- 株式会社大広
- アクティベーションデザイン統括ユニット グループ長
- 岩井 琢磨
「なぜか競争から抜けだす」企業の特徴とは?企業戦略へのストーリーの活用法
〜企業の中に眠る「物語」を活用した、組織の内外へ向けたコミュニケーション戦略の作り方とは〜
パタゴニア、タニタ、近畿大学。これらに共通するもの、それは「企業が持つ強みを象徴する物語」を活用し、競争力を強化していることだ。
そう話すのは、大手広告会社の株式会社大広で、企業コミュニケーションの戦略設計を手がける岩井 琢磨さん。
岩井さんは、社内外に対する企業のコミュニケーション支援の実務に加え、MBAを取得した後、「物語戦略」を共著者として執筆。企業の物語が経営に与える効果を明らかにした上で、それを戦略的に活かすためのポイントと、その成功事例について解説している。
今回は岩井さんに、企業の中に眠る「物語」を探し出し、企業経営に活かすための方法について、詳しくお話を伺った。
企業コミュニケーションの専門家 「物語戦略」を執筆
私は新卒からずっと広告会社で働いています。店頭の販促やクリエイティブの制作など、様々な部署を経験したあと、企業コミュニケーションのコンサルティング部門を立ち上げ、そこでマネージャーを務めました。
現在もプロジェクト統括を担当し、コーポレートアイデンティティ、企業コミュニケーション戦略の設計と、社内外へのコミュニケーションの実行を支援しています。
それと並行して、早稲田大学のビジネススクールにも通い、MBAを取得しました。そこで学んだ企業の競争戦略は、企業コミュニケーション戦略にも直結するものでした。
そこで、同じ研究室で学んでいた牧口 松二さんと共に執筆し、研究室の内田 和成先生に監修いただき、2016年に「物語戦略」を出版しました。
競争から抜け出す会社にはシンボリック・ストーリーがある
企業のコミュニケーションを支援していく中で、絶対的な競争優位性がない場合でも、なぜか競争から抜け出していくような会社があることに気づきました。
そういった企業を研究したところ、彼らは他社には無い「物語」を持ち、それに基づいたコミュニケーションを取ることで、競争力を高めていたことがわかったんです。
その物語には、
- 企業の強みを象徴している
- 企業の戦略方針に合致している
- 思わず人に話したくなる
という特徴があり、これを私たちは「シンボリック・ストーリー」と呼んでいます。
例えば、アウトドアウェアメーカーのパタゴニアには、「勤務時間中であっても社員はサーフィンに行ってもいい」という象徴的なストーリーがあります。
同社の創業者は、伝説的なクライマーであり、サーファーでもあります。彼は、このようなルールも、海の近くにオフィスを置いているのも、「何より自分がサーフィンに行きたいから」だと述べています。
採用する社員も、アウトドアスポーツを真剣に楽しんでいる人材を選んでいます。さらに、多くのサーファーやクライマーなどとアンバサダー契約を結び、過酷な状況下で使ってもらうことで、商品テストを繰り返しています。
これらのストーリーは、パタゴニアは顧客も従業員も「アウトドアを心から愛する人々」であり、彼らによって磨かれた商品の実用性こそが同社の強みであることを、雄弁に物語っています。
企業戦略と物語はバラバラに考えられがち…
ところが、パタゴニアのように戦略と物語を合致させ、有効に活用しているケースは少ないのが現実です。
実際に私も、企業のコミュニケーションを支援していく中で、「企業戦略とコミュニケーションがバラバラに考えられている」様子をいくつも見てきました。
クライアントの担当者の方は、「弊社の企業イメージってどうなっているんでしょうね」というところから話を始めることが多いです。ここのイメージが弱いから、こういうメッセージでコミュニケーションを取っていきましょう、と。
ただ、それだけでは表面的な打ち手になってしまいます。本来であれば、企業戦略とコミュニケーションは、一対のものとして考える必要があります。戦略を立てる際も、その上で行われるコミュニケーションを念頭に置いて考えていくことが大切です。
そこをバラバラに考えてしまうと、伝えづらい強みを中心に据えてしまい、「強みはあるのに、内外にその価値が伝わらない」ことにもなりかねません。
だからこそ、しっかりと社内外に伝わるような強みを企業が認識し、そこにフォーカスしていくことが求められるんです。
どのようなストーリーを発信するべき?
もちろん企業戦略は三者三様なので、発信するべきストーリーも企業によって異なります。最適な物語を発信するためには、企業が置かれている環境を考えることが有効です。
成長ステージにある企業であれば、ビジョンに絡んだ物語を打ち出す。競争環境が激しく、他社との差別化を訴求したいのであれば、サービスに紐づくストーリーを出していく。社員数が急増している企業で、全員が共通の戦い方をしていることを物語で示したいなら、働き方に由来する物語を発信する。
このように、その企業が置かれている環境を俯瞰することは、最適な物語を探す上で役立ちます。
シンボリック・ストーリーの探し方 全社を巻き込むことが必要
企業のシンボリック・ストーリーを探すときは、まずは社内の方々にヒアリングして、多くの物語の候補を出します。そこから、企業戦略と最も合致するひとつのストーリーを経営陣と決めていきます。そのため、経営陣をプロジェクトの最初から巻き込むことが重要です。
具体的なプロセスとしては、ビジネスモデルを理解した上で、代表の方に、今後目指していくことや想いをヒアリングします。そこで、何を強みとして戦っていくのかという方針をつかみます。
次に、様々な部署の方々の声を聞くために、必要に応じてワークショップなどを開催します。それぞれの参加者の方には、業務に紐づくエピソードをあげてもらうようにします。
その場では、追求すべき戦略に応じて、3C分析のようなフレームワークを使って視点を提供して、参加者から出てくるエピソードの幅を広げていきます。
そこで出てきたエピソードは、「どのような価値を伝えているのか」という軸で分類します。さらに、その価値がどのように企業戦略と紐づくのかを整理していきます。
最後に、いくつかの候補をふるいにかけて、戦略に最も合致するストーリーを経営陣と選びます。
物語は「見つからない」のではなく、「忘れている」だけ
「うちにはそんな素敵な物語はない」という会社さんもあるかと思います。ですが私は、基本的にどの会社にも素晴らしい物語があって、みんながそれを忘れているだけだと思うんですよ。
しっかりと社内を探してみると、その企業を象徴する物語の糸口が何かしら見えてきます。例えば創業の日のストーリーであれば、どの企業にもあるはずですし、歴史のある企業であれば、先人が遺したモノの中にもヒントがあります。
ただ、そういった物語は現場では忘れられていたり、当たり前すぎて注目されないことも多いです。または、すでにみんなが知っていて、いまさら物語にならないだろうと思い込まれているケースもあります。
今では「肥満を改善する社員食堂」というシンボリック・ストーリーを持っているタニタさんも、社員食堂ができたのは1999年です。それがビジネスに活用されるようになったのは、2009年のNHKによる取材がきっかけであり、社外にその価値を評価してもらったことが起点となっています。
異なる部署の方々を集めて行うワークショップは、ひとつの部署で留まっていたエピソードを他の部署の人が聞いて、「それ、面白いね」と再評価を行う機会でもあるんです。
物語を伝えるためには、「体験できる場」を提供することが重要
シンボリック・ストーリーが決まったら、次はそれをどのように社内外に発信するのかを考えていきます。
ですが、情報を発信していくときは、基本的には誰も読んでくれない、見てくれないという前提で考えていくことが大事です。物語を伝えようと、ポスターを作って壁に貼るだけでは、誰も動かせないんですよ。
そのときに有効なのは、「物語が語っていることを体験できる場」を提供することです。
わかりやすい例として、マグロの養殖で有名な近畿大学は「近大マグロ」が食べられるお店を作っています。ポスターや広告で発信しただけでは浸透しませんが、「食べる」という体験であれば、伝わりやすいんです。
近大マグロを買って食べていた田舎のおばあちゃんがいたとして、孫が近大に入ったら、「あのマグロの大学に入ったのか、知ってるよ」という話になるじゃないですか(笑)。
同じように、社員同士が仲良く働いていることを打ち出す小さな会社であれば、社員の誕生日パーティーや運動会を全社で行うといったことでも構いません。「自分たちはアウトドアを愛している仲間だ」ということなら、社員もいつでもサーフィンに行ってもいい制度を作るパタゴニアのように。
現代のコミュニケーションは、どのメディアにどのくらい配置するかということよりも、そのコンテンツをどこで体験できるのかということのほうが大事だと思います。
Amazonが実店舗を作っているのも、体験できる場に、どれだけ顧客との繋がりを作る力があるかを知っているからではないでしょうか。写真や物語は、検索するといくらでも出てきます。そういった中では、体験したというリアリティこそが大事で、そのための場所が必要なんです。
社内浸透を図る鍵は、人事部も持つ
シンボリック・ストーリーは、作るだけでなく、社内に浸透させなければなりません。そのためには、広報の力だけでは不十分で、人事の協力が必要です。
従業員からすると、「〇〇さんが出世しました」というのは、最大のメッセージなわけですよね。そうか、そういう行動が評価されるんだなと、みんな思いますから。
どのような行動が評価されるのか、裁量権は誰が持つのかといった制度作りに加えて、物語を体現するロールモデルの表彰などを通じて、実際に社内の人を動かしていく必要があります。
したがって、人事部がその会社の強みを伝えていくために、どのような制度を作っていくのかという視点を持つことが非常に大事ですね。
企業の戦略に合った物語を探し出し、それが伝わる仕組みを作り上げて、社内外に浸透させていく。そして、それを通じて企業の競争力を高める。そんなお手伝いを今後もできればと思っています。(了)