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ディベートバトル蠱毒、代表選挙、給与自己申告。常識破りを続けるGaudiyの次なる実験とは
多くの企業では、組織の拡大に伴って意思決定スピードが鈍化したり、効率性が低下したりといった様々な変化が訪れる。今まさにそういった課題に直面し、常識破りな手法で組織づくりを行っているのが、株式会社Gaudiyである。
Web3.0時代のファンプラットフォーム「Gaudiy Fanlink」を提供する同社は、2022年にシリーズBラウンドにて総額35億円の資金調達を実施。創業5周年を迎えた2023年には、約半年で組織を50人→70人規模に急拡大させるなど、大きな転換期を迎えている。
その組織設計を担うProtocolチームでは、急成長期に非連続で訪れる組織課題に対して、複数人で意見を戦わせて意思決定の質を高める「蠱毒(こどく)」、民意でリーダーを決める「代表選挙」、評価の属人化を防ぐ「給与バグ検知」という3つの制度を新たに運用。
他に類を見ない数々の制度を生み出して来た同社だが、その根底では今後のさらなる組織拡大を見据えて、「科学的なアプローチとデータに基づいたプロトコル(規則)を設計すること」を重視しているという。
そこで今回は、Protocolチームで組織設計を担う藤原 良祐さんと、北川 和貴さんに、2022年10月から取り組む「新たな3つの実験」について、詳しくお話を伺った。
50人→70人に組織拡大する中で課題が生まれ、新たに3つの制度を実行
北川 僕は前職の証券会社やFintechベンチャーを経て、2022年10月にGaudiyにお試しジョインし、2023年1月から正式にPdMとして入社しました。その後は開発と兼務する形で、ProtocolチームにてCEOの石川や藤原と共に組織設計なども担っています。
現在、弊社の組織規模は70人ほどです。そのうちProtocolチームには4人が所属し、組織制度や業務ルールの設計・運用などを通じて「メンバーの活動をより効果的にアウトカムに変換する取り組み」を実行しています。
実はProtocolチームには、HR経験者が1人もいません。例えばコピーライターやPdM、データサイエンティスト、金融業界のクオンツといった様々な専門性を持ったメンバーが集結して、人事と開発の両面に対して仕組みづくりをしているのが特徴です。
また、組織運営に人の感情を入れると意思決定の際に遠慮が出てしまうため、常に「科学的なアプローチとデータに基づいたプロトコルを設計すること」を重視しているのもユニークな点だと思います。
▼ Protocolチーム 北川 和貴さん
以前からGaudiyでは、誰でも意思決定できるフラットな組織である「DAO(分散型自律組織)」をベースに組織づくりをしてきました。その中で、特に大きな転換期となったのが2022年10月です。
ちょうどその頃は、石川の旗振りのもとで「よりGaudiyらしいDAO」を再定義して、「民主的な組織設計」に舵を切ったタイミングでした。
また、そこから約半年間で50人から70人規模にまで組織が急拡大する中で、様々な変化が起きたことから、Protocolチームが主導して新たな制度を打ち出して推進してきました。それが、「蠱毒(こどく)」「代表選挙」「給与バグ検知」の3つです。
今回は、それぞれの制度の具体についてお話しさせていただきます。
※Gaudiy社のDAOをベースにした組織運営については、こちらの記事もご参考ください。
「Web2.5」が最適解。自律分散と中央集権のバランスを追求するGaudiy社の組織づくり
意思決定スピードと提案の質を向上する、ディベートバトル「蠱毒」
藤原 僕は新卒で野村総合研究所に入社して約7年働いた後、2022年1月にGaudiyにお試しジョインして、3月から正式に働いています。現在はProtocolチームで、組織設計やプロダクトの経済設計などを担当しています。
僕の体感では、40人規模になった頃から社内ミーティングが増えて、多方面に情報連携する必要が出てきたことと、組織全体における意思決定スピードの鈍化を感じ始めました。そこからさらに組織が急拡大したことで、会社全体で明らかに非効率なシーンが増えていったことを覚えています。
そうした背景から、Protocolチームでは「組織が拡大し続けても意思決定スピードを下げず、個々の提案の質も高めることができる組織設計」をテーマに議論を始めました。
▼Protocolチーム 藤原 良祐さん
まず、上下階層のないGaudiyでは、多くの企業で行われる「上司による提案内容のクオリティチェック」が存在しません。また、すごく優しいメンバーが多いので、提案がまだ十分に練られていないと感じても、厳しく指摘するような人がいなかったんです。
そんなGaudiyだからこそ生まれた制度が、1つ目の「蠱毒(こどく)」です。
これは簡単に言うと、「原則1週間以内という制限時間内に、ある課題やテーマに対して2人以上の参加者がディベート形式で解決策やプランを戦わせて、結論を出す」という意思決定プロトコルです。最終的には、参加者同士の話し合い(オブザーバーもいる場合は投票)で、その回の勝者を決めます。
北川 蠱毒の目的は、相手を打ち負かすことではなく、ディベートを通じて自分以外の視点を持ち、解決策やプランの練度を高めることにあります。また、人間関係が悪化するのではないかという不安を持つことなく、自分の思うがままに意見できるように、「時間制限と舞台が用意されたバトルゲームである」という建て付けにすることがすごく重要です。
「これ、あくまで蠱毒だから」と言える環境でバチバチ意見を戦わせて、ディベート終了後の感想戦ではいつもの関係性に戻って「あのプレー良かったよ」とねぎらい合える。そんな温かみと厳しさを両立したような設計になっています。
また、ある論文では「一流企業の経営層でも、ある案を『やるか・やらないか』の2択で意思決定すると52%の確率で失敗し、第3の選択肢(代替案)を増やした時は32%まで失敗確率が下がった」という研究結果が発表されています。蠱毒はそういった科学的なエビデンスに基づいて設計しているのも特徴です。
「ミニ蠱毒」など派生系も生まれ、40回以上の実施で組織に定着
北川 僕が蠱毒について特に良いなと感じているのは、トップダウンではなく、意思決定に現場メンバーの視点が入ることです。ここでは、現場の意見をもとに開発体制を変化させた蠱毒の一例をご紹介します。
まず、蠱毒に参加したのは開発チーム(Dev)のエンジニアと、Protocolチームのメンバーです。
この時は、「開発メンバーが一気に増えて、開発スピードの低下とシステムの複雑性の増加」という課題に対して、それらを両立させるトレードオンな開発体制をどのように作るべきかについて意見を戦わせました。
Protocolチームからは、「アウトカム最大化に責任をもつPdM vs 技術的複雑性をプロダクトに持ち込ませないDev、という緊張関係(ガバナンス)を効かせるべき」といった視点を入れました。この辺は、普段近い距離で仕事をしている現場メンバーだと自発的に仕組み化されにくい視点です。
このように、Protocolチームは組織として在るべきガバナンスの視点を付加できるように心がけています。
実はこの蠱毒は、オフィスに偶然居たスクラムマスター代表との立ち話がきっかけとなり実施したものです。「今から半日リサーチして蠱毒をやるか」となり、半日足らずで新体制の大枠を固めることができて、意思決定のスピードと質を高めた蠱毒の模範例になりました。
藤原 蠱毒は、2022年12月からすでに40回以上も実施されていて、メンバーからの評判もとても良いですね。「ミニ蠱毒」などの派生系も生まれたり、蠱毒でボコボコにされることを指す「蠱毒死」という新語が生まれたり(笑)。Gaudiyのカルチャーとしてかなり定着しました。
また、蠱毒を運用する中で、当初のルールから徐々に変化してきたところもあります。
例えば、当初はキックオフから48時間後に先攻ピッチをして、その後に一定の準備期間を設けて後攻ピッチを実施していました。しかし、実際は同時でも全く違う提案が出てきたので、先行・後攻ピッチを同日開催するケースが増えましたね。
▼基本となる「蠱毒」の運用方法(2023年5月時点)
北川 他には、蠱毒の「リアルタイムアタック」もありました。石川からある朝突然テーマが発表されて、「今日3時間後に蠱毒の1回戦を開始するぞ」と。すごいむちゃぶりですよね(笑)。
そこからはもう急ピッチでリサーチして、自分の結論を出して意見を戦わせるので、煙が出そうなほど頭がフル回転しましたが、生産性がめちゃくちゃ上がったと体感しました。
藤原 こういった蠱毒の取り組みを社外に発信したところ、僕らと同じような課題感をお持ちの方々から、「自社でもやってみました!」という声も多くいただきました。やはり組織拡大に伴う意思決定スピードの鈍化や質の低下は、企業問わず普遍的な課題なんだなと感じましたね。
※「蠱毒」については、同社のこちらのnoteもご参考ください。
三つ巴の蠱毒で、次期CEOを含む代表陣を決定する「代表選挙」
藤原 現在、まさに実施しているのが、2つ目の取り組みである「代表選挙」です。
まず冒頭でお話しした通り、2022年10月にGaudiyらしいDAOの在り方として、「民主的に組織を拡張していく」と決定しました。また、その頃にマトリクス組織化したプロダクトチームの運営においては、いわゆる「ピーターの法則(※)」をいかに防ぐかを意識していました。
※ピーターの法則:階層組織の中で出世を繰り返すと、いずれは自分の能力では遂行が難しい職位に到達するため、結果的に上のポジションに無能な人材が集まってしまうというもの
それらの背景から、硬直化せずに成長し続けられる組織を作るために、CEO、CPO、CTO、CDOに相当する代表者を民主的な「選挙」によって決定することで、定期的に顔ぶれを入れ替えることにしました。
その導入に先立って模擬投票を実施したところ、「代表陣全体のポートフォリオが分からないまま、各チームに閉じた選挙をすると投票しにくい」とか、「これで本当に新しい代表が決まると思うと、責任が重くて心理的に負担を感じる」といったフィードバックがあったんですね。
Protocolチームとしても、それぞれの強みを発揮できる代表陣の布陣を考慮したいという点や、有事の際に組織として機動的に動くには、一定はトップダウンで意思を反映できる仕組みにする必要性があると考えて、運用を見直すことにしました。
北川 そこからはチームで科学論文や人文系文献をひたすらリサーチしました。すると、多数決はあくまで締切までに意思決定しなければいけない時の最終手段であって、基本的にはマイノリティを切り捨てるものだという正しい認識を得られました。
さらに、民主的に人選することを突き詰めると、ルソーの「社会契約論」などに行き着いて。そういったアカデミックな根拠に基づいて、正式な運用を決定しました。
具体的には、特定のポジションにおける次の任期を担う候補者として、「現CEOが指名した人」、「民意投票で選出された人」、「他薦で抜擢された人」の3人が並びます。
そして、選挙当日は、蠱毒のスタイルで「代表になって目指すことや具体的な戦略」と「いかに自分がふさわしいか」などのプレゼンをし合います。それを見守るメンバー全員が、投票によって新しい代表候補を選ぶわけです。最終的にはCEOに判断を委ねますが、その判断も信任投票をもって決議されます。
北川 代表選挙の頻度は、対象となるポジションによって異なりますが、1年に2〜3回の実施を予定しています。
実は、初めての選挙が今まさに実施されていて。次期CEOのポジションや複数の職能代表を決定する一大イベントになっています。どのような結果になるか分からないので、僕たちも少し緊張しますね。
(※2023年5月に実施されている代表選挙の内容は、SELECKにて近日公開予定です)
給与のタブーに切り込む。「言い値で決まる」給与自己申告制度を開始
藤原 そして3つ目の取り組みが、「言い値で給与が決まる」自己申告制度と、それを上書きした「給与バグ検知」です。
まず、2022年7月に給与の自己申告制度を導入しました。元々弊社には給与査定の仕組みがありませんでしたが、次第にお子さんの出産やGaudiyにコミットするために副業をやめるといった、メンバーのライフステージの変化が現れてきました。そういった出来事があるとやはり金銭的な不安が大きくなるので、会社として柔軟に対応できるようにと作ったものです。
また、この制度は、多くの企業で見られる「給与面のタブー」に切り込むという意思も込めて設計しました。
例えば、スタートアップの初期メンバーの給与は、最初は抑えめにしておいてストックオプションでカバーするケースが多いと思います。しかし、事業成長や調達で資金に余裕が出た頃に入社した中途メンバーの給与が、長年貢献しているメンバーの給与水準を超えてしまうこともありますよね。
でも僕たちは、入社したタイミングに関わらず、本当にコミットして頑張っている人の給料を上げてあげたいし、パフォーマンスに見合う最適な給料を調整する仕組みは絶対的に必要だと思っています。
そういった背景から、この自己申告制度では給与レンジを設けず、申告者が言い値で希望額を出して、最終的に人事や石川と面談しながら金額を調整していました。実際に多くのメンバーがこの制度で昇給を叶えています。
しかし、今の組織規模までなら全員のコミットメントとパフォーマンス度合いを把握できるものの、今後100人、200人規模に拡大することを考えると、同じ形式では運用できなくなるだろうという将来的な課題感が生まれてきました。
また、自己申告で給与が上がっていくので、いずれインフレが起きて持続性が低くなってしまうであろうことも課題と捉えていました。
給与自己申告制度の持続性を高めるべく新設した、「給与バグ検知」
藤原 そういった未来に訪れるであろう課題感から、新たに設計したのが「給与バグ検知」というプロトコルです。本格的な運用はこれからですが、このプロトコルは給与の自己申告をいつでも出せるようにしたままで、新たに360度評価サーベイを定期的に実施して、評価の属人化を防ぐというものです。
これを設計した根底には、「人が人を完全に正しく評価しきるのは難しい」という基本思想と、特定の評価者がいることで、メンバーがその人に気に入られなければと考えてしまうことを防ぎたいという思いもありました。
とはいえ、360度評価サーベイを加えれば万能な制度になるわけではありません。例えば、評価者が被評価者に対してマイナスの感情を持っていて、意図的に低い評価をつけることもできてしまいます。
その対策として、僕たちが経済学者の方と相談する中でたどり着いたのが「マジョリティジャッジメント」でした。これは、複数の評価者が被評価者に対して絶対評価をし、それらを集約した「中央値」を正式な評価とする理論です。
この方法を取り入れれば、仮に特定の人がはずれ値をつけても、その値に引きずられずに客観的な最終評価をつけることができます。また、弊社は全員の給与を社内公開しているので、自然に均衡も図られると考えています。
さらに、組織図には表されない範囲で、被評価者が一緒に業務をしているメンバーがいれば、その人を評価者に指定できるように「リファレンスアンケート」も実施する方針です。
それらを実行して一定のサイクルで繰り返しながら、よりGaudiyらしい給与制度へと磨き上げていきたいと考えています。
組織の硬直を防ぐには、「未来を想像して先手を打つ組織設計」が重要
北川 これらの3つの取り組みは、どれも「組織が拡大した未来に生まれうる課題」を想定して、先手を打って設計してきたものです。なぜ今すぐには必要でないものに、これだけのリサーチや設計の時間を投資しているかと言うと、問題が発生してからでは制度を変更することが難しくなるからです。
「代表選挙」も「給与自己申告制度」も、既得権益ができた後に悪条件に変更すると不利益変更になってしまうので、こういった制度は導入するタイミングが非常に重要なんです。
例えば、制度導入のタイミングを間違えると、「給与を下げたい人がすでに居るので『給与バグ検知』を入れた」と誤解されるリスクがあるといった形ですね。
藤原 これらの取り組みによる良い変化として、まず蠱毒の実施頻度が劇的に上がっていて、何か言いにくいことを伝える時の最後の調整の場になっているので、みんな非常に効果的な使い方をしてくれていると感じています。
ただ、あくまでも蠱毒は「心理的安全性を強制的に作るためのツール」です。最終的には蠱毒がない状態でも、健全に意見を戦わせられることが理想ですね。
また、代表選挙に関しては、民意で候補者を募った際の投票結果を開示しているので、みんな自分が何番目だったのかを結構気にしている様子が見受けられます。
例えば、自分がCEO選挙の候補者に選ばれたとしたら、CEOとしてどんな戦略を描くかを強制的に考えなければいけません。2位、3位であっても「もしかしたらCEOになれるチャンスがあるかもしれない」と視座が上がるんですよね。みんな言葉にはしませんが、そういった心情から組織全体の熱量が上がっている感覚があります。
「よし、まくってやるぞ!」という若手メンバーも増えてきていますし、より責任のあるポジションに就けば納得感をもって給与の自己申告もできるので、Gaudiyが実現したい「貢献すればするほど報われる」という世界に一歩近づいているように思いますね。
アカデミックに組織を考え、個々の突き抜けた強みを伸ばし続ける
北川 近い将来を見据えると、僕らの携わるエンタメ業界とブロックチェーンやAI技術が交差する瞬間がすぐそこまで来ていますし、僕自身は金融や機械学習のキャリアから「金融×AI×海外」という個人のテーマを持って活動しています。
例えば、LLMや生成AIの今後を考えると、人間のフィードバックによる強化学習がキーになってくると思います。Gaudiyにはコミュニティ内のIPを知り尽くしているファンがたくさんいるので、その強化学習がしやすく、さらに活動をNFTに紐付けることでその実績を記録することもできます。
そのような形で、ファンもクライアントもIPもどんどん良くなっていくような循環を作っていきたいですし、それを海外に発信して、「日本のファンコミュニティの熱量」を有名なものにしていきたいと思っています。
藤原 僕自身の今後のチャレンジとしては、どのビジネスパーソンよりもアカデミックに組織を考えていきたいですし、同時に現場の課題にもきちんと向き合っているという、特殊なポジショニングを作っていたいと考えています。
一例を挙げると、今回の代表選挙や給与制度を運用する中でのデータをもとに、エコノミストの先生方と論文を書くことを進めています。また、僕らの学びをプロダクトに反映させることで、他の企業の方々もそれを活用できるようになるので、そのような公共財としてのツールや知識を作り出していきたいですね。
客観的に見ても、Gaudiyのメンバーはみんなすごく優秀で、それぞれの最大値の部分が突き抜けているので、レーダーチャート的に表すと凸凹人間の集団なんですよ(笑)。
今後さらに組織が大きくなっても、その凸凹にプロトコルを組み合わせることで、個々が突き抜けた状態で組織を拡張することにこだわっていきたいです。(了)