- サイボウズ株式会社
- コーポレートブランディング部 サイボウズ式 編集長
- 藤村 能光
【前編】サイボウズ式に学ぶ、「製品のPRにはつなげない」オウンドメディア運営術
今回のソリューション:【オウンドメディア】
従来、企業のWebマーケティングの主力であったのはメディアに対する広告出稿だ。しかし近年、多くの企業は、顧客との直接的な関係性を築く「オウンドメディア(自社メディア)」に関心を寄せるようになった。
マス広告と顧客の多様性のギャップを埋め、高い投資対効果を狙う手法として注目が集まるオウンドメディアだが、日本ではまだまだその成功事例は少ない。
そんな中、特にソーシャルメディアにおいて大きな影響力を持つことに成功しているのが、サイボウズ株式会社が運営する「サイボウズ式」だ。
「新しい価値を生み出す、チームのためのコラボレーションとIT情報サイト」をタグラインとするサイボウズ式では、「製品PRにつなげない」という切り口でのコンテンツ発信を2012年から続け、結果的に同社の企業認知度の飛躍に大きく貢献した。
全3回に渡る今回の特集では、サイボウズ式・編集長の藤村 能光さんに、企業メディアの運営術、そして目指すべき方向についてお伺いする。前編では「何のためのオウンドメディアか?」を切り口に、サイボウズ式立ち上げ時に同社が抱えていた課題、そしてなぜオウンドメディアの運営に踏み切ったか、といったお話を聞いた。
▼「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイト・サイボウズ式
どんな企業でも「オンリーワン」の自社メディアを作れる
サイボウズ式が立ち上がったのは、2012年の5月です。私は兼務という形で立ち上げの時からかかわっていて、2015年1月に編集長に就任しました。
おかげさまで自社メディアとしてある程度、名前が知られるようになって、取材やセミナーの登壇などもお声がけいただくようになりました。けれどこれも、3年ほどに及んだ低空飛行の間に信頼を積み重ねてきた結果、「やっとここまで来ることができた」と感じています。
今、自社メディアってすごく流行っていますよね。でもなかなか続けることができない……という企業さんも多いと思います。私は、自社メディアの運営で大切なことは、しっかり差別化した独自のものを作ることだと考えています。
集客できるからと言っておもしろ記事ばかり書くのではなくて、きちんと目的を持って運営し、それに合ったコンテンツを発信していくことが大切かなと。自分たちの会社がどうしてこの記事を書くのか、という土台がなければ長続きせず、疲労していくんですね。そうすると結果的に、成果を生むこともできません。
その土台づくりに関して言うと、自社メディアは、企業の数だけ存在理由があると思っています。どの企業であっても、各社ならではの譲れないビジョンがありますよね。それをきちんと投影していけば、絶対、オンリーワンになるものが作れると思っているんです。
サイボウズ式の目的は売り上げではない!? その役割とは?
サイボウズ式で言うと、「新しい価値を生み出す、チームのためのコラボレーションとIT情報サイト」がタグラインです。ここは最初からずっと、変わらずに運営してきています。このタグラインに沿った形で、働き方であったり、ITを使わないチームのコミュニケーションであったり、様々な方向性にコンテンツを広げています。
サイボウズのミッションは、「世界中のチームワーク向上に貢献する」というものです。それを達成するためにコミュニケーション領域で事業を展開しているので、サイボウズ式もやはリそこからブレてはいけないと考えています。
ただ一方でサイボウズ式は、直接的な売り上げのために運営しているわけではないんです。サイボウズをまったく知らない人に、まずは弊社のことを知ってもらって、何かしらの形で好きになってもらう。
さらに言うと、「チームワークといえばサイボウズだよね」という発想をより多くの人に持ってもらうことを目指しています。「サイボウズと言えばチームワークだよね」という純想起よりも、逆想起は難しくて。このように、弊社に対する認知の部分にアプローチしていくことが、サイボウズ式を運営する目的です。
例えば営業の方って、お客様のところへ行っていきなり製品の話はしませんよね。最初は世間話をしながら仲良くなって、お互いの関係性ができてきた上で製品の提案につなげていく。メディアをはじめとするWeb上でのコミュニケーションも、同じだと思うんです。いきなり「買ってください」ではそっぽを向かれてしまう。
そもそもWeb上で「この記事を読んだから製品を導入する」ということは割合としては少ないと思います。その前段階として、まずはコンテンツを通じて、読者と企業の関係性を作ることが重要です。その役割を担うのが自社メディア。ブランディングにもつながっていくと解釈しています。
「製品を売らない」コミュニケーションが求められていた
もともとサイボウズ式を立ち上げる前、弊社の売り上げが横ばいになった時期でした。年間の売り上げが40億円強までは順調に伸びて、そこで5年間ほど横ばいになってしまった。それまでのマーケティング戦略を変える必要性が出てきました。
それまでのマーケティング活動としては、製品の購買担当者である企業の情報システム部門に向けた広告展開が中心でした。その結果売り上げが頭打ちになったということは、他のマーケティング・コミュニケーション戦略を考えなければダメだということですよね。
例えばターゲットの部分で言うと、それまでは企業だけに注力していました。ただ、目線を企業の外部に転じれば、学生でもアルバイトでも、様々な場所に「チーム」はあるんですよね。
まずはそういった人たちにサイボウズのことを「知ってもらう」ことが、私たちのビジネスの拡大につながるのではないかと。サイボウズ式のような「製品を直接PRをしない」というマーケティング・コミュニケーションに取り組むようになった背景にはこのような意識があったと、私自身は思っています。
正しいメディアのあり方を学んだ記者時代
もともと私は、新卒でアイティメディア株式会社に入社し、Webメディアの編集記者をしておりました。4年ほど在籍した中で、基本的には企画を作って取材をし、記事を書いてコンテンツを作る、ということに携わってきました。
最初の3年ほどBtoB向けの企業ITの編集部にいたのですが、その時の経験が個人的には大きかったですね。毎日、記者発表会に出たり、著名な方にインタビューをしてそれを記事にする。
そこに主観的な思いや考えを込めるのではなくて、事実を掘り下げてそれを客観的に伝え、判断を読者の方に委ねて考え行動してもらう。これがメディアの大きな役割だ、という意識は今も持っています。
当時の編集長に、記者のイロハを徹底的に叩き込んでもらいました。情報を発信することに責任を持つこと、多くの人に伝わる「記事」を書くことの責任ということを学びましたね。
「ペンは剣より強し」と言いますけど、極端に言うと、記者ひとりの書き方が事実に反すると、誰かに損害を与えてしまうかもしれない。そういった、「メディアとして正しく記事を書く」ということの基礎を勉強させてもらいました。
メディアは情報を届ける器だと思います。器の中に入っている情報をいかに伝わるようにするか、ということも重要です。サイボウズ式にかかわるようになってからは、以前に学んだことだけにこだわるのではなく、新しい表現を模索している部分もあります。
例えばターゲットによっては文体がカジュアルになってもいいわけですし、こういう表現だから正しい、なんていう話はさらさらないなって。
とはいえ、私の書いた文章ひとつが、誰かしらの人生に大きく影響を与えるかもしれない。そういった危機感は常に持っておくことが必要かなとは思いますね。
当事者になるため、サイボウズ入社 自社メディア立ち上げへ
2011年7月にサイボウズに入社し、サイボウズLiveというグループウェアのプロダクトマーケティングの担当になりました。
客観的な立場ではなく、当事者としてひとつのものを長く伝え続ける、といった仕事がしたいを思うようになっていた中で、マーケティングは製品やサービスの価値を長い時間をかけてユーザーに伝える仕事だと考えていたので、興味を持っていたんです。
当時はまだサイボウズ式の構想もない状態で、前編集長の大槻を中心にコンセプトメイキングから始めていきました。
私は兼務という形で関わっていたのですが、今思い返すと、当時のサイボウズにとって課題だった「潜在的な市場にコミュニケーションを展開していく」ための活動を、最も始めやすかったのが自社メディアだったのかなと。
現在、弊社製品のユーザー数は、全製品を合計して500万人ほど。裏を返せば、まだ日本国民のうち1億人以上がサイボウズのサービスを使っていない。でも市場というのは我々が思っていないような場所にもあるのではないか。このような課題意識を発端として、サイボウズ式の立ち上げを進めていきました。(了)
※「誰のためのコンテンツか?」というテーマについてお伺いした【中編】はこちらです。