• 株式会社中川政七商店
  • 取締役
  • 緒方 恵

スマホ時代の「次世代UX」を追求!中川政七商店が、ECサイトを大リニューアルした理由

〜オムニチャネル推進のため、自社のECサイトを一新。「創業300年のスタートアップ」中川政七商店が目指す「迷子になるのが楽しいEC」とは〜

1716年、高級麻織物「奈良晒」の卸問屋として奈良で創業した中川政七商店。

同社では13代目中川政七(現会長)の改革を皮切りに、企画・生産から販売までをすべて自社で行うSPA(製造小売)事業を工芸業界で初めて確立し、同時に社内のIT化を推し進めてきた。

現在は国内に55店舗の直営店を展開し、オリジナル商品はもちろん、全国の工芸メーカーの商品を直接顧客に届けている。

また同時に、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを実現するため、工芸従事者に向けたコンサルティング事業や、合同展示会「大日本市」の開催、オウンドメディア「さんち~工芸と探訪~」の運営といった新しい挑戦を次々に繰り出している。

そんな同社では、2019年3月に自社ECサイトの一大リニューアルを実施した。新サイトにおいては、店頭在庫を確認できるといった利便性の向上に加えて、スマートフォン版における「次世代型」のUXを追求

スマートフォンのブラウザサイトにおいて、まるでアプリのようなUXを実現することによって、顧客体験の向上を狙った

結果として、1セッションあたりのページ閲覧数が倍増するといった定量的な成果に加えて、顧客行動や接客にも変化があったのだという。

今回は同社で取締役を務める緒方 恵さんに、今回のECサイトリニューアルの狙いと効果、そして中川政七商店が目指す未来までをお話いただいた。

事業インパクトよりも「ビジョン」が常に優先される

中川政七商店はビジョンとして「日本の工芸を元気にする!」ということを掲げています。

「元気にする」というのは、工芸に関わる職人さんがきちんとお金をもらえて、かつ自分たちの誇りを取り戻している状態を表現しています。

このビジョンが最も大切だと考えているので、新しいアイデアや企画が出てきたときも、「日本の工芸を元気にするか、しないか」が常に実行の判断基準です。たとえ事業インパクトがあっても、日本の工芸を元気にしないのであればやりません。

メイン事業としてはSPA事業を展開していますが、この事業だけですと、我々のビジョンは実現できません。そこで、この本業で得た利益を元に、他の「日本の工芸を元気にする!」事業に投資をしているんです

例えば工芸品の従事者に向けて、経営、ものづくり、流通・コミュニケーションの設計までを一気通貫で提供するコンサルティング事業を展開しています。

ですが、日本の工芸産地が300ほどあるのに対して、僕たちがこれまでに支援できたのはせいぜい20社ほど。これでは、日本の工芸の衰退スピードを上回ることができない。

そこで、事業支援とは別に情報支援もやっていこうという背景で立ち上げたのが、メディアサイトの「さんち~工芸と探訪~」です。

さんちのミッションは、工芸に関心の高い人を増やすことです。その点から、収益は生んでいなくてもビジョン実現に貢献している、という考え方をしています。

他にも合同展示会「大日本市」の開催といった支援を行っていますが、これらの活動は、効率がいいとは言えません。でも、僕たちにとっては日本の工芸を元気にすることが、利益率よりも上位の概念なんです。なのでやっていますし、やめません。

それに投資したいので、本業を頑張る。中川政七商店は、そんな風に日本の風土や文化と、風習が好きで、「それがなくなると惜しいな」と思っている集団なんです。

オムニチャネル化推進のため、ECサイトのリニューアルに着手

僕は入社当時は執行役員CDO(Chief Digital Officer)という肩書で、いわゆるデジタルトランスフォーメーションを推進する役割を担ってきました。

そしてWebマーケティングや社内システムの改革を行い、2年ほどで、「デジタル」というフレーズとその効果を社内にある程度は浸透させることができました。

そこで、これからはもう少しレイヤーを広げてやっていこうということで、2018年の4月頃からECサイトのリニューアルとオムニチャネル化に着手しました。

中川政七商店ではもともとEC自体はあったのですが、オムニチャネル化という文脈では大きくふたつの課題があって。

ひとつは、EC自体が「店舗のひとつ」という位置づけになっていて、リアル店舗との連動が強くなかったことです

リアル店舗がある会社にとってのECは、店舗だけだと利便性が担保できないシーンで役に立つことがあるのですが、そういった形でメリットを考えられていませんでした。

例えば「これはこういう産地で作られて、こういう技術で作られている」といった情報を、店頭で視覚的に伝えるのは難しいんですよね。POPやサイネージを乱立させるわけにもいかないので。そういったときに、ECに動画が上がっていれば、接客時にそれを見せることができます。

もうひとつは、店舗の会員基盤が「スタンプカード」しかなく、お客様とコミュニケーションをとるためのチャネルがなかったことです。

弊社は基本的に広告を打たないので、店舗に来てくださった方にストーリーを伝えて、そこから体験をアクセルしていくことが重要になります。そこでお客様へのメッセージが「またお越しくださいませ」だけだと、次の来店のトリガーが完全にお客様側だけにあることになってしまいます。

そこで、今回のECリニューアルのタイミングで、リアルとWebをシームレスにつないでいくシステム基盤を構築して、より確実にお客様に連絡できる方法をつくりたいという狙いもありました。

ブラウザサイト上の体験を、アプリに近づけるためのUXを追求

このような文脈でECのリニューアルを行いましたが、新しいサイトでもうひとつ重視していたことがあります。それは、スマホサイトの次世代UXの提言をすることです

スマホアプリって、UXがすごく進化していますよね。ですが一方で、ブラウザとなると意外に進化していないんです。

ですが世の中のユーザーからすると、ブラウザだろうがアプリだろうが、関係ありません。良い体験と悪い体験の違いでしかない。であれば、可能な限りアプリライクなUXをブラウザでも実現できなければ、どんどん使用頻度が下がっていってしまうだろうな、という課題意識をずっと持っていました。

そこで今回のサイトリニューアルにあたっては、ユーザーテストを繰り返し行って、UXを追求しました。

基本的にスマホにおけるECサイトのデザインって、ヘッダーがあって、縦方向にコンテンツが展開しています。なのでユーザーは自分で縦にスクロールして、気になったものがあれば止まったり、ちょっと戻ってタップして、商品詳細ページに進みます。

この「縦にスルスルとスクロールして、流れているものを認識し、止まって、再度深く認識する」プロセスって、実はかなりの工数が無意識にかかっているんですね。

逆に、例えばInstagramのストーリーズだと、画角が固定している状態でシャコっと横方向に次のコンテンツが展開するので、「視線をぶらさなくていい」構造になっています。

となると、ブラウザサイトにおけるバナーの置き方も、そちらに近い形にするべきだろうなと。実際にそれでテストしてみたところ、ヌルヌル動く縦スクロールに比べて「どんなバナーがあったか」というコンテンツ認識率が全然違ったんです

画像をクリックすると、実際のサイトの動きをご覧いただけます。

具体的には ①どんなバナーがあったか ② そのバナーで訴求している内容 の2点を聞く形式で、①②の掛け合わせたポイント数で約2倍の差がつきました。

今回、特に参考にしたのはInstagramとKindle。開発途中も「雑誌のようなUIと体験を目指す」ということは何回も何回も言いました。

こういったデザインのサイトはまだ世の中にはほとんどないのですが、こちらが今後はスタンダードになっていくだろうと思っています。「こっちのほうが使いやすくないですか?」という提言をWeb業界及びユーザーにしよう!という気概で、実装をしました。

新しいECサイトによって、顧客行動も店舗での接客も変化

2019年3月に新サイトをリリースしたのですが、その後、アクセス数は150%上昇しました。他にも1セッションあたりのページ閲覧数が倍増したり、一方で離脱率が下がったり、良い結果が出ていますね

売上自体はまだ微増という感じなのですが、まだ既存顧客の戸惑い時期でもあるとは思うので、そこは今後伸びてくると思っています。

そして、数字以外でも変化が出てきています。

以前は基幹システムなどの問題から、店舗在庫をWebで公開できていなかったんです。なので、例えばテレビ番組でひとつの店舗が取り上げられると、そこにお客様と問い合わせが集中する…ということが起こっていました。

しかし現在は、EC側で店舗在庫を表示しています。そしてちょうどリリース後にタイミング良く、表参道店に帯番組の取材があったのですが、見事に問い合わせが各地の店舗に分散しまして。

その取材された商品の売上総数も上がりましたが、それ以上に、問い合わせ件数も売上も表参道店だけに集中しなかったのは面白かったです。

やはり皆さん、テレビを見たあとに検索して、ECサイトの商品詳細ページをご覧になったんだと思います。そこで近くの店舗に在庫があれば、そちらに問い合わせる。

この時代、これって普通のことかもしれないですが、僕たちとしては「利便性を提供すると顧客行動が変わる」ということをまざまざと体験する良い機会になりました。

また、Web上で在庫が確認できることで、店舗の接客も変わりましたね。

店頭で在庫がなかったときに「お調べします」といってバックヤードに行く時間をかける必要がなくなりましたし、一番いいのは、そのご案内の時にお客様にWeb上で店舗在庫を見せる行動が自動的に、ECサイト自体の宣伝告知にもなることです。

つまり、店舗で良い体験を提供するっていうことがスタート、という基本は変わらないのですが、そこから先に枝葉を作れるようになりました。これによって、再来店率も全然変わってくると思っています。

次の挑戦は「迷子になるのが楽しいECサイト」を作ること

Webとリアル店舗の違いでいうと、リアル店舗は「迷子にさせればさせるほど」客単価が上がるんですよ。例えば大きい商業施設だと、文房具を買いに行って5階まで行って、階段を降りているうちにいつのまにかシャワーヘッドも買ってた…みたいな。

「快適な迷子」を担保すると、リアル店舗ではどんどん商品が目に入ってきて、購買につながる。一方でECは、クリック数が多ければ多いほど離脱してしまう。なので、少ないクリック数の中でどう商品を露出させるか、がミソになっていますよね。

でも、これからは「迷子になるのが楽しいECサイト」を作りたいと思っています。

ほしい情報までは最速でたどり着ける一方で、そこから先に迷子になっていくことが楽しい。そうすればページセッションが増えますし、O2Oも含めた客単価も上がっていく。

その一方で、僕たちは、あくまでもものづくりに誇りを持っている企業なので、「自分たちが自信を持てる商品ができた」という発信に対して嘘のない企業である、ということをお客様に伝えるのは大前提になります。

この文脈で重要なのが、ブランドロイヤリティとブランドシンパシーが異常に深い状態を作っていくこと。そのためにはリアル店舗だけでもだめだし、Webだけでも、メディアだけでもだめです。

お客様との接点において、発信するメッセージをぶらさないこと。そのために、コミュニケーション本部というひとつの組織で、リアルもウェブもECもすべて統一して見ることで、次の進化を生み出していければと思っています。(了)

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