- 株式会社エーピーコミュニケーションズ
- 取締役副社長
- 永江 耕治
全社員で「アジャイル中期経営計画」を策定!「伝わる・実行される」経営計画の作り方
〜経営計画も「アジャイル」に。あえて未完成な計画を公開し、全社員のフィードバックを受けながら作り上げた中経策定プロセスの全貌〜
先を見通すことが難しい、変化の激しい現代においては、どのように経営計画を作るのが最適だろうか。
一般的に中期経営計画(以下、中経)とは、企業があるべき姿と現状とのギャップを埋めるために、中期的(3〜5年)に目指すことを明確にするものだ。
システムインテグレータ事業を展開する株式会社エーピーコミュニケーションズでは、2019年から2021年までの中経を策定するにあたり、「アジャイル(※)」の手法を取り入れた。
※「すばやい」「敏捷」といった意味を持つ言葉で、もともとは開発手法のひとつとして親しまれている。
具体的には、まずあえて未完成な中経を全社員に公開し、オープンに意見を募った。そして、α版、β版、1.0版という3段階に分け、社員のフィードバックを受けながら少しずつ計画を策定していったのだ。
▼「1.0版」として完成した中期経営計画
結果として策定後の社員アンケートでは、回答者の90.8%が中経の策定方法を「良いやり方だった」と評価するなど、社員の納得度の高い計画を策定することができたという。
今回は、同社の取締役副社長を務める永江 耕治さんに、「アジャイル中期経営計画」の策定プロセスについて詳しく伺った。
中期経営計画は「実行」が伴ってこそ価値がある
私は、2002年に創業7年目のエーピーコミュニケーションズに入社しました。その後はネットワークエンジニアや人事領域などを経て、現在は副社長として事業領域の責任者をしております。
今回「アジャイル中期経営計画」という新しいプロセスで、2019年から2021年までの3カ年の中期経営計画(以下、中経)を作りました。
経営陣で中経策定に関する議論を始めたのは、2018年の6月頃です。その中で「作りかけの粗い中経を全社員に共有して、フィードバックをもらいながら作るやり方もあるよね」という話になったんです。
例えば、中経の中に洗練されていない言葉があったとして、それにある社員がひっかかって反対意見を出す。それを起点に議論が巻き起こる。
こうしたことを繰り返すと、多くの人がもっと中経に興味を持つようになり、当事者意識が生まれる。結果として、計画に対する実行力が高まるのではないかと考えました。
どんなに素晴らしい中経を作ったとしても、実行が伴わなければ意味がないですよね。しかし経営陣だけで作った計画をただ上から落としても、実行力は生まれないないんじゃないかと思います。
そのため、未完成の粗い中経を全社員に公開し、フィードバックをもらいながら少しずつ作っていくことにしました。
経営陣3人月の工数で、中経の「α版」を策定
実際の策定プロセスにおいては、全社員を巻き込むために、α版、β版、1.0版という3段階に分けて中経を作っていくことにしました。
α版、β版という未完成の状態であえて公開し、フィードバックをもらいながら完成させていくという方法です。これを開発の世界のアジャイル開発(※)に例えて「アジャイル中期経営計画」と呼ぶことにしました。
※2週間などの短い単位で、機能の開発とリリースを繰り返す開発スタイル。
α版は、経営陣6人で集まって、2018年7月〜9月の3ヶ月で作っていきました。6人で議論をしながら、当時の執行役員がたたき台を作成。
そして9月は毎週末の休日に執行役員以上が集まり、内容を精査して作り上げました。経営陣の工数としては、およそ3人月を投下しましたね。
▼実際に策定した中経の目次(一部抜粋)
α版を作る上で、経営陣の中で経営戦略に関する共通言語・認識があったことは大きかったと思います。
当社には2009年にできたAPアカデミーという社内大学があり、経営陣はクリティカル・シンキング、経営戦略、マーケティングなどの知識を習得しています。
このように、社内の教育機関でトレーニングを受け、経営戦略に関する土台の知識が揃っていたことが、スピーディな中経策定に生きたと思いますね。
α版を全社員に公開し、実名式でフィードバックを募る
こうしてできたα版の中経を2018年9月の末に社内に公開し、Googleフォームを使って実名式でフィードバックを募りました。
その結果、α版に対しては160件ほどのフィードバックをもらえました。そして、集まったフィードバックに対しては、すべて回答をしました。
▼社員からのフィードバック(一部抜粋)
・「長期経営方針」と「中期経営計画」の間に「振り返り・環境分析」があると、つながりが分かりづらいと思いました。
・ビジョン、ミッション、バリューは、全社員が使う言葉なので、もっとシンプルにして欲しいです。
・VisionもValueもそれぞれで読むと良いのですが、事柄同士のつながりが見えづらいです。
・「完璧に成長し続け」という言葉には違和感があります。
フィードバックで多かったのは経営理念に関するもの、そして「言葉がわかりづらい」という内容でした。
例えば指摘があった「完璧に成長し続け」という言葉は、社長が前から口にしていることだったりするのですが、いざ文字にしてみると違和感が生まれるんだなと気が付きました。
このようにフィードバックを受けたことで、中経がより「伝わるもの」になっていきました。
もともとアジャイル中期経営計画と言っても、「経営方針をみんなに考えて」というつもりはなかったんです。
経営方針は、経営陣主体で考える。ただ、全社員が理解できる表現になっているか? 分かりづらい部分はないか? というところは、フィードバックをもらわないとわかりません。理解できない表現であれば実行力は生まれないので、「伝わる」中経にしなければ意味がないんですね。
そういった意味では、非常に有益なフィードバックが得られたと感じました。
フィードバックを経て、ビジョン、ミッション、バリューも変化
その後、β版を作り、最終的には1.0版となりました。経営陣が策定にかけた工数は、α版は3人月、β版は2人月、1.0版は1.5人月ほどです。
このプロセスを経て、より伝わりやすい言葉や表現に変わった部分は多々あります。実はビジョン、ミッション、バリューも変更されました。
▼α版におけるビジョン、ミッション、バリュー
▼1.0版におけるビジョン、ミッション、バリュー
そして、中経の策定後に取ったアンケートでは、回答者のうちの90.8%の人が中経策定のプロセスに対して好意的に受け止めてくれました。
▼実際のアンケートの回答
中には「こんなに労力かけるんですか?」という意見や、厳しいフィードバックもありましたが、総じてやって良かったなと思っています。
今回のプロセスの中で思ったのは、「伝える」のはとても難しいということです。特に中経など多くのコンテキストが含まれるものは、なかなか伝わらない。
その中で、フィードバックと回答のキャッチボールを繰り返すことで内容が洗練され、少しずつ「伝わる中経」になっていったのかなと感じています。
「1.0版」以降も、変化し続けるのがアジャイル中期経営計画
2019年からは、中経の実行段階に入りました。しかしアジャイル中期経営計画というからには、1.0版も都度修正をかけていく予定です。
社内では「中経は変わらないもの」と捉えている人もいると思いますが、顧客や市場などのフィードバックを受けてどんどん変えていくんだよ、という共通認識を作っていきたいなと思っています。
また、中経の中身の浸透は、まだまだやり切れていないので、粘り強く続けたいです。
現在、従業員数はおよそ400人ですが、それぞれ経験値も違えば、在籍年数も、職種も違う。その中では、全社が見通せる人とそうでない人がいます。
その前提に立った時に、中経がしっかり伝わり切っているかと言えばまだまだです。それぞれの人に合わせて、言葉を変えて伝えていかないといけないと思っていますね。
具体的には例えば、20人くらいを集めて飲食店で飲みながら事業計画について質疑応答をする「カタルバ」という取り組みをしています。
▼実際の「カタルバ」の様子
このような取り組みを増やすことで、今後も中経への実行力を引き出し続けたいと思います。(了)