%という「70:20:10の法則」に則って、経営者を育成しています。

当然ながら、社員によって経験値や能力が異なりますし、事業フェーズによっても注力ポイントが変化します。それらを鑑みながら適切なアクセラレーターをアサインして、子会社化までの道のりを全面的にサポートしていく形です。

また、子会社化するタイミングの判断軸としては、まず収益性を見ます。ある程度黒字が見えていて、継続的に利益を出せる事業状態になっているかどうか。そして、経営者としてチームを動かしていけるかどうかという、人の部分も重視しています。

子会社化は、まさに起業と同じです。事業責任者としてすべての権限を持つ代わりに、人事制度や採用、税金面など何もかも自分でやらなければいけません。非常に高いレベルが求められるので、育成期間はスキルとマインドの両面でしっかりと学んでもらっています。

「OPEN SWITCH」始動。協業でビジョン実現を加速させる

今村 私たちはこれまで、SWITCH制度をはじめとした様々な施策で、経営者の輩出に力を注いできました。M&Aなども含めて現在、グループ全体で子会社が40社以上、世界63ヵ国で事業を展開しています。

今後も社内のSWITCH制度は継続していきますが、ビジョンの実現をより加速していくため、新たに社外向けの「OPEN SWITCH」を立ち上げました。

社会課題の解決を目的として、SDGsの目標に紐づくテーマなら誰でも応募ができます。入賞者には、弊社との協業に加えて、最高1,000万円の資金提供や、アクセラレーターによるサポートを提供しています。

学生からの応募もあり、大学や行政とも連携を始めているので、従来のSWITCH制度とともに盛り上げていきたいです。

原田 私自身は、農業の課題解決のために、今後もどんどんチャレンジし続けたいと思っています。

私が進めている新規事業と同様に、社内には事業化・子会社化フェーズで頑張っている仲間がたくさんいます。私も負けないように切磋琢磨しながら、子会社化に向けて頑張っていきたいです。(了)

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