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目に見えないチームの「関係性」を見える化!組織を成長させるシステム・コーチングとは
〜「チームの雰囲気が悪い」と感じたことはありませんか? 組織のポテンシャルを引き出す「システム・コーチング®」を、社内制度に導入した事例を紹介〜
※「システム・コーチング®」の著作権は、CRRジャパンに帰属します。
組織マネジメントや人材育成のひとつの手段として、「コーチング」を導入する企業が増えてきている。
コーチングとは、「問いかけて聞く」という対話を通して、相手がアイデアや選択肢に気づき、自発的な行動を起こすことを促す手法だ。
「システム・コーチング」はその中でも、複数のメンバーから構成されるチームに対して行われるもので、チームが抱える「関係性」の課題などを解決するために用いられる。
Sansan株式会社の三橋 新さんは、2015年に米国CTI認定のCPCC(Certified Professional Co-Active Coach)を取得。
同年より「社内コーチ」として、同社内におけるコーチング制度のファシリテーターを務めてきた。
累計100回を超えるシステム・コーチングを行ってきた三橋さんは、コーチの役割は「チームの中にある見えないものを見える化することで、新たな気付きを生み出すこと」だと話す。
今回は三橋さんに、マネジメントに課題を抱えるチームリーダーが何をすべきか、といったことについて、お話を伺った。
「誰もが正しい。ただし、全体からすると一部だけ正しい」
そもそもシステム・コーチングにおける「システム」とは何かと言うと、「関係性」なんですね。
人が2人以上集まったら、関係性ができますよね。その関係性に対して、関わっていくのがシステム・コーチングです。
実際にコーチングを行う際には、理論として「誰もが正しい。ただし、全体から見ると一部だけ正しい」ということをベースに伝えた上で、ワークに入っていきます。
この理論を説明する上で良い寓話のひとつに、インド発祥の「群盲、象を評す」というものがあって。
目が見えない老人が、手を伸ばして象を触っているような所をイメージして下さい。例えば象の鼻を持っている方は「これは丸い筒のような長いものです」と言います。
一方で耳を触っている方は「ぺらぺらして紙みたいな感じ」、お腹をなででいる方は「大きな壁みたいで、どっしりしています」と言うかもしれません。
▼それぞれが触っている場所で、感じ方は異なる
1人ひとりが言っていること自体は対立しているのですが、全体としては象のことを言っていますね。
システム・コーチングにおいても、「誰もがその個人としては正しいことを言っている、ただ全体としては一部だ」という視点、つまり「全ての声がシステムに必要だ」ということを非常に大事にします。
この「象を触っている手」を千や万に増やすと、象の全体像が見えてきます。システム・コーチングにおいても同様で、「自分が感じたことがあったら、なるべくこの場に出して下さい」とガイドします。
例えば、これから取材をいただくわけですが、この空間の雰囲気をどんな風にしていきたいか、そのために自分は何を約束するのか、ふせんに書いてみましょう。
▼取材メンバーも参加して、ふせんを出しました
これで、この空間にいる4人のシステムの声が出揃いました。
こんなことを会議やワークの前にやっておくと、仮に険悪なムードになったりした時に「ちょっとここに戻りましょうか」という形で振り返ることができます。
また、各々がその空間にコミットして、自分なりに一歩挑戦するという姿勢になりやすくなります。
このように、理論やエクササイズを通じて「その人は何を見ていて、何を感じているのか」という見えないものを見えるようにして、そこから対話を深めていく。
これが、システム・コーチングにおけるひとつのフレームかなと思います。
夢を失ったあとに見つけた「強み」が、コーチングへの道を開いた
僕がSansanに入ったのは29歳の時で、偶然ですが29番目の社員でした。
それ以前は、フルキャストというグループ全体で1,000人ほどが所属する会社にいたのですが、当時は夢を失っていて。
もともとは20代で社長になりたいと思っていたのですが、事業停止を2回経験して、売上も半分になって…。アルバイトや社員を解雇する、という体験をしました。
この判断をする時の社長を横で見ていた時に、「会社が終わるか、悪者になって生き残るか」というすごいストレスを感じました。僕の器量では、これはまだできないなと。ある意味、勝手に挫折した感じですね。
その中でまずは目の前のことやっていこうと考えていたのですが、Sansanの社員って個性が強い人が多くて。「自分は何者か」を持っている感じがあったので、僕もそうなりたいなと。
前職でマネージャーや経営企画を経験して、Sansanでも営業、総務、法務とやってきたのですが、「何でも多少はできるんだけどプロではない」という気持ちがあったんですね。
そんな時に、取締役の塩見から「三橋の強みは周りの人を comfortable にさせる能力、落ち着かせる能力だ」とフィードバックを受け、ハッとなりまして。
強みというのはもっと業務的なことだと思っていたのですが、全く違う角度からフィードバックされたので驚きました。そこから「雰囲気を強みとした場合、どんな仕事が向いているのか?」を探求していく中で、コーチングに出会いました。
組織をより良くするための手段として、コーチングを社内制度化
現在は、人事としての業務の6、7割をコーチングにあてています。
Sansanでは、コーチングを通じたパフォーマンスの最大化を目指すための制度として、個人向けの「コーチャ」、チーム向けの「コーチャチーム」を設けています。
当時の人事部長と代表の寺田が、「うちの会社に課題はあるか」という問いを持って2人で合宿に行った時に、「見えている課題には手を打っているので、それ自体は課題ではない」という話になったらしいんです。
その時に新しく出てきたのが「この会社の伸びしろは何か」という問いだったんですね。そして、僕が現場で草の根的にやっていたコーチングが、その伸びしろのひとつなのではないかと。
何かの課題解決というよりも、今いる社員のポテンシャルを引き出すための手段として、コーチングが捉えられたんですね。
2015年11月に社内制度になって以降、コーチャは、月に2、30名のペースで行っています。これまでに体験したことがある人数は、150人を超えていますね。
コーチャチームも同じタイミングで制度化されたのですが、これまでに100回以上は実施しています。
チームの「関係の質」を上げるのが、システム・コーチング
コーチャチームは、まさにシステム・コーチングを行っていく制度です。
MIT元教授のダニエル・キムが提唱している「成功の循環モデル」によると、組織に成功をもたらす要因として、関係の質、思考の質、行動の質、結果の質があると言われています。
その中で、まず関係の質を上げることで、より思考と行動・結果の質が上がってくると。
システム・コーチングは、この関係の質を上げる手段のひとつかなと思います。
Sansanの場合、今までは営業やカスタマーサクセスなどのフロント部門が使うケースが多かったですね。
背景としては、事業の状況に応じて組織や配置がどんどん変わっていたことで、チームがチームでないような状態にあったんです。
そこで、チームができた段階でシステム・コーチングが入ることで、関係性を効率的に上げていこう、という意図がありました。
実際には、4時間ほどのワークショップを行うことが多いですが、チームの課題に応じてやり方は変えています。
基本的には、まずリーダーの方と事前に話して、今の課題について聞きます。そこからコンテンツを作って提案して、実施して振り返る、という流れです。
課題で多いのは、まさに人間関係ですね。明確な言葉になっていないケースもあるのですが、「ギクシャクしている」とか「違和感がある」とか。
こうした場合、チームの成熟段階で言うと一番初めの頃なので、まずは互いを知って信頼関係を作っていく、ということが目的になります。
様々なコンテンツを使いながら、「見えないもの」を映す鏡となる
ワークショップで使うコンテンツは色々あるのですが、例えば最近は、個人の仕事やチーム、会社、プライベートに対する今の気持ちを全員が天気で表現する、というものを使い始めました。
安心安全な場を作るための導入のワークとしては、良いものだと感じています。
互いの考えていることが見える化されると、「だからあの時にこういう行動をしていたんだ」と理解でき、相手に対しても優しくなれる感じですね。
システム・コーチングにおいては、誰かが自分の役割に集中してしまうとその世界でしか物事が見えなくなってしまうので、なるべくシステム全体について適宜フィードバックしています。
例えば喫茶店でコーチングをする場合だったら、コーヒーミルクとガムシロップを使って、自分と誰かの関係性がどんな向きで、どんな距離感なのか、表現してもらったりします。
自分の立場で、相手の立場、さらに第三者の視点で見ることで、見えない課題が見えてきます。
また、コーチの役割としては、基本となる姿勢はやはり「人の可能性を信じる」ということです。
自分が何かをやってあげるのではなくて、できることを促進する役割なので、「やろう」という主体的な気持ちが出てくるまでひたすら問いかけ、待ちます。
特にチームの場合は関係性の話なので、複雑です。
コーチはそれをよく見て感じて、「このチームはあの人が喋ったら笑うな」と観察できたら伝えてみたり、重たい空気になって落ち着かない人が出てきたと感じた時には「今何が起こっているんですか」と問いかけたり。鏡のような感じですね。
関係性の中に眠っている物を明らかにしていくことで、「これって今まで誰も言えなかったことだよね」といった形で、新しい気付きが生まれていきます。
コーチング後の変化は「意識」ではなく「行動」で見る
コーチングが終わったあとによくやるのが、「What・so What・now What」を問いとして振り返るというものです。
何があったのかという事実から、何を学んだか、そしてこれからどうするか、を整理するフレームワークです。
なぜなら、どんな人でも、まずは自分のこれからの行動をちゃんと宣言できることが第一歩なんですね。
また、リーダーが1on1などを通じてその行動を握って振り返りができると、日常が変わっていくのではないかと思います。意識の変容というのはわからないので、やはり行動がとても大切ですね。
個人的に嬉しかったエピソードとしては、雰囲気があまり良くなかったチームで、とあるワークをやったことがあって。
それは自分の人生をグラフで語るワークなのですが、その時は縦軸に「飛躍」と「苦労」をとって、時系列で人生について線グラフで表現し、エピソードを発表してもらいました。
1人の人が話したら、そのあとに必ずフィードバックを入れるようにしていて。皆が「私はどう感じた」ということを伝えることで、発表者も受け取ってもらった感覚があって嬉しいんですよ。
それを実施したあとは、チームの雰囲気がすごく変わったと周りからも言われて。手ごたえがありましたね。
互いの過去が見えるだけで、「あの人でもあんな苦労をしていたんだ」「そんな時期があったんだ、私と一緒じゃん」みたいな感覚で、相互理解が進みます。これはけっこう、パワフルなコンテンツかなと思いますね。
システムの「外」にいる第三者のファシリテーションが理想
「今、なんとなくチームがうまくいってないな…」と感じられているリーダーの方もいるかと思いますが、そんな時には、やはり対話から始めるのが良いですね。
理想は、全員が本音で話すことができる場を作る。そこから、何かが見えてくるのかなと。
そういう時には、これまで紹介したようなコンテンツをツールとして使うとやりやすいかなと思います。上司にいきなり「お前どう思ってるんだ」と聞かれても、答えにくいじゃないですか。
ただ、やっぱり第三者的なファシリテーターが入ることが理想だと思います。なぜなら、リーダーもシステムの「中」にいるんですよね。ですので、なかなか客観的に見ることは難しいです。
第三者がいると、その場が安全になりますし、客観的なフィードバックもできます。
例えばチームの中で「声が大きい人」っていると思うのですが、ファシリテーターが入っていれば「あの人が毎回喋っていますね」といった形で、事実を伝えることもできます。
ただ、リーダーとしてもできることはあると思っていて。それこそ一歩踏み込んで「自分は今こんなことを感じているんだ」といった本音を自己開示するだけで、何か変わるかもしれません。
また、組織が成熟していてメンバーが自走できる組織であれば、リーダーがプレーイングから抜け、ファシリテーションもできるようになるのかなと思います。
ファシリテーションは、やはり魂を削る仕事と言いますか。
毎回「勝負」という感覚はあります。強い対立が起こるようなこともあるので、その時々の場で自分がどう在れるか、それが問われますね。
より多くの人がコーチングを身に着け、自走する組織を作りたい
今の時代、対話でなくても、同僚と日常的に話す機会が少なくなっているような感覚があって。皆すごく忙しいですし、世代によって、仕事との関わり方も変わってきていますしね。
僕は39歳ですが、僕たちの世代は「達成」が大事だと育てられてきていて、「まずはやる」という思考が強いかなと。
一方で今の二十代は「共感」や「目的」を大事にするので、「仕事やれ」では動かないわけです。「なぜやるのか」の意味付けがないとダメなんですよね。
そうなってくるとリーダーはなおさら大変ですし、だからこそ、意図して相互理解のための時間を取っていくことが大事だと僕は思っています。
Sansanの中でも、リーダー向けにコーチング研修を始めています。これまで「目標!数字!」とやってきた人でも、「話を聞く、共感する」という在り方や技術が未知だったりするので、その使い分けができるようになるといいな、と思っていますね。
個人的な野望としては、できるだけ多くの人がスキルを身につけて、互いにコーチングができるようになっていくことで、それが文化になればいいなと。
究極、僕がいなくても成り立っている状態を目指したいですね。
誰かが「やる」と言うのではなくて、色々な人の叡智が結集されて新しいものができる方が面白いですよね。Sansanはそういう会社だと思うので、そこをどんどん促進していきたいと思っています。(了)