- 株式会社ディー・エヌ・エー
- オートモーティブ事業本部 カーシェアリンググループ コミュニティ&PRマネージャー
- 宮本 昌尚
コミュニティの価値は「掛け算」で生まれる。2億円分のPR効果を生んだマーケ施策とは
〜コミュニティマーケの成果をどう測る?「顧客の5VALUE」から価値を捉える、個人間カーシェア「Anyca(エニカ)」のコミュニティマーケ哲学〜
マーケティングにおける「コミュニティ」の成果を、どのように測ればよいのだろうか。
株式会社ディー・エヌ・エーが運営する、個人間カーシェアサービス「Anyca(エニカ)」。
同サービスのコミュニティ&PRマネージャーを務める宮本 昌尚さんは、「コミュニティは何かの役に立つ。けれど、それがどう役立っているのか、その成果をどう定量的に示すのかが難しい」という悩みを抱えていた。
だが、Anycaのコミュニティマーケティングに取り組む中で、ひとつの答えが見えてきたという。
それは、「コミュニティの成果は単体ではなく、他の施策との『掛け算』で考える」というものだ。
コミュニティは、PR、開発、カスタマーサポートなどのあらゆる部分に接点がある。
だからこそ、顧客の持つ「5つのバリュー」からコミュニティの価値を考え、他の施策と掛け合わせることで、その成果を作ることができる、という。
今回は宮本さんに、コミュニティ運営のコツや、コミュニティの価値、その成果の作り方に至るまで、自身の経験に基づいた哲学を詳しくお伺いした。
「コミュニティは何かの役に立つ」が、成果の測り方がわからない
僕は2016年に入社しました。1年半ほど前から個人間カーシェアサービス「Anyca」の運営に関わり、今はコミュニティ&PRマネージャーを務めています。
元々、前職の広告代理店に勤めていた頃から、コミュニティマーケティングには取り組んでいまして。
当時はまだ先駆けだったのですが、だんだん世の中的にもコミュニティが盛り上がってきて。コミュニティがマーケティングを変えられると思って、ずっと携わってきた感じです。
Anycaでも、僕が入社する大分前からコミュニティ作りには取り組んでいました。利用者のみなさんと一緒に飲み会をしたり、月1で交流イベントを開催したり、といった活動です。
というのも、そもそもコミュニティ以外のマーケティング施策は効果が上がりづらかったんですね。
「マイカーを他人にシェアする」という文化が今までになかったので、やはり利用者さんからしたら、最初は抵抗があるじゃないですか。
そのサービスの特性上、ビラ配りやWeb広告などのマーケティング施策を打っても、全然コストパフォーマンスが合わなかったりして。
それを乗り越えるには、やはり実際にサービスを利用されたオーナーさんの体験エピソードを伝えていくことが重要だろうと認識はしていました。
しかし、僕がAnycaに入った当時のコミュニティの位置付けとしては、「何かの役には立っている。けれど、それがどう役立っているのか、どのような数字的インパクトがあるのかがわからない」といった状況でした。
実際に僕も1年くらい前までは、ずっと悩んでいたんですよ。何に役立つのか? どういう数値的成果があるのか? と問われても、上手く証明することができずに苦労していました。
それが今ようやく、答えが見えてきて。コミュニティをやってきて良かったな、と心から思っています。
広告換算で「2億円」の価値!コミュニティが生んだPR効果とは
Anycaの事業上、「オーナーとドライバー双方の利用者を、どれだけ獲得できるか」が、マーケティングにおけるKPIになります。
そこで、コミュニティにおいても、友人紹介を促進することで「新規獲得を増やす」ということが、僕の最初のミッションでした。
ですが、これがなかなか難しくて…。というのも、もともと利用者の3割は「友人紹介」による登録だったんです。
これを「もう1人紹介してください」と言ったとしても、「これ以上は難しい」といった感じで、既に紹介し尽くされた感があって。そこをさらに広める余地は、ほとんどありませんでしたね。
一方で、月1の交流イベントに行くと、「自分の車をシェアしたドライバーさんの会社に転職した」「結婚式の入退場で利用してもらえて嬉しかった」みたいなエピソードがたくさんあるんですよ。
この声が、イベントに参加した50人ほどにしか届かないのはもったいないなと。
そこでAnycaのアプリ上に「Anyca STORIES」というメディアを作って、利用者さんのインタビュー記事の配信を始めました。
▼利用者の声を届ける「Anyca STORIES」
こうした発信がきっかけとなって、PRにも効果が波及しました。
ある時、シェアリングエコノミーの特集として、テレビ番組でAnycaを取り上げていただく機会がありまして。
元々はサービス紹介の3分だけだった放送枠が、Anyca STORIESのエピソードを見せたところ、10分の枠に拡大してもらえたんです。
これって、テレビ広告に換算した価値でいうと、2億円に相当するんですよね。そこから、利用者獲得も一気に跳ね上がりました。
前職の時から、エピソードを持つ「コミュニティ」と「PR」は相性が良いと考えていましたが、それがまさに形になった体験でしたね。
コミュニティ単体のKPIは追わず、他施策との「掛け算」で考える
このPRへの波及効果のように、コミュニティは、他の施策との「掛け算」で考えるべきだと思っています。なのでAnycaでは、例えばイベントの参加者数のような、コミュニティ単体のKPIは設定していません。
コミュニティは、PRやカスタマーサポート、開発などのあらゆる接点において、それぞれの効果を生んでいます。
つまり、KPIでは測りづらいけれど、色んなものに良い影響を与えていると。そういう意味合いにおいて、コミュニティは「ブランディング」の役割に近いと考えています。
良いブランドだと認知されていれば、商品を安くしなくても、みんな買うじゃないですか。それと同じで、Anycaというブランドを作るのに、コミュニティってすごく役立つんですよね。
実際に、同様のサービスがリリースされた際にも「Anycaはコミュニティをすごく重視しているね」といったコメントがSNS上であったりして。
それを見ると、コミュニティの存在自体がサービスのブランド価値を上げているのかな、と感じていますね。
コミュニティの価値は「顧客の5VALUE」から測る
また、コミュニティの価値は「顧客の5VALUE」から測れると考えています。
具体的には、顧客の持つ「生涯価値(LTV)」「知識価値」「サービス共創価値」「影響価値」「紹介価値」の5つのバリューです。
このコミュニティの価値を、他の施策と組み合わせてどのように活用できるか? を常に考えています。
そこで作成したのが、マーケティングやPRなどの施策と「顧客の5VALUE」をマトリックス化した、コミュニティ・マーケティング・ミックスです。
▼コミュニティ・マーケティング・ミックス(図は宮本さん提供)
例えば、マーケティング部門で新規利用者を獲得する際には、「紹介価値」を生かして友人紹介での獲得を図ったり、「影響価値」を生かしてSNS投稿を促進したりします。
Anycaの場合、「紹介価値」を伸ばす余地が少なかったため、「知識価値」にあたるエピソードをコンテンツ化してAnyca STORIESにまとめました。それを、PRのネタとしてメディアで発信することで、PRの方のKPIに貢献しています。
また、サービス開発においても、コミュニティからフィードバックやアイデアをいただく、という「サービス共創価値」を生かすことができます。
ある機能を作ろうと思った時に、「この機能を一番使ってくれそうな人は、まずこの人だよね」といった形でイメージができるんです。しかも、実際に話を聞きに行くこともできます。
さらに、コミュニティの「知識価値」は、カスタマーサポートにも役立ちます。
例えば、「どんなクルマ紹介文を書けばいいのか」、「どんな値段設定をすればいいのか」という情報をコミュニティの人同士で共有することで、利用者間でサポートしあっています。
運営は利用者とともに。コミュニティには「新陳代謝」も必要
こうして、コミュニティの価値を正しく認識すると同時に、マーケターとしては、そのコミュニティを育てていく必要があります。
Anycaでは、交流イベントの運営を、コミュニティリーダーを始めとした利用者の方々とともに行っています。
▼実際の、交流イベントの様子
僕はコミュニティマネージャーとして、どういうことをしたいか? といった「道」は示しますが、その具体的な企画や運営の手法などは、コミュニティリーダーと一緒に考えます。
最初の頃は、4人の利用者さんをコミュニティリーダーに任命しましたが、多くの方に関わってほしいので、半期ごとの交代制にしています。運営を回しやすくするため、リーダーは1期あたり3〜4名ずつ選ぶようにしていますね。
リーダーが交代することで、新しいメンバーでもコミュニティの中核になることができ、さらに一度リーダーを経験した人は、その後も継続してコミュニティに積極的に参加してくれます。
そうしたコミュニティリーダー経験者が増えることで、コミュニティをより強固にすることができると考えています。
また、コミュニティを継続運営していく上では、新しいメンバーが入り続ける「新陳代謝」が結構大事だと思っていて。
というのも、既存メンバーばかりになってしまうと、新しい人が入りづらくなるじゃないですか。なので、全体のバランスとしては半数以上が新規になるような形にしています。
さらに、それだけだと既存メンバー同士で固まってしまいがちなので、イベントでは必ずランダムなグループに分かれて、自己紹介タイムを取り入れています。
このように、新規の人とも交流する機会をきちんと作ることで、新規の人が入りやすく、かつ既存メンバーも新しい友達を作れるような「変化し続けるコミュニティ」を意識していますね。
量より「深さ」を。コミュニティは小さく始めて、規模感を追わない
「コミュニティを始めるにも、予算が取れなくて…」という声をよく聞くのですが、僕は、コミュニティの始まりは飲み会でいいと思っていて。
大切なのは「利用者さんと交流ができること」であって、規模ではないんですよね。なので、コミュニティは小さく始めるのが良いと考えています。
実際にAnycaでも、交流会から始めたのですが、そうすると大した予算は必要ないんです。
最初はコアな人との関係作りが大事なので、10人くらいの規模で「あるサービスについて一緒に話したいんです」程度でいいと思うんですね。その中から、コミュニティリーダー的な人を見つけて、「今度一緒にやりましょう」といった形で少しずつ広げていく。
そして、小さく育てて、だんだんとコミュニティが大きくなってきたら、色んな所と掛け合わせる。それがコミュニティを成功させるためには必要な要素なのかな、と思っています。
また、コミュニティにとって重要なのは、量よりも「深さ」だと考えています。
Anycaのイベントも月1で50人程度、そのうちの20人くらいはリピーターなので、規模としてはあまり大きくありません。
ですが、規模感を追わないことが、むしろ大事だと思っていて。参加する人の数は一定でいいので、他の部分との掛け合わせで成果を生める、という切り分けが大事です。
コミュニティ・マーケティング・ミックスを見ていただくと、「影響価値」「紹介価値」「生涯価値」の部分は規模感があるほうがいいですが、「知識価値」「サービス共創価値」においては、規模感は必要ないんです。
Anycaの事業規模が大きくなるにつれて、繋がっている人をやみくもに増やすのではなく、1人ひとりとの関係性の深さを維持する。その上で、コミュニティとの掛け算となる場所を増やしていきたいと思います。(了)