• 株式会社アンドパッド
  • 取締役CFO
  • 荻野 泰弘

シリーズD・122億円調達の裏側。アンドパッドが海外投資家に支持された四つの理由

シリーズD・122億円調達の裏側。アンドパッドが海外投資家に支持された四つの理由.002

2022年、株式市場の冷え込みによりIPO評価額が落ち込み、資金調達を目指すスタートアップには「冬の時代」が訪れたと言われている。しかしそのような状況下でも着実に成長し、投資家から大きな評価を得て大規模な資金調達に成功したスタートアップが存在することも事実だ。

クラウド型建設プロジェクト管理サービス「ANDPAD」を2016年より展開する、株式会社アンドパッド。同サービスは現在、約39万人の建築・建設業界の従事者に利用され(※2022年11月時点)、また組織としてもベトナム法人の設立をはじめグローバルに開発体制を拡大するなど、右肩上がりの成長を続けている。

そんな同社は2022年9月に、シリーズDラウンドにおいて海外の機関投資家を中心に総額約122億円の資金調達を実施したことを発表。同時に公開した資金調達の目的と使途および今後の展開を示す「ANDPAD Second Act」と併せ、大きな話題となった。

同社の取締役CFOを務める荻野 泰弘さんは、今回の資金調達の特徴はその目的が「単なる運転資金の確保」に留まらず、「カテゴリーリーダーとして業界を牽引していくための成長」にあることだと話す。その実現のため、前回のシリーズC調達の時点から、投資家とのコミュニケーションや事業の拡大といった様々な準備を進めてきたという。

しかし同時に、マーケット環境が不安定な中で、今回の調達は苦労の連続でもあったそうだ。

そのような状況下にあっても、アンドパッドが投資家に支持された四つの理由とは? そして、意図的に海外の機関投資家を招き入れたCFOとしての狙いとは? 荻野さんに通常は語られない資金調達の裏側を、詳しくお伺いした。

累計200億円の資金調達を経て、日本の建設現場の課題解決を目指す

僕は最近、自己紹介では自分を「投資家、事業家、経営者」と表現したりしますが、基本的には「仕事=趣味」みたいな人間です。29歳までは一度も社会に出ず、個人投資家として生きていました。

30代になって初めてマクロミルという会社に就職して、その1年半ほど後にCFOに任命いただきまして。そこから、CFOという生き方が自分に合っているなと思い始めて、以降はスタートアップの会社と、その会社を買収したMIXIでCFOを務めました。

趣味としては、トレイルランやフルマラソンが好きだったり、よく京都の禅宗のお寺に座禅を組みに行っていたり、お酒は毎日飲んでいたり…めちゃくちゃ自由に生きています(笑)。

実はアンドパッドに入る前は、世界一周旅行に行き、また20代の時のように自由に風に吹かれるように生きようと思っていたんですよね。でも、出発前の壮行会で、「どこかもう一社くらい、CFOとして腕を振るいたい会社ないの?」と発破をかけられて。

そういう考え方もあるか、ということで、スタートアップの会社を自分で調べていく中でアンドパッドを見つけて、「こんな面白い会社があるんだ」と思って。そして秋葉原のオフィスにふらっと行って、代表の稲田さんに会ったんです。

稲田さんは当然僕のことは知らなかったのですが、「どんなやつが会いに来たんだろう」くらいの感じで1時間半くらい話をしていたら、めちゃくちゃ意気投合して、一緒にアンドパッドで戦ってくれないかと言われ、参画することにしました。

…入社の経緯は簡単に言うとこんな感じですが、正直この時のエピソードだけでも4〜5時間くらい話せてしまうほど、ドラマチックな入り方でした(笑)。

▼株式会社アンドパッド 取締役CFO 荻野 泰弘さん

シリーズD・122億円調達の裏側。アンドパッドが海外投資家に支持された四つの理由.003アンドパッドは、「幸せを築く人を、幸せに。」というミッションを一番大事にしている会社です。建設・建築の現場で日々働いていらっしゃる職人さんや大工さん、一人ひとりと向き合うことを大切に、2016年からサービスを展開しています。

直近までで、累計200億円を超える資金調達を行いましたが、これだけの巨額の投資によって、北は北海道から南は沖縄まで、建設や建築の現場が抱えている生産性の低さや、人手不足の課題を解決するプラットフォームになることを目指しています。

実際に提供しているサービスは、業務プロセスやコミュニケーションをデジタル化していくような、現場と社内をつなぐためのアプリケーションです。

▼建設業務をDX化するアプリケーション「ANDPAD」

シリーズD・122億円調達の裏側。アンドパッドが海外投資家に支持された四つの理由.005プロダクトもどんどん進化しており、現在は建築業界のバリューチェーンに沿うような形で、引合粗利管理や各種検査、協力会社への受発注、経営管理までをシームレスにデジタル化するサービスも提供しています。

また2022年にはベトナム現地法人の立ち上げ、インドからの新卒採用を開始するなど、グローバルな環境での開発体制の構築を進めています。

「ANDPAD Second Act」として、あえて資金の使途や戦略を公開

今回は2022年9月に発表した、シリーズDラウンドにおける総額約122億円の資金調達についてお話しさせていただきますが、前提として「そもそもなぜ資金調達が必要なのか」というと、一般的に大きくは三つの理由があります。

一つ目は会社の運転資金の確保、二つ目は工場などの設備投資、三つ目がM&Aのような大きな買い物です。

いずれにせよ、自分たちの売上や利益の幅を越えた巨額の資金が必要な時に、資金調達を行うということが大前提です。

特に我々のようなソフトウェア系のスタートアップの場合、基本的には1点目の「運転資金の確保」がその目的です。ただ今回の我々は、単なる運転資金に留まらず、自分たちがカテゴリーリーダーとして業界を牽引するために必要な成長を目的に資金調達をした、ということが一番大きな特徴かなと思います。

会社のことだけを考えて資金調達をするのであれば、そんなに大きな金額でなくても良いですし、小さな資金調達だけでIPOする会社さんもたくさんいらっしゃいますよね。逆に、IPOする前に百数十億円を調達する会社のほうが珍しいと思います。

この調達のより具体的な目的としては、公開した「ANDPAD Second Act」の中でその資金使途を大きく四点記載しました。そのうち三点は「人」に関することで、まず人材への投資については思いきり加速していきます

▼実際に公開された「Second Act」より

シリーズD・122億円調達の裏側。アンドパッドが海外投資家に支持された四つの理由.006そもそも我々のような未上場のスタートアップが、わざわざこうした形で自分たちの戦略を公表する必要ってないんですよね。ですが今回はあえて公開することで、我々のミッションや戦略に共感してくれる、志高い人材にぜひこれが届いてほしいという思いがありました。

「今、アンドパッドはこんな風に動いているよ。だからぜひsame boatで戦わないか」と呼びかけたい。つまりSecond Actは、アンドパッドに少しでも興味を持ってくださっている方全員に向けたラブレターという位置づけです。実際に、公開後は多方面から大きな反響をいただきました。

2年前のシリーズCの調達でも、「ANDPADアライアンス」という言葉を使って「ここからみんなを徐々に巻き込んでいきたい」という意思表明はさせていただきました。そして、その時に調達した約60億を使って、実際に仲間を招き入れるだけの土台ができたんですね。

このタイミングで、より幅広く様々な会社や人材に向けて、建設・建築のあまりにも大きい課題に対して、一緒に戦いませんか、と言えるような状態になったということで、今回は戦略をより踏み込んで発表した形です。

上場後の株価形成までを見通し、海外の機関投資家を招き入れた

今回の資金調達は、その半分以上が海外投資家からのものであり、また世界最大級のロング・オンリー機関投資家(※)に参画いただいたという点も注目をいただきました。これは、前回のシリーズCの時から資本政策として意図していたことです。

※ロング(買い)ポジションのみで運用する方法を採用する投資家のことで、長期保有を前提とすることが特徴

その背景としてはまず、我々は業界特化型のバーティカルSaaSとして日本の中では1、2を争うような規模になり、国内の類似企業分析のみでは戦略構築の解像度を上げることが難しい状況にあります。

その点、海外の投資家はやはりグローバルの事例を数多く知っています。彼らにアクセスできることで、世界で大きく羽ばたいてるバーティカルSaaSの会社が何をやってきたのかを聞き、ディスカッションをしながら、自分たちの戦略に落とし込める。こうした意味で、知見やノウハウがある人たちを招き入れたいという意図がありました。

しかし、海外の機関投資家は、運用資金が数百兆円、ミニマムのチケットサイズで100億円未満だと小さすぎる、というレベルなので、通常は招き入れようと思ってもなかなか難しいです。会社の規模が大きくならないと彼らは見向きもしてくれませんから、そこはシリーズCの時からしっかりと丁寧に動いていきました。

そして今回、僕が海外の投資家と話をさせていただく中で、我々が評価されたと思っている点は四つあります。まず1点目はマーケットの大きさ、2点目は独占的なポジショニング、3点目が明確な成長戦略とそれをエグゼキューションする実行力、そして最後が経営チームです。

これらのポイントは、我々がこれまでにやり切ってきたことでもあります。例えばマーケットの大きさがより拡大するように、建設プロジェクト管理サービス「ANDPAD」以外にもさまざまなプロダクトを開発していったり、Second Actのような明確な成長戦略を立てたり、ということですね。

こうした動きがあったことで、「こんな会社は日本の建設テック企業としては二度と出てこないだろう」と世界中の投資家に評価していただけたのではないかと思います。

そしてもうひとつ、我々が今回海外の機関投資家に白羽の矢を立てた背景としては、投資家が株式を「売る」タイミングを考えてのことでもありました。

皆さん、資金調達を主に株を「買う(買われる)」タイミングで見ていると思うんですね。例えば、スタートアップで創業した直後はエンジェル投資家が株を買ってくれる、シリーズAやシリーズBであればVCが買ってくれる。だから彼らにプレゼンして資金調達しよう、といった形です。

ただ実は、この「買う」タイミングだけではなくて、「売る(売られる)」タイミングも考えなければいけないんです。

なぜ売るタイミングを考えないといけないかというと、未上場株に投資をする投資家は、上場株を長期的に運用するための専門部隊を持っていないことが多いからです。

ですので基本的に、IPOした後も投資先の株を買い増す事は無く、売る一方になります。そうすると、売る人ばかりが株主なので、「上場ゴール」と言われるような株価が見事に形成されてしまって、上場後に株価が下がり続ける。これはすごくもったいない。

そこで我々は今回、ロング・オンリーを含めた機関投資家にもアプローチしました。ただ一方で、ロング・オンリーのみになると、今度は株の流動性がなくなって株価が不安定になってしまう。

ですのでCFOは、「上場後にどのくらいの安定株主がいて、どのくらいが流動していれば、企業成長に応じてきれいに株価が形成されていくか」までをしっかりと考える必要があります。

マーケット環境が不安定な中、数々の苦労もあった

とはいえ、このマーケット環境ですから、今回の資金調達は苦労の連続ではありました。正直、こういったマーケット環境での資金調達は、もう二度とやりたくないと思うくらい大変でしたね(笑)。

そもそも、グローバルな機関投資家は、流動性がある上場株ですら新規の投資先に手を出す事が難しい状況でした。完全に引き潮で、厳しいマーケット環境だったことは間違いないです。

結果的に、今回の資金調達は自分が思っていたよりはるかに時間がかかってしまいました。やはりマーケットが揺らいでる間は、投資家の方々も自分たちの傷んだポートフォリオを整理しなければいけないので、極端に言うと「お前のプレゼン聞いてる場合じゃない」みたいなモードになっていました(笑)。

それに伴って、成長投資にリソースを割くタイミングがどんどん遅れていったことは、なかなか辛かったですね。

また、今回は大きな調達をしましたが、実は僕自身はCFOとして「必要最小限の調達をする」ことが大好きなんです。最小限の調達をして、自分たちが成長したら、マーケットや投資家に価値を問うて、評価してくれたらまた調達する…という、常に緊張感を持って投資家とコミュニケーションし続けるような、ストイックな資金調達が好きです。

シリーズD・122億円調達の裏側。アンドパッドが海外投資家に支持された四つの理由.004でもそれができるのは、自分たちが調達したいと思った時に調達しきれるという確信があるからです。今回はそういう意味で言うと、逆にここから3年ほどはマーケットは揺らぐという確信を持っていて。

ですからこのタイミングで小さな調達をしてしまうと、次の調達も大変な状況の中で時間を掛けて行わなければならない。そうなると、会社の成長に向けたアクションがどんどん後手に回ってしまう。それは避けたいと思い、調達のサイズをアップしていったという背景もありました。

このように、今回のマーケット環境では自分のポリシーや「こうあるべき」と思っていることを曲げたり、変化に柔軟に対応したり、といったことがすごく多かったですね。

実際に、資金調達に向けて制作していたファイナンシャル・ディシプリン(財務的な方針や制約等)をマーケットの環境が変わるたびに修正していたら、経営陣との議論の過程も含めて残した議事録が560ページほどになってまして(笑)。本を丸々1冊書けるくらいのレベルで悩み、苦しみ続けた調達でした。

「小さなIPO」を目指さず、「オールジャパン」で戦わないか?

ここまで資金調達についてお話ししてきましたが、基本的に僕自身の仕事はファイナンスをすることではなく、ファイナンスをした後にいかにそれを成長投資につなげるかだと思っています。

ですので今は、完全に新規事業に自分の時間のすべてを注ぎ込んで、調達した資金をいかに成長投資にできるか、ということに取り組んでいます。

これから海外も含めて資金調達に挑まれるスタートアップの方にアドバイスがあるとしたら、「世界に打って出られるスタートアップを共に作りませんか」ということです。

日本はグロース市場があって「小さなIPO」をしやすいこともあり、イグジットがIPOだと思っている経営者があまりにも多い。ですが世界的に言うと、イグジットは90%ぐらいがM&Aで、IPOする会社のほうが逆に少ないんです。

「小さなIPO」をする会社が多いことの何が弊害なのか。例えば、建設業界で弊社のようなサービスを運営する会社が二社、三社、四社と出てくると、データがどんどん分断されていきますよね。

そうなると、創業者はIPOによるキャピタルゲインで大きなメリットがあるかもしれないですが、サービスを利用するユーザーにとっては大きなデメリットになる可能性もあります。航空会社のマイルが分かれているのが不便だ、みたいな感じですよね。

であれば、同じ志を持つ会社同士は合従連衡して、「オールジャパン」として世界に打って出る世界観のほうが、産業を変革するような大きな戦い方が出来る、と僕はずっと考えていて。「小さなIPO」を目指すのではなく、一つのオールジャパンのチームで大きく本質的な価値提供を目指しませんか、と思っています。

いわゆるテック系の企業がマーケットにおける企業価値のトップ10にいない状態を、大きく前進させたいです。(了)

【読者特典・無料ダウンロード】UPSIDER/10X/ゆめみが語る
「エンジニア・デザイナー・PMの連携を強める方法」

Webメディア「SELECK」が実施するオンラインイベント「SELECK LIVE!」より、【エンジニア・デザイナー・PMの連携を強めるには?】をテーマにしたイベントレポートをお届けします。

異職種メンバーの連携を強めるために、UPSIDER、10X、ゆめみの3社がどのような取り組みをしているのか、リアルな経験談をお聞きしています。

▼登壇企業一覧
株式会社UPSIDER / 株式会社10X / 株式会社ゆめみ

無料ダウンロードはこちら!

;