- 日本ロレアル株式会社
- Chief Digital Officer / デジタル戦略統括責任者
- 長瀬 次英
「ボトムアップの限界」を打破。日本ロレアルのデジタル化を推進する、CDOの役割
〜日本初のCDO(最高デジタル責任者)を2015年に設置した、日本ロレアル株式会社。「商品力」で市場と戦ってきた同社に起きた変化とは?〜
消費財や化粧品といった伝統的な産業の分野にも、デジタライゼーションの波が押し寄せている。しかし、そこに深く根付く商習慣やカルチャーを断ち切り、デジタル化を推進するのは容易ではない。
そんな中、いち早く変革へと舵を切ったのが、ロレアル パリ、ランコム、メイベリンといったコスメブランドで知られる、日本ロレアル株式会社だ。
同社では、2015年10月に日本初のCDO(Chief Digital Officer)として、元Instagram日本事業責任者の長瀬 次英さんを任命。デジタルマーケティングのみならず、組織全体のデジタル化へと改革を推し進めている。
今回は「改革の初期フェーズにおいては、ボトムアップのアプローチだけでは物事が前に進まない。だからこそCDOという立場の人間が必要」と語る長瀬さんに、その取り組みの全容をお伺いした。
Instagramの事業責任者を経て、日本ロレアルの初代CDOに
私は前職で、Instagramの日本における事業責任者を務めていました。
ただ、ロレアルがデジタライゼーションを推進していくということで、非常に良いタイミングでオファーをいただき、2015年10月に初代CDOとしてジョインさせていただきました。
最近は、日本でもCDOと呼ばれる方々が増えましたね。ただその多くが、マーケティングやWebプロモーションを中心に仕事をしています。
でも個人的には、CDOは「デジタル」と呼ばれるものすべてに関わっていくべきだと考えています。
ただ単にITツールを導入したり、デジタルの世界でマーケティングを行うだけではダメなんですね。デジタルによってビジネスの仕方そのものが大きく変わってくるので、そのすべてに関わっていくべきだと思います。
それこそ、社員のマインドセットを変えていくところから、ロジスティクスや販売フロー、組織の構造までも変えていくことが必要です。
ロレアルでは、グローバル全体で売上のEC化率20%を目指しています。日本のマーケット全体で見ても、EC化率の平均値は12%弱と聞いているので、かなりチャレンジングな目標ではあるのですが。そこに向かって、様々な改革を行っています。
コストインパクトが大きいマーケティング領域から、CDO直下に
私がCDO就任後、まず着手したのは、ビジネスとして一番インパクトの大きい、メディアやマスマーケティングの部分です。
と言うのも、弊社のような消費財やコスメを扱うビジネスにおいては、マーケティングや広告にかけるコストの割合が非常に大きいんです。
そこでまずはそのメディア周りの部分を、CMOでもなく社長でもなく、CDOの直下に移すということが最初のステップでした。
これによって、「ロレアルがデジタル化していく」ということが、社内にも顕著に伝わるようになりますし、外部へのメッセージも非常にクリアになりましたね。
例えば、広告代理店さんにはわかりやすいですよね。CDOの下にメディアが入ってしまったことで、「テレビCMやりましょう」「雑誌広告出しましょう」って、もう言いにくいですし、よりデジタルを意識させるので。
デジタルであれば、ひとつの施策でどれだけの人にアプローチできて、顧客の獲得単価はいくらだったのか、といったことは当たり前にわかります。それが出せないようなメディアに露出するくらいなら、より情報が得られるデジタルでやろうよ、という話になってきます。
結果的に、皆がそのマーケティングの投資対効果の部分をすごく考えて、ビジネスを進めるようになったと感じています。社内の空気は、これだけでも大分変わったかと思いますね。
社内改革には「トップダウン」も必要!社内の声は敢えて聞かない
この、マーケティング・プロモーションの部分に関わるメンバーは、社内に50名以上はいるかと思います。22ブランドあって、それぞれにブランドマネージャーや、マーケティングマネージャーがおりますので。
そういった現場の人間は、デジタル化を進めていくことに抵抗感があったかもしれません。でも、そういったことは敢えて知らないようにしています(笑)。
と言うのも、こうした変革には、トップダウンのカルチャーも重要だと思うからです。
一番大切なのは「スピード感」なんですね。それを失わないための組織体制としては、自身の経験としても「思いっきりフラット」か、「トップダウン」のどちらかだと考えています。
弊社はもともとトップダウン的な風土があったので、その点は良かったですね。
特に改革の最初のフェーズにおいては、ボトムアップでは物事が全然進まないんです。
それよりはトップダウンで、外からいきなりその道のプロが入ってどんどん進めていく、それに対して周りが文句が出せない、という状況の方が、スピード感が伴ってきます。
例えば、ある新しいデジタル施策を実行しようとしても、その判断を誰がするのか。責任者がいない状態ですと、それが社長なのか、情シスなのか、各ブランドの担当者なのか…となってしまって、誰も決定できない。
確実に判断ができるCDOという人間が上層部にいて、「やってみよう、責任は僕が負う」と言えるかどうか、「テスト&ラーン」という考え方を持てるどうかで、全然違ってくると思います。
初期段階では、社内のマインドを変える「教育」が必要
また、最初の1年は「エデュケーション」の部分にもかなり注力して取り組みました。
経営層から中間管理職、その下のスタッフとメンバーまで、きちんとプログラムを組んでいます。定期的にデジタルセミナーも開催していて、例えばGoogleさんやシリコンバレーの起業家をお呼びして、講義をしてもらっています。
他に弊社の特徴としては、eラーニングですね。もともとものすごいコンテンツ量がありましたが、その中に、何百というデジタル系のプログラムを増やし続けています。
プログラムの中には、デジタル用語の説明に始まり、スタートアップ系の人のTEDトークなど、デジタルにまつわるものは全部集まっています。
他にも、Webソーシャルの世界で言うところの「インフルエンサー」を直接雇っています。具体的には、影響力を持ったインスタグラマーですね。
彼らは自身のフォロワーを良く理解していますし、ファンを育て増やしていくというノウハウを持っています。
どんなタイミングでポストして、どういう写真の撮り方をすると良いかも知っているので、私なんかより、彼らから手法を直接学んだほうが早いんですよ。
隣のブランドは競合…それでも「情報のシェアリング」に着手
その次に着手したのが、「シェアリング」、つまり情報の共有です。これは、デジタル化にあたって一番重要なことだと思っています。
弊社の場合、そもそも、社内のブランドがお互いに競合なんですよね。ターゲットは若干違えど、お互いにリップもスキンケアも売っていますし、それぞれが相手を探りながらビジネスをしています。
ですので、なかなかブランドを越えた情報共有はしにくい環境にあるのが現実です。
▼同社が展開するブランドのひとつ、「ラ ロッシュ ポゼ」
けれど、情報をシェアすることで、実はもっとオポチュニティがあることに気が付けるはずなんです。
そもそも、この会社に来て第一印象として思ったのが「顧客のことをそんなに知らないな」ということでした。それは、マーケティング力があってプロダクトがものすごく良いからだと思うのですが。
商品開発に非常に力が入っていて、そこは文句なしに良い。ただ、顧客のことは知らない。
プロダクトアウトのマインドセットがあったので、デジタルの力でその「商品主義」を、「お客様主義」に変えていこうと考えました。これはグローバル全体の動きでもあります。
そこで、まずは各ブランドが持っている顧客情報を統一するため、CRMツール(※)の構築をすすめました。まだ全ブランドまでは統一できておらず、あと何ブランドかは残っているのですが。
※Customer Relationship Management。顧客管理システム
そのCRMを中心にしたデータベースには、オンライン・オフライン問わず、様々な情報を集約していきます。
ブランドを越えてひとりのお客さんをトラックすると、「この人はリップをAというブランドで買って、Bでスキンケアを買って、日焼け止めは他社」といったことがわかってきます。するとそのお客様に、ブランドCの日焼け止めを勧めることができるかもしれませんよね。
こうして、お互いに知らなかったブランドの情報がシェアされることで、今まで見つからなかったオポチュニティが見つかると思います。さらにこの取り組みによって、だんだん皆のマインドもオープンになってくるんです。
他にも、メーリングリストを作って、各ブランドの取り組みなどをシェアするようにしています。私が唯一、デジタル視点で全ブランドを横断して見られる立場にいるので、私と私のチームから発信をしていますね。
「Sprinklr」の導入で、SNS上の顧客の声を見える化
また、一元化されたCRMの構築を進めると同時に、ソーシャルリスニング&メディア管理プラットフォームの「Sprinklr(スプリンクラー)」を導入しました。
Sprinklrを導入したことで、TwitterやInstagram上のお客様のリアクションがリアルタイムにわかり、どのブランドもお客様の声に敏感になりました。
▼ソーシャルメディア管理ツール「Sprinklr」(画像はイメージです)
例えば、デジタル施策を最も加速させなければいけないと考えているサロンビジネスの「ケラスターゼ」においては、Sprinklrを使って各キャンペーンの効果測定を行い、それぞれを比べて見るようになりました。
▼パリで生まれたヘアエステティック ブランド「ケラスターゼ」
キャンペーン規模を一定に合わせ、一定期間における各キャンペーンの効果をSprinklrで追うと、どのインフルエンサーがどれくらいのターゲットにリーチしたか、そしてその期間で売上が伸びた商品は何か、といったことをすべて比較できます。
また、Sprinklrに集まった情報を活かして、インフルエンサーマッピングを作っています。
具体的には、各ブランドをポジショニングしたあとに、それぞれにエンゲージメントが高いインフルエンサーをマップしています。このブランドがいつこの人を起用して、その効果はどうだったか、ということがわかるようになっていますね。
簡単に言うと、インフルエンサーのデータベースです。もう、代理店さんのご提案に負けないくらい、各ブランドはそれぞれ、どのインフルエンサーさんが自身のブランドと相性が良く、どう巻き込むと効果的か、といったノウハウを持っていると思います。
ハッカソン、キャリアパスの提供…CDOとしての挑戦を続ける
他にも、今後は外部を巻き込んだハッカソンのような取り組みも増やしていきます。
グローバルですと、既に色々なハッカソンを実施しています。例えば海外では、24時間でヘアの専門家向けアプリのプロトタイプを、チームで開発するハッカソンを実施しました。
同様の取り組みを、日本でも実施していこうとしています。具体的には日本最大のモノづくり支援施設「DMM.make AKIBA」と連携し、3日間にわたる「ビューティーハッカソン」というイベントを、8月に行う予定です。
コスメの新しいパッケージや容器などを、チームで考えるというハッカソンです。そこにはロレアルの社員だけでなく、インフルエンサーなどの一般の方にもご参加いただきます。会場に3Dプリンタなどもあったりするので、実際に商品を形にするところまでを目指す事もできます。
また、CDOの存在意義として、社内のデジタル系人材にキャリアパスを提供できるということも大きな役割だと思っています。
eコマースのイチ担当者でさえ、少なくとも私と同じ経験をすれば経営陣までキャリアアップできる、というロジックは成り立ってくるので。以前はジョブのオファーはできても、キャリアのオファーが明確にできなかったので、ここは大きいですね。
実際、デジタル関係者の採用枠は増え、定着率は伸びていますし、デジタルというアングルでのアテンションも強くなり、ロレアルでデジタルをやりたいという人の応募も増えました。
これからも引き続き、CDOという役割に求められることをどんどん実行して、会社全体と市場を盛り上げていきたいと思っています。(了)