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非エンジニアのワーママがエンジニアコミュニティを立ち上げ、600人規模に育てた運営術

非エンジニアが「エンジニアコミュニティの運営」や「技術広報」に携わる場合、共通言語や専門知識の少なさから、どのように推進すれば良いのか悩むシーンも多いことだろう。

AI技術を活用したテスト自動化クラウドサービス「MagicPod」の開発・運営を行う、株式会社 MagicPod専任セールス担当の採用より前にコミュニティの強化に注力し、口コミで顧客を獲得してきたという同社には、立ち上げから1年半で600人規模のメンバーがいるエンジニアコミュニティがある。その立ち上げと運営を担うのは、エンジニアリングの知識ゼロ、広報未経験、当時入社2ヶ月だった田上 純子さんである。

過去の育休期間に、プライベートで270人規模のコミュニティを作った経験を持つ田上さんは、初めて企業におけるエンジニアコミュニティを立ち上げることになり、共通言語がないことから当初は途方に暮れたそうだ。

そこから、「自分の知識不足やコミュニティの不足点を隠さない」「一人ひとりに誠実に向き合う」ということを大切に、社内外で密なコミュニケーションを築きながら規模を拡大してきたという。

現在のコミュニティは連日活発な投稿がなされ、イベントでは有志で登壇者が集まって発表を用意し、ユーザーが自発的に「さらにコミュニティを盛り上げよう」と発信するほどの熱量を持っている。また、企業としてユーザーからの要望を見える場所でチケット管理するなど、誠実な対応によって信頼関係を深めることができているそうだ。

そこで今回は、同社CEOの伊藤 望さんと田上さんに登場いただき、非エンジニア・広報未経験でありながら、1年半で600人規模の熱量の高いコミュニティを作ることができた秘訣について、詳しくお話を伺った。

エンジニアに開発ツールを広める鍵は、口コミとコミュニティ

伊藤 弊社が展開するAIテスト自動化プラットフォーム「MagicPod」は、開発工程全体の約30%を占めるといわれるテスト作業を自動化し、工数の削減をはじめ、競争優位性や開発スピードの向上を実現するサービスです。

MagicPodのコアの部分には、Webブラウザの操作を自動化するSeleniumを利用していますが、私が起業した当時はまだテスト自動化に取り組む企業がとても少なく、何とかしてこの技術を普及したいという思いがありました。

そうした背景から2013年に立ち上げた「日本Seleniumユーザーコミュニティ」は、現在ではテスト自動化ツールのコミュニティとして日本最大級の規模に拡大しています。

このコミュニティを運営する中で感じたのは、一般的なマーケティング施策のみで開発ツールを広めるのは難しいということです。というのも、エンジニアはWeb広告を見てもあまり反応しませんし、口コミを重視したり、自分で実際にツールを触るまで信用しなかったりする傾向があるんです。これは私自身がエンジニアとして体感していることでもあります。

なので、2017年にMagicPodの提供を開始した際も、新たにコミュニティを作って、できるだけ口コミで広がるような仕組みづくりや、意見交換しやすい場づくりをしていきたいと考えました。

ただ、Seleniumのコミュニティ運営では、ユーザー同士の会話が自然に生まれるような熱量の高い状態を作る難しさを感じていて。MagicPodのコミュニティを本格化するフェーズでは、専任のメンバーを採用したいと思っていたんです。

そんな時に出会ったのが、現在広報とユーザーコミュニティマネージャーを担ってくれている田上さんでした。

非エンジニア・広報未経験・入社2ヶ月でコミュニティ運営を担う理由

田上  私は、新卒で印刷会社に入社してディレクターとして十数年勤めた後、2021年11月にMagicPodの5人目の社員として入社しました。

私が入社を決めたときのMagicPodは、メンバー全員がエンジニアの会社で、セールス担当もいないフェーズでした。そのような状況で、エンジニアリングの知識や広報経験がない私がユーザーコミュニティを立ち上げるというのは、今思うと会社としても個人としてもチャレンジングな決断だったと思います。ただ、コミュニティ運営に関してはプライベートでの経験があったので、少しご紹介できればと思います。

私は前職で2度の育休を取得しているのですが、初めての出産ではいわゆるワンオペ育児の期間がすごく長くて。自分の時間が取れず常に睡眠不足で、毎日鬱々としながら過ごしていました。

そんな中でも徐々にママ友ができて、みんなで会話していると、「子供と遊ぶのは好きだけど料理は苦手」など、人によって家事育児の中でも好きなことや得意分野が違うと気付いて。そこで、週に数回は我が家に集まってもらって、「子供たちをまとめて面倒見る人」「全家庭のおかずを作る人」といったように、それぞれの得意分野を活かして役割分担をしようと提案したんです。

これがすごく上手くいって、夕方にはタスクが終わった状態で解散できるので、みんなHAPPYに過ごせるようになりました。次第にそれが口コミで広がっていって、初対面の方々まで我が家に集まるようになっていきました(笑)。これが私にとって初めてのコミュニティ体験です。

その後の育休期間は自分の時間もできたので、育児中の方が学ぶ機会を増やすための「名古屋ワーキングマザーの会」を数人で立ち上げたのですが、気付くと口コミで270人規模にまで拡大していきました。

他にも、個人でビジネスコンテストに出て受賞するといった貴重な経験ができて、私自身がコミュニティに携わる素晴らしさを体感していた頃に、MagicPodのコミュニティ運営を任せられる人を探していた伊藤さんに声をかけていただきジョインした形です。

そのような背景から、私は非エンジニア・広報未経験でありながら、入社2ヶ月で初めてエンジニア向けの企業コミュニティを運営することとなりました。

現在、MagicPodのユーザーコミュニティはSlack上で運営しており、連日活発な投稿が飛び交い、メンバーも増加し続けている状況です。そして、これまでの1年半で、600人規模の熱量の高いコミュニティに成長させることができています。

▼技術的な質問が日々投稿され、コメントが多数寄せられるコミュニティの様子

未完成なコミュニティであることを示し、ユーザーを巻き込みながら運営

田上  非エンジニアである私がこのコミュニティを運営する中で大事にしていることは二つあります。

まず、「私自身の知識不足やコミュニティの不足点を隠さない」ということです。やはりユーザーさんはエンジニアの方ばかりで開発ツールに関する理解も深いですし、日々の会話では専門用語が飛び交うので、正直私には分からないことだらけなんですね。

なので、そこで変に分かったふりをするのではなく、最初にきちんと未完成なコミュニティであることをお伝えして、「皆さんの力を貸してください」というスタンスを示させていただいてます。

それによって、ユーザーさんが私にも理解しやすい言葉選びでコミュニティに投稿してくださるようになり、とてもありがたく思っています。また、オフラインイベントの会場で、参加者の皆さんにフードの準備や片づけなどを手伝っていただく光景も、弊社ならではかもしれません(笑)。

伊藤 最初はびっくりしましたけどね。「あ、イベント運営も手伝ってもらうんだ」と思って(笑)。

田上  やはり私自身が人の手を借りないとどうにもならない経験や、協力した方が良いものになるという原体験を持っているので、今のコミュニティもそうしていきたいなという思いがあって。

また、弊社は業務委託を含めて約25人の組織なので、運営のリソースが少ないことを皆さん理解してくださっているんです。例えば機能要望をいただく際にも、自発的に「これは急ぎではない問い合わせです」とか「今のフェーズでは難しい要望かもしれませんが…」と添えてくださる方も多いですね。

このように不足点を隠さずに実情をお伝えしていることで、MagicPodの足りない部分も含めて愛してもらえるコミュニティになっているのではないかなと思います。

二つ目の大事にしていることは、「一人ひとりに誠実に向き合う」ということです。

例えば、毎月実施しているユーザーインタビューでは、伊藤さんにも同席してもらって、ユーザーさんの声にしっかりと向き合う時間を設けています。また、イベントに登壇してくださった方に手書きでお礼の気持ちを伝えたり、X(旧Twitter)でMagicPodに関するコメントを投稿していただいたら、必ず全員にお返事したりしています。

そういった1対1のコミュニケーションを大事にしながら、大規模なコミュニティではなかなか対応が難しいような、細かい部分まで気を配れたらと思っています。

もちろん、将来的に企業やコミュニティの規模が拡大すると継続が難しい取り組みも出てくるかもしれませんが、我々はスタートアップなので、問題が出てきたらその時にベストな方向に変えていけば良いかなと思っています。

共通言語がないため、答えを持つ人を「つなぐ」ことで解決に導く

田上  そのような考えを大切にしながら運営しているユーザーコミュニティですが、正直なところ、立ち上げ当初は少しなめていた部分がありました(笑)。「プライベートのコミュニティも予想以上に伸びたし、MagicPodでもこれぐらいは盛り上がるだろうな」と安易に考えてしまっていたんです。

しかし、実際に走り出してみたら、エンジニアの方々との共通言語がないことから、突然言葉の通じない異国の地に来てしまったような感覚でした。この状況に最初はすごくパニックになって、どうしたものかと途方に暮れてしまって。

まずは自分もエンジニアリングを勉強してみようと専門書を読んでみましたが、内容がさっぱり分からず挫折してしまったので、結果的に作戦を変更して「MagicPodの各機能に一番詳しいメンバーを誰よりも知っている人」になることにしました。

具体的には、社内エンジニアとのコミュニケーションを積極的に取って、一人ひとりのパーソナリティや得意なことを把握し、ユーザーさんから問い合わせがあればすぐに適任者につなげられる状態を目指したんです。

なので、日々のコミュニケーションに加えて、ワーケーション企画として八丈島の宿泊所に集まり、みんなで一緒に仕事や登山やキャンプファイヤーをするといった交流の機会も設けました。

このようなやり取りの中で、「質問に喜んで答えてくれそうか」「イベントに快く参加してくれそうか」といった個々のメンバーの温度感や、頼って良いタイミングとジャンルなどを掴むことができました。

また、ユーザーさん同士をつなぐことで解決できる内容もあるのではないかと考えて、MagicPodに関するブログ発信やSNS投稿をしてくださった方々との情報交換も行いました。その際、私が読み漁ったブログなどの情報は、AI生成した要約もつけてNotionで一覧化して社内にもシェアしています。

このようにして、共通言語を持たない私が答えにたどり着くための「最短ルート」を見つけていった形です。そもそも、ユーザーさんは誰かしらに答えを聞ければ良いわけなので、私自身は「つなぐ」という1点に集中することが、今のコミュニティ運営における正解かなと思っています。

こうしたWeb上のコミュニケーションやリサーチは今も継続していて、例えばユーザーさんの投稿から好きな食べ物や飲み物を知ったら、その方に登壇していただくイベントでそれらを準備しておくといったように、一人ひとりのユーザーさんを思い浮かべながら行動するようにしていますね。

▼田上さんのコミュニケーションについてつぶやかれたユーザーコメント

要望は見える場所でチケット管理。誠実でオープンな対応を徹底

田上  現在のユーザーさんとのコミュニケーション施策については、毎月の対面ユーザーインタビュー、3ヶ月に1度のミートアップやユーザーLT会、半年に1度のオフラインイベントなどを実施しています。

伊藤 特にミートアップやユーザーLT会は、MagicPodを効果的に活用いただけるように、成功事例を真似ていただく場として重要な位置付けにしています。このようなイベントでは有志で登壇者が集まり発表を用意してくださいますし、先日はユーザーさんから「みんなでさらにコミュニティを盛り上げよう!」と発信してくださる場面もありました。私から見ても、非常にコミュニティの熱量が高まっていると感じています。

田上  その他に、不定期の盛り上げ施策も行っているのですが、先日はQAエンジニアしか使わないような「オリジナル絵文字集プロジェクト」を実施しました(笑)。その時もコミュニティのユーザーさんたちにアイデアをいただきながら一緒に作って、誰でも無料でダウンロードできる形でSNSに投稿したら、たくさんの反響がありましたね。

そのようなイベント形式の施策の他に、MagicPodでは「要望を見える場所でチケット管理すること」をとても大切にしています。

例えば機能追加などの要望をいただいたら、「今後検討します」といった返答をするのではなく、必ず要望をリストに起票して、ユーザーさんたちが直接見える場所で進捗を確認できるようにしている形です。

▼ユーザーからの要望をチケット管理している画面(イメージ)

それによって、ユーザーさんも自分が伝えたことがきちんと受け止めてもらえたと分かりますし、各項目の優先順位や重要度も見ることができるので、私たちの対応への納得感を持っていただくことができています。

先日実施したLT会では、ある方が発表の最後にMagicPodへの要望を盛り込んでくださったので、CSメンバーがその場ですぐに起票して、その方がさらに補足コメントを記入してくださるといったやり取りもありました。

伊藤 やはりSaaSの開発現場では日々状況が変化するので、「いつまでに実装します」とはなかなか約束できないわけですね。その中で私たちがユーザーさんに見せられるものとして、きちんと管理・運用されていることをオープンにしたいという思いから、この取り組みを実施しています。

また、稀なケースですが、お応えすることが難しい要望をいただくこともあります。その場合は、ユーザーさんが何に困っているかを明確にして、我々のフィロソフィーに則って代替案を提示させていただくか、はっきりと対応が難しいことをお伝えしています。

田上  このようにオープンにチケット管理していると、コミュニティ内でユーザーさん同士が会話して解決してくださっている場面もすごく多くて。どなたかが「こんな機能はないかな」と投稿すると、他のユーザーさんが「すでにチケット化されていますよ」「後で実装する予定みたいですよ」といったように返答してくださるんです。

そういった皆さんの温かいサポートのおかげで、600人を超えるユーザーコミュニティに成長させることができましたし、今後もさらに拡大していければと思っています。

自分ならではの立ち位置でユーザーに寄り添い、つながりを強めていく

田上  立ち上げ初期を振り返ると、ユーザーインタビューに伺っても伊藤さんと話したがる方が多かったので、私がコミュニティの中心に立ったら皆さんに嫌がられてしまうかなと思っていました。

でも、地道に活動しているうちに、多くのユーザーさんが私だから言える話をたくさん寄せてくださるようになったんです。例えば「自社にMagicPodを導入したらメンバーがすごく喜んでくれた」といった報告を、わざわざ私宛てにDMで伝えてくださることもあって。

▼ユーザーがMagicPodを通じた成功体験や温かいフィードバックを寄せる様子

やはりごく少人数でQAを担当されていたり、一人で一生懸命MagicPodの導入プロジェクトを進めてくださっている方が多いので、本当は誰かに伝えたいけど代表の伊藤さんに報告するのは気が引けるといった話を、私になら言いやすいそうなんですね。

そういった点で、私は伊藤さんにはなれないけど、もう一歩ユーザーさんに近い位置に立てるようになったことが良かったなと思っています。

伊藤 イベントでもそのような場面が多いですね。エンジニア向けのイベントに非エンジニアの方がいると、なかなか会話につながらないケースが多いように思いますが、田上さんには皆さん積極的に話しかけてくるんです。この前も知人から「いや伊藤さんじゃなくて、今日は田上さんと話しにきたんですよ」と言われてしまったほどです(笑)。

田上  皆さんに温かく接していただけて本当にありがたいですね。また、これまでのコミュニティ運営においては定量目標を置かず、本当にのびのびとやらせてもらってきましたが、自然と事業面での嬉しい成果につながることが多いと感じています。

私が勝手に描いている将来的な目標は、オフラインユーザー会として全国のユーザーさんに直接会いに行くことです。できればお子さんも参加できる会にしたいですし、技術以外の分科会や部活みたいなものに派生していったら良いなと思ってます。

そして、大前提として、MagicPodを使ってくださる方々の仕事が充実して、それぞれの成功につながるようにと心から願っています。

伊藤 ありがたいことに、「転職先や副業先でもMagicPodを導入したい」と言ってくださる方々が多くいらっしゃって、コミュニティの拡大が事業成長にも寄与していると感じています。また、積極的にメンバーも採用しているので、引き続き社内外の輪を大きく広げていければと思います。

現在、企業としては海外進出にも着手しているので、ゆくゆくは海外版のコミュニティも作っていきたいと思っています。弊社はSlackの会話などもすべて英語なので、今後はEnglish LTといったチャレンジイベントも実施してみたいですね。(了)

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