- デジタルガレージ 取締役 共同創業者 チーフアーキテクト
- 千葉工業大学 変革センター所長
- 伊藤 穰一
web3をより多くの人へ届ける。伊藤穰一氏が主催するDAO的コミュニティ「Henkaku」とは?
新しい分散型インターネットと言われる「web3」界隈の盛り上がりは明らかだ。
それに伴い、「ブロックチェーン」や「NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)」、「DAO(Decentralized Autonomous Organization:自律分散型組織)」といった、関連技術にもより注目が集まっている。
インターネット黎明期より実業家として活躍し、現在はデジタルガレージ社のチーフアーキテクトとしてweb3関連事業の開発に関わる傍ら、千葉工業大学が設立した変革センターの所長を務めるなど、多彩な活動を展開する伊藤 穰一さん。
彼はPodcast「JOI ITO 変革への道」と、そのリスナーを中心としたDAO的コミュニティ「Henkaku Discord Community」を通じて、一般層へ向けたweb3の啓蒙活動を行っていることでも知られる。
伊藤さんは、「現状はある意味『web3バブル』のような状態。そしてweb3を知っている人とそうではない人の溝がどんどん広がってきている」と警鐘を鳴らす。
同コミュニティでは、技術者のみならず多様な職種、世代のメンバーが集まってweb3について学び、新しい技術を用いたさまざまな実験を行っているのだそうだ。
例えば2022年3月に実施したリアルイベント「HENKAKU BAR」では、入場料を独自トークンで決済し、入場時の認証にもNFT会員証を用いたのだという。
今回は伊藤さんに、web3の現状から、DAO的な運営を行う「Henkaku Discord Community」の具体的な取り組みまで、幅広くお話を伺った。
「web3バブル」の状態では、本当に価値があるものはわかりづらい
今、世の中には「web3」「ブロックチェーン」「NFT」「DAO」といった、新しい言葉がたくさん出てきていますね。世界中で大きな変化が起きようとしていて、それが企業だけではなく社会や国の在り方にもつながっていくと思っています。
この変化が、社会に対してポジティブなものとなるために、今はとても重要なタイミングです。ワクワクもする反面、危なっかしいと感じることもたくさんあるので、このトランスフォーメーションがうまくいくように僕自身も動いていきたいと思っています。
▼伊藤 穰一さん
新しい技術が登場するときには、実際に起きていることがわからないままに法律や規制を作ったり、ビジネスを立ち上げたりしてしまうことも多くあります。それが結果的に、本当に良いものを圧迫して、逆に社会的に根拠や意義の薄いものを後押ししてしまう可能性もあります。
同様に国民(個人)側も、実態を理解せずに批判をしたり、話題にしてしまう。例えば、先日クリスティーズのオークションでBeepleのNFT作品が「約75億円」で落札された、ということにみんな驚いていましたが、その本質的な目的は、短期的なお金儲けではないはずです。
儲かっているプロジェクトをけなす意図はもちろんありませんが、そこにばかり注目してしまうのは危ない。こうした新しい技術の本質は、これまでの世界では自立できなかった人や、立ち上がれなかったプロジェクトが元気に動けるようになることです。
例えば新潟県の「限界集落」である山古志村では、NFTを地域の電子住民票として発行して、デジタル村民を増やすプロジェクトを実施していますね。
現状は、ある意味「web3バブル」のような状態にあり、何に本当の価値があるのかわかりづらい状態です。
日本の80年代のバブルは、何もせずに左から右にモノを動かすだけでお金が儲かる時代でした。しかしバブルが終わってみると、結局新しい価値は生み出されていないし、人にスキルも身についていない…ということになったわけです。
つまり、「バブルが終わったあとに何が残るか」が重要です。例えばweb1.0のときにバブルがはじけた光ファイバーは、今でもインターネットのための重要なインフラとして残っています。同様にブロックチェーンも、バブルが終わっても社会のインフラとして残るかもしれません。
ただバブルとは言え、現状のweb3はまだ技術的なリスクも高く、扱いづらいものです。投資しようにも、よくわかった上でやらなければお金を失う可能性もあります。全般的にインターフェースをもっと良くしていかなければ、一般層に大きく広がらないのでは、と感じています。
このままではweb3をわかる人・わからない人の溝はどんどん広がる
1年ほど前まで、web3関連のコミュニティは、周りの人に自分たちのことをわかってもらえるように一生懸命に説明をしていました。ですが、今はもうある程度お金と人が集まったので、「わからない人には説明しなくていい」というフェーズに切り替わっています。
それに伴って、web3をわかっている人とそうではない人、両者の溝がどんどん広がってきています。
例えば、今アメリカでは多くの中学生がweb3で遊んでいます。最近でも、17歳のNFTエンジニアが「自分に25万ドル出してくれ」といった交渉をコミュニティとしているという話を聞きました。
一方で、親は子どもが何をしているのかわからない状態。さらに子どもが親より稼いでいるとなると、力関係も変わってきます。
これからの時代は、こういった形で一部の若者たちのところにパワーが集まってくるような気もしていて。誰にでもわかりやすいようにweb3を説明していかなければ、世代間に大きな溝が生まれるのではと心配しています。
こうした背景もあり、僕はPodcast「変革への道」や、そのリスナーで構成されるDAO的なコミュニティ「Henkaku Discord Community」を始めたんですね。
「変革への道」は、「これからのニッポン」を考え、どう変革していくべきなのかを議論するPodcastです。毎回、世界中から様々なゲストをお招きして、その時に注目されている話題や、僕が気になっているテーマについて掘り下げています。
▼伊藤さんが運営するPodcast「変革への道」
一方で「Henkaku Discord Community」は、カルチャーとテクノロジーを愛するすべての人々が、プロジェクトを通してweb3の世界を学んでいく場所です。Podcastのリスナーを中心に、現状はクローズドではありますが多様な人が参加しています。
▼プロジェクトを通してweb3世界を学ぶ「Henkaku Discord Community」
もともとは、僕が所長を務めている千葉工業大学の変革センターで、コミュニティでのコミュニケーションを始めなきゃいけないよね、という話をしていて。なぜならば新しいツールや技術を実験するのに、ある程度コミュニティが必要だからです。
加えて、Podcastのリスナーや、お便りを送ってくれた人たちとのコミュニケーションも取りたいよね、ということで、両者を混ぜてweb3に関するディスカッションや実験を行うDiscordチャンネルを立ち上げたことが始まりです。
現状では、web3のような新しい技術を避けている人も多いですよね。でも、このバブルの段階でしかできない実験もあるので、こうした良いインターフェースを作ることでなるべく多くの方に参加してほしいという思いがあります。
web3時代の新しい自律分散型組織の形「DAO」とは何か?
Henkaku Discord Communityは「DAO的な」コミュニティとして運営しているのですが、まずは「DAO」について説明しますね。
DAOは、自律分散型の独立組織と言われています。一番最初にDAOと呼ばれたのは、ブロックチェーン上のスマートコントラクトによって、投資家とメンバーの直接投票によってその組織が投資するプロジェクトを決める…という仕組みでした。
DAOという言葉はその後、より幅広い意味合いで使われるようになり、最近は組織論的な方向で使われる言葉に変わってきています。どちらかというと、「分散型で意思決定をするためのツールやプロセスを備えているコミュニティ」がDAOと呼ばれていますね。
具体的には、DAOの中でトークン(※)を発行して、そのトークンを持っている人の投票を通じて組織の運営が行われます。
※DAOで使用される暗号通貨のことで、保有することでその意思決定に参加できる。株式会社にとっての「株券」のようなもの。
DAOが注目されている一番の理由は、その透明性です。ディスカッションの内容はもちろん、誰が投票権を持っているか、トークンが何に使われているか…といったことが、システムによって全て可視化されています。
加えて、24時間稼働なので、従来の株主総会や決算の仕組みとは異なり、いつでもあらゆる数字をリアルタイムで見ることができますし、常にみんなでディスカッションができます。従来の会社や団体と比較し、とても流動的な状態にあるのがDAOです。
またDAOにおいては、お客さんが大きなステークホルダーになることもポイントです。例えば、「ENS Domains」というEthereumにおけるドメインを発行しているDAOでは、お客さんが発行済みトークンの半分ほどを所有しています。
多くのDAOでは、参加しているメンバーに加えてお客さんにもトークンをたくさん発行するんです。するとお客さんはただサービスを受けるだけではなく、運営にも参加できるし、しかもお金ももらえる。資本家が一番力を持っていたこれまでの上場会社とは、ガバナンスが大きく異なりますよね。
ですが日本では、DAOにおけるトークンはまだ「金融商品」の扱いになっています。ですので、誰でもトークンを活用してスムーズなガバナンスを実現する…ということは難しい状態です。
一方で海外では、面白いDAOが色々と出てきています。
例えば「Braintrust」は、フリーランスの人と、彼らを雇う会社が集まったDAOです。要するに従来の人材派遣会社の代わりにDAOがあり、職種ごとの単価や、手数料をそのメンバーですべて決めているんですね。
▼フリーランサーとその雇用主で構成されるDAO「Braintrust」
面白いなと思うのは、ステークホルダー皆で運営することで、参加者たち自身が欲しいと思うサービスを作っていることです。売り手、買い手が一緒にマーケットを作っているので、これまでとは全然違う考え方だと思います。
新しい技術を学び、実験する場が「Henkaku Discord Community」
「Henkaku Discord Community」は、基本的には、web3について学び、ディスカッションや実験をするコミュニティです。DAOのツールをたくさん使いながら、様々な実験をしています。
例えば会員証として、「HENKAKU Membership NFT」を発行していることも実験のひとつです。このNFT会員証を提示することで、コミュニティに参加できます。
▼実際に発行されたHENKAKU Membership NFT(※OpenSeaで閲覧可能 )
先日、「HENKAKU BAR」というリアルイベントを開催したのですが、その入場の際にもこのNFT会員証を認証のために活用しました。
▼「HENKAKU BAR」ではNFT会員証を用いた認証システムを使用
また、コミュニティ内では独自通貨として、金銭的な価値のないソーシャルトークン「HENKAKU」を発行しています。
このトークンを通じて、コミュニティのメンバーシップや、プロポーザルへの投票、プロジェクトマネジメントをコントロールしています。「HENKAKU BAR」の入場料の決済にも利用しましたね。
「HENKAKU」はコミュニティ内で実施される「クエスト」をコンプリートするともらうことができます。例えば自己紹介、ウォレットのインストール、コミュニティの役に立つ作業…といった、web3に関する学びのアウトプットや、コミュニティ貢献といったクエストをクリアするとトークンがもらえる、というゲーム的な仕組みです。
▼実際のDiscordの様子
活動としては他にも、アーティストへのサポートとしてNFT作品を「HENKAKU」でオークションしてみたり、お寺や神社におけるNFT活用を模索したり…たくさんの実験が行われています。
参加は審査制にしているのですが、その理由は多様性が重要だと考えているからです。僕自身、何十年もオンラインコミュニティを運営してきましたが、面白くてレジリアントなコミュニティにはやはり多様性が必要なんですね。
新しくて面白いことをやるには多様な人が必要で、多様な人を集めるためには、最初から多様にしておかなければ偏ってしまう。一度偏ってしまうと、なかなかそこから抜け出せない。そこは一生懸命に気をつけているので、現状はオープンではなくクローズドなコミュニティになっています。
参加者は現在約300人ですが、学校の先生、アーティスト、技術者、メディアの人、中学生…といった形で、本当に色々な人がいます。
最近はPodcastもweb3関連のコンテンツに寄っていますが、なるべく幅広くしたいですね。参加する人が多様であることで、社会の多様な課題に対して実験を推進していける…という側面もあると思っています。
web3は「とりあえず学ぶ」ことが一番。より一般層への拡大を目指す
DAOは基本的に、創設者はコントロールを失ってコミュニティだけになるのですが、現状の「Henkaku Discord Community」は、まだ僕がある程度コントロールしています。日本の法改正をにらみながら、タイミングを合わせて、ちゃんとしたDAOに移行するか、もしくは別のDAOを作るかを考えているところです。
ですので、ここから何が生まれてくるかは未知数ではありますが、アウトプットとしてオープンソースのツールがたくさん出てきて、社会的に役に立つコミュニティになればいいなと思っています。
実際にNFT会員証や、その認証に使ったソースコードなども全て公開しています。ぜひ他の人にも参考にしてもらって、トライしてほしいですね。
巨大なコミュニティがひとつできるよりも、あちこちのコミュニティで色々な実験が行われて、それが新しいコミュニケーションにつながる、という構造になると良いなと思っています。
「Henkaku Discord Community」はまだクローズドな運営なので、「みんな来てください」とは残念ながら言えないのですが、少しずつ広げていっているので、興味を持っていただいた方はぜひお申し込みいただけたらと思います。web3に関しては、とりあえず学んでいくのが一番良いと思いますので。
今はweb3をムーブメントだと感じているエンジニア、マーケティング界隈の人たちが盛り上がりの中心ですが、もうちょっと一般の人たちが色々と想像したり、考えたりするようになるといいなと。ですので、さまざまな人に参加してほしいですね。
一方、まだツールが使いづらかったり、投資面での危険もあるので、みんなを慎重に連れていきたいなとも思っています。より多くの人が、より正確な情報を伝えられるようになるといいですね。
僕自身もこれからは、もっとこうしたインタビューを通じて発信していきますし、web3に関する書籍も執筆中です。皆さんもどんどん新しいトライをして、それを僕たちにシェアしてくれたら嬉しいです。(了)