- Zebra Japan株式会社
- 店舗運営部 第二ディストリクト ディストリクトマネージャー
- 吉田 雄
コミュニティが「接客」を進化させる。フライングタイガーが追求する顧客体験とは
〜オペレーションに忙殺されていませんか? イベントを通じて「理想の顧客との関係性」を思い出し、理想の「購買体験」を追求するフライング タイガー コペンハーゲンの取り組み〜
日々のオペレーションに忙殺されてしまい、目指していたビジョンや理念を忘れてしまう…そんな経験はないだろうか。
2012年に日本に上陸した、デンマーク発の雑貨ブランド「フライング タイガー コペンハーゲン」(以下、フライングタイガー)も、上陸直後の爆発的な人気によって業務過多に陥り、接客サービスや、社員の満足度に影響が生じた時期があったという。
そこで体験型のイベントを開催し、顧客との接点をリアルに持つことによって、ブランドの存在意義を再認識。その取り組みを体系化し、コミュニティマーケティングへと昇華した。
さらに、購買体験(以下、ショッピングエクスペリエンス)の質を向上させるため、その核を「6ストーリーズ」として定義し、それをもとにストアスタッフの評価制度を刷新したそうだ。
今回は、フライングタイガーを運営するZebra Japan株式会社でディストリクトマネージャーを担当する吉田さんとマーケティングを担当する山中さんに、ショッピングエクスペリエンスの改革の全貌について詳しくお伺いした。
「品出し合戦」に追われ、ブランドへの想いを忘れてしまっていた
吉田 僕は大学を卒業して3年ほど婦人服の小売企業に勤めた後、芸人を目指すために養成所に入りました。単独ライブなども行っていましたが、将来に不安を覚えていた頃、たまたま見つけたのがフライングタイガーの求人でした。
2015年の4月に入社し、2018年からディストリクトマネージャーを務め、現在は関東を中心に8店舗を担当しています。
選考の面接時に、「フライングタイガーで買い物をしたことがありますか?」という質問から、その体験を深掘りされたのを覚えています。フライングタイガーはブランドの個性が強いので、社員も熱狂度が高くないとなかなか続かないんですね。今でも、ほぼ全員に面接で聞いていると思います。
▼【左】山中さん【右】吉田さん
一方で、入社当時の現場は「品出しできる人が神」みたいな状況でした。とにかくお客様が多かったので、スピード優先でオペレーションしていくことが求められていると信じていました。そのため、小売としては一般的でない接客ルールもありましたね。
たとえば、お客様のお買い物バスケットをレジで預かることは、一律で禁止になっていました。当時はオペレーションの負荷がすごく高かったので、そういうルールにしてスタッフを守らないといけない環境だったんです。
そうした状況は不健全だとは思いつつも、商品を置けば置くだけ売れて、売上が上がり、店舗数が増えるという循環が回っていたので、やりがいはありました。
ただ、それが一段落した時に「自分たちが何をすべきか」に迷うようになりました。本来持っていたやりがいやブランドへの想いといった初心を、品出し合戦の中で忘れてしまっていたんです。
体験型のイベントを通じて「ストアで働くことの楽しさ」を思い出す
山中 僕は、2011年に親会社であるザザビーリーグに入社し、国内1号店がオープンした後からフライングタイガーを担当しています。現在は、マーケティング部に所属しています。
吉田が入社した当時はサポートセンター(※)にいましたが、ストア従業員に対してブランドへの熱狂度と推奨意向を調査した際に、両者ともに高い従業員が多数いる反面、低い従業員も同じくらいいることがわかりました。ここに大きな課題があると感じました。
※サポートセンター:本社。店舗をお客様との最大の接点と考え、本部は店舗を支援する部隊という考え方からそう呼んでいる。
そこで、出店ペースが落ち着いてきた2017年に、自分たちがどういうビジネスをしているのかを改めて認識するために「キッズジョブデー」という体験型のイベントを開催することにしました。
当時、世間では「プレミアムフライデー」が始まると話題だったんです。そこに合わせて、フライングタイガーらしいプロモーションを打とうと議論した結果、親子が一緒に参加できて、普段見られないお子様の成長を感じられるようなイベントにしようと考えました。
この着想になったのは、2014年に実施した3号店のオープニングイベントです。親子ではじめての買い物をフライングタイガーで体験するという企画だったのですが、これがものすごく好評で。
そこで今回も体験型にして、より地域に根付かせるために「働く」をテーマにしたイベントを企画しました。具体的には、親子一緒にお店で働いてもらって、そのお給料としてお店で使えるチケットをプレゼントすることで、働く体験と消費の体験を両方できるという内容です。
▼キッズジョブデーの様子
吉田 最初に2店舗で実施したのですが、これをきっかけに良い循環が回り始めてきて、業績があがるストアもありました。フライングタイガーが理想とするお客様との関係を、改めて意識できるようになったことが一番大きかったと思います。
特に、イベントに参加してくれた子供たちとの交流が「ストアで働くことの楽しさ」を思い出させてくれたんですよね。すると、商品の陳列や発注という日々の作業にも、お客様の視点を持って取り組めるようになっていきました。
イベント施策を整理し、コミュニティマーケの枠に「当てはめる」
山中 最初の2店舗での成功を皮切りに、キッズジョブデーは一気に横展開していきました。さらに「お客様との関係性」という切り口から、店舗外でのオフサイトイベントも考えていきました。
▼現在実施している、店舗でのイベント
吉田 ですが毎回、特定の企画に対してお客様が参加する形だったので、企画同士の関係性をどう持続させるかがが課題でした。
山中 また当時、マーケティングにおける別の課題もありました。情報発信を強化するためにアンバサダーを募集したところ、各5〜10人の枠に対して、約900人もの応募があったのですが、結局、運営が困難なので800人以上とはノーコンタクトになってしまって…。これはもったいないなと。
そもそも、人を集めたり、関係性をつなぐことでビジネスに貢献しようという意識が強くなかったんですね。ですが、自分たちがやっていることって、つまり「コミュニティマーケティング」なんじゃないかということに気が付いて。
オンライン・オフライン、オンサイト・オフサイトで施策を整理し、既存のイベントを当てはめてみると、フライングタイガーらしいコミュニティマーケティングの形が見えてきました。
たとえば「キッズジョブデー」はオフライン・オンサイトの施策ですが、お客様に商品の紹介などをしていただく「パーティー部」は、オフサイト施策としてオンライン・オフラインの両方で実施しています。
▼実際のファンミーティングの映像
今では、お客様がイベント運営のリーダーとなり、ストアのメンバーが運営サポートを行うような、関係が逆転した取り組みも見られるようになってきています。
ショッピングエクスペリエンスを定着させるため、評価制度を刷新
吉田 こうして様々な企画を経て、フライングタイガーがどういうブランドで、目指したいショッピングエクスペリエンスがどのようなものなのかを、現場の全員が理解できるようになりつつあります。
お客様を楽しませたいというマインドはあっても、それを表現する方法を知らないスタッフも多かったので、具体的な施策を通じてそのような人が行動しやすくなった部分もあると思います。
山中 また一方で、理想を体現できていないメンバーへの教育と、体現できているメンバーをいかに評価していくか、という2点が課題になってきました。
そこで、フライングタイガーの目指すショッピングエクスペリエンスの核を「6ストーリーズ」として定義づけ、この比重を高める形に評価制度を刷新しました。
▼6ストーリーズ
吉田 新制度に移行する際には、評価者による甘辛を防ぐため、事前に各項目の基準を具体化しました。
例えば、「察する」という項目。定義としては、「お客様の様子を察知し、先回りした気遣い・行動ができる」としていますが、これだけでは実際の行動に落とし込めないと考えました。
そこでもう少し踏み込んで、「商品のお預かり、かご渡し、ベビーカーのご案内が出来る。」という具体的行動例を明文化しています。以前のお話しした、「お買い物カゴお預かり禁止」とは全く逆になるものですね。
このように、具体的行動例に落とし込むことで、表現する方法を知らなかった、わからなかったスタッフに対して明示ができ、評価者も評価の基準にできると考えました。
導入にあたっては、マネージャー陣はもちろん、フルタイムで働くアルバイトスタッフの皆さんも対象に研修型の説明会を各地で行いました。ブランドとしての意思表示ができたことは、成果として大きかったと思います。
フライングタイガーには「お客様にインスピレーションを与えたい」というコンセプトがあるのですが、社内に対しても同様であるべきだと思っていて。なので、チェックリストのようなものではなく、あえて遊びの余地を残していますね。
制度を移行した後も、マネージャーが集まって、評価の認識を合わせるディスカッションなどは継続して行っています。
顧客との関係性を再定義して、小売のスタイルを変えて行きたい
山中 一連の取り組みの結果、ブランド総体としてお客様との距離がかなり近くなってきたと思います。当初は、お客様との接点はストアとマーケティング部しかありませんでしたが、今は商品部門や管理部門のメンバーとお客様が会うような機会も増えてきました。
一方で、お客様と距離感が近いからこそ難しくなってきた感覚はあるので、今後、そのあたりは課題になってくるかなと思います。
吉田 僕は、コミュニティマーケティングの運用や、6ストーリーズの策定から業績を伸ばした企業、という研究対象になって、このテーマで本を出したいと思ってるんです。フライングタイガーなので、「飛ぶトラを落とす勢い」でいきたいですね(笑)
山中 今後は、さらに小売のスタイルが変わっていったらなと思っています。一般的に、小売ってお客様が神様で、サービスを提供する側は、ステータスも低く見られがちだと思っていて。
でも、コミュニティを運営していると、お客様とよりフラットに付き合っていくような関係を、僕らが定義していけるんじゃないかと思っているんです。
そのために、まずはマーケティング部主導ではなく、よりローカルな個性を持って独自の広がり方をするコミュニティづくりを推進していきたいと思います。(了)