- ストアーズ・ドット・ジェーピー株式会社
- デザイナー
- 荒木 脩人
サービスの世界観は「手段」から導き出す。STORES.jpの、リブランディングの全貌
〜私たちの目指したいブランドは、あっち? こっち? 豊富な手段から「STORESらしさ」を追求した、STORES.jpリブランディングプロセスの裏側〜
既存のブランドを、時代や顧客の変化に応じて再構築する「リブランディング」。
その一般的なプロセスでは、最初に「コンセプト」を定義し、それをすべてのデザインに落としていくことがセオリーとされている。しかし、それだけが本当に正しい方法なのだろうか?
2012年のローンチ以降、誰でも簡単に始められるネットショップ作成サービスとして利用者数を伸ばしてきた「STORES.jp(以下、STORES)」。
同サービスは、「自分らしく続けられるメジャーブランド」へと世界観をアップデートするため、2019年7月に料金プランを変更。それに伴い、サービスサイトのリニューアルといったリブランディングを実行した。
▼サービスサイトのビフォーアフター
そのプロセスにおいては、コンセプトという絶対的な軸ではなく、4つの「ブランドパーソナリティ」という要素を基本指針として、デザインを刷新していったという。
具体的には、世の中の様々なサービスを「自分たちが認知されたいと思うブランドイメージはどちらか?」という視点で比較。
目指したい世界観の共通認識を醸成し、そこからあらゆるデザインの手段を活用することで「STORESらしさ」を作り上げていったそうだ。
今回は、同社のデザインチームでマネージャーを務め、今回のリブランディングプロジェクトを主導した荒木 脩人さんに、その裏側についてお伺いした。
リブランディングには「手戻り」の余地があってもいい
僕はもともと、大学在学中にデザインを独学で勉強し、新卒で小さな制作会社に入りました。それから数年、転職も経ながらデザインやアートディレクション、クリエイティブディレクターなどを経験し、2018年の10月にストアーズ・ドット・ジェーピーに入社しました。
現在は、8人のデザイナーが在籍する、デザインチームのマネージャーを務めています。チーム内の役割分担はあまりなく、普段はフラットに業務を手分けしています。
STORESは、2019年7月に料金プランを変更したのですが、その背景にあったのがサービスの目指す世界観のアップデートです。
それをサービスサイト上でも表現するため、2019年4月からデザイナー4人が中心となって、リブランディングのプロジェクトを発足しました。
はじめに専門書などから知識をインプットして、いわゆる「リブランディングの作法」に則ったプロセスを当初設計していたのですが、正直、全然その通りには進みませんでしたね(笑)。
一般的なセオリーでいくと、リブランディングでは最初にリサーチやポジショニングに基づく「コンセプト」を定め、それを基本軸としてすべてのデザインに落としていきます。
たしかに、広告などの短期的なプロジェクトであれば、コンセプトで作りきってしまう方が早いかもしれません。しかし、中長期を見据えたリブランディングをひとつのコンセプトに集約するのって、実際にはなかなか難しいんですね。
また、コンセプトを決めることによる「ロス」もあると思っていて。アイデア出しから全員が納得できるコンセプトを作り上げるまでに結構な工数がかかりますし、それに費やした時間を考えると、後戻りしづらいじゃないですか。
すると、コンセプトに込めた「想い」は確かに合っているはずなのに、なぜか「見た目」がしっくりこない、という状況が起きても、もはや誰も指摘できなくなってしまうおそれもあると思うんです。
であればリブランディングには、ある程度「手戻り」の余地がある進め方があっていいんじゃないかと。そこで今回、絶対的な軸となるコンセプトは作らずに、基本指針としての「ブランドパーソナリティ」を最重視することにしました。
世にあるサービス比較で「STORESらしさ」の共通認識を醸成
ブランドパーソナリティとは、一言でいうと「STORESらしさ」を決める要素です。
リブランディング以前は「誰でも簡単に始められるエントリーブランド」として、「SIMPLE」「OPEN」「FRIENDLY」「QUALITY」という4つのパーソナリティで世界観を表現していました。
これ自体は、シンプルで簡単、親しみやすい、というブランドの醸成に貢献していたと思います。
一方で、ネットショップ開設のハードルが以前より下がってきたこともあり、ある程度まで成長すると、ショップオーナーさんがSTORESを卒業して自身でサイトを開設されるようなケースも出てきたんですね。
さらに、ショップオーナーさんの多様なお商売をサポートし続けるためには「自分たちがメジャーなサービスになる」責任と必要性を感じていました。
そこで、STORESの目指す世界観を「自分らしく続けられるメジャーブランド」にアップデートすることにしました。
それに伴って、最初に行ったのが「あっちとこっち、どっちになりたい?」というワークです。
具体的には、世に在るあらゆるサービスを、自分たちが認知されたいと思うブランドイメージはどちらか? という視点で、ふたつのグループに大別していきました。
例えば、YouTubeとVimeoならどっち? Hulu、Netflix、Amazon Primeならどれ? といった問いに対して、「こっち(なりたい)」と「あっち(ちょっと違うかな)」に振り分けるんです。
それから「こっち」に判断したサービスの画像素材をWebサイトやSNS上から集めて、ムードボードを制作していきました。
▼実際のムードボード制作の様子
それを俯瞰してみると、STORESの目指したいメジャー感や洗練された感がより具体的になってきて。途中で「Googleになりたい」という謎の方針が打ち出されたりもしましたね(笑)。
自分たちの競合サービスだけを見ると、どうしても視野が狭くなってしまうので、業種関係なく「デザインで選ぶならここ」というブランドを集めて、そのイメージを具体化していきました。
さらに、こういうショップオーナーさんにより選ばれるサービスにしたい、という視点との掛け合わせによって、STORESらしさの共通認識を作っていきました。
ブランドパーソナリティが「しっくりこない」その理由とは?
そうして最初に出来上がったのが、「SUPER POSITIVE」「NATURAL」「CLEVER」「CLEAR」という4つのブランドパーソナリティです。
ですが、1ヶ月ほどかけて作ったのに、なぜかしっくりこなくて…。シンプルだし、メジャー感もある。でも、「なんか寂しくてうちっぽくないよね」という感覚でした。
あくまで世の中のサービス比較から生まれたブランド観だったので、「STORESの楽しさって結局なんだろう?」というのが抜け落ちてしまっていたんです。
そこで一旦立ち止まって、ブランドパーソナリティを考え直すことにしました。
改めてムードボードに向き合って「STORESっぽさ」があるかどうかをメンバーと議論したり、なぜ今その「楽しさ」が感じられないのかを考えてみたんですね。
そこで、誰にどういう風に楽しんでほしいかをより具体的に考えた時に、自分の活動を本業にしたいスモールチームに、テクノロジーを通じてこだわれる範囲を広げていくことが、STORESが実現したい楽しさなのではないかと。
また、何事も「ベストな型」って実は数パターンに集約されるものかなと思っていて。型があると表現が限定されると思いがちなのですが、実際には「なんでもあり」ではなく、範囲があるから「個性」が生まれると思うんです。
実際に例えば、STORESではHTMLの編集機能をあえて提供していません。
つまり、「いいね」と思える選択肢の中から、自分にとってユニークなものを選べること、そのこだわりを広げられることが、STORESの楽しさの源泉だと考えました。
ちょうど同時期に、代表の塚原も同じような方向性を考えていたこともあり、4つ目のブランドパーソナリティとして「CLEAR」ではなく「UNIQUE」を加えることにしました。
▼STORES.jpのブランドパーソナリティ
WHYではなく「手段」から入ることで実現する「らしさ」もある
次に、こだわりの選択肢となる「型」を表現するため、デザイナーのひとりに有機的なパターングラフィックを制作してもらいました。
そこで海外も含めた様々なサービスのデザインを調査したのですが、パターングラフィックって近年一種のトレンドのようになっていて。
よくブランドデザインは「普遍性」が大事だと言われるのですが、僕らとしては「トレンドにあえて乗ってみる」という決断をしました。
というのも、ショップオーナーさんにはアパレルなどの流行に敏感な方も多いので、僕らも普遍のブランドとして構えるよりは、トレンドに合わせてアップデートしていくというメッセージを伝えられればと思ったんですね。
そして実際にいくつかのサンプルを作って、どのパターンがSTORESらしいかを話し合いました。
最終的に完成した10個のパターングラフィックは、オーナーさんのお商売を引き立てるユニークなアクセントとして「SPICE(スパイス)」と名付けました。
▼10個のパターングラフィック「SPICE」
他にも、サービスカラーの変更やロゴのリファイン、キャッチコピーなどを変更し、新しいSTORESの世界観を表現するデザインが完成しました。
この一連のプロセスを振り返ってみると、WHYではなく「手段」から入ったことで、結果的に「STORESらしさの刷新」というリブランディングの目的を達成できたのかなと思っていて。
もちろんWHYを考えることは大事ですが、実際にデザイン作業を進めるには、そもそも手段を豊富に持っていないと選択肢がないじゃないですか。
今回は、デザイナー1人ひとりがそれぞれの手段を活かせたことで、幅広い表現が生まれ、納得のいくデザインを選択できたのかなと思います。
STORESの世界観を、すべてのタッチポイントで浸透させていく
僕は、デザインは「結果がすべて」だと思っています。デザイナーである以上、ビジュアルというアウトプットから逆算してWHYにたどり着くことが大事ですし、どれだけ意思を込めても、結局ビジュアルでピンとこなければ意味がないと思うんです。
なので、ロジカルに設計している部分もベースにありつつ、最終的には「らしさ」が表現できているかどうかを軸に、見た目で判断することを徹底しましたね。
今回のリブランディングを起点に、今後はあらゆるタッチポイントでこの世界観を浸透させていきたいです。
まずは社内のメンバーに好きになってもらうことが大事なので、パターングラフィックでデザインしたスマホの壁紙を社内で配布したりしました。
また、社内へのインストールにあたっては、表現や色、タイポグラフィなどのガイドラインだったり、STORESのめざす世界観に対する思いを綴ったブランドブックなどを用意して、全員が参照しやすいツールを整備していきたいと思っています。
今、リブランディングから約2ヶ月が経ちましたが、本格的にネットショップを作りたいというオーナーさんに届いてきたかな、という肌感覚はあります。
ですが、結果がすべてと言うからには、リブランディングの効果をきちんと測っていくことが大切だと思っていて。
そのためには、売上などの直接的な数値を分解するのではなく、3ヶ月後、半年後、1年後といったスパンで定性データを定期的に取得していくことで、サービス全体としてどう上向いていくかで判断していきたいと考えています。
今後、STORESの世界観を浸透させていくことで、「STORESのデザインで選びました」とか「料金プランで選びました」といったショップオーナーさんが増えてくれたら嬉しいですね。(了)