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目標制度は「永遠のβ版」。OKRを廃止したミラティブが明かす、独自の目標管理の全貌

〜2020年1月に、OKRを廃止。独自の目標管理手法「PKA(Promises and Key Actions)」を導入し、経営の最重要指標を達成したミラティブの取り組み〜

近年、注目を高めている目標管理手法OKR(※)」。しかし、OKRを導入したものの、思ったような成果を感じられていないという課題はないだろうか。

※OKRについて詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。

2018年に創業し、スマホひとつで誰でも簡単にゲーム配信ができるライブ配信プラットフォーム「Mirrativ(ミラティブ)」を提供する、株式会社ミラティブ。

同社では、2018年7月に目標管理手法としてOKRを導入。以来、野心的なムーンショット目標を掲げることで急成長を遂げてきたが、2020年1月にOKRの廃止を決断した。

現在は、OKRの要素を元に独自に設計した「PKA(Promises and Key Actions)」という目標管理手法を運用。経営の最重要指標(Promises)を必達目標として定めることで、OKRでは曖昧になりつつあった「到達すべき地点」が明確になり、目標達成する組織へと生まれ変わったそうだ。

同社でCHRO(最高人事責任者)を務める鈴木 修さんは、「目標制度は『永遠のβ版』であり、事業のフェーズに応じて作り変え続けることが大事」だと語る。

今回は鈴木さんに、OKRの廃止に踏み切った背景から、PKAの全貌、それを支える評価制度やカルチャーに至るまで、余すところなくお伺いした。

※編集部注:本取材は、オンラインで実施しております。

OKRを正しく運用できることが、事業成長の加速には結びつかない

僕は学生の頃に起業して以来、この20年ほどIT・スタートアップ業界に身を置き、あるときは組織の中の一員として、またあるときは組織の外からのアドバイザーとして、人事や営業、経営全般にずっと携わってきました。

ミラティブには、2019年10月に最高人事責任者としてジョインし、今年の6月から営業の責任者も兼務しています。

僕が入った当時は、目標管理の手法として「OKR」を採用していました。それまで支援してきた様々な組織と比べても、ミラティブのOKRは基本に忠実に則ってきちんと運用されているなという印象でしたね。

一方で、OKRを正しく運営できてはいるが、それが事業成長の加速には結びついていない、ということが課題だなとすぐに感じました。OKRの効果が、もはや十分に得られない事業フェーズになっていたんです。

なぜなら、OKRは「100%の目標達成=必達」を目的とした設計になっていません。会社やプロダクトがめざす理想を高く掲げて、全社をアライメントさせながら「全員をそこに向かわせていくこと」が一番重要であり、達成率は60〜70%でいいという設計(ムーンショット目標)なんですね。

ミラティブも、OKRを導入した頃は「必達でこの数値をクリアしなければならない」というより「ミッションの実現に向けて、全員で目線を合わせながらユーザーに受け入れられるプロダクトとは何かを模索し、まずはある一定水準までプロダクトを仕上げる」ということが大事なフェーズでした。その意味で、OKRはきちんと機能していたと思います。

ただ、僕がジョインしたタイミングでは、すでに向かうべき方向の目線も擦り合っているし、ある程度プロダクトの形も完成されていたと。次に必要なのは、創ったプロダクトの経済性を測るような目標を設計してPDCAを回すことであるのに、それができていませんでした。

現場のメンバーからしても、ムーンショット目標ではなく「具体的に、次に何を目指せばよいのか」を欲するような心理状態になっていたし、営業やバックオフィスなど、OKRが合わない部門も明らかになってきました。

そこで、もはや「必達の目標」を据えなければならないフェーズに来ていると感じ、2020年1月にOKRを廃止することにしました。

OKRを廃止し、独自の目標制度「PKA」を導入。両者の違いとは

新たに導入した目標管理の仕組みが、「PKA(Promises and Key Actions)」です。

PKAとOKRの違いは、まず「目標」にあります。Promise(以下、P)は、これを絶対に達成するという「約束」を表す、必達の目標です。

OKRのObjectives(以下、O)には、抽象度の高い定性的な目標を置くのが基本ですが、PKAのPには、経営としての最重要指標、たとえばユーザーのリピート率や広告の売上金額などを置きます。

また、OKRではOの成果にあたるKey Results(以下、KR)を指標に設定しますが、PKAの場合は、P達成のための行動にあたるKey Actions(以下、KA)を指標に置きます。

KAについては、定量で測れないものもOKにしており、P達成のために重要なアクションであれば、その種類や数は自由に設定できるようにしています。

たとえば「〇〇からの売上金額をXX円獲得する」というPに対して、そのPを担うチームは「△△の機能をリリースする」「〇〇のフィジビリを行って仮説検証をする」「先週実施した××の課題を特定する」といったように、様々なKAを設定しています。

▼PKAとOKRの違い(※図は編集部作成)

なぜ成果指標(KR)ではなく重要なアクション(KA)なのかというと、KRだと結果が出るのに2週間かかるものもあれば、たった1日で達成するものもある。それを細かく測るのではなく、PKAではアクションを確実に実行してPDCAを回すことで、プロミスを実現していこうという考え方です。

またPKAは、OKRのように全社全部門をアライメントさせていません。クオーターごとに経営の最重要指標をいくつか決めたら、その達成に直接的に関わる部門やチームだけが、そのPを担います。

例えば、ユーザーのリピート率であればプロダクト部門ですし、広告の売上金額であれば広告部門が担います。逆に言うと、間接的なチームにまでPKAを適用させない。

率直に言うと、OKRでは強引に全社全部門をひとつの目標にアラインメントさせている状況もあると思います。PKAではそれをなくし、目標達成に対する責任の所在を明確にすることが、狙いのひとつにあります。

全社PKAに関係しない部門は、自らにフィットする目標制度を採用

僕は、OKRの運用サイクルである「チェックイン」と「ウィンセッション」は、一見普通のことのように見えて、実は素晴らしい発明だと思っています。

目標を進捗させていく方法は昔から様々ありますが、なかなか継続させるのが難しい。そんな中で、これは継続させやすい優れた仕組みなので、PKAでも引き続き同じフローを導入しています。ただ、その中身はカスタマイズして変化させています。

たとえば、週の初めに全社で行うチェックインでは、OKRでいう「自信度」の共有はしません。シンプルに、Pに対するその週のKAを確認します。

また、週の終わりに全社で行うウィンセッションでは、ウィンの共有だけでなく、できなかった点や課題点の共有も大切にしています。KAがやりきれなかった理由は何か、目標を達成する上で何が足りていなかったかを明らかにし、それをふまえて次週のKAを決めるというフローです。

もちろん、月ごとの方向性を示すような大まかなKAも作ってはいますが、基本的には週ごとにKAをチューニングし、軌道修正をかけていますね。

▼PKAの運用サイクルイメージ(※図は編集部作成)

一方で、PKAに関わらない部門やチームに対しては、PKAの運用に無理にこだわらずに、それぞれにフィットした目標設計やPDCAの回し方を許容することが大切だと考えています。

たとえば、新規プロジェクトのチームであればむしろOKRの方が合いますし、コーポレート部門であればシンプルなタスク管理をする方が生産性が上がりやすい。

つまり、チームの特徴やフェーズによって、自分たちにフィットする目標設計の形が異なるんですよね。なので全社のPKAに関係しないチームにおいては、PKAの手法を適用しなくてOKというルールにしています。

目標の達成度は、個人評価に紐づけない。測るべきは「成長度」

このように、チームによっていくつかの目標制度が混在している場合、その違いによって、個人評価に差を生まないことが大切です。

ミラティブでは今年の1月に人事評価制度を初めて導入したのですが、PKA・OKRいずれの場合も、目標の達成度と個人評価を紐づけていません。

もし仮に紐づけてしまうと、PKAの必達目標とOKRのムーンショット目標では達成難度が異なるため、結果として評価の基準が曖昧になってしまうんです。

ではどのような軸で評価しているかというと、事業目標とは別に、個人の成長目標を半期ごとに3〜5つほど設定しています。

たとえば、セールスであれば「自らが案件のPMとしてXX円の売上を立てられ、そのノウハウを形式知化して横展開できる」といったものや、エンジニアであれば「〇〇のテクニカルスキルを△△の改善が実現できるレベルまで高め、指示の必要がなく自走でアウトプットできる」といった目標があります。

つまり、事業目標の達成に向けた活動を通じて、その人自身がどういう成長を遂げたのか、どのような能力を体現したのかを評価する制度になっています。事業目標を達成したか否かは関係ないんです。

一方で、だからと言って目標達成へのコミットメントが薄れるということはありません。なぜなら、当たり前ですが、PKAやOKRで事業目標を達成していかなければ、会社やプロダクトの成長はないからです。

ミラティブには、ミッションに共感してジョインしたメンバーが本当に多いので、入社した目的であるミッションの実現は、メンバーのモチベーションの大前提にあります。もちろん、事業が成長し収益が上がらないとストックオプションのリターンも大きくならなければ、昇給額の原資も増えていきません。

事業目標の達成を目指すことがまず大前提にあり、それを実現していく中で個人が成長するという捉え方をしているので、個人目標ばかりを追って事業目標を追わないということはありませんね。

Promiseを担うチームとの温度差を生まない、組織の「土壌」とは

またPKAの運用には、評価制度との整合性だけでなく、組織の「土壌」が大事です。

というのも、PKAを担う部門だけが一生懸命で、それ以外が緩くなってしまうという温度感の差を生まないためには、経営のPやPKAのシステムを全社員がしっかり理解して、足並みを揃える必要があるためです。

でも実は、ミラティブの場合は、PKAの理解浸透のためになにか特別な対策を打った訳ではなくて。もともと、創業初期からオープンネス(情報の透明性)を重視してきたので、会社の方向性や経営の重要指標、その時々の経営状態などを全社員に対して共有していたんですね。

会社が発信する情報を社員がしっかり理解するというカルチャーの土台があったからこそ、PKAの共有を発表するときにも「あ、一部のチームだけに関係のある話ね」ではなく、当たり前のように「自分も理解しておかないと」という意識になるのかなと思います。

またミラティブは、ミッションである「わかりあう願いをつなごう」の「わかりあう」ということを、自分たち自身が体現しようという文化があります。全社や他のチームのことも理解し、しっかり貢献して支え合っていくという土壌があるんです。

Slackでは様々なチームのやり取りを普段から見られるので、その中で起こっていることや喜怒哀楽の感情など感じ取れますし、実際に「自分たちも何か貢献しなきゃ」「自分ももっと貢献したいな」という声が、メンバーから出ることもありますね。

目標制度は「永遠のβ版」。フェーズに応じてつくり変え続ける

PKAの運用を始めた結果、上半期に掲げていたPromisesは、すべて達成することができました。

OKRの頃は、目標が定性的であるがゆえに、頭ではわかっていても経済的に達成すべき目標への意識やその優先順位が曖昧になってしまっていました。

それが「このPromiseは必達であり、最優先。だからここに集中するんだ」という意識に切り替わったことで、数字の結果となって表れたのかなと思います。

また、OKRを運用していた時って、アラインされたOやKRを無理やり作っていたチームもあったんですよ。毎週OKRを振り返って、「今週のウィン何かあったかな…?」とひねり出して発表して。運用はコンプリートされているけれど、運用するために何か余計なこともしていたという事実も、正直あったはずです。まさに手段が目的化してしまっていました。

ですので、チームによっては、粛々とやるべきことをやるんだという目標管理に変わったことで、OKRからの「解き放たれ感」みたいなものもあるんじゃないかなと思います(笑)。

僕は、組織運営は事業の成長のためにあるものなので、目的と手段を履き違えないことが大事だと思っていて。結局、組織運営の方法は目的に到達するための手段でしかないので、事業のフェーズに応じて適切なツールを読み誤らないことが大切です。

その意味では、僕は目標制度も「永遠のβ版」だと思っています。

PKAのようなソリッドな目標管理システムを運用していくと、どこかしらでムーンショットの時には感じられていたようなワクワク感が薄れていくとか、チャレンジしている感がなくなっていくような「何か」が、未来に失われてしまう可能性はあると思うんですね。

ですから、PKAでも熱狂的な盛り上がりや野心的なチャレンジができるような仕組みを考えないといけないと思いますし、組織が拡大したときに同じ目標設計ではうまくいかないことも出てくると思います。いつかは「ミラティブ、PKAやめました」みたいな話になるかもしれないです(笑)。

組織人事の仕組みは常に未完成であり、様々な手法は常にベストではなくベターであるからこそ、モアベターを追求していくという意識をもって、今後もタイミングを見極めて適切な仕組みに変え続けていきたいと思います。(了)

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