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  • 執行役員 CHRO
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人事評価制度は「運用」が鍵。マネジメントの質を高め、全社で人を育てる組織の運営法

〜「目標にコミットする組織」に変わるため、人事評価制度を刷新。ミッション設定会議、人材開発会議、査定会議を通じて、1人ひとりの成長を実現する仕組みとは〜

人事評価制度を刷新したけれど、思ったように効果がでない…といった課題はないだろうか。

Webマーケティングメディア「ferret(フェレット)」やオールインワン型BtoBマーケティングツール「ferret One(フェレットワン)」を展開する、株式会社ベーシック。

同社では、目標に対するコミットメントが弱いという課題感から、2019年1月に「期待役割グレード制度」を導入し、従来の人事評価制度を刷新。

その運用を支える仕組みとして、「ミッション設定会議」「人材開発会議」「査定会議」の3つの会議体を運営し、全社で人を育てる体制を構築している。

さらに、査定フィードバックの質を高めるため、マネージャー同士での研修を実施。「最もフィードバックしづらいケース」を想定したロープレを行うことで、マネジメントのスキルを高めている。

結果として、昨年3月から実施している社員アンケートでは、「コミットメント」「Speed × PDCA」「チームスピリッツ」という組織のコンピテンシーすべてにおいて、右肩上がりで改善しているそうだ。

今回は、同社でCHROを務める林 宏昌さんに、人事評価制度の刷新背景から、具体的な制度内容、運用の仕組みに至るまで、詳しくお伺いした。

「頑張り」で評価しない。組織に必要なコンピテンシーを策定

僕は、新卒でリクルートに入社し、営業から社長秘書、経営企画まで、様々な職務を経験してきました。その後、働き方改革をコンサルティングする会社を自身で立ち上げ、それと並行して新規事業の立ち上げと人事責任者を担う形で、2018年の8月にベーシックに入社しました。

当時、僕のベーシックに対する印象は「牧歌的な組織」だったんですね(笑)。みんな仲が良いけれど、成果に対するコミットメントが弱く、どこかのんびりしたところがあって。

というのも、当時の評価制度にはマイナス査定がなかったので、達成しなくても「よく頑張っていたから」という曖昧な基準で評価されることもありました。

評価制度は、自分たちが目指しているゴールにたどり着くためのツールであるはずなのに、その機能をうまく果たせていなかったんです。

また、マネジメント経験のある人が少なく、マネージャーとして何をすべきなのか、メンバーを育てるにはどうすればよいのかが、組織全体として不明瞭な状態でした。

こうした課題を受けて、まず着手したのが、組織として高めていくべきコンピテンシーの策定です。

まずひとつは「コミットメント」。目標を達成するためのコミットメントを高めるということ。

ふたつめに「スピード × PDCA」。施策をやりっ放しにせず、きちんと仮説を立てて実行し、それを振り返って次の施策に生かす、というサイクルを回す。

最後が「チームスピリット」で、業務の連携や助け合いをより強化し、組織全体としての成果を高めていくことです。

2018年の秋頃に、このコンピテンシーを定めると同時に、それらを高めていくための人事制度の改革を進めていきました。

期待役割グレード制度を導入し、在籍年数による「格差」をただす

最初に、評価報酬制度の見直しに着手しました。以前は、半期ごとの査定で、目標の達成度合いに応じて数千円単位で給与が上がる一方、給与が下がることはあまりない設計でした。また評価自体も、評価者によってばらつきがある状態だったんです。

この仕組みだと、会社に長く在籍している人の方が、ベース給与が高くなってしまうんですよね。特に若手メンバーが多い組織だったので、ベンチャーなのに年功序列のようになっていたことに、すごく違和感がありました。

そこで、在籍年数ではなく、きちんと期待する役割に対して報酬を支払うという考えの元、期待役割グレード制度を導入しました。

▼同社の期待役割グレード

等級は12段階あり、「仕事の難易度」「裁量度」「対人関係スキル」「組織影響度」という4つの項目にそれぞれ点数をつけ、その合算値で決まる仕組みです。

ここで考えていたのは、マネジメントスキルが高い人ばかりではないので、運用が破綻しないような仕組みにしないといけないなと。

そこで誰から見ても解釈がずれないように、それぞれのグレードにわかりやすい名前をつけたり、それぞれの要素を細かく定義しました。

▼グレード定義の一例(対人関係スキル)

詳細まで定義することで、どういう役割を、どれくらいの水準で担えれば次の等級に上がれるのかがわかりやすくなり、メンバーとマネージャー間の目線を合わせやすくなりましたね。

ミッションツリーを作成し、目標の「相対評価」で質を高める

次に、目標設定の仕方を変えていきました。僕は、評価制度を運用する上で、そもそもの「目標設定の在り方」が非常に大事だと思っています。

まず大切なのが、なぜその目標を担うのかという全社戦略との紐づきです。全社から個人までのミッションツリーを作成し、役員、事業部長、マネージャーの順で、次の半期に取り組むべきミッションを定めています。

弊社では、マネージャーがメンバー全員のミッションを設定するのですが、いくらグレードの定義が明確でも、「それぞれの水準に合わせて目標を書いてください」と伝えただけでは運用はうまく回りません。

そこでガイドラインとしては、各目標に対する5段階の達成基準と、そのウエイトを明記することを推奨しています。なるべくデジタルな形で評価されるように、細かく設定していますね。

▼目標設定の一例

さらに「ミッション設定会議」を導入し、マネージャー以上が各メンバーの目標を持ち寄って、全員分の目標の妥当性を確認する場を設けています。

すると、隣の部署と比べて自分の部署にいるメンバーの目標水準が高すぎたり低すぎたりしないか、もう少し細かく設定した方がいいかといったことがわかるんですね。

こうした会議で相対評価をしたり、マネジメント層に対する研修を実施することで、目標設定の質が上がってきたかなと思います。

人材開発会議と査定会議を取り入れ、人が育つ仕組みをつくる

また、メンバーの能力開発を目的として、人材開発会議査定会議を設けています。

期初に行われる人材開発会議では、メンバー1人ひとりの強みや課題をふまえながら、次の半期にどのような能力を開発していくか、どういった期待役割を任せていくかなどを話し合っています。

そして期末に行われる査定会議では、各メンバーの目標に対する結果をマネージャーが持ち寄り、次半期の期待役割グレードについて全部署のマネジメント層とすり合わせた上で決めていますね。

最初は、以前の「がんばり評価」の名残もあったので、あくまで目標に対する成果で評価するように、地道なコミュニケーションを重ねていきました。

また議論のなかで、「一段上のグレードにあげたい」「一段下に下げた方がいい」など、意見が分かれる時もあります。

この判断をする際、一番のポイントは、本人に何を伝えたいかだと思っていて。

「点数でいうとギリギリこの等級だけれど、今は厳しくフィードバックした方が本人にとって良いから、そのままにしたい」といった場合には、どのようにフィードバックするかを査定会議ですり合わせています。

評価面談の目的は、ただ結果を伝えることではなく、メンバーの能力開発と信頼関係の構築にあると考えていて。

結果だけでなく、強みや課題についてもフィードバックした上で、次の半期で担ってもらいたい役割や業務の水準を伝えるようにしていますね。

「最もフィードバックしづらいケース」を想定したロープレを実施

フィードバックの質を高めるために、マネージャー向けの研修も実施しています。目的や気をつける点などをレクチャーしたり、マネージャー同士で評価面談のロープレを行ったりしていますね。

実際のロープレでは、最もフィードバックしづらいケースを想定してもらい、フィードバックする側と受ける側を相互に体験します。

例えば、「マイナス査定を伝える」というケースで実施した際には、相手から「もう少しストレートに言ってほしかった」「具体的に何が足りていなかったのかわからなかった」などのフィードバックを受け、自身の伝え方の傾向がわかったという声があります。

他にも、「メンバーの能力開発のためのフィードバックをする」というケースでは、「とってつけたような強みに感じた」「具体的な言動やシーンと合わせて課題を伝えてもらわないと納得感がない」などのフィードバックを受け、そもそも強みと弱みをもう一段深く考えたり、伝え方を工夫することが必要だと気づいたという声も多くありますね。

また期末に、評価制度に関するアンケートを、全メンバーに対して実施しています。この内容は、評価全体の納得度や、自分の強み・課題の理解度、次半期の期待役割の理解度などを問うものです。

▼実際のアンケート内容(一部)

その結果を確認しながら、必要があれば「もう少し課題についてもきちんと伝えた方がいいですね」といった個別フォローをすることで、マネジメント改善につなげています。

マネジメントの能力を高め、若手を抜擢できる組織にしたい

新しい評価制度を運用し始めて1年半が経ち、評価に対する納得感やメンバーの能力開発など、一定以上の水準に高まってきたと感じています。

組織のコンピテンシーに関するアンケートを、昨年の3月から毎月実施しているのですが、5段階評価で、すべてのスコアが高くなってきていますね。

今後は、若手の抜擢をさらに強めていきたいです。いまもダイナミックに挑戦してもらっていますが、若いメンバーがさらなる挑戦をして、半期ではなく、2、3年後の中長期でどういう状態に達してほしいか、どういうキャリアを歩めるかを本人と一緒に考えたいと思っています。

そのためには、制度以上に、目標設定の描き方や、人材開発会議や査定会議といった運用の在り方、それを実行するマネジメントのケイパビリティを磨いていくことが重要かなと思っていて。

これから先、メンバー自ら目標設定をする方向に変更する可能性もありますが、そもそもマネージャー自身が適切に目標設定をして、メンバーとすり合わせできるレベルにならなければ、メンバーから挙がってきた目標に対するレビューがうまくできないじゃないですか。

結局、人事制度を変えてもマネジメントのレベルが変わらないと効果がでないので、まずはマネージャー自身の目標設定やフィードバックの質を上げていくことが大切だと考えています。

今後も、制度や運用をブラッシュアップしながら、人が育つ組織をつくっていきたいですね。(了)

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