- 株式会社モバイルファクトリー
- コーポレート・コミュニケーション室 室長
- 小泉 啓明
新人研修もシェアする時代?ベンチャーでありがちな「井の中の蛙問題」を防ぐ方法とは
〜他社と共同で新入社員を育成する「シェア研修」。どこへ行っても通用する人材を育てる、その取り組みの全貌に迫る〜
「新卒が育たない」という課題を抱えるベンチャー企業は多い。大手企業と比較して採用人数も少なく、研修などの仕組みも整っていない中で、どのように新入社員を育成していけば良いのだろうか。
スマホ向け位置ゲームを提供する株式会社モバイルファクトリーは、例年5人から10人ほどの新卒を採用しているベンチャー企業だ。そんな同社も、「新卒が井の中の蛙になってしまう」という問題を抱えていた。
そこで実施しているのが、他社と共同で新人を育成する「シェア研修」という取り組みだ。
▼株式会社ガイアックスのオフィスにて、ホウレンソウ研修を行う様子
「どこへ行っても通用する人材を育てる」という想いのもと、同社はシェア研修を2012年から6年連続で実施。会社の枠を超えた「仮想同期」、各社のリソースを活かしたリッチなコンテンツ、採用担当の成長機会など、そのメリットは大きいという。
今回は、同社の採用責任者である小泉 啓明さんと、第1回シェア研修に参加したネイティブアプリチーム責任者の丸山 拓馬さんに、シェア研修のメリット、実施のポイントなどを詳しく伺った。
新卒が少ないベンチャーで起こりがちな「井の中の蛙問題」
小泉 僕はずっと人事畑で、2006年にモバイルファクトリーに人事として入社しました。現在はコーポレート・コミュニケーション室の室長として、採用、育成、社内の活性化など、会社のコミュニケーションに関わる業務に携わっています。
丸山 僕は2012年に、エンジニアとして新卒で入社しました。今はネイティブアプリチームの責任者をしています。
小泉 弊社は2001年に創業した、スマホ向け位置ゲームやモバイルコンテンツサービスを運営する会社です。現在の社員数は95人ほどです。
▼同社が提供する位置情報ゲーム「駅メモ! – ステーションメモリーズ!-」
新卒採用は、僕が転職した翌年の2007年から本格的にスタートしました。新卒を入れてからの5年間、いろいろな課題が出てきましたが、1番どうにかしたかったのは、「井の中の蛙問題」でした。
ベンチャー企業って、新入社員の数がそこまで多くないじゃないですか。弊社の場合も、当時の新卒の人数は5人から10人ほどなので、それぞれ担当する業務がバラバラになるんですよね。
皆がむしゃらに働くので、担当した分野では、早いタイミングで「社内で1番詳しい人」になります。ですが、そうすると皆もれなく天狗になってしまうんです。
そして、「俺はすごい」「もうここでやりきった」と言って辞めていくのですが、それって、見えている世界がすごく狭いなと思っていて。
僕は前職で人事コンサルをしていたので、これまで大手企業さんも多く見てきたのですが、そこと比べると競争意識が良くも悪くも足りないように感じて…。仲間意識は強いのですが、それが時にサークルのような感覚で。切磋琢磨というよりも、馴れ合う傾向にあったんです。
▼左:採用責任者 小泉さん、右:ネイティブアプリチーム責任者 丸山さん
このままでは本人のためにもならないし、会社のためにもならないので、会社として解決していくべきだと考えました。
どこへ行っても通用する人材を育てるため、シェア研修を実施
小泉 そんな時、たまたまIT業界の人事の方々と飲む機会があり、自分たちと同じような課題を各社が抱えていることを知り、意気投合したんです。
そこで、会社の垣根を越えて一緒に新人研修を開催すれば、こうした問題を解決できるのではないかということで、2012年から他社と共同で新人を育成する「シェア研修」がスタートしました。
後日、改めて議論の場を設け、それぞれが抱える育成課題から、シェア研修を開催する意義や目的、研修テーマやコンテンツなどについて徹底的に議論しました。
その中でも特にすり合わせを行ったのが、目的の部分でした。なぜ個社ではなく合同でやるのか。一緒にやるからこそ生み出せる価値があるのではないか。そういった点を議論して行き着いたのが、「新たな時代のリーダー」を一緒になって育てるという目的でした。
会社の垣根を越えて研修を行うことで、自社に最適化された人材を育てるのではなく、業界の将来を引っ張っていくような「どこに行っても通用する人材」を育てたいと考えたんです。
短期的な視点で考えると、自社に最適化された人材の方が会社にとって即戦力になります。しかし、成長スピードが速いインターネット業界では、市場もサービスも数年で大きく変化します。そのため、中長期的に見た場合、どこへ行っても活躍できる人材を育てる方が、会社の将来、そして本人のためにも良いと思ったんです。
各社のリソースを活用し、リッチな研修プログラムを実現
小泉 シェア研修では、営業、企画、エンジニア、デザイナーまで、あらゆる職種の新入社員が一同に集結します。ちなみに今年の研修は、アイティメディアさん、オールアバウトさん、ガイアックスさん、シー・コネクトさんと弊社の5社合同で、約4週間にわたって行っています。研修を受ける新人の数は、全体で40人くらいですね。
今年の研修プログラムは、5コンテンツを用意しました。
- マナー研修
- ホウレンソウ研修
- ミッションステートメント研修
- 総合職向けプログラミング研修
- 他社紹介研修
▼マナー研修は、各社の新入社員がスーツで参加
これらのコンテンツや講師は、各社の持つリソースを活用して用意します。
昨年ですと、もともと日本コカ・コーラのマーケティングをしていたCMOの江端さんが来てくださり、マーケティング研修を丸1日行いました。
また、ソーシャルメディアリテラシー研修は、ソーシャルメディアやコミュニティサイトを運営する数百社のポリシー構築に携わったスペシャリストの方(参加企業であるガイアックスさんに所属)が実際に講師として教えてくださったりと、正直かなり贅沢です(笑)。
丸山 僕のときは、現在スマートニュースの執行役員である藤村厚夫さんが「インターネットとメディア論」の講義も担当してくださいました。いま考えるとすごいですね。
同じ時間を一緒に過ごした「仮想同期」は、未来の財産に
丸山 僕がシェア研修に参加して一番良かったと思うのは、他社の同期と繋がりができたことです。
最近、勉強会でたまたま会った人が、仮想同期(シェア研修に参加した社外の同期)で話が盛り上がったんです。特にエンジニアですと、エンジニア同士や社内の交流に偏りがちので、同じ時間を一緒に過ごした同世代との繋がりはとても大きいと思っています。
それから、僕が参加した年には「テックファイト」という、会社対抗でサービスを作ってバトルするというコンテンツがあって。これが同期との最初で最後の共同作業で、かつ他社とのコンテスト形式だったということもあり、同期の結束力を高めるきっかけにもなりましたね。
シェア研修へのコミットは、採用担当の成長にも繋がる
小泉 個人的にシェア研修は、新卒を指導する立場である人事の成長にも繋がると思っています。そのため弊社の採用担当にも、積極的にシェア研修にコミットしてもらうようにしています。
人事の仕事は「採用」で終わりではありません。その後の育成までが、担うべき役割だと考えています。そう考えたときに、シェア研修は、自分が採用した新卒の育成にしっかりと向き合う絶好の機会なんですよね。
それから、色々な会社の新入社員が集まるので、採用した新人のお披露目会みたいになるんです。1ヶ月も研修をやっていたら、「あの会社は今年、優秀な子を採れている」といったことは、他の人事にもわかってしまうので。
だからこそ、採用の質もより意識できるようになりました。単純な人数だけではなく、レベルの部分でも「もっと頑張ろう」と思えるようになります。
シェア研修成功のポイントは、互いにゴールを握り合うこと
小泉 シェア研修の運営メンバーは、実は前年の11月あたりから準備を始めています。月に1度のペースで集まり、1度のミーティングに大体2、3時間かけていますね。
そして、ミーティングは毎年「シェア研修をやるかやらないか」の議論から始めるんです。
全員で作り上げるものなので、惰性ではやらないようにしようと決めていて。ですので毎年、止める企業もあれば、新たに参加する企業もあります。
オープン参加型の研修やセミナー自体は、よくあるものだと思います。ただ、基本的に研修のコンテンツ自体が目的化しているものが多いです。例えば「新人にビジネスマナーを身につけてほしいので、マナー研修を受けさせよう」と思っている企業が活用するイメージですね。
けれどシェア研修では、究極、コンテンツの中身は何でも良いんですよ。それより重要なのは、参加する企業同士が同じゴールを握りあえているかどうかです。
ただ、例えばマナーひとつとっても、営業とエンジニアで求められるレベルは異なりますよね。その場合は、「一緒にできるところまで」をシェア研修で実施します。そしてその後は、各社が自分たちで必要なレベルまでフォローアップしています。
研修だけではダメ。長期的な視点で、1人ひとりと向き合っていく
小泉 シェア研修を行うべきか、独自で研修を行うべきかは、会社のフェーズによっても異なると思います。
僕たちも、例えば新卒を40人くらい採用することがあれば、まずは自分たちで自社に最適化した人材を育てる、という選択肢もあると思っています。シェア研修は、個人的には、新卒が10人以下の企業におすすめですね。
ただ一方で、研修だけではダメなんですよね。やはり、採用と育成はセットで考えるべきだと思っていて。
どんなに良い研修をしても、そもそも人材が良くなければ育たないし、逆にどんなに良い学生を採っても、しっかりと育成しなければその芽を潰してしまうこともありますので。
それから、このシェア研修を実施したからといって、すぐに社会に通用する人材になるとは思っていません。研修後のフォローや現場でのマネジメントも大切です。
だからこそ僕たち人事が、1人ひとりと長期的に向き合っていくことが必要だと思いますね。引き続き、どこへ行っても通用する人材を育てていけるように、がんばっていきたいです。(了)