• KDDI株式会社
  • 事業創造本部 Web3推進部長
  • 舘林 俊平

Web3時代はメタバースがメディア化する?KDDIの「αU」が創る、音声中心のユーザー体験

昨今、ビジネストレンドとして注目されているWeb3。メタバースやNFT、DAOなどのブロックチェーン技術を活用した新たな潮流が生まれ、スタートアップから大手企業、地方自治体まで、Web3の新規事業を立ち上げる事例が増えている。それに伴って、Web3事業に関する法律や税制などの素地も徐々に整いつつある状況だ。

しかし、商取引における慣行が通用しない新たな領域であることから、現状では多くの企業にとって参入障壁が高くなっており、特に日本の上場企業がWeb3領域へ参入する場合にはいくつもの課題が存在している。

そんな中、本格的にWeb3領域へと進出を果たした企業が、通信キャリア大手のKDDI株式会社だ。同社は2023年3月にメタバース・Web3サービス「αU(アルファ・ユー)」をローンチし、メタバースやウォレットなど計5つの事業を展開

メインとなるメタバース事業においては、国内外のパートナーと連携し、クリエイターエコノミーの創出を目指している。

数年前から「バーチャル渋谷」や「バーチャル大阪」といった都市連動型メタバースを手がける同社が、新たなWeb3事業の創出に取り組む狙いはどこにあるのだろうか。

そこで今回は、同社の事業創造本部 Web3推進部長を務める舘林 俊平さんに、大手企業がWeb3事業を立ち上げる際のポイントや過去のメタバース事業との違い、メタバースが「メディア」として果たす役割などについて詳しく伺った。

売上規模よりも、顧客にとってWeb3の「入り口」となる事業を模索

私は2006年にKDDIへ入社し、エンジニアとしてキャリアをスタートしました。その後、2012年にスタートアップ向けの投資ファンド「KDDI Open Innovation Fund」や、スタートアップ⽀援プログラム「KDDI∞Labo」の立ち上げに従事し、それ以来、10年以上にわたってスタートアップとのオープンイノベーションに携わってきました。

現在も「KDDI∞Labo」や「KDDI Open Innovation Fund」に主幹として関わりつつ、今年3月に発表した新規事業の「αU」に軸足を置きながら事業開発を行っています。

αUは、現実と仮想空間を軽やかに行き来する新しい世代に寄り添い、誰もがクリエイターになりうる世界を目指すメタバース・Web3サービスです。その名を冠する5つの事業として、メタバース事業の「αU metaverse」とライブ配信事業の「αU live」、NFTマーケットプレイス事業の「αU market」、Web3ウォレット事業の「αU wallet」、そしてオンラインショッピング事業の「αU place」を展開しています。

▼NFTマーケットプレイス事業の「αU market」

これらの事業の立ち上げにあたっては、元々具体的な構想があったわけではありませんでしたが、「KDDIがどんなことをやるとWeb3の業界に貢献できるのか」「いかにしてスタートアップを支援できるのか」という観点で事業領域を選定していきました。

また、通信キャリアの事業特性から、まだWeb3に馴染みのない多くのお客さまとも接点を持っている私たちだからこそ、お客さまにとってWeb3への「入り口」となるようなサービスやツールを作れるのではとも考えていました。そういった観点から、「どのくらい売り上げ規模を見込めるか」よりも、「いかにお客さまとの接点を増やせるか」という基準を重視しました。

そのようにして事業の方向性がある程度決まってからは、各事業部から20名ほどのメンバーを募った組織横断型の「Web3事業推進室」を作り、「短期的に目標達成できる事業」と「中長期的な視点で取り組む事業」をそれぞれ検討した形です。

そして、社内外を問わずWeb3に関わる事業者やプレイヤーに対して、抱えている問題やあったら嬉しいと思うことをヒアリングしていき、より具体的な事業領域を決めていきました。

そこまでの過程においては、やはり社内メンバーにWeb3の将来性を伝えて、理解してもらうまでが難しかったなと…。

私自身、2015年頃からVR事業に携わってきましたが、社内では「ただメガネ(VRゴーグル)をかけて遊んでいる人」と思われることが多かったんです(笑)。当時も若手メンバーはわりと好意的に捉えてくれていた一方で、上の世代の人たちにはなかなかVRの魅力を伝えづらいという課題がありました。

まさに今回も同じで、特に社内の上の世代の人たちにWeb3について理解してもらえるように、私自身が知見を貯めて勉強会やワークショップなどを実施する中で、Web3事業に取り組む意義や可能性について説明していきました。

こうして、「オールKDDI」で何ができるかを検討し、今年に入って正式な部署としてWeb3事業を始動したという背景があります。

イベントの開催が主目的だった、これまでの都市連動型メタバース事業

前提としてKDDIでは、2020年3月に公開した渋谷区公認の配信プラットフォーム「バーチャル渋谷」を皮切りに、メタバース事業に取り組み始めました。そして、2022年10月にはリアルとバーチャル空間が連動する「デジタルツイン渋谷」も展開するなど、5G通信とAR・MR技術を活用した都市体験の拡張に取り組んできました。

これらのメタバース事業は、バーチャル空間における「イベント開催」が主目的で、音楽ライブやトークイベントなどをきっかけにお客さまにご利用いただいていました。しかし、当時の課題感として、イベント以外の時間にバーチャル空間に足を運んでもらうきっかけや導線を設計する必要があると感じていたんですね。

そこで、αUの世界観の設計にあたっては、主なターゲットであるZ世代のターゲットに直接意見を聞きながら進めていきました。

すると、彼らが使っているゲームアプリの空間において、ただ友人と繋ぎっぱなしにして日常会話を楽しむ、いわゆる「リモート同棲」をする人たちが多いことに気づいたんです。正直、自分に置き換えてみると「恥ずかしいな」と思ってしまうのですが(笑)、その世代からするとリアルとバーチャルの境界が曖昧なのは当たり前なんですよね。

そうした背景から、αUは「すでに一つになっている」という意味で、「もう、ひとつの世界。」というコンセプトを掲げました。

「体験」から「発信」へと発展した、音声中心のWeb3型メタバース

現在、5つの事業を展開しているαUですが、その中でも核となるのは、2023年3月にローンチしたメタバース事業の「αU metaverse」です。

これはバーチャル空間上の渋谷や大阪の街を舞台に、いつどんな時でも音楽ライブやアート鑑賞、日常のコミュニケーションを楽しめる空間の構築を目指しているサービスです。ここではWeb3の技術や音声コミュニケーション機能を追加することで、お客さま同士のやりとりも可能になっています。

そして、αU metaverseを日常使いをしてもらえるようなUI/UXを構築するために、技術面とコンテンツ設計の2つの観点で工夫を凝らしています。

まず技術的な観点では、配信イベント時以外はあえて「音声コミュニケーション」をメインとした体験を構築しました。そうすることで、配信者と視聴者という対立の関係ではなく、フラットに交流できるコミュニティが生まれることを狙っています。

とはいえ、過去に海外で流行った「Clubhouse」などの音声系サービスは、日本でも一時的に話題になったものの、そこまで流行らなかったイメージがありますよね。その背景には、日本人の国民性として、大勢の人がいる環境下では「不特定多数の人に会話を聞かれるかもしれない」と、喋りづらさを感じる傾向があると思っていて。

そこで、コンテンツ設計においては、個室で会話できる「マイルーム機能」を追加しました。そうすることで、音声系サービスに苦手意識がある人にとっても「誰かを呼んでお喋りする」という行為がしやすくなり、メタバース空間での対話を活性化できるのではと考えています。

▼マイルームの一例

また、αU metaverseではマイルームに限らず、バーや居酒屋、カフェといったスペースに集まって会話をすることもできます。ここでは、小さなコミュニティでも「その空間にいると楽しい」と感じられるようなお客さま体験を生み出せるように意識しました。もちろん、これまで通り音楽ライブやトークライブ、展覧会などのイベントを開催することも可能です。

メタバースは、話し手と聞き手による「掛け合いのメディア」となる

近年では、社内会議やセミナーなどをオンラインで行う企業が増えましたが、その際、話し手と聞き手では機能的な違いが存在し、聞き手側は退出ボタンを押せば、好きなタイミングで離脱できるという特徴があると思います。

その一方で、αU metaverseでは聞き手側の滞在時間が比較的長く、離脱率が低い傾向にあります。その背景には、双方向での音声コミュニケーションをメイン機能としていることから、話し手と聞き手の権限的な差が小さく、一方通行なメディアやツールに比べてインタラクティブ性が高いからだと考えています。

そうした特性をもつメタバース空間においては、いわゆる話上手な人だけでなく、「ツッコミがうまい人」や「いじられ役の人」も注目されるのではと思っています。また、双方向のコミュニケーションができるからこそ、ライブ配信サービスと比べて、スモールコミュニティならではの「つながりの濃さ」や「ロイヤリティの高さ」を醸成できる可能性もあると考えています。

実際に、SNS上のフォロワーが決して多くはない方が配信する場合でも、数人のゲストの方たちと何時間も盛り上がっているケースが多いですね。これこそがメタバースならではのユニーク性であり、フォロワー数や知名度などに左右されず、独特の温度感や熱量が伝わることが大きな特徴だと感じています。

そういったことから、メタバース空間は「掛け合い」のあるメディアとしての役割を果たすことができるのではないかと思っていて。例えると、カウンター席が数個しかないこじんまりしたスナックのような感覚で会話が成り立つのがメタバースの面白いところで、リアル店舗のスナックもメタバースでDX化できるのではとも想像していますね(笑)。

そのような場所で密度の高いコミュニティが作られる理由は、スナックで言うママのような存在が中心になりつつも、そこに居合わせた人たちも一緒に場を作るという独特の雰囲気があって、それが自然と楽しい空間づくりやコミュニケーションの活性化に繋がっているからだろうと思っています。

メタバース×日本のIPで、グローバルへの進出を目指す

私たちは今後メタバース市場を独占しようとは全く想定していませんし、KDDIとしてお客さまとの接点をたくさん作って、それをWeb3領域の事業者と共有したり、一緒に共創してシナジー効果を生み出すことができればと考えています。

また、将来的には1つのメタバースが突出する世の中ではなく、お客さまが用途別に各メタバース空間を使い分ける世界線がくると予測しています。

そうした中で、αU metaverseとしては、ブロックチェーン活用の利点であるオープン性を担保しつつ、どのような情報を他社のメタバースに持っていけるかという線引きをしっかりと行っていきたいですね。

具体的には、αU metaverseとαU marketを連携させる予定で、すでにメタバース内ではNFTの販売も可能になっています。ウォレット連携さえすれば、他のメタバースでもNFTの保有を証明できるという作り込みも行う予定です。

また、将来的にはDID(分散型ID)の要素も組み入れていきたいなと考えていて。DIDのユースケースは色々なものがありますが、私が実現したいのは「古いフジロックのTシャツを着ている人を見ると、音楽ファンだとわかる」ような世界なんですよ。 けれども、現時点では、そのTシャツをメタバースの世界に持ち込むことはできません。

そこで、例えばSNSに飛んで「フジロック2004」と記されたNFTバッジがあれば、実際にフェスに行った証明ができますし、それを見た人は音楽ファンだとわかりますよね。そうした過去の体験や保有しているデータをどのようにしてメタバース空間に移行し、管理できるかが重要なので、十分なルールを設計した上でクリエイティブな世界を構築していきたいです。

▼「αU wallet」のサービス画面

メタバースに限らず、ここ10年のIT業界においては海外事業者に覇権を握られ、日本企業は置いていかれてしまった現状があると思っています。ですが、Web3の到来と同時にIPが持つ価値が再認識されていて、日本の持つコンテンツにはものすごくポテンシャルがあると感じていて。

海外のNFTアートプロジェクトでも、渋谷のカオス感やガラパゴス感からインスパイアされた作品を発表している例を多く見るとチャンスだと思いますし、そうした環境もうまく活用することでグローバルのトップランナーになりえると思っています。また、「αU」がGoogle Cloudや世界最大手の広告代理店「WPP」との戦略的パートナーシップを締結したのも、今後のグローバル展開を見据えた動きによるものです。

振り返ると、メタバースという言葉が少し前にバズり、その後Web3が出てきて、現在は生成系AIへと世間の関心が移っていますが、私はこれらは独立したものではなく縦の関係性だと捉えているんです。

要するに、メタバースが「場」となり、そこにWeb3の技術が「経済性」を付与し、ユーザーの「クリエイティビティ」を支えるのが生成系AIの存在ではないかと。

これらが揃うと、たとえ技術的なスキルがなくても生成系AIにプロンプトを書くことで、メタバース内でデジタルアセットを販売することも容易になりますし、マイルームをかっこよく洗練させることもできるはずで、より多くの人が3D空間におけるクリエイティビティを発揮しやすくなると考えています。

そしてマネタイズが可能となれば、プラットフォーム上にコンテンツが爆発的に増えますし、YouTubeができてYouTuberという職業が生まれたように、メタバース内で価値を生み出す人たちの生業が成り立つ世界にもなるのではないかと。このような未来を想像しながら、今後も「αU」の成長を担っていきたいですね。(了)

取材・ライター:古田島 大介
企画・編集:吉井 萌里(SELECK編集部)

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