• 株式会社コンカー
  • マーケティング部 部長
  • 柿野 拓

PRパーソンは経営の参謀!イチ企業が規制緩和まで実現させた、PRドリブン経営

〜PRは単なるメディア露出ではない?新しい価値観の実現に向けて、様々なステークホルダーと関係を築く、「マーケットイン」の考えを元にしたPRドリブン経営〜

「PRとは何か?」という問いに、あなたならどう答えるだろうか?ファンをつくる、知名度をあげる、ブランディングと、その解釈は多岐に渡る。

世界で4,200万人に利用されるクラウド経費精算システム「Concur(コンカー)」。米国に本社を置く同社は、2011年にジョイントベンチャー方式で日本法人を設立。

当時、国内ではほとんど認知されないサービスであったが、現在、経費精算ソリューション市場で国内売上トップシェア(ITR Market View:ERP市場 2016)を誇る。

好調な業績を支える要因の一つに、PR(パブリック・リレーションズ)を経営の根幹に据える「PRドリブン経営」があったという。

2016年9月にはスマートフォンでの経費精算を認める規制緩和を実現。その取り組みは世界レベルで評価され、PR業界で最も権威ある国際PR協会(IPRA)が主催するGolden World Awardsで部門最優秀賞を受賞した。

▼Golden World Awards「ファイナンシャルサービス&インベスター・リレーションズ部門」最優秀賞を受賞


今回は、同社のマーケティング部を統括する柿野 拓さんに、PRドリブン経営の本質とその裏側を伺った。

未来を先読みして対応する。PRドリブン経営とは

PRというと日本では、プロモーションと同義語で使われ、「広告費を支出しないメディア露出」と理解されているケースが多く見受けられます。実行段階では、話題性のあるマーケティングプロモーションやクリエイティブが前面に立つので、そういった誤解が生まれるのかもしれません。

本来、PR(パブリック・リレーションズ)は、その名の通り、目的達成に向け、様々なパブリック(ステークホルダー)と関係を構築することであり、良好な関係のもと、合意形成していくプロセスを意味します。つまり、PRの本質は、リレーションシップ・マネジメントを行いながら、新しいワークスタイルや価値観などを社会へ提案することと言えます。

ステークホルダーと良好な関係を構築し、合意を形成するためには、ステークホルダーの視点に立ったコミュニケーションが必要です。そのためには、自社の製品を売り込む「プロダクト・アウト」の視点ではなく、市場のニーズを捉える必要があり、「マーケット・イン」の考え方をすべきだと思います。

コンカーが実践するPRドリブン経営は、この「マーケット・イン」の考え方で行う、PRを基軸に経営戦略を考えるモデルです。2016年9月に実現した、スマートフォンでの経費精算を認める規制緩和も、PRドリブン経営の成果です。

多くのPRパーソンがその本質から乖離するのは、効果指標を記事の掲載数に置いていることが一因だと思います。記事掲載数、いわゆるパブリシティだけを追ってしまうと、PRパーソンの思考の幅が制限されますし、掲載数から逆引きで業務を捉えようとし、とにかく掲載されたら良いという発想になってしまいます。

PRドリブン経営に必要な前提条件

今でこそ約100名の組織になったコンカーですが、私が入社した当時は、社員数は20名足らずという状況でした。その中で、マーケティングの基盤を整備した後に、マーケティング業務の一環としてPR戦略を実施していくこととなりました。

代表である三村からは、入社時から「知名度なくしてビジネスはない」と常に言われていました。今まで様々な経営者を見ていますが、三村は営業だけでなく、マーケティングや広報、そして、PRの意義や重要性をしっかり理解できている数少ない経営者だと思います。

経営者の理解と支持があるおかげで、私はオペレーションマネジャーとともに経営の番頭役として、マーケティングやPR戦略に集中することができています。


PRドリブン経営を進める前提条件は、PRやマーケティングに対する経営者の理解とセンスです。中長期の視点で経営ができる経営者のリーダーシップが不可欠です。

PR戦略会議で先を読む経営。変化には自己修正で適応する

PR戦略は社会トレンドを踏まえながら、向こう数ヶ月先のスケジュールを先読みして立案しています。

▼同社のPRカレンダーのサンプル図


経営目標のもと、どのようなタイミングでプレスリリースや記者会見などのメディアリレーションズの施策を打つかをまず考えます。そして、そのためには提携先や導入企業との折衝をどう進めるか、あるいは政府や大学などとの関係構築をどのように進めておくのかを考えていきます。コアとなるメディアリレーションズ活動を進めるに当っては、どのような情報があると世論を喚起できるかを考えます。

例えば、「政治家の不正経費が問題となっているので、調査を行い、その裏にある紙での不透明な経費精算のフローに問題提起を行う」といった感じです。時事性を備えているテーマや自分事として捉えられやすいテーマは、一般紙やテレビなどのメディアも取り上げやすく、ネット上での広がりも期待できます。

また、将来のPR活動をあらかじめ決めることで、PR計画に沿って戦略的な製品開発ができます。「12月にこういったPR施策を打つので、それまでにAという機能をつけよう」といったことですね。こうしてPRを軸に考えることで、パートナーとの提携も計画的に進めることができます。

ただ、将来の動きを予測しながら、社内外の関係者を巻き込んでいきますので、目論見通りに進まないケースが出てきます。

そこで、毎月1回のPR戦略会議を開いて、スケジュールに修正をかけています。

PRドリブン経営を進めるためには、変わり続ける環境に対して、経営方針や自分自身を適応し続ける自己修正能力が重要だと感じますね。

問題の大きさを数字で!共感の増幅が社会を変える

スケジュールを立てた後は、PRプログラムを実行していきます。その際に重要なのは、「マーケット・イン」の視点で、人々が求めるストーリーを作ることです。そして、ストーリーを作る際に重要なことは、キーとなる数字やファクトを集めることです。

2016年9月に実現したスマートフォンでの経費精算の規制緩和の例で言えば、現在の経費精算の非効率さに関する数字を集めました。

  • 日本のサラリーマンは、経費精算に生涯52日を費やす
  • 日本のサラリーマンは、領収書ののり付けには12日を費やす
  • のり付けなどの経費精算の業務を人件費換算すると日本全体で6,000億円
  • 領収書の保管、輸送、管理などの企業のコスト負担は3,000億円
  • 税制当局の監査コストは1,000億円
  • 付加価値を一切生まない経費精算にかかるコストが、日本社会全体で1兆円

また、PRのストーリーを作る上で、「なぜ?」を突きつけることも重要です。「なぜ」を突きつけるためには、他国との違いなど比較が有効です。経費精算の実態に関しては、米国、英国、韓国などではスマホでの経費精算に対応したインフラが整っているという情報を集めました。

世論形成をしながら、ステークホルダーに働きかける

こうして集まった情報をもとに、訴求したいターゲットに刺さる魅力的なストーリーに仕上げていきます。

そのストーリーを、流したいメディアの特性に合わせて、リーク、プレスリリース、記者会見、個別取材といった形で露出させていきます。特に訴求したいポイントは、宣伝活動として投資を行い、アクセルを踏み込みます。

この活動で形成された世論を背景に、政府与党、規制当局、ビジネス団体、顧客、競合などとコミュニケーションを行い、良好な関係構築を進めていきます。結果、渉外担当が規制緩和の提案をする際に、政府側から共感や理解を得られやすくなります。

このように、様々なステークホルダーと関係を築き、三方よしに紡ぎあげていく活動がパブリックリレーションズ(PR)です。今回の活動で言えば、結果的に政府が動き、経費精算に関する規制が緩和されました。

このPRによって、日本社会はより効率的になり、スマートフォンで経費精算という新市場が創生されました。

PRファームは頭脳、あなたが手足

日本ではPRファームのことを、プレスリリースの原稿起こしや配信作業、記者会見などを行う、PRの実行支援役として考えるクライアントが多いように思います。一方で欧米だと、頭脳やコンサルテーションを期待して活用されるケースが多いように思います。

PRファームは、ステークホルダーとの関係構築のプロフェッショナルであり、社会トレンドを幅広く把握できる数少ない存在でもあります。PRドリブン経営を実施するためには、内部・外部情報の正しいインプットと状況把握が必要なため、PRファームとの協業は欠かせません。

その意味ではむしろ、クライアントが彼らのインプットを真摯に受け止め、手足となって、社内調整やパートナー協業を進める方が合理的かもしれません。

PRパーソンは旗をあげよう

私はこれからの社会を変えていくのは、社会企業家に代表されるような、解決すべき課題がより具体的で、投資家が直接的な効果を短期で受けられる、プロジェクトベースの組織体だと思っています。

PRパーソンは社会問題に対する答えとアイデアに触れる機会が多く、また、合意形成のプロフェッショナルでもあります。自らが旗を掲げることで多様性ある優秀な個人をプロジェクトベースにまとめ上げ、社会を変えていく、そんなリーダーシップが期待されていると思います。

私自身もPRパーソンの一人としての目線を上げ、公私にわたり、よりよい社会に向けた取り組みを進めていきたいと思います。(了)

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