- 株式会社ミルボン
- 経営戦略部 ブランド戦略グループ 統括マネージャー
- 竹渕 祥平
5日で45万視聴のインスタライブ!「創業60年専業メーカー」が伸び続ける事業戦略とは
〜「トレンドに合わせながらも、守るべきものは守る」サロン専売品に特化したニッチ領域で、60年に渡り美容室の成功にコミット。圧倒的な顧客の信頼を得る事業戦略の全容〜
創業60年の老舗ながら、時代に合わせた事業戦略によって業界トップシェアを誇り、24期連続で収益を伸ばし続けている企業がある。
美容サロン用のヘア化粧品に特化した専業メーカーとして、1960年に創業した株式会社ミルボン。
同社は創業当時、顧客である美容師に営業をする際に、接客業務を妨げてしまうことに課題を感じ、「モノではなくコンセプトを売る」という方針に転換。
美容室が抱える課題の解決に伴走する「フィールドパーソン」を育成し、経営計画・販促計画などの立案や、教育支援などを全面的にサポートすることで、盤石な顧客基盤を築いてきた。
近年では、ユーザーがサロン専売品を自由に購入できる仕組みとして、美容室からの招待制で利用できるセミクローズドなECプラットフォームを構築したり、新商品のプロモーションにSNSのライブ配信を取り入れたりと、最新トレンドに合わせた戦略を組みながらも、すべての施策において「美容師ファースト」を貫いているという。
今回は、ブランド戦略グループで統括マネージャーを務める竹渕 祥平さんと、同グループで主にSNSマーケティングを担う池田 龍正さんに、ミルボンが守り続けている思想と時代に合わせた独自の事業戦略について、詳しくお伺いした。
モノを売るな、コンセプトを売れ。顧客課題を解決する人材を育成
竹渕 僕は2004年に新卒入社し、営業やプロダクトマーケティングの経験を経て、現在は新規事業やオウンドメディア・SNSの運営といったブランド戦略全般を担っています。
弊社は1960年の創業当時より、美容室を通じてヘア化粧品を提供する専業メーカーとして事業を展開してきました。
実は、創業からしばらくは、商品を売る際に旅行の特典を付けたり、宣伝カーを走らせたりと、ゴリゴリの営業スタイルの会社だったんです。
それによって売上はある程度伸びていたのですが、美容師さんが接客中のところに営業に伺うことになるので、「また邪魔しに来たんですか」「商品の売り込みはいいから、もっと良い情報はないんですか」といった厳しいお声をいただくことが度々あって。
そこで、創業社長の鴻池が掲げたのが、「モノを売るな、コンセプトを売れ」というスローガンでした。
▼左:竹渕さん、右:池田さん
この考えを基に1984年から現在まで続けているのが、ミルボン独自の営業体制である「フィールドパーソンシステム」というものです。
これは、美容室の経営計画・販促計画などの立案や、教育支援といった様々なサポートを行い、「美容室の繁栄」のためのパートナーとして伴走する仕組みです。
現在のフィールドパーソンは、現場の課題を発見して解決策を提案する「マーケティングセールス」と、その課題を解決するために必要な美容技術の提供や人材育成を担う「エデュケーター」に分かれています。
たとえば、「この商品はこのように活用していただくと良いですよ」と伝えても、それを実現する技術を持っていないと単なるモノ売りになってしまいますよね。なので、美容師さん向けにカラーリングなどのカリキュラムを作ったり、アシスタントさんの教育を支援させていただいたりしています。
▼「フィールドパーソンシステム」の概念図
当然ながら、このシステムを成立させるためには、僕たち自身が美容技術を使いこなせなければいけません。なので、入社後の半年間は研修所に缶詰状態になって、技術や知識の習得に没頭するのが慣習です(笑)。
かなりの投資体力や覚悟が必要になる仕組みなので、弊社でも長年かけて構築してきましたし、この業界で同様のビジネスモデルを持つ企業はいらっしゃらないですね。
また、トップスタイリストの方と組んでヒット商品を開発する「TAC(Target Authority Customer)製品開発」の仕組みも生まれました。この両輪を動かすことで、美容師さんに高く評価していただけるようになり、長年の業績向上にも繋がっています。
新たな課題に対し、美容室を通じたECプラットフォームを構築
竹渕 このような取り組みを愚直にやり続けて質を高めてきたわけですが、時代の変遷とともに新たな課題が生まれてきました。
たとえば、サロン専売品の特性として、ユーザーが美容室に足を運ぶ時期とへアケア商品を購入したいタイミングが異なるという課題がありました。「シャンプーを買うために、わざわざ美容室に買いに行くのが面倒」といった理由で、60%以上の方がリピート購入をされていないんですね。
ここ5年ほどは、自宅で使えるヘアケア用品の需要が高まり、美容室にとっても物販の収益が大きな柱になってきたことから、どうにかしてその課題を解決できないかと構想を練っていました。
そこで、新たにスタートしたのが「milbon:iD」というECプラットフォームです。これは美容室がmilbon:iD上にオンラインストアを開設し、専用のコードをお客様に伝えることで、普段利用している美容室を通じて商品を購入することができるというセミクローズドな仕様にしています。
▼「milbon:iD」のサイトイメージ
こだわったのは「メーカー直販にしない」ということです。僕たちは一貫して「ヘアデザイナーを通じて、美しい生き方を応援する」という企業理念を事業ドメインの中核に据えてきたので、美容室にきちんと売上が入るということが、ものすごく重要なんですね。
その軸をぶらさずにマネタイズできるビジネスモデルを検討した結果、美容室・販売代理店それぞれに利益が残り、それらのステークホルダーと弊社でコストを分担することで、ユーザーの送料負担も軽減できるBtoBtoCの形を選択しました。
また、美容師さんがある程度オペレーションに慣れてからでないと、ユーザーからの問い合わせが増えた時に混乱が生じてしまいます。そこで、プレスリリースを一度出した以降はユーザー向けのメディア戦略を一切実施せず、「美容師さんファースト」で運営しています。
今年6月にサービスをスタートしてから、ITリテラシーが高い一部の美容室だけでなく、全国各地の美容室で導入が進み、現在は1,200店舗ほどにご利用いただいています。毎月1.5倍のペースで流通量が増え、計画比200%で伸びているところです。
コロナ禍での新商品プロモーションは、SNSのライブ配信を活用
池田 私は2012年に新卒入社後、営業やマーケティングの経験を経て、現在は企業ブランディングを担っています。
近年はSNSの台頭により、美容室における商品販売においても、一般顧客の認知獲得が必須になってきました。そこで、2017年からInstagramとTwitterの公式アカウントの運営を始め、現在はSNSマーケティングの軸でブランディング戦略を組んでいます。
これまでのSNSマーケティングにおいて、特に顕著な成果が出たのが5日間のライブ配信を行った「BEAUTY Channel #SNS時代のカワイイを語る。」の取り組みです。
この企画を実施した背景は、新スタイリングブランド「DOOR」の発売にあたり、POPUPストアでサンプリングを行う計画がコロナ禍で実施できなくなったことで、新たにオンライン完結の企画が必要になったためでした。
そこで、美容師さんとインフルエンサーの方が組む形で、5日間にわたり1日2組ずつのライブ配信を行うプロモーションを実施しました。
その結果、Instagram・Twitter・YouTubeといった各SNSでのライブ同時接続数が最大1.5万人、アーカイブを含めた開催期間中の累計視聴者数は45万人と、非常に多くのユーザーに「DOOR」を認知していただくことができました。
▼実際の成果をまとめたもの(同社提供)
この企画の設計においては、「メーカーの人間は出ない方が良いな」と判断しました。というのも、視聴画面におしゃれな美容師さんやモデルの方が映っている中で、スーツ姿のかっちりした人が出てきてしまうと、急に宣伝感が強くなってしまって離脱に繋がると考えました。
特にライブ配信直後は視聴が安定しないので、いかに離脱を防ぐかという視点で設計しました。具体的には、前半では商品や便益には触れず「美容関係なく、SNSでどんなものをカワイイと思うか」といった大きなテーマで、美容師さんとインフルエンサーの方にカジュアルにお話ししていただきました。
中盤では、商品の便益がわかりやすく伝わるように、事前に収録した美容師さんが商品を使ってスタイリングするシーンや、便益性を語っていただいた内容を2分ほどのVTRとして差し込みました。その後、VTRを受けての生のリアクションや使用感を伝えていただき、視聴者からの質問に答えるという構成にしました。
このようにライブ配信中に別の収録動画を差し込む手法は、視聴者を飽きさせずに魅力を伝えるという点で非常に有効でしたね。
戦略的にひとつのSNSに送客し「企画の成功」を印象づける工夫
池田 他にも効果的だった施策として、TwitterからInstagramへの送客があります。
というのも、美容業界に携わる人はInstagramに集中しているので、「ミルボンのインスタライブがすごかったらしい」といかに印象づけるかが重要だったからです。
事前の調査で、インスタライブ配信中のリーチはフォロワー数に対して1.5~2%ということが分かり、当時のフォロワー数3.4万人に対して、1回あたり500〜700名ほど見ていただければ成功という基準を設けていました。
そこからさらに伸ばすために、10万人以上のフォロワーがいるTwitter上で「新商品プレゼントの申し込みはインスタライブ内に限定する」旨を告知することで、最終日にはインスタライブ生配信中の視聴者数を1,300名以上にまで伸ばすことができました。
※本施策の詳しい内容は、こちらのブログをご参考ください。
現在は今年8月にInstagramでリリースされた、最大30秒の動画機能「Reels」も活用し、ライブ配信で得られたノウハウを生かしながら新たなSNSマーケティングを行っています。
これらの運営にあたっては、広告代理店などを通じて予算やキャスティングを決めて進める形ではなく、直に美容師さんにオファーをして、近い距離感でコンテンツを制作しています。
その方が格段に早くコンテンツを改善できますし、そういった生っぽさや手触り感のあるコンテンツの方が、ユーザーの反応も良いと感じますね。
老舗ながらもベンチャーのように。この領域で世界トップを目指す
池田 ありがたいことに、SNSの公式アカウント運用においては、この1年でInstagramのフォロワーが1.2万から4.4万に増え、Twitterのフォロワーも6万から12万まで増えてきました。
多くの美容師さんたちが、SNSでいかにお客さまに情報を届け、支持されるかに悩まれているので、今後は私たちが得たノウハウを生かして、そのような課題を解決できるサービスが作れたら良いなと考えています。
竹渕 これまでの事業戦略において大切にしてきたのは、やはり「美容師さんやユーザーにとってプラスかどうか」という視点ですね。
商品を売るための短期的な広告や、直販のECプラットフォームへの出店といったご提案をいただくこともありますが、僕たちがそれをやっても会社の長期的な成長はできないと思っています。
なので、おいしそうな話に乗らずに真摯に顧客に向き合うことと、トレンドに合わせて新しいことをやるにしても、守るべきところはきちんと守るということを大事にしたいですね。
僕らは事業ドメインを「美容室に絞る」と決めていて、社長は「この領域で世界でNo.1になる」と言っています。そのように志を高く掲げている「船」に乗り、チャレンジが出来ていることは、非常に面白いと思っていて。
現在は、美容室向けヘア化粧品の売上においてトップシェアを築けていますが、今後はサービスの満足度やユーザーからの支持といったあらゆる側面で、No.1企業を目指していきたいです。その先で、「世界取ったぞ!」とみんなで喜べたら最高ですよね。(了)