- アルクテラス株式会社
- 代表取締役社長
- 新井 豪一郎
スタートアップよ、海外へ出よ。広告費ゼロで、アジア5ヶ国にサービスを展開した方法
〜「市場選定は現地に行かない」「半年以内に撤退を判断」「現地のインターン生を採用」など、コストをかけないスタートアップの海外展開ノウハウ〜
国内のスタートアップが世界に挑戦する上で、一番のハードルは何だろうか。
世界最大のEdTechコンペティション「Global EdTech Startup Awards 2017」で優勝したアルクテラス株式会社は、2014年4月に勉強ノート共有アプリ「Clear」をローンチし、同年に海外に進出。
現在、タイや台湾を中心に、アジア諸国で展開されている同アプリは、総ダウンロード数180万のうち、約50万が海外のユーザーであるそうだ。
この成功の裏側には、市場調査と検証における明確なルールと、広告費を一切使わないコンテンツマーケティングの手法があるという。
具体的には、「市場選定の段階では現地に行かない」「半年以内に継続・撤退を判断する」「現地採用のインターン生の活用」といった方法で、コストをかけないリーンな海外展開に成功している。
今回は、同社の代表取締役である新井 豪一郎さんと、グローバルマーケティングを担当している孫 寧さんに、Clearの海外展開ノウハウについて詳しくお話を伺った。
教育における課題を解決し、「世界で勝てる」サービスを作る
新井 僕がまだ小学生だった頃、「先生の説明はよくわからないけど、自分でテキストや参考書を読んで勉強してみたら理解できるようになった」という経験がありまして。
それ以来、「学校の教え方って画一的だけど、それに合わない子も中にはいるよな」とずっと思っていたんです。
社会に出てからも、人それぞれに合った学習の方法があることを再認識する経験があって。そうであれば、テクノロジーの力を使って「すべての学習者の可能性を引き出す」世界を実現したいと考え、2010年に会社を設立しました。
創業当初は、保護者向けの学習支援サービスを提供していましたが、2012年頃から、そのサービスを学習塾向けに展開するようになり、徐々に事業も軌道に乗ってきていました。
ですが、もともと「世界に勝てるサービスを作りたい」という想いでグローバル展開できるチームを作ってきたはずなのに、気が付いたらローカルな価値提供のサービスになってしまっていて。
意義を感じていた一方で、正直ものすごく閉塞感があったんですよね。
そこで、学習塾での指導を最適化するだけでなく、学生自らが直接使えて、海外にもスケールできるtoCサービスを作ろうと思い、2014年の4月に勉強ノート共有アプリ「Clear」をローンチしました。
▼勉強ノート共有アプリ「Clear」
初めからグローバル展開を狙っていたので、日本でのローンチ後すぐ海外進出の準備を開始しました。
そして、2015年6月にタイ、同年11月には台湾にも進出し、現在は中国やインドネシアなどのアジア諸国でも本格展開に向けた準備を進めています。
その結果、現在、アプリの総ダウンロード数は180万を超え、その内の約3割が海外のユーザーになっています。
市場選定では「現地に行かない」情報収集はインターネットで
孫 私は台湾出身なのですが、Clearが台湾に進出する際に募集していた現地インターンに応募したことがきっかけで、代表の新井と出会いました。
そこで話をするうちに、Education Techの世界って面白そうだなと思い、数ヶ月のインターンを経て2016年の1月に入社しました。以来ずっと、グローバルマーケティングを担当しています。
入社した当時は、ちょうどタイと台湾でアプリをローンチしたばかりで、ノウハウもなく完全に手探り状態でしたね。その中でまず、市場選定の方法をイチから見直しました。
それまでは現地に訪問して学生へのインタビュー調査を行っていたのですが、次第に、市場の検討に必要な情報は、わざわざ現地に行かなくても入手できるんじゃないかと気が付きまして。
そこで、市場選定の段階では現地に行かず、インターネットから収集できる情報で判断するやり方に変えたんです。
具体的には、「市場のポテンシャル」「現地の教育システム」「物理的な距離」の3つの観点から、総合的に勘案して進出すべき国かどうかを判断しています。
例えば「市場のポテンシャル」においては、学生の人数や、1人あたりにかける教育コスト、スマホの普及率などを調べることで、ターゲットユーザーの母数を推定しています。
また、「現地の教育システム」では、日本と同じような「知識重視」の教育モデルがあるかどうか、といった点を事前に調査しています。
というのも、例えば学校のテスト形式が論文や記述などの思考を重視する国だと、「勉強ノートの共有」というコンセプト自体が馴染みづらいんですよね。
これらの項目も、初めから決まっていた訳ではなくて、進出した国での経験を踏まえながら徐々に定型化していきました。
市場検証はダウンロード数をKPIに!半年以内で進退を判断
孫 こうして、3つの観点から進出すべき国を選定した後は、現地のインターン生を採用してローンチまでの準備を進めます。
ここでは、オンラインだけではわからない現地の学習事情をヒアリングしたり、実際の勉強ノートを集めてもらい、プロダクトをローカライズさせていきます。
そして、実際にローンチをしてからは、本当にその国にプロダクトがフィットするのか? を検証するため、1ヶ月・3ヶ月・6ヶ月の3つに期間を区切って「ダウンロード数」を追っています。
この段階では、敢えてKPIを「ダウンロード数」だけに絞ることで、プロダクトのUI/UXといったような他のファクターを排除し、あくまでもニーズの検証を優先しています。
また、検証期間は最大で6ヶ月に定め、進退の判断を早くしています。実際に、韓国やシンガポールでは、この期間中にKPIを達成することができず、ローンチから半年後に撤退を決めました。
この一番の要因としては、サービスを大学生向けに展開したことがあります。また、市場的な背景としては、学歴社会で競争が厳しく、そもそも「知識やノウハウを共有する文化」が希薄だったことがありました。
実際に上手く回っている国では、ノートを投稿するユーザーの割合が3〜5%ほどになるのですが、その数値を明らかに下回っていたため、シェアする文化自体が受け入れられないんだな、という判断をしました。
一方で、台湾では、ローンチ後1ヶ月の段階ではKPIに到達できなかったものの、ターゲットユーザーを大学生から高校生にピボットしたことで、6ヶ月目のタイミングで無事に目標をクリアし、継続の判断になりました。
このように、市場検証の期間を区切ってKPIによる振り返りを行うことで、仮説検証のサイクルも早くなりますし、撤退・継続といった判断も明確になりましたね。
マーケティング成功の鍵は、優秀な「現地インターン生」の採用
新井 また、なるべく費用をかけずに海外展開をするため、現地法人は作っていません。半年の検証期間においては、出張予算を1ヵ国あたり60万円以内にしています。
さらに、広告にも一切お金をかけていませんね。基本的には、SNSやブログを活用したコンテンツマーケティングを行い、その運用も現地のインターン生に任せています。
孫 そのため、インターン生の採用やチーム作りには、かなり力を入れています。
募集自体は、基本的にオンラインで行っています。よく使っているのが、現地トップ大学の日本語学科のFacebookグループや、学生インターンを募集する現地のWebサイトですね。
そこで「日本でこういうアプリを作っていて、現地での学生インターンを募集しています」といった内容の投稿をするんです。
▼中国における、現地インターン募集の投稿
▼投稿の内容
また、インターンの時給はその国の平均より20〜25%ほど高めに設定しています。
すると、現地の優秀な学生からの応募が結構集まるので、レジュメとオンライン面接で候補者をある程度絞り込んでから 、現地へ行ってface to faceでの採用面接をしています。
こうしたインターン生の採用やチーム作りにおいて、気をつけているのは「人数」ですね。
というのも、「インターン責任分散の法則」と私が命名したのですが、今までの経験上、人数が多すぎると個々の責任感が薄まってしまい、結局上手くいかないんですよね。
そのため、現在はタイ2名、台湾1名の体制で、密にコミュニケーションを取りながらインターンチームとして動いています。
ですが、はじめから採用人数を絞ってしまうと、途中でやめてしまう人も出てくるので、最初の時点では1ヵ国あたり4〜5人を採るようにしています。
特に、「ローンチ迄に、現地学生のノートを最低300冊以上集める」という本当に泥臭い仕事からインターンが始まるので、最初はかなりの忍耐と労力が必要でして。
これを乗り越えてくれた学生が、今もコアメンバーとして活躍してくれています。
コンテンツ投稿は、国ごとに適したプラットフォームで行う
孫 海外のマーケティングをしていて感じるのは、やはり国ごとに刺さるメディアが違うんだな、ということですね。
そのため、コンテンツの投稿は、各種SNSやブログなどのメディアを使い分ける形で運用しています。
例えば、台湾ではブログ文化が盛んで、とにかく良質な情報の量を重視するので、Facebookよりもブログ記事の方が相性がいいんですね。
▼台湾で人気のあったブログ投稿(一部抜粋・編集部にて加工)
また、タイでは「インスタ映え」するような可愛くてカラフルなノートが人気なので、画像重視のコンテンツを作成し、Instagramに投稿しています。
▼タイの公式Instagramに並ぶノート画像
さらに、中国ですとWeiboというSNSが主流になってくるので、その国々で適したプラットフォームが何かを把握し、それを活用していくことが大切だと感じています。
新井 これらのコンテンツ作成は、インターン生にとっては初めての経験になります。
ですが、僕らが考えた文章を単に翻訳してもらうのではなく、どのメディアを使って、どういう情報を届ければ、より多くの学生にリーチするのか? を自分で考えてもらうようにしています。
まずは自分の頭で考えてみて、仕事が面白くなってくるとモチベーションも上がりますし、やはり現地のことはその国の人が一番良くわかっていると思うんですよね。
孫 一方で、ただ「企画してください」と言っても最初はやり方が分からないので、週1回は必ずミーティングを行い、フォローしています。
具体的には、「この国では、こういった内容を書いているよ」といった形で他国事例をシェアしたり、はじめのうちは私が書いた記事を翻訳してもらったりしています。
すると、「こういう記事だったらウケるんだな」ということが本人も分かってくるので、自分で企画できるようになり、運用が上手く回っていきますね。
国内スタートアップの競争力を信じ、世界への挑戦を続けていく
新井 こうして、地道なコンテンツマーケティングを行った結果、着実に各国で運用しているSNSページが成長し、現在ではタイのFacebookで5万1千人、台湾のFacebookで1万7千人弱のフォロワーを獲得しています。
僕は、日本のスタートアップって、世界的にすごく競争力があると思っているんですよ。というのも日本人は外国人と比べてもハードワーカーだし、クリエイティビティもあると思うんですね。
なので、あとは「海外に進出しよう」というメンタリティの問題だと思っていて。
「絶対勝てる」と信じて自分たちなりの方法を模索し、それを見つけることができれば、海外でもきっと勝てると思うんです。
もともと競争優位性はあると思っているので、もっと日本のスタートアップが海外に出て行って活躍してほしいと思いますし、僕らのサービスも、より多くの世界の人々へ届けていきたいですね。(了)