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  • 増井 公祐

バイオベンチャーこそ資金調達を踏み止まれ。3期目で億単位の利益をあげるジェリクルの軌跡

ジェリクル様_seleck

バイオベンチャーは、世界を救う可能性を秘めている。

米モデルナ社が新型コロナウイルスのワクチンを開発した事例により、バイオテクノロジー企業の存在感を強く感じた方も多いのではないだろうか。

成功すれば大きな社会的インパクトを残せるバイオベンチャーではあるが、その事業リスクは高く、ともすれば「イチかバチかのビジネス」と見られることも多くある。実際に、日本国内で上場しているバイオベンチャーのうち、黒字を維持している企業はほんの一部だ。

そんな中、2018年に創業したのが、東京大学の酒井 崇匡教授が開発した「テトラゲル(tetra-gel)」の再生医療への応用を目指すジェリクル株式会社だ。

同社はエクイティ調達をせずに、創業3期目で数億円の営業利益を創出。「成功するまで赤字を出し続ける」というバイオベンチャーの従来のイメージとは一線を画す経営に成功している。

同社の代表取締役CEOである増井 公祐さんは「シード・アーリー段階のバイオベンチャーは、資金調達をした時点でほぼ失敗する」「上場することで投資家や経営者は儲かるかもしれないが、そうなると技術を使って患者さんを救うという本来の目的が達成できない」と話す。

こうした背景から、黒字を出しながら成長できる「基盤技術型」というビジネスモデルを選択したという同社。今回は、日本におけるバイオベンチャーの立ち上げ方について、増井さんに詳しく伺った。

▼ジェリクル株式会社 代表取締役CEO  増井 公祐さん

ジェリクル増井様

世界で唯一。医療で使える「均一な」ゲルを開発するバイオベンチャー

弊社は東京大学の酒井・鄭研究室の酒井 崇匡教授が開発したテトラゲルの、医療領域での応用を目指すバイオベンチャーです。

そもそも「ゲル」とは何かと言いますと、水分に非常に富んでいて、触るとぷにぷにとした感触のある物質です。

▼「ゲル」のイメージ写真(同社提供)

ジェリクル様_ゲルのイメージ写真

実は「ゲル」自体は世の中にたくさん存在していて、例えば皆さんがよく食べるゼリーやご飯、タピオカもゲルです。医療の領域では、体外で使われているもので有名なのものがコンタクトレンズです。

ただ実は、「体内」で使われているゲルというものはないんですね。

人間の皮膚や臓器を突き詰めていくとゲルになるので、医療領域において体内でゲルを使いたいという要望は以前からあったのですが、なかなか実現できていませんでした。

なぜならば、世の中に存在しているゲルが基本的にすべて「不均一」であるためです。例えばコンニャクゼリーを水の中に漬けておくと、平気で2、3倍に膨らんでしまいます。不均一であるがゆえに、その挙動を予測したりコントロールしたりすることは基本的に無理だったんです。

その中で登場したのがテトラゲルで、世界に存在する唯一の「均一」なゲルです。均一であるためにその挙動を数式に落とすことが可能で、ちょっとした調整によってコントロールもすることができます。

これによって初めて、医療領域で体内でゲルを自由自在に使える筋道が見えてきました。

▼ジェリクル社のプロモーションビデオ

臨床医の先生に「こういうゲルがあるんです」と持っていくと、「これはめちゃくちゃ良い」という反応をいただくことができ、現在は様々な共同研究に結びついています。例えば、体内の出血を抑える止血材や、骨やアキレス腱の再生医療での活用が期待されています。

IT企業での経験を経て、難易度も社会貢献性もより高い領域へ挑戦

僕はもともとレバレジーズという会社でマーケティングの統括をしており、その後、独立してITスタートアップを起業しました。ところがそこで資本政策に失敗してしまい、会社から離れて将来のことを考えるために世界一周の旅に出ました。

旅の途中では、タンザニアで強盗に襲われて死にかける経験をしたり、様々な価値観に触れましたね。

そのような経験を経て「この先何をしようかな」と考えた時に、ある程度やり方が分かっているIT領域で再度起業するのではなく、自分にとってより難易度が高く、社会貢献性が高いと思える領域で仕事をしたいと考えました。

そして、自分自身が大学時代に研究していたゲル領域での起業を考え、帰国後に大学時代に所属していた研究室の酒井先生に相談しに行きました。すると酒井先生は、企業との共同研究に対して非常にペインを感じていると。

過去に企業とテトラゲルを産業応用化する取り組みを模索したそうなのですが、コミュニケーションが少なかったり、資金面やスピード感にも課題感を持っていたそうです。

そこで、ちょうど両者のやりたいことが合致するねという話になり、ジェリクルを創業し、酒井先生には取締役CSO(Chief Scientific Officer)に就任していただきました。

以前の起業で失敗した資本政策に関しては、酒井先生とも腹を割ってお話させていただきました。良かったなと思うのはお互いに株の持ち分にそんなにこだわっていない、という共通認識ができたことです。

やはり我々が一番目指すところは、お金というよりはテトラゲルによって1人でも多くの苦しんでいる患者さんを救うこと。ここが一致していたことが大きかったですね。

「赤字が常識」のバイオベンチャーで、3期目で億単位の営業利益を達成

バイオベンチャーは、たとえ上場していても赤字であることが普通の世界です。その中で弊社は、3期目にして数億円の営業利益を創出することができていますが、これはビジネスモデルに対してコミットできた結果だと思っています。

バイオベンチャーのビジネスモデルは、大きく基盤技術型パイプライン買収型パイプライン型、の3つに分類されます。

▼バイオベンチャーのビジネスモデル(※参考:経済産業省

バイオベンチャー_ビジネスモデル

まず基盤技術型は、シーズ(商品やサービス開発の素となる技術やノウハウ)を創出するプラットフォーム技術を持ち、生み出したシーズを他社に導出するモデルです。

次にパイプライン買収型は、他社の有望なパイプラインを買収等で獲得するモデルです。そして最後にパイプライン型は、シーズ探索から、自社開発、将来的な自社販売まで一気通貫での実施を目指すモデルです。

アメリカのバイオベンチャーはパイプライン型がほとんどで、1プロダクトで売上1,000憶円以上を作るような世界観です。ただ個人的には、日本でパイプライン型が成り立つのはかなり難しいと思っています。

なぜかと言うと、まったく同じ技術と同じメンバーでも、アメリカと日本のバイオベンチャーでは時価総額が平気で1桁、2桁変わってくるからです。それはつまり、資金調達できる金額も1桁、2桁違うということを意味します。

例えば、新型コロナウイルスワクチンで有名になったモデルナもアメリカの企業なので、長年にわたって利益が出ずとも投資を続けることができました。今や「世界を救った企業」と言えるかもしれませんが、同じことを日本でやろうとすると資金がもたずにあっという間に潰れていると思います。

つまり、日本でパイプライン型のバイオベンチャーを経営しても、十分な資金調達ができず、なんとか上場しても赤字の状態が続く。さらには、資金が尽きて潰れてしまうこともあります。

この状況は、あまり良くないと思っていて。なぜならば上場した時点で投資家や経営者は儲かるかもしれませんが、技術を使って患者さんを救うという本来の目的が達成できていないからです。

その前提でビジネスモデルをどうすべきかを真剣に考えた時に、黒字を出しながら成長できる基盤技術型というビジネスモデルを選択すべきだと考えました。

基盤技術型では、基本となるコアの技術を持った上で、企業さんに「この技術を使って薬品を独自に開発してくれてもいいですよ」という技術提供を行います。その対価を頂戴することで、早期に売り上げや利益を創出できるんです。

これは、コア技術を持った上で自分たちで疾患を選定して、その薬品の薬事承認を取りに行くパイプライン型とも違います。

ただ基盤技術型のビジネスモデルは、正直、VCさんがめちゃくちゃ嫌うモデルだと思っています。実際に僕自身も、「もっとフォーカスを絞った方が良い」「将来の利益を犠牲にしているのでは」などと言われたこともありますね。

ある意味でそれはおっしゃる通りなのですが、結果を見ると、日本のバイオベンチャーの勝ちパターンは実は基盤技術型なんです。ペプチドリームさん(※)はまさに基盤技術型で成功している事例で、2020年には売上約117億円、営業利益約70億円を創出しています。

※2006年創業。非標準のペプチド治療薬の発見と開発を目的とした東京大学発のバイオベンチャー企業。詳しくはこちら

弊社が選択したのも、この基盤技術型のビジネスモデルということになります。「テトラゲルという技術を使って止血材等を自分たちで開発する」のではなく、「テトラゲルというコア技術を様々な企業に提供して、様々な企業と一緒に製品を作る」ということです。

利益は億単位でも接待交際費は「600円」。資金調達をしない理由は…

このような背景からも、我々はVCさんから資金調達をしておりません。VCさんのビジネスを考えると当然IRR(※)を最大化しなければならず、そうなると結果として「数年以内に上場を目指す」という話になると思います。

※Internal Rate of Return、内部収益率。投資資金に対し投資期間を考慮した実質的な収益率のこと。

例えばパイプライン型を選択し、その時点ではバイオベンチャーとしてうまくいきそうだとしても、数年後に「このプロダクトはうまくいかなそうだ」となることもありますよね。それが見えた時に、「それでも上場するんですか」という話は、結構大きいと思うんです。

VCさん側の都合を考えると「上場しよう」という結論に間違いなく至ると思いますが、これって、上場した時点でその会社は終わりじゃないですか。

そうしたことは往々にして起こるので、個人的にはシード・アーリー段階でバイオベンチャーが資金調達をしてしまうと、ほぼ失敗すると思っています。90%ぐらいはうまくいかないのではないか、という感覚です。

我々は、そういった宝くじのようなビジネスをしないと決めました。結果、基盤技術型を選択し、エクイティ調達をせず、創業3期目で営業利益を数億円創出しています

ただ、当たり前かもしれませんが経費は極限まで削減しています。例えば、3期目の接待交際費は600円しか使っていません(笑)。

こうしたビジネスモデルへのコミットを創業から続けてきたことで、自分たちで利益を生み出しながら研究開発に投資する経営を行うことができています。

基盤技術型のバイオベンチャーで、研究者とWIN-WINの関係を築く

ジェリクルを創業したことで、酒井先生の研究環境もかなり変わったと思っています。

酒井先生は、もともとゲルの物理法則を明らかにしたいという目的で研究室を作っています。ですから、いわば基礎物理学の先生なんですね。もともとは、産業応用化の領域とは全く別物なんです。

そこに我々が入ったことで、まず外部の医師の先生方や企業との共同研究がとても増えました。基礎研究を続けながらも、その応用編の研究まで行えるようになったことはとても大きいと思います。

このように応用の研究を手掛けることで「実はこういうデータが必要なんじゃないか」といった新しい気付きもたくさん生まれます。それによって、酒井先生の研究の幅もとても広がっていますし、相互に良い影響を与えることができていると思っています。

▼テトラゲルを産業応用化するための研究開発を行うジェリクル社

ジェリクル様_研究開発

個人的には、若者のバイオベンチャーへの参入や起業が少ないのを非常に憂慮していて。「もっとみんなバイオベンチャーやろうぜ」ということを伝えたいです。

バイオベンチャーはIT等に比べて、取っかかりも非常に悪いし、ハードルも高いというのは理解しています。ただ、若者の起業家が増えるかどうかで市場は変わると思うんです。

実際にIT業界も、その始めやすさから若者がどんどん参入してきて、そのパワーによって世の中を変えていっていますよね。バイオの領域でも、同じようなことを起こしていきたい。

今回の新型コロナウイルスによるパンデミックでも、バイオベンチャーが世界を救ったとも言えますよね。同じように、家族や知人の生命を脅かすような何か起こった時に、それを救えるのはこうしたリアルなテクノロジーであり、ある意味でバイオベンチャーの領域です。

バイオベンチャーを始める上での創業者の経歴は、正直何でも良いと思っています。もちろん研究経験や社会人経験はあった方が良いとは思いますが、それにこだわるというよりは「どういうチームを作るか」が重要です。

今現在は、科学的な知見が全くない方でも「研究者と一緒に頑張る」というマインドがあれば何とかなると思います。逆に、自分がビジネス経験がない完全な科学者であったとしても、経営経験がある人を連れてくれば成り立つとも言えます。

1人でも多くの人が、社会的に大きな意義を持つディープテックやバイオベンチャーの領域で起業してくれることを祈っています。(了)

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