• 株式会社タニタ
  • タニタ経営本部 社長補佐(/合同会社あすある 代表社員)
  • 二瓶 琢史

社員の約1割が個人事業主に!タニタの、企業と個人が「惹きつけ合う」関係性の作り方

〜希望する社員が退職し、個人事業主として業務委託契約を結び働く。独立後に抱えがちな収入や社会保険の不安定性を解消し、個人の「報われ感」を最大化する仕組みの全容〜

多くの企業が抱える「優秀な人材の定着」という課題。それに対して、社員を雇用関係でつなぎ止めるのではなく、企業と個人として惹きつけ合う関係性も築けるのではないだろうか。

このような考えから、社員の個人事業主化を推進しているのが、株式会社タニタだ。

同社の谷田社長は、社長業を継いで以降、社員を大切に会社を経営してきた一方で、業績が悪化した際の「優秀な人材の流出」や「社員のモチベーションの低下」といった経営課題を感じていたという。

そこで、従業員の働き方の選択肢を増やすために、2016年に「日本活性化プロジェクト」という名の新たな取り組みを開始。

これは、希望する社員がタニタを退職し、新たに個人事業主として業務委託契約を結んで働く仕組みだ。独立後の収入を担保しつつも、自由な働き方を選択できるようにしているという。

実際に、この4年で社員の約1割にあたる24名が独立。引き続き「タニタの一員」として企業の成長に貢献しつつ、主体的に働くことで社内外で仕事の幅を広げ、多分野で活躍しているそうだ。

今回は、本プロジェクトの設計に携わり、現在その運営と推進を担う二瓶 琢史さんと、第1期活性化メンバーとして広く活躍する西澤 美幸さんに、仕組みの全容と独立後の経験について、詳しくお伺いした。

「報われ感」を最大化する、日本活性化プロジェクトを始動

二瓶 弊社は2016年10月に、タニタグループ本体に所属する約210名の社員を対象として、「日本活性化プロジェクト」という取り組みを開始することを発表しました。

この仕組みを利用する「日本活性化プロジェクトメンバー(以降、活性化メンバー)」は、タニタを退職後に、個人事業主として業務委託契約を結んで働くこととなります。

活性化メンバーになると、依頼された案件を引き受けるかの判断に加え、働く時間と場所、業務を遂行する手法まで本人に任される点が、社員とは大きく異なります。

社員は原則として副業・兼業ができませんが、当然ながら活性化メンバーは他社の仕事をすることが可能ですし、業務の割合も自由に調整ができます。こうしたワークスタイルは、自分で物事を考えて新しい価値を生み出せる人には、非常に合うと思っています。 

もちろん、社員としての働き方にも良い面はたくさんあるので、雇用を否定するものではなく、「働き方の選択肢を増やした」ということです。

▼左:西澤さん、右:二瓶さん

私は、従来の会社と働き手の関係性は、言わば社員を抱え込むような形だったと思っています。この取り組みは、そこからの脱却を目指すものでした。

というのも、代表の谷田は、先代から引き継いだ「人」を大切にしてきたのですが、業績が悪化した場合を考えた時に「優秀な人材の流出」と「社員のモチベーションの低下」という課題を感じていました。

そこで、1人ひとりが社会で幅広いキャリアを積みながらも、会社と個人が永続的な関係性を保てる仕組みや、働き手が「やらされ感」からではなく、仕事を自分ごと化して自立的に働き、最大限の「報われ感」を持てる仕組みが必要だと考えました。

そのような背景から、本プロジェクトの構想がスタートしました。

社員から不安の声。しかし初年度で8名が独立を決意

二瓶 私は、2003年にタニタに中途入社して、主に総務と人事に携わってきました。その後2016年の年初に、代表から「社員が個人事業主化して働く仕組みをつくりたい」と伝えられ、私がその設計・推進を担う担当者に任命されました。

当時は「どうしたものかな」というのが本音で。まずは1年間、自分だけ個人事業主となって、仕組みを検証しようと思いました。しかし、代表からは「わかっていないのは二瓶だけ(笑)。社内には必ずピンとくる人がいるから」と言われました。

そこで、年内に第1期の活性化メンバーを社内公募し、翌年から開始することにしました。それに向けて業務委託契約を詰めるなど、顧問弁護士や税理士と相談しながら仕組みを設計するうちに、私自身も「非常に面白そうだな」と感じるようになりましたね。

そうして2016年10月に本社の社員に向けて発表し、プロジェクトの概要を説明しました。その時に多く聞かれたのは「収入と社会保障の安定性が失われるのではないか」という、不安の声です。他には、「リストラの準備なのでは…」と不要な心配をしてしまった人もいたようでした。

このような社員の反応は予想通りだったものの、代表以外の経営陣に一斉に反対されたのは、私としては意外でしたし、少し残念でした。主な理由は、「社員が独立したら、指示に従ってくれなくなるのでは?」というものや、人材流出や情報漏洩につながるのではと危惧する声でした。

そこで、この取り組みの理解を深めて、懸念を払拭してもらうために、税理士を招いて説明会をしたり、私との個別面談を設けたりしました。

結果的に、第1期の活性化メンバーとして、私を含めて8名の社員が手を挙げました。振り返ると、初年度からこのように希望者が出てくれたことが、この取り組みが定着した一番の理由だと思います。

「社員時代と同等の報酬+3年契約」で、収入の安定性を担保する

二瓶 日本活性化プロジェクトの業務委託契約においては、雇用から業務委託への移行をできるだけスムーズに実現するための2つのポイントがあります。

ひとつは初年度の業務委託内容と報酬の考え方で、もうひとつは契約の更新方法です。

まず、個人事業主になった初年度の契約は、社員時代に担っていた業務内容をベースとし、これを「基本業務」として業務委託契約を結びます。

それに対する「基本報酬」は、直近の残業代も含む給与や賞与に、通勤交通費や社会保険料などの会社負担分も加えた総額をベースとして設定し、これを固定額で契約することで、社員時代の収入を下回らないようにしました。

その上で、基本業務の範囲外の仕事を追加で請け負うことがあれば、その内容に見合った「成果報酬」を得ることも可能です。

▼日本活性化プロジェクトにおける報酬設計の考え方

次に、契約更新の仕組みについてです。契約期間は3年間として、1年経過したら契約内容を見直し、その時点から再度3年間の契約更新をする形としました。

仮に、スタートから1年後に契約を更新しないことになっても、その時点では契約が2年残っているので、基本的には期間満了まで契約を履行することになります。

もちろん、これはひな形であって、1人ひとりの要望を汲んだ契約も可能です。他社の仕事も請け負う中で、契約継続が難しい場合には調整もできるようにしています。

▼日本活性化プロジェクトにおける契約更新の基本的な仕組み

これによって、個人事業主は急激な収入の減少を回避できるという安心感が得られますし、会社側は突然仕事の受け手がいなくなるというリスクを回避できます。

一方で、一般的な雇用契約の社員であれば短期間で退職する場合もあり得ます。この点が大きな違いで、業務委託契約ではその分双方のコミットメントが必要ですね。

こうした第1期に設計した報酬と契約更新の仕組みが非常にうまくいっているので、現在に至るまで形はほぼ変わっていません。

独立後は互助会でサポート。24名が新しい働き方を選択

二瓶 実際に仕組みを運用する中で、活性化メンバーが意見を持ち寄って作ったのが「タニタ共栄会」という互助会です。この共栄会がタニタと包括契約を結ぶことで、活性化メンバーはタニタの会社設備の利用や社内イベントへの参加ができます。

また、共栄会が税理士法人と契約して、メンバーが確定申告などの税務サポートを受けられるようにしていますし、2か月に1回ほど活性化メンバー同士の疑問や悩みを共有する場を設けることで、タニタでの業務をお互いにサポートしています。

私は、日本活性化プロジェクトは、個人事業主はもちろん、業務を発注する管理職の人にとっても大きな成長機会になると思っています。

というのも、業務を発注する際には、まず委託する内容が基本業務と追加業務のどちらに該当するかを考える必要があります。

それと同時に、追加業務はいくらの報酬が妥当なのかを考えなければいけないため、タスク管理能力とコスト管理能力の向上につながると考えています。

これらの委託業務内容と報酬の考え方や、契約の更新方法、互助会の仕組みによって、個人事業主ならではの収入の不安定性や、経理面の煩雑さ、人脈がないと仕事が取りにくいといった悩みが、一定レベルで解消できていると思います。

これまでの約4年間で、24名の社員がこの仕組みを利用して活性化メンバーに移行しました。把握できている範囲では、個人事業主に移行した年の手取り収入が、直前の社員時代と比べて平均22.5%増加したという結果も出ております。一方、会社のコストは約1.5%増える程度で、逆に減った年もありました。

中には、タニタと他社での業務配分が変化し、契約を満了した人もいます。とはいえ、今でも定期的な情報交換をする関係が続いているので、またいつか良い縁があればと思っています。

個人事業主化で仕事が拡大。時間や場所にとらわれない自由さが魅力

西澤 私は、日本活性化プロジェクトの第1期生として、2017年に個人事業主になりました。

タニタには1992年に新卒入社し、今やタニタの代名詞となった体組成計の開発に携わったり、技術系で初の女性課長も任せていただいたりと、充実した社員時代を過ごしていました。

ただ、出産を経て、育児をしながら役職を担うことにプレッシャーや疲れを感じていた頃に、ちょうどプロジェクトの発表があって。

悩みながらも二瓶に相談すると「これは無理にという話ではないので、よく考えて」と、誠意を持って丁寧に説明してもらいました。それで安心して、手を挙げることができましたね。

とはいえ、個人事業主になった1年目は自覚が足りなくて、失敗がたくさんありました。それから、自分の看板を掲げて働くことがどういうことかに気付き、今まで会社がしてくれて守られていた部分も、自分できちんとやらなければという覚悟ができました。

個人事業主化によって、それまではお断りすることが多かった講演の依頼を受けられるようになりましたし、社員の時には関わりが少なかった他部署の人も、私の得意分野や好きそうなことに関して、気軽に相談や依頼をしてくれるようになりました。

社員時代よりも仕事量は増えましたが、働く時間や場所にとらわれずに、自由な生き方・働き方を選択できることに、とても魅力を感じています。

また、一番嬉しかったのは、仕事と子育てのバランスが取れるようになり、子どもや家族との関係が非常に良好になったことですね。

個人事業主に転換した後は、追加で報酬をいただくべき業務なのかというようなことに対する判断力や、「ここは社員の方に前に出てもらって、自分は引いた方が良いな」といったバランス感覚は大事になってくるかなと思います。

また、依頼主である上司との関係構築も大切ですね。次も頼みたいと思ってもらえるように、個人事業主として嫌がられない人間関係を作ることは、常に意識しています。

世の中の企業にも、新しい働き方を取り入れていただきたい

西澤 個人事業主になって、今後やりたいことは色々あって、例えば今は線虫の研究に関心があります。

線虫のにおいのセンサーは、がん検診や疾病の分析に活用できる可能性を秘めています。虫とタニタは遠そうに見えて、実は「健康」という軸で見ると、有益な情報が得られるのではないかと思っていて。

一見タニタとは関係なさそうな研究会にも参加することで、自分の分野を広げるのと同時に、願わくばそれをタニタの研究に活かして、みんなにとって頼りになる個人事業主になれればと思っています。

二瓶 私はこの仕組みをスタートしてから推進し続けてきましたが、今でも社員の不安は払拭しきれていないのだろうと思います。それを払拭するには、我々が挑戦する姿を見続けてもらうしかないのかなと。

個人事業主になって自立的に働く意識が強まることで、生産性や能力の向上につながり、そのような働き手が日本に増えれば、日本の経済も活性化していく。こうした思いから、この仕組みを「日本活性化プロジェクト」と名付けました。

世の中の考え方が変わっていく必要はありますが、徐々に「こういうのもありだよね」と受け入れられる時代が、遠からず来るのではと期待しています。

タニタから請ける業務として日本活性化プロジェクトを広めるとともに、私自身は個人の会社を興してこの取り組みの導入支援をしています。今後も一歩ずつたくさんの企業へと広めていければと思っています。(了)

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