- 株式会社ゆめみ
- 代表
- 片岡 俊行
全員の給与額を「自己申告」で決定!マネジメントの自動化を目指す、ゆめみの組織づくり
〜組織内に「上下」を設けない。マネジメントが存在せず、給与額までも「自分で決める」新しい組織の在り方とは〜
ティール、ホラクラシーといったワードがあちこちで聞かれるようになったが、こうした概念が流行する何年も前から、「マネジメントのない」組織づくりに取り組んできた企業がある。
2000年に創業し、2014年に自社サービス部門の分社化を経て、現在(※2019年2月1日時点)およそ190名の従業員を有する株式会社ゆめみ。
法人向けのデジタルマーケティング支援等を提供する同社では、2014年から本格的に「マネジメントの役割分散」をスタートさせた。
現在では、マネジメントの役割そのものをなくし、上下関係が全く存在しない独自の組織の在り方を展開している。
同社においては、ルールで定められた「レビュー」のプロセスを経れば、役職や年次など関係なく「誰でも」会社の意思決定を行うことが可能だ。
この仕組みは、社員の給与額の決定にも取り入れられている。一般的な報酬制度を持たない代わりに、全員が毎月、自分の年収金額を代表に「申告」するのだ。
同社代表の片岡 俊行さんは、「人は不満の矢印を制度に向けがちだが、給与の場合、多くはその『金額』に不満がある。そうであれば、金額を自分で決めれば良いですよね」と話す。
今回は片岡さんと、同社のマーケティング業務に携わる工藤 元気さんに、ゆめみの組織制度について、余すところなく教えていただいた。
「リーダーの負担が大きすぎる」マネジメントの分権を進めた理由
片岡 ゆめみは現在、法人企業と共にインターネットサービスを展開しています。
ゆめみ自体が表に出る機会はあまりないのですが、ファストフードやアパレルショップの店頭で皆さんが日々お使いになっているサービスを、実は我々が展開していたりします。そのエンドユーザー数で言うと、MAUベースで4,000万ユーザーを超える規模になっていますね。
組織づくりに関しては、私自身、もともと「自己組織化」に非常に興味を持っていました。ただ、直接的な背景は、我々のこの事業領域にあって。
例えば弊社ではマクドナルドさんの「かざす」クーポンの仕組みを提供していたのですが、あれは非常に大きいサービスで、かつ「業務系システム」の扱いなんです。システムが止まってしまうと、全店舗が業務停止扱いになってしまいます。
そういったクリティカルなシステムであるのと同時に、Webサービスでもあるため、開発にはスピード感が求められます。それらを両立させるための「組織の形」にずっと課題感があって、非常に苦労をしてきました。
簡単に言うと、リーダーの負担が非常に大きくなってしまうんですね。予算やプロセスの管理、ピープルマネジメントに加えて、非常にクリティカルなシステムを動かしていくプロジェクトマネジメント。
これらすべてを役割として担うことは、もう、どんなスーパーマンでも無理です。
そこで、ピープルマネジメントだけをやる人、プロジェクトマネジメントだけをやる人、といった形でマネジメントの分散を進めてきました。どんどん分権化して、2018年からはマネジメントの役割自体が存在しない組織へと進化しました。
工藤 僕は2011年に入社したのですが、その時点でもう分権は始まっていて、既に「普通のヒエラルキー」ではありませんでしたね。
最近はティールやホラクラシーという名前が付いていますが、弊社は課題にぶちあたる中で、「オレンジ型」だった組織が自然にグリーン、ティールへと変化してきたイメージです。
▼「オレンジ型」と「ティール型」の違い(詳細はこちら)
「レビュー」さえもらえば、誰でもどんな意思決定でもできる
工藤 現在のゆめみは、およそ180名の従業員で構成されています。最も多いのはエンジニアで、111名です。加えて、UI/UXデザイン等を担当するクリエイターが15名、プロジェクトマネージャーやディレクターが30名ほど、コンテンツの運用を担当するオペレーターチームが約10名、そしてマーケティングや管理の部門を置いています。
実態としては、ほぼホラクラシーライクな組織になっていて、「マーケティングソリューション事業部」1事業のみの構成です。お客様からは「各プロジェクトに対してチームが組成される」という見え方になっています。
片岡 組織図は、ホラクラシーのように円で表現していたこともあるのですが、現在は会社の役割をチームごとに分割したものがベースになっています。
そして、それぞれのチームにスコープ(業務範囲)を定めています。「コミッター」と呼ばれる人はその範囲内で、ステークホルダーにレビューさえもらえば、どんな意思決定でもすることができます。
▼実際の組織図(一部抜粋・2019年1月時点のもの)
これはティール組織における「助言プロセス」を採用しています。
「自分であらゆる意思決定ができる」となると、逆に混乱するじゃないですか。なので、そのチームのステークホルダー、いわゆる関係者にレビューをもらうというプロセスを踏めば、意思決定できるということにしています。
※上記の各ワードの定義について、詳細は片岡さんのブログをぜひご覧ください。
工藤 私はマーケティングというチームに所属し、コントリビューターを務めています。そのチームを親として、下にある商品開発・広報・販促・営業といった子チームでは、それぞれコミッターとして所属しています。
以前まではいわゆる「部下」という関係であったメンバーも、それら子チームでは共同でコミッターをしています。そうすることで、メンバーが自律的に施策を立案して意思決定できるため、スピードが上がります。
その結果、元上司であった私から見たときには「マネジメント工数が下がる」という利点がありますし、一方で他のメンバーからしても、自分がコミットできる領域があることで成長機会になります。
互いに気付きも生まれるので、相互に新しいことにチャレンジし続けられる対等な関係性でいられますね。
Slackチャンネルとチームを連携させ、意思決定プロセスを明確化
片岡 実際にどのように仕事を進めているかというと、1つひとつのチームにそれぞれSlack(社内コミュニケーションツール)のオープンチャンネルが紐付いていて、各チームの様子が公開されています。
▼チームごとのチャンネルが並ぶ、同社のSlack
自分が興味あるチームがあったら、該当チャンネルの既存コミッターに「コミッターになりたい」と宣言すると、既存コミッターのレビューを経てコミッターになることができます。
コミッターになったら、施策などをそのチャンネル内で「プロポーザル・レビューリクエスト(プロリク)」として起案し、レビューをもらって決定する、というプロセスを踏みます。
レビューをもらう必要があるステークホルダーの定義は、そのチームのSlackチャネルに入っている人と、親チームのSlackチャネルに入っている人です。チャンネル全員に聞けばOKなので、直感的でわかりやすいかと思います。
▼実際の意思決定のフロー(編集部作成イメージ・一部を簡略化しています)
プロリクによって、一部の例外(採用など)を除いた、あらゆる意思決定ができます。「承認」という考え方はなくなっているので、チーム毎にオーバーラップせずに権限が分散されている状態です。
例えば、部長が「それは任せるよ」と言いつつ課の会議には参加して、いちいち口を出してきたら嫌じゃないですか(笑)。
でも、ゆめみのルールでは、部長は回避方法や問題点をレビューの形で伝えることはできますが、反対はできません。このレビュープロセスを経る限り、すべての意思決定は事前に承認されているんです。
逆にそうであれば、部長の意見も「アドバイス」と捉えて意見を聞きやすいですよね。互いに離れすぎず近すぎず、適度な距離感を持つのが大事だと思っていて。皆で一定方向に向かう、鳥の群れのようなイメージです。
またレビューは、48時間以内に行うか、延長する場合は納期を設定することになっています。なので意思決定のスピードはすごく上がりますね。
自分の「給与額」も、自分で「意思決定」できる!
片岡 ゆめみでは給与制度に関しても、同様のプロセスをアレンジしたものを採用しています。
給与額を決めるコミッターは、現時点では、本人と代表である私です。レビューをするステークホルダーは、人事などの「給与の相場観」を持ったメンバーですね。
具体的なプロセスとしては、毎月、社内のワークフローから私に「自分の給与額(年俸)」を申請してもらっています。そこで金額の変動があっても、私は基本的にはそのまま承認しています。
給与を変動させる場合でも、理由を記載する必要はありません。なぜなら、理由を言うのはその給与を正当化する行為になってしまうからです。
交渉やプレゼンが得意な人の給与が上がりやすいのは不公平ですし、また、「自分の価値を問い続ける機会を失わない」ことが大切だと思っていて。
理由がなくその給与が承認されると、「本当に自分はその給与分の価値があるのか」という疑問が残ることで、「給与が自分に問い続けてくれる」んですね。逆に理由付けがされたものを承認すると、その給与の正当性がそこで完結してしまいます。
工藤 この制度は、誰かが急に「私の年収は3,000万です」と言えてしまう仕組みではあります。でも、自分に「この金額で良いのか」って問うじゃないですか。市場の相場を知ったり、自分のキャリアビジョンを考えるきっかけにもなります。
片岡 中途入社で会社に入ったときって、エージェントにアドバイスをもらった上で、希望の年収額を提示してオファーをもらいますよね。
これに関して「不公平だ」と言っている人はあまりいませんし、それを入社後も繰り返すだけだと考えれば、少なくとも公平性が下がることはないなと。
むしろ入社後は、入社前と違ってありとあらゆる行動とその結果がわかっているじゃないですか。少なくとも100人、200人レベルの組織であれば、申請して来た年収の正当性は普通に判断できますよね。
なので、私自身はそんなに特殊な仕組みだとは思っていないんです。実際のところ、8割以上は本人ではなくて、コミッターである私の方から提案して給与を上げています。
人は「給与制度」に矢印を向けるが、本当の不満は「金額」にある
片岡 ただ、本人からすると「自分の市場価値」って見えないんですよね。例えば会社自体の価値が上がったり、職責が変わって市場的なレアリティが上がった時って、会社側にしかわからないんですよ。
そういった情報の非対称性がなるべく起こらないように、他社の年収水準や、社内における職位ごとの給与想定、キャリアパス等をガイドラインとして社内に公開しています。
他にも「星取表」という仕組みを用意していて、チームごとに「誰がどのスキルを取得しているのか」という状況を自己申告制で可視化しています。
▼「星取表」のイメージ(編集部作成)
また最近は、社内のメンバー同士で「いくら給与をもらっているのか」をなるべく話すことを推奨していて。なぜなら、自分の給与の正当性を自分で認識していれば、それをオープンにできるはずだからです。
他にも、3年おきを目安に転職活動も推奨しています。これによって本人のキャリアを考えるきっかけにもなりますし、情報の非対称性も解消できる。特に新卒にはやってもらいたいな、と思いますね。
工藤 この制度を運用する上で、各自が自分の人材としての市場価値や相場をしっかり把握しよう、というのはもちろん当然の前提です。
この制度が始まって、メンバー同士で「お金の話でギクシャクする」みたいなことは少なくなっていると思っています。本人がその給与に納得している、という前提の上で一緒に仕事ができるので、それが互いに信頼し合えるきっかけのひとつになっていますね。
片岡 もともと私は、創業当時から目標管理も報酬制度もすごくまじめに作ってきたのですが、「もうこれはダメだ」と思って。
以前は、「俺はこのままだと、最高ランクの評価を出し続けても年30万ずつしか上がらないから辞める」みたいな人も出てきていたんです。でも、それだったらもうピンポイントでいくらがいいのか先に言ってよ、という(笑)。
人は不満の矢印を制度に向けがちですが、給与の場合、多くは「金額」に不満なんですよね。評価の内容や制度より、金額なんです。だったら、自分で決めればいいよね、と。
ただ、「1億」みたいな異常値が出てきた場合は、コミッターである私の権限で修正ができます。さらにそれを上書きしてきた場合は、「コンフリクト」としてロールバックして元の金額に戻ると定めています。こうして、異常値をルールで防ぐことは必要ですね。
この仕組みについては、2019年中に私の承認もなくした「自己決定方式」に移行したいと思っています。その際は簡単な給与のアルゴリズムを用意して、期待値を算出できるようにしたいと考えています。
真の「マネジメントがない」組織を探求していく
工藤 自分は学生時代からも体育会系の出身で、1社目がゴリゴリのベンチャーで、むしろレッド型組織(恐怖や暴力による統治が行われる)を経験してきた人間だったんです。
なので、今でも時々ジレンマに陥ることはあります。そもそも互いを信用できなかったり、全員が本当に意思決定できるレベルに成熟しているのか、と疑問を抱いたり。
でも、自分の目線で考えてみると、自分が代表取締役から事前の承認を受けているということは、自分の意志で物事を進められる自由さがある、ということなんです。
そして同時に、何を言っても自分という人間の存在そのものは否定されない、ということを保証されているということでもあります。
すると、良い意味で互いに「付かず離れず」の良い関係性でいられるんですよね。
社内の人間関係が「上下」で捉えられた時に、「あらゆる面で『上』の方が秀でていなければならない」って思ったりするじゃないですか。でも、実際はそうではないですよね。
ゲームのキャラクターのステータス画面のような感じで、その2人を重ねたときにどうバランスを取るかを考えればいいんだ、という概念に、自分はパラダイムシフトができました。
片岡 こうした議論をするときに、よく「メンバーが自律している・していない」という話って出るんですよね。でも私は、そもそもその「自律していない」ということを指摘することにも問題があると思っていて。
似たような話として、トヨタの「自働化」の考え方は「機械に使われるな」というものなんですね。自働化というのは「亻(にんべん)」に「動く」と書くので、機械が人間の働きをするようにすることだ。機械が止まってエラーを起こすことを、ずっと人が監視しているのは違うと。
同じように、今後マネジメントがない組織を作っていこうとしたときに、マネジャーが常に現場の人たちを見て「それは自律していない。自分勝手な行為だ」みたいなことを口酸っぱく言っているというのは、マネジメントが自働化されてないんですね。
そもそも「それは自律じゃない」と指摘するマネージャー側にも、コミュニケーションに課題がある。我々はそういう世界ではなくて、仕組みや考え方で、自分たちの認知エラーに自分たちで気が付けるような状態を作っていきたいと思っています。
もちろん、人は生き物なので、ルールを作ってもその通りにいくわけではありません。なのでたとえ自律していない人がいたとしても、その人を通じて周りも本人も成長できる、それをマネージャーなしでできるような組織にしていこう、という考え方で組織づくりを行っています。(了)