- スタディプラス株式会社
- For School 事業部 部長
- 宮坂 直
50社に提案して契約ゼロ。顧客課題が「顕在化していない」新規事業の、持久戦の戦い方
〜完全に勢いを失っていた新規事業の事業部長に就任。顧客の課題が顕在化していない市場で「非効率だが資産になること」を続けた持久戦の戦い方とは〜
BtoBの新規事業を立ち上げる中で、「一部のアーリーアダプターからは好感触だが、その他の顧客には受け入れられない」とつまづくケースがある。
学習塾を対象に、生徒の学習管理を行う「Studyplus for School」を提供する、スタディプラス株式会社。
同社においても、数社からは良い反応が得られるものの、新規の営業がまったく成功しない状況が発生していた。
しかし、事業部長を務める宮坂 直さんは、顧客課題が顕在化していないだけで、必ず普及するタイミングが来ると確信。
持久戦を見越し、「非効率だが資産となり、参入障壁になること」として、営業活動を一切やめ、カスタマーサクセスとPRに注力。結果として、月に30〜40件の問い合わせが来るようになり、当初10校だった顧客を約10ヶ月で200校まで拡大させたという。
今回は宮坂さんに、「市場が追いつくまで待つ」新規事業の立ち上げ方についてお話を伺った。
「完全に勢いを失っていた」新規事業の部長に就任
弊社は、受験生の約3人に1人が使う「Studyplus」という学習管理アプリを運営しています。
そして、2016年4月に学習塾や予備校といった教育事業者に向けた新規事業として、生徒の学習管理を行う「Studyplus for School」を立ち上げました。
▼生徒ごとに学習時間の管理などが行える「Studyplus for School」
その後、2017年2月に僕が入社して事業部長に就任したのですが、当時は導入先での活用も進まず、解約も発生しており、完全に勢いを失っていました。
というのも、Studyplus for Schoolは、ある大手法人さんに構想段階でご契約いただき始まった事業でした。
しかし、その他の大手法人さんとの接点がなく、アプローチしても「資料を送っておいて下さい」となり、契約が増えませんでした。
また、機能も大手法人さん向けに作られていたため、中小法人には売れないプロダクトになっていました。
そしてプロダクト観点では、本来、新しいプロダクトは現場への導入、検証、改善を高速で行うべきです。しかし、一般論として、大手法人さんは組織が大きいため、現場への導入に時間がかかるという側面があります。
一方、IT活用に積極的な方が経営する個人塾は、現場への導入も早く、結果的にプロダクトのゴールに最速で到達できると考えていました。
このように、大手法人さんをターゲットとしていては、いつまでも事業が前進しない状況でしたので、ターゲットを中小法人さんに切り替え、プロダクトもすべて作り直すことを決定しました。
顧客のニーズを捉えるべく、プロトタイプを作り商談を実施
まず、入社して1週目にリニューアルのプロトタイプを作って、商談ができるようにしました。
▼1日ごとの学習時間を記録する「アナリティクス機能」のプロトタイプ画面
最初にご契約いただいた大手法人さんは、成績の良い生徒の学習データを残して翌年以降の指導に役立てたいという考えだったため、「学習データの蓄積」が大きなニーズでした。
一方で、個人塾の場合は、成績が良くない生徒や退塾するような生徒を何とかしたいというニーズが強いため、生徒とのコミュニケーション機能が求められていました。
塾としては、生徒に勉強してもらうために、毎日面談をして励ます必要がありますが、講師数も限られているので、30分の面談を月に1回実施するくらいしかできない、という課題があるんです。
そこで、機能を追加し、コミュニケーションをオンラインで効率的にできるようなプロトタイプにしました。
もともと僕が学習塾で4年間働いていた経験があり、「こういうプロダクトがあったら絶対いいよな」というイメージがあったので、上手く作ることができたと思います。
そのプロトタイプを使って、旧バージョンに問い合わせをくださっていた方々に営業した所、非常に好評をいただくことができました。
50社に提案して契約ゼロ。ただ、必ず普及する時代が来ると確信
リニューアルには、3ヶ月の開発期間が必要でした。
そのため、プロトタイプを高く評価いただいたような顧客が、この市場にいったいどれだけいるのか把握するため、テレアポで新規顧客への先行営業をはじめました。
もし、50社に提案して25社共感いただけるようなら、リニューアル前に営業人員の大量採用したり、営業代理店の開拓など進めるつもりでした。
しかし結果は、50社に提案して、1社も契約が取れなかったんです。
BtoBのSaaSの場合、既にある業務をデジタル化して効率化するサービスと、これまで諦められていた業務をデジタル化で実現するサービスがあります。
Studyplus for Schoolの場合は「月1の面談だけでなく、日々オンラインで生徒とコミュニケーションをとりましょう」というプロダクトであるため、後者でした。
前者は、既に存在する業務を効率化するため、価値を感じていただきやすいのですが、後者は、これまで存在しない業務を効率化するため、導入する必然性を感じにくいんですね。
初期の顧客は、いわゆるアーリーアダプターで、「生徒とのコミュニケーション不足」という課題をご自身で顕在化されていたので、受け入れてもらいやすかったんだと思います。
ですが、新規で営業を始めた瞬間に、そのような顧客に会えなくなり、契約が全く取れなくなってしまって。そして、3ヶ月が経過して、リニューアル版がリリースされてしまい…。
もうお先真っ暗、という状況になりかけました。しかし、決して「課題を持つ顧客が市場にいない」という判断はしませんでした。
というのも、起業家の木村 新司さんが「短期的な変化の予測は難しいが、中期的・長期的な変化は予測できる」と話されていて、それだと思ったんです。
これだけインターネットが普及している世の中ですから、いつかStudyplus for Schoolのようなプロダクトが学習塾に普及するタイミングが必ず来ると考えたんですね。
そのため、それまでは売上を早期に最大化させることを第一にしていましたが、好機が来るまでに営業にお金をかけ続けて、事業の継続が危うくなってはならないと考えました。
そして、事業のサステナビリティを第一に考えるよう切り替え、営業活動を一切やめることにしました。
カスタマーサクセスにおいては、顧客の活用事例のシェアが重要
リニューアル後は、「課題が顕在化している顧客でさえうまく使えなかったらそもそも駄目じゃん」ということで、営業活動を一切やめ、カスタマーサクセスに注力しました。
まず、リニューアル時点で10校ほどの顧客がいたのですが、プロトタイプで良い反応を得ていたこともあって、見事にはまりました。
しかしその後、クチコミで5校ほど新規導入が決まったのですが、なかなかアクティブになりませんでした。
「生徒が学習状況を入力してくれない、コミュニケーションが発生しない」ということだったのですが、そもそも、講師がうまく導入できていないことがその原因だったんですね。
これはプロダクトが悪いという訳ではなく、使う側の意識の問題なんです。そこで、20〜30人規模でユーザー会を開催して、うまく活用している顧客にプレゼンしてもらいました。
▼顧客同士で活用事例をシェアするユーザー会
すると、使いきれていなかった方々も「自分たちの使い方が悪かったんですね」とおっしゃっていただいて。
やはり、新しい業務を扱うプロダクトであるため、その新しい業務を定義して「こうやるものですよ」というゴールイメージを共有することが必要だったんですね。
うまく活用できてない顧客に対しては、成功している顧客から事例を共有してもらうことで意識を高めてもらうことが重要だと気が付きました。
持久戦を見越して「効率は悪いけれども資産になること」に注力
既存顧客へのカスタマーサクセスを進めるのと平行して、営業戦略の可能性も模索しようとしました。
ここでは、この事業が持久戦になることを見越して、「非効率だが資産になること」をやろうとしました。
まだ、「学習管理をITで行う」という概念が市場にない中で、雑誌への広告掲載など「簡単にできるけれどお金がかかること」をやるのはコスト的に無駄ですよね。
▼「効率が悪くても資産になること」に注力
また、課題が顕在化して競合が出てきた時に、プロダクト自体を模倣するのは意外と簡単だと思うんです。
その時に何が参入障壁になるかというと、カスタマーサクセスの体制や、PRを通したブランド力といった「構築するのに時間がかかること」だと考えました。
特に、顧客に新しい業務が発生するプロダクトなので、どう定着させるかというカスタマーサクセスのノウハウは差別化の要因になります。
また、PRを通して「この分野であればStudyplusだよね」というポジションを先にとっておくことができれば、営業の優位性も生まれます。
つまり、お金では解決できないような、時間がかかる資産作りが大切だと考えました。
PRはリリースの絨毯爆撃でなく、メディアに寄り添うことが重要
そこで、導入事例の記事を作ってSNSで配信したり、イベントを開催して顧客コミュニティを作る、といった活動を行いました。
こうした活動はすぐに契約に繋がる訳ではないですが、記事コンテンツとコミュニティは資産になりますよね。
▼事例記事を作成して配信
また、PRに関してはShipood(シプード)さんというコンサルティング会社にサポートしていただき、教育に関心のあるメディアを開拓していきました。
絨毯爆撃のように同じリリースをばらまくのではなく、メディア側のコンセプトを理解した上で最適な提案を持っていくという作法を教えてもらいました。
そして、アポをとってご挨拶させていただき、新しく導入が決まった際に開催する記者会見にお呼びして、地道にリレーションを築いていきました。
教育の経済格差や地域格差の解消に取り組まれている学習塾にご導入いただき、社会課題とリンクした事例を作って、ご紹介したりもしました。
結果的に、わずか4ヶ月でテレビ1件、新聞4件、業界紙2件、Webメディア6件と取り上げていただき、当初は全くなかった顧客からの問い合わせが、月に30〜40件来るようになったんです。
Facebookで僕たちが投稿している記事を見て「Studyplusってよく見かけるな」という印象を持っている人が、テレビ、新聞、業界紙、Webメディアの記事を読むと、急に信頼度が上がって、問い合わせてくるというような印象でした。
約200校に導入。「学習管理はStudyplus」の認知確立へ
こうして地道に露出を続けていくことで、「学習管理をITで行う」という啓蒙が進み、顧客の課題を顕在化させていくことができました。
プロダクトに満足して下さった顧客から、知り合いにご紹介いただくケースも増えました。
結果、リニューアルの決定をしてから約10ヶ月間で、当初の10校だった導入数が約200校まで増え、黒字化も見えてきています。
今では、顧客紹介が進んでいる事実から、プロダクトに確信が持てるようになりました。また、PRによって「学習管理であればStudyplus」という認知もとれてきていると感じています。
今後も事業の優位性となる資産を作り上げて、より多くの学習塾と生徒の力になることができればと思います。(了)