- ライター
- SELECK編集長
- 山本 花香
スタートアップ経営に必要なバックオフィスをどう育てる? hokanの安田さんに聞いてみた
〜スタートアップ成長の鍵を握る「バックオフィス」。採用のタイミングから、経営とのコミュニケーション、育成における注意点までお伺いしました〜
本シリーズ「教えて!対談」は、SELECKの読者の方が、日頃の業務における課題や気になるテーマに関して、話を聞きたい相手に取材をするという企画です。
第5弾は、株式会社Shippio代表取締役の佐藤 孝徳さんから、株式会社hokanのバックオフィスを一手に担う安田ともこさんに取材をしていただきました!
Shippioは2016年6月に創業し、2019年9月にシリーズAで総額10.6億円の調達を完了した、急成長中のスタートアップ。国際物流領域のDXを進めるデジタルフォワーダーとして事業を展開しています。
一方のhokanは、2017年8月に創業し、保険営業のためのクラウド型顧客・契約管理サービス「hokan」を提供するスタートアップ。同社でバックオフィスを担当する安田さんは、「SBO(スタートアップバックオフィス)勉強会」のコミュニティを立ち上げ、知見の普及に尽力されている方です。
今回はそんな安田さんに、1人目バックオフィスの採用から、経営とのコミュニケーション、育成までを、経営者の視点からお伺いしていただきました。
スタートアップ経営者の方々、バックオフィス業務を担うすべての方々、必見です!
1人目のバックオフィスは、いつ・どんな人を採用すべき?
佐藤 本日はよろしくお願いします。hokanさんとは出資を受けているVCのCoral Capitalが一緒というご縁で、普段から色々とご相談させていただいています(笑)。今回は、スタートアップのバックオフィスの在り方について色々と意見交換できればと思っています。
安田 はい、よろしくお願いします。Shippioさんは、バックオフィスの方を採用されたのはいつ頃でしたか?
佐藤 最初に採用したのは、プレシリーズAの約2億円の調達が終わった後です。それまでは僕が社会保険や月次経理などもすべてやっていて、毎月、地獄でしたね(笑)。
今となっては、もっと早い段階でバックオフィスを採用すべきだったなと思うのですが、社員5名くらいの頃はまだPMFもしていないし、資金的にも厳しいから、経営陣が夜中にやって済むのであればそれでよくない? という意思決定をしがちで。そのタイミングの判断が難しいと思うんです。
▼株式会社Shippio 代表取締役 佐藤 孝徳さん
佐藤 実際、周りの経営者を見てもそういう方が多い印象なのですが、安田さんはいつ頃入社されたんですか?
安田 私は、hokanの2人目の社員として入社しました。共同創業者の小坂が、以前にも起業経験があったことから「絶対に必要になるから」と推してくれましたね。
佐藤 その意思決定できる経営者ってなかなかいない気がします。2人目とか3人目とか。
安田 よくありがちなのが、煩わしくなってきた事務作業を渡せる人がほしいという理由でバックオフィスを探してしまうことかなと思っていて。そうすると、やっぱり自分でやればいいやとか、給与と任せたい仕事がマッチしなかったりするんですよね。
でも私は、できる限り早い段階でバックオフィス専任を採用する方がいいと思っています。経営者の得意不得意や、意思決定の仕方などを知ることができるので、それが後々の資産になると思うんです。
佐藤 そうすると、どういう人を採用するといいんでしょうか。1人目のバックオフィスには。
安田 経理や労務といったバックオフィスの実務経験も重要ですが、最優先すべきなのは、専門領域だけでなく周辺もすべてやります、というようなスタートアップ適性ですね。その上で、事業のキャッチアップがしやすく、ミッション共感にも直結しやすいドメインナレッジがあると最高にいいと思います。
「経営者の弱みを見せる」ことが、権限委譲の第一歩
佐藤 そういう人を採用したいと思う一方で、なかなか現実には見つからないじゃないですか。僕は結構なんでも自分でやってしまうのですが、どの仕事から任せていくかも難しいなと思っていて…。
安田 まず、労務・経理はマストですね。そこは任せた方がいいと思います。
佐藤 ただ、経営者にも依ると思うんですよね。たとえば僕みたいに、大企業でも一定経験のある起業家はコンプライアンス関連は強いんですよ。一方で、おそらく若手の経営者だと、雇用保険や納税手続きといった法律上やるべきことが整理できていない人も意外といると思うんです。
Shippioの場合は、バックオフィスの人にまず顧問の税理士さんや会計士さんを紹介したんですね。専門領域のカウンターパートがいれば過去の経験から判断してもらえるし、CCに入っておけば安心かなと思うんですが…違いますか?(笑)
安田 佐藤さんって、たぶん結構全部やっちゃう方なんですよね。
佐藤 たしかにやっちゃう。気になっちゃいます(笑)。
安田 「僕もCCに落としてください」っていう裏を自分で握りに行ってるところは、結局バックオフィスに任せられていないんです。そうすると、バックオフィスは育たない(笑)。
▼株式会社hokan バックオフィス 安田ともこさん
佐藤 なるほど…。でも、そういう経営者ってきっと多いじゃないですか。任せたいと思っているんだけど、やっぱり心配みたいな。どうすればいいんでしょう。
安田 経営者が得意なところや興味があるところは、本人がやればいいと思うんです。経営者といっても、エンジニア畑や会計畑などさまざまなバックグラウンドの方がいるので、得意で気になるところを持ち続けることは全然いいと思っていて。
大事なのは、苦手なところをちゃんと手放す。「僕はこれが苦手なので、ここはやってほしいです」というコミュニケーションをしっかりする。世話を焼いてもらう状態をまず成立させることです。
その信頼関係が成り立っていることを認識してもらうのも大事なので、最初に自ら苦手な部分を開示して、少しずつ性質を知ってもらう。それから、きっとここも、ここも、といって巻き取ってもらうのが大切かなと思います。
なので、経営者は弱みを見せる勇気が必要ですよね。大きくなりすぎると、手放すのはもっと怖くなるじゃないですか。アーリーのうちにやればやり直しも効くので、傷が浅く済むと思います(笑)。
佐藤 がんばります(笑)。
安田 一方で、バックオフィスの人は「やります」と言い切ったら、とことんやる。「これなら任せたほうが早いな」と思わせるような、お互いのバランスが大事だなと思いますね。
タスクをこなすバックオフィスから脱するための「声がけ」とは?
安田 佐藤さんは逆に、バックオフィスの人に求めたいことはありますか?
佐藤 僕が思うのは、どうしてもバックオフィスってタスクに追われるし、タスクを処理することも仕事のひとつだと思うんですね。
ただスタートアップだと人数も少ないので、会社の戦略や方向性などをきちんと理解した上で、今、何が足りないんだろうとか、次に行くためにはどうバックオフィスの組織として成長すべきだろうというところまで考えてほしい。
でも、なかなか難しいと思っています。経営と同じ視点で考えられるようになるというか。
安田 私も、以前はタスクをこなしてアウトプットを出すことで満足していた時期があったんですね。
どうしても細かいタスクが多いので、考えるより先に手を動かしてしまうし、売上も立たないので周囲から「バックオフィスって何してるの?」と思われがちで。そうすると「月次締めました」「請求書発行しました」「振り込みました」ってアウトプットしないと、不安になってくるんですよね。
経理が終わったら、次に採用や広報で手を動かして…と。それが達成感とか満足感につながると思っていました。でもそうすると全然頭を使わなくて、結局のところ、関わる領域は増えても手作業部隊で終わっちゃうんです。
そんなとき、代表の尾花に言われたのが「手を動かすな」と。アウトプットが出てこなくても、仕事をしていることは知ってるから不安になるな。その代わり、もっと上流から考えてほしいって言われて。
佐藤 それはめちゃくちゃいいメッセージですね。
安田 そう言ってもらえて初めて、安心して考えられるようになって。手を動かさずにどうやってパフォーマンスを出すかを考え始めたことで、そこから経営に近い目線で考えられるようになってきた気がきますね。
お互いの「固定概念」を取り払う、コミュニケーションの在り方
佐藤 ただ、それだけで安田さんみたいになれるとも思えないんですよね…スタートアップに必要なバックオフィスを育てるために、経営者は何をしたらいいんでしょうか。
安田 たぶん、私みたいなキャラクターの人って、そもそもバックオフィスにアサインされないのかもしれません。きっと違う畑に行くんですよ。でも別の畑では、こういう系の人はすでにいるので目立たないだけで(笑)。
佐藤 バリュープロポジション(笑)。そう言われると為すすべがないので…なにかヒントになりそうなエピソードってないですか?
安田 ひとつあるとすると、昔は「自分がすべきことはここまで」って思っていたんです。
たとえば月次を締めても、その数字をどう使うかみたいなことは興味がなかったですし、さらに言えばそれはCFOや経営陣の仕事でしょうと思っていました。それを私がやるなんて、そんなスキルもないし、めっそうもございませんみたいな(笑)。全然違う領域にあると思っていたんですね。
それを「あなたがやっていいんだよ」と明確に伝えることで、気づく人は一定数いると思います。
佐藤 なるほど。
安田 特に大企業で細分化されたバックオフィスの一役割を担っていたような人からすると、バックオフィスの横のつながりも上流の工程もわからなかったりするので、「ここまでが自分の仕事」という固定概念にがんじがらめになっている人は多いのかなと思うんです。
なのでメッセージとしては、とことんやっていい。突き抜けろと(笑)。
佐藤 突き抜けろ(笑)。つまり、普通の総務から会社の成長を支えるスタートアップのバックオフィスになるためには、がんがん仕事を奪いにいくみたいなスタンスが必要?
安田 まず本人の意思はありますよね。ワークライフバランスを重視したくてバックオフィスを選んでいる人もいると思いますし、そこで無理やりさせる必要はないので、本人がやりたいと思うのか。
その上で、経営者がそれをやっていいと明確に伝えてあげることが大事なのかなと思います。
経営から「課題」を出し続けることで、バックオフィスを育てる
安田 あと経営陣にぜひお願いしたいのは、経営視点から課題を出し続けるということですね。
佐藤 課題を出し続ける。たとえば、過去どういう課題があったんですか?
安田 実際にhokanで言われたのは、パソコンの在庫管理です。資産計上のために、何台保有していて、誰がどのパソコンを使っているのかを、以前から台帳で管理しているんですね。
ただ、あるとき尾花から、何のためにパソコンの管理をしてるの? そのパソコンの管理の仕方って適切なの? そもそも人が増えたら買って貸与するでいいの? みたいな問いかけをもらって。
そう言われると、他社はどうしてるんだろうと情報交換が始まったりとか、情報セキュリティや将来の資産価値を調べたりとか、エンジニアと営業に必要なスペックが違って金額差があるけれど、これって福利厚生としてどうなのかとかを、すごく考えるようになったんですよね。
佐藤 それ、めちゃくちゃ深いですね。
安田 パソコンを購入したら資産管理をするというのが、これまでのバックオフィス業務だったのですが、もっと考えろと言われたら、確かに考えることいっぱいあったなという気づきがあって。
たぶん、正解を求めているわけではないのですが、思考を続けてほしいというお題が、すごく効果的だったなと感じます。なので、できないから任せられないとか、任せるのが怖いだけじゃなくて、経営視点の問いかけをぽっとかけてあげるだけでも違うのかなって思いますね。
佐藤 高い水準を求め続けるというのは、すごく参考になります。こっちも何が足りないんだろうと考えますし。
安田 結局、経営者はもっと成長してほしいと思いながらも任せられなかったり、バックオフィスの人も自分の領域はここまでという固定概念があったりするんですよね。そういう壁を、お互い壊していけるといいですよね。
スタートアップのバックオフィスは、経営に一番近いところに居られるので、本当に知らなかった世界がぶわって広がるのが楽しいです。
佐藤 たしかに大企業のバックオフィスよりも業務の幅が広いし、事業の成長も感じられるから、それはおもしろいと思いますね。大企業のバックオフィスでどこか違うな…と思ってる人がいたら、ぜひお声がけいただければ(笑)。
今日もすごく参考になりました。もう安田塾作りましょう(笑)。本当にありがとうございました!
編集後記
読者がもつ自らの課題や関心ごとを、話を聞きたい人に直接お伺いできたら現場のナレッジシェアがもっと進むのではないか…そんな考えから生まれた本企画。
第5弾となる今回は、経営者から実務者にインタビューしていただく、という初めての形式で実施しました。
「バックオフィス業務を手放したいけれど、自分でやってしまう」「どうすれば経営視点をもったバックオフィスの人を育てられるのか」といった悩みは、スタートアップ経営者であれば誰しもが感じたことがあるのではないでしょうか。
バックオフィスを担う人が「自らの限界を決めずになんでもやっていく」という覚悟をもって行動すると同時に、経営者も「自らの弱みを見せて、苦手な部分を手放す」「経営視点からの課題を出し続ける」といったアプローチをすることで、経営に資するバックオフィスが育っていくのだなと感じました。
経営視点から話を深掘っていたただいたShippioの佐藤さん、自身のご経験をふまえて色々と教えてくださったhokanの安田さん、本当にありがとうございました!(了)
同シリーズ「教えて!対談」の過去記事も、ぜひご覧ください
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第2弾「刈り取り型から脱却するマーケ戦略」バルクオム野口さん × DMM大対さん
第3弾「CX(候補者体験)の向上」グッドパッチ小山さん × アイスタイル小坂さん
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