- dely株式会社
- ブランド部 ゼネラルマネージャー
- 小林 和央
UI/UXだけでは差別化できない。クラシルの「真のファン」を増やすデザイナーの役割
〜ユーザーに伝えるメッセージは「ひとつ」。タッチポイントでの世界観の統一や、デザイナーのスキルとキャリアパスの可視化に取り組む「ブランド部」とは〜
サービスのユーザー体験を決める上で、重要な役割を持つ「デザイン」。
2017年12月にアプリダウンロード数1,000万を突破した、レシピ動画サービス「kurashiru [クラシル]」。
その運営元であるdely株式会社は、サービスが急成長を遂げる一方で、UI/UXによる差別化の限界を感じていたという。
そこで、顧客とのタッチポイントにおける世界観を統一し、真のファンを増やしていくことを目指して、2018年4月に、デザイナー、映像編集、調理、カスタマーサポートのメンバーからなるブランド部を新設。
それに加えて、デザイナーの役割を周囲のメンバーに正しく理解してもらうために、ライティングやユーザーリサーチといった多岐にわたるそのスキルを改めて定義した。
また同時にデザイナーの「キャリアパス」を作成することで、キャリアの描きづらい専門職に対して、1人ひとりの志向や特性に合わせたステップアップの実現を目指している。
今回は、同社のブランド部でゼネラルマネージャーを務める小林さんに、ブランド部新設の背景から、デザイナーのスキルやキャリアパス、担うべき役割までを、詳しくお伺いした。
タッチポイントの世界観を統一するため、ブランド部を新設
僕はもともと、大学で工業デザインを専攻していました。
その中で、新しいモノを作るためには「ビジネスやエンジニアリングの観点など、より統合的にデザインを俯瞰することが重要」という思想にとても共感したんですね。
そして、新卒で事業会社に入社し、デザイナーとしての経験を積みつつ、2017年1月から副業の形でdelyに関わり始めました。
それから、delyのコーポレート・アイデンティティの設計からプロダクトのUIデザインまで、幅広い業務を経験した後、2018年4月に正式入社しました。
ちょうどその当時、クラシルが成長する一方で、UI/UXといった「機能面での差別化」以外のものが必要になってきていると感じていて。
というのも、グローバルのアプリ市場全体では、そのダウンロード数はすでに頭打ちに近い状態になりつつあります。
また、現代の人々はある程度スマホアプリに慣れてきているので、「使いやすさ」の面では、大きな差がつきにくくなってきていると感じていました。
そこで、プロダクトとして次のフェーズに進むためには、機能面だけに捉われずいかにして「コアなファン」を増やすか? をデザインしていくことが大切だと考えるようになりました。
それを実現するため、「お客様とのすべてのタッチポイントにおいて、世界観を統一する」ことを目的として、2018年4月にブランド部を新設しました。
現在、僕はこの部署でゼネラルマネージャーを務めています。自分を含めたデザイナーのほか、調理、映像編集からカスタマーサポートまで、お客様とのタッチポイントとなるコンテンツを作る社員が所属しています。
メッセージは「ひとつ」に絞る。真のファンを増やすCS対応
ブランド部では、最初に「クラシル」というサービスが発信するメッセージの統一から始めました。
というのも、メッセージひとつでユーザーさんが受け取る印象って大分違いますし、それが複数あると、伝えたい印象がぼやけてしまうんですね。
そこで、クラシルでは「きちんとおいしい料理が作れる」というメッセージに統一しています。
サービスが大事にしているメッセージを言い続けることで、ユーザーさんは「この企業は本当に『きちんとおいしい料理が作れる』ことを目指しているんだ」と理解してくれるようになるんです。
また、クリエイティブやカスタマーサポートを介したコミュニケーションでは、「クラシルってあたたかい」という印象を持っていただきたいと考えています。
そのため、カスタマーサポートでは、料理に関する質問に対して「美味しく作れますように」という文言を添えて返信するなど、ユーザーさんに寄り添うコミュニケーションを心がけています。
▼実際の、カスタマーサポートの返信内容
すると、そのユーザーさんがTwitterで「丁寧ですごく嬉しい」とツイートしてくださったり、他にも「クラシルのコメント欄だけ見て、ほくそ笑んでいるのは私だけじゃないはず」みたいなツイートをしてくださる方もいて(笑)。
これって、ものすごい価値だと思うんです。伝えたいことを統一したことで、広義の「ブランド」が少しずつ出来つつあるのかな、というのが今の段階ですね。
あらゆる接点において、統一した思想を持ってきちんと応対することが、真のファンを増やす第一歩に繋がるのかなと思っています。
デザイナーの役割は、「絵を描く」ことだけじゃない
一方で、ブランドを作っていく上でのデザイナーの役割が、周りのメンバーに正しく理解されていないことに課題を感じていました。
そもそも、世間一般的に、デザイナーのスキルって可視化できていないと思っているんですね。
僕の経験上、社会に出て働いている中では、デザイナーを「絵を描く人」くらいの感覚で捉えている人が多くて。学生時代に学んでいた「広義のデザイン」とのギャップをすごく感じていました。
そこで、他職種の人に正しく理解してもらうためには、デザイナー側からきちんとその定義をして、発信していく必要があると思ったんです。
デザイナーと言っても、それぞれにスキルや強みは異なります。例えば、ビジュアルデザインが得意な人もいれば、設計の部分や、ユーザーリサーチが得意な人もいるんですね。
そのスキル1つひとつが、サービスを作る上では大事なのですが、一部のスキルしか可視化されておらず、周囲にちゃんと理解されていないような状態でした。
そこで、デザイナーのコアスキルを定義し、一覧表にして可視化しました。
▼同社が作成した、デザイナーのコアスキル一覧
こうして改めてスキルを可視化することで、開発チームとのコミュニケーションでも「確かにそうだよね」といった形で、理解を深めることができました。
また、ビジネスサイドの人からは「こういうスキルもあるんだ」といった反応もあったりして。スキルがわかると、どんな業務をデザイナーに依頼すればいいのかの判断もつきやすくなりますね。
プッシュ通知の文言も作成!デザイナーに求められるスキルとは…
特に可視化できていないコアスキルのひとつに「ライティング」があると思っていて。
デザインをする上では、ビジュアルだけでなく文章でのコミュニケーションが重要です。
サービスの「情緒的価値」を伝えるためには、その文言1つひとつや、漢字の「ひらき」 などの表記を意識する必要があります。
▼漢字の「ひらき」を統一するため、ガイドラインを作成
また、この「適切な言葉で伝える」というスキルは、実際の仕事を進める上で「どういう視点で、なぜこのデザインになっているのか」を相手にきちんと説明する場面でも大切です。
こうした考えのもと、クラシルでは、サービスとして表に出る文言のほぼ全てを、デザイナーが考えています。
例えば、プッシュ通知の文言もデザイナーが作りますし、アプリのアップデート文など、1つひとつの画面においても、UIのビジュアルからワーディングも含めてデザイナーの仕事です。
▼デザイナーの作成した、ワーディングの例
このように、ユーザーと接する部分すべてをデザインすることが、ブランドを作る上でのデザイナーの役割だと考えています。
デザイナーのキャリアパスを可視化し、他の専門職に横展開する
また、ブランド部を新設した際に、デザイナー以外の専門職においても、このスキルやキャリアパスについて同じように悩んでいることがわかりまして。
そこで、僕自身がデザイナーのキャリアパスを体系化することで、それを土台として、映像編集や調理など他の専門職の方々にも横展開できるようになるのではないか、と考えました。
そして作ったのが、5段階にレベル分けした「キャリアパス」です。これは、1つのコアスキルを伸ばしつつ、他の新たなスキルを習得していくような形でのスキルアップを定義しています。
▼同社の作成した、キャリアパスの例
また、専門的なコアスキルだけではなく、ビジネスにおいて必要なソフトスキルや影響範囲についても、キャリアパスのなかで定義しました。
レベルが上がるにつれて、求められるマネジメントのスキルも高くなるような形にしています。
▼例えば、レベル3では以下のようなリーダーシップスキルを定義
一方で、本当に専門性をひたすら深掘ってコアスキルを極めていくようなキャリアパスもあると思っています。
特に専門職ですと、人によって志向が全然違うので、本人の目指す方向性でスキルを伸ばしていくことが重要です。
そこで、キャリアの擦り合わせの場として、定期的に1on1ミーティングを行っています。
どういうデザイナーを目指したいか、どんな仕事をしたいのか、そのためにどういったスキルを伸ばしていきたいか、といったことをヒアリングし、できる限り本人の意向に沿えるように調整しています。
また、キャリアパスの表は、次のレベルにいくためには今なにが足りていないかを話したり、苦手なスキルがあれば、それをどう克服していくか、といったフィードバックに活用しています。
一方で、フィードバックしすぎないということも気をつけていて。「100%枠に当てはめることは絶対にできない」という前提のもとで、気づきを促したり、一緒に考えたりするような話し方を意識していますね。
デザイナーの枠を越えて、より経営にコミットしていきたい
delyでは、創業当初から「フィロソフィー」「テクノロジー」「デザイン」の3軸が揃った会社にしたい、という考えがあります。
そのどれか1つでも欠けてしまうと、ナンバーワンのサービスにはなれないと思っているんですね。
特に、どういうところに人は心を動かされるのか、どういう会社に優秀な人が集まるのか、といったことを考えると、やはり会社の哲学やビジョンを見せていくことが重要です。
僕は、その見え方も含めてフィロソフィーを社内外に発信していくことが、デザイナーとしてのミッションだと考えています。
また、一般的に、デザイナーはまだまだ市場価値が低くなりがちなイメージがあるのですが、それを変えていくためには、デザイナーの「枠」を越えて動くことが重要なのかなと。
具体的には、「本当に会社を良くするためにはどうすればいいのか」「デザインの力でできることって何があるだろう」といった目線で、より経営にコミットしていくことが必要だと考えています。
そのロールモデルを僕たちが作っていき、市場全体としてのデザイナーの価値をもっと高めていきたいですね。(了)