- 株式会社Paidy
- VP of Corporate
- 田中 大貴
アンコンシャス・バイアスを疑え。日本企業のダイバーシティ促進を妨げる要因と解消法とは
近年、組織のダイバーシティ推進に力を入れる企業が増えている。それによって、日本の企業で働く外国籍人材が増加する一方で、本来は希望していたにも関わらず、企業側のスタンスが要因で日本での就労を諦めるケースも多いという。
国内BNPL(Buy Now Pay Later)市場のリーディングカンパニーとして、2021年3月にユニコーン企業となった株式会社Paidy。同年9月に行われた米ペイパルとのM&Aにおいて、その買収額が3,000億円にも上ったというニュースは大きな話題となった。
▼オンラインショップ向けの「あと払い」決済サービス「ペイディ」
同社の特徴として挙げられるのは、2008年の創業当時から多国籍な組織づくりに取り組んだ結果、ダイバーシティ&インクリュージョンが強く根付いていること。
その背景には、創業者のラッセル・カマーさん、そしてCEOの杉江 陸さんが伝え続けてきた「日本発のビジネスであっても、人材・情報・お金は世界中からベストなものを集めて勝負する」という思想があるという。
組織全体を管掌するVP of Corporateの田中 大貴さんは、「ダイバーシティを推進する日本企業の多くに、他国籍の人材にはこう接するべきだという“アンコンシャス・バイアス”が存在するのではないか。まずはそこに気づくことが大切だ」と語る。
今回は田中さんに、国内企業がダイバーシティを進めるうえで重視すべき観点や、同社のダイバーシティ&インクリュージョンが根付いた組織の実態についてお話を伺った。
国籍などあらゆる枠組みを取っ払い、フラットに世界の人材を見る
私は、マッキンゼーやヘイグループといったコンサルティング企業で働いた後、現在は株式会社PaidyにてVP of Corporate を務めています。
弊社は、昨年秋に米ペイパルグループの一員になりました。これによって、企業として一気にグローバル化が進んだようなイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、弊社は日本発の企業でありながら、2008年の創業当時から外国籍人材の採用を進めてきました。その結果、現在は約170名の社員のうち57%が外国籍社員で、総国籍数は32ヵ国にのぼり、10%の社員が海外からリモートで参画しているという特徴的な組織となっています。
▼VP of Corporate 田中 大貴さん
このように多様な人材が集まる背景には、弊社の成り立ちが大きく関係しているように思います。
創業者であり会長のラッセルはシンガポール生まれ・香港育ちのカナダ国籍ですし、CEOの杉江も愛知県の片田舎で育ち、大学から上京し、その後に世界に出ていった人物なので、まずトップふたりが国籍や出身といった枠組みで人を見ることがないんですね。
それと同様に、社員たちも国籍や性別・年齢などにとらわれず、真っ直ぐに自分たちがやりたいことを目指そうという思想を持っています。
そんな中で、社外の方から「日本人向けのサービスを提供している企業なのに、グローバル人材を集める理由がどこにあるんですか」と聞かれることがあって。それに対する私の考えとしては、あらゆる業務やプロダクトを細かいピースに分けていき、国籍などの枠組みを取っ払ってそれぞれのピースに適正がある人物像を考えて、世界中から最適な人材をアサインしているだけだと思っています。
例えば、弊社のサービスのように信用に絡むプロダクトの設計をする役割は、ユーザーの不安な気持ちや日本社会を深く理解できている人材が適しているように思います。また、日本の法律や雇用慣習を把握している必要がある人事も同様です。そういった日本社会に対する理解が深い人材にこそ向いている業務が存在する、ということは事実です。
とは言え、グローバルデザインのAmazonが国内でも多くの支持を集めているように、「より良いカスタマー体験とは何なのか」を突き詰めた時に、すべてを日本人ベースに考える必要はないと思うんです。
加えて、私自身はいわゆるゼロイチ(0→1)という発明の世界は存在しないと考えています。どのプロダクトも、基本的にすでに存在しているものや考え方を組み合わせることで、新しいものを作っていくというプロセスなのではと思うんですね。
なので、今世の中に必要とされているのは、様々な情報を素早く入手して、それを基に新しい価値あるものに変えていくことだと思っています。
そういった意味でも、サービスを開発したりアップデートしたりする上では、同じような環境で育った日本人だけではどうしても新しい気づきが生まれる可能性が一定程度は制限されると思います。
やはり違うバックグラウンドの人材が混在していた方が、それぞれが持っているデータソースやネットワークも異なるために新しいものが生まれやすいので、今の組織環境はPaidyにとってもすごく強みになっているなと感じます。
ダイバーシティを妨げる「アンコンシャス・バイアス」の存在とは
昨今、国内の多くの企業でダイバーシティを推進する風潮が加速していますが、私から見ると、どうもうまく進んでいないような印象があります。
というのも、日本企業では長らく「日本人による日本人のための組織作り」というものが存在してきたので、いざダイバーシティに取り組もうとすると、外国籍の社員比率や女性の役員比率、男性の育休取得率といった定量的な指標がないと、なかなか動き出せない側面があるような気がしています。
しかし、本質的なダイバーシティ&インクルージョンに取り組む上では、特定の属性だけではなく、考え方、指向性など様々なバックグラウンドも考慮する必要があるわけで。今の日本の状況は、表層的なものにとらわれて、目先の定量的な数値をとりあえず達成しようとしている感じになっているのではと感じています。
加えて、多くの国内企業には、いわゆる「アンコンシャス・バイアス」が存在しているように思います。
例えば、日本人である自分たちを基準にして、外国籍のメンバーにはこういう風に接した方が良いのではとか、日本の文化はこうだから、あなたたちも同じようにした方が良いよといった、何かしらの先入観や固定概念みたいなものがあるのではないかと。私はこれがあるから、日本でのダイバーシティ&インクルージョンがうまく進まないのだと思っています。
ここでの問題は、そのアンコンシャス・バイアスをどうやって解決すれば良いのかということです。
そもそも「アンコンシャス=無意識」ですので、そこにあるバイアスをなくすのはすごく難しいです。しかし、まず第一歩としては、「自分たちが無意識に外国籍の人材に対して先入観や固定概念を持って接している」と気づくことから始まると思うんですよ。
とは言え、経営陣がアンコンシャス・バイアスを認識しても、それを思考からなくしてゼロベースで組織づくりをするなんてできないですよね。また、組織の下からのボトムアップによって会社全体を変えるのも難しい。
なので、本当の意味でフラットに「今自分たちの会社に必要な人」を見極められる人材を探して、参画してもらうことが、ダイバーシティ&インクルージョンを進めるための次のステップになると思います。
「JDは英語のみ」のポジションも。世界に視野を広げれば母数は10倍に
これまでお話ししたような考え方を元に、弊社は現在も変わらず、世界中から優秀なプロフェッショナル人材を採用しています。ここでは、その採用の中身について触れたいと思います。
私たちはスタートアップ企業なので、採用も時間をかけずに合理的に進めたいという考えがあります。社内の共通言語は英語と日本語なのですが、特にエンジニアリングなどの職種のジョブディスクリプション(JD)については、あえて日本語のものは用意していません。
▼一例として、エンジニアの採用ページ(一部抜粋)
ポジションによっては、「英語が話せない日本人は排除するんですか」といった質問を受けることもあります。
それに対する私たちの考え方としては、英語が必須となるポジションの場合、本当にPaidyに興味があれば、多少英語が苦手であっても書かれている内容は理解するように努めるでしょうし、それができないコミットレベルであったり、あまりにも英語力が低い方は、おそらく弊社では活躍が難しいので採用できません、という意思表示でもありますね。
採用市場での私の体感として、「ある程度は日本語もできるけれど主言語は英語」という人材の採用に二の足を踏む企業がまだまだ多いように感じますが、日本文化を好んでいて日本に住みたいと考えている外国人は想像よりもずっと多いんです。
なので、弊社のように英語でOK、世界中どこに住んでいてもOKとなった瞬間に、採用の間口は一気に5倍、10倍に広がりますし、おのずと外国籍の方からの応募も増えていきます。
しかし、多様化が進むなら誰でも良いかと言うとそれは違うので、大前提として私たちが大切にしている「Paidy Values」などの思想に合意していただけない方は採用していません。
例えば、我々のゴールはこの業界で圧倒的なNo.1になりたいという考えから、「プロセスよりも結果だよね」という意味で「OWN IT AND DELIVER」といったバリューがあるのですが、これらは暗黙知として組織全体で共有されている価値観になっていると思います。
▼組織に自然と根付いている「Paidy Values」
一人の幸せを優先することで全員が不幸に。組織を壊す「禁じ手」はNG
そして、採用において「禁じ手」は絶対に使いません。それは、ジョブディスクリプションに提示しているポジションや給与レンジの内容よりも、候補者が希望するタイトル(役職)や年収が高かった場合に相手に迎合しない、守れない約束はしない、といったことです。
例えば、タイトルにはみんな「シニア」を付けたがりますね。前職ではシニアマネジャーだったので、Paidyでも同じタイトルにしてくださいと。それに対しては、基準に沿ってポジションを決めているので、今はシニアのタイトルは付けられませんと明確にお伝えしますが、それによってオファーを断る方はあまりいないという印象です。
同様に、「候補者の方が希望するポジションに1年後に上げます」といった、守れない約束はしません。それは本当にその方の能力次第なので、確約がなくても入社するという覚悟がありますか? ということはきちんと確認していますし、その辺りを愚直に誠実にやり続けている感じです。
もちろん、納得できずに強く交渉する候補者もいます。とは言え、そこで承諾してしまったら社内の他の人たちも待遇を揃えないとバランスがおかしくなってしまう。タイトルを上げるのはタダですが、給与までは上げられないので、結果的にみんなが不満を抱え、不幸になるんですよ。
この点を失敗すると、組織の問題の方が大きくなります。人事が対応するのは当然ですが、トラブルが起きることによって現場の人たちが物理的にも精神的にもすごく消費されてしまうので、それは絶対に避けたい。なので、適正な期待値で、入り口のところできちんと絞るというのがすごく大事かなと思っています。
▼株式会社Paidyのオフィスの様子
一方で、こちらが採用したい候補者の方からも極力辞退が出ないように、事業や仕事内容・給与・人間関係・勤務環境など、あらゆる観点で誰もが一定満足できるレベルを担保し、ボトムラインのところでネガティブな意見が生まれないように気を配っています。
また、入社後のギャップが出ないように、面接官は会社の方向性やバリューを正しく共有し、同じメッセージを伝えられるようにしています。
それらの基準が採用メンバーに定着するまでには1年半ほどかかりましたが、中長期の組織を見据えると、それだけ力を入れて徹底すべきところだと思いますね。
明確に根拠を説明できる評価・報酬で、多国籍人材も納得する仕組みに
そして、Paidyの評価・報酬の仕組みについては、とにかくシンプルでわかりやすい設計にしています。
日本のようにコンピテンシーやグレードが複雑な体系だと、多国籍な人材に理解してもらうのは難しいと考えているので、基本的にマネージャー職は4グレード、部下を持たない社員は6グレードという運用になっています。そこに紐づくベースの給与を決めて処遇しています。
また、前提として「Get things done」という成果重視のカルチャーがあるので、パフォーマンスに応じて報酬が決められるという方針が明確に定められています。
このように成果のみを重視すると一見競争的な組織になりそうですが、採用時からバリューやパーパス、カルチャーを伝え続けながら心理的安全性を担保することで、メンバーがお互いを信頼して様々な意見を伝えあえる風土となっていて、必ずしも競争的ではありません。
加えて、多様なバックグラウンドのメンバーがいるからこそ、それぞれが報酬に対しても異なる考えを持っているので、会社としてはなぜこの仕組み・水準にしているのかという根拠をしっかりと説明できなければなりません。
弊社の場合は、日本の労働基準がどういう内容なのかと、国内の競合企業の報酬に関する調査データをかなり細かく調べています。客観的なデータは可能な限り収集して、合理的な判断と説明ができるように努めています。
それでもわりと起きるのが、「他の会社ならもっと高い給与をもらえる」といった要望ですね。その時はPaidyでの報酬の基準や考え方を説明し、理解してもらえるように努力しますし、期待役割と報酬の基準を示しながら「当該レベルの成果を出してくれれば処遇も上げます」という会話をします。
もちろん、会社が提供するものは報酬だけではありませんし、魅力的な職場環境や仲間も社員が働きたいと思える大きな理由と考えていますので、その観点でも丁寧にコミュニケーションをしています。
結果的に、報酬などに対する期待値の面で折り合えず、退職に繋がってしまうのは本当はつらいんですよ。でも、多様な人たちがいる環境においては「公平かどうか」が何よりも大切ですし、こちらが譲歩して1人を引き止めることができたからといって、それが原因で5人が辞めてしまうことになったら、その方がマイナスが大きいので。私は公平性を保つために徹底して同じルールを貫いた方が、会社としては良いのではないかと思っています。
今回、初めてメディアでこのようなお話をしているのですが、組織としてどこからがNGなのかという境界線を明確にして、それを決して崩さないスタンスやマインドこそが私たちの組織を象徴しているような気がします。
日本企業や日本人は、ここを明確に伝えられないケースが多いのではないかと思っているので、これからダイバーシティを推進する企業は特に、「透明性と公平性を担保するために譲れないものがある」という割り切りのラインをきちんと決めて貫くことが重要だと思っています。
シリコンバレーで年収4,000万の優秀な人材を、どう採用すべきか
今まさに考えているのは、例えば、シリコンバレーで年収4,000万もらっていて、数億円の価値を生み出す人がいるとして、その人を採用するにはどういう水準で迎えるべきかといった論点です。
私自身は、そういう人材を採用しても全然良いと思っているのですが、それを公平性、整合性をもって説明できるロジックがまだ考えきれてないというのが現状です。
すでに先進的な会社はグローバルな視点でValue for Moneyな採用を実行していることは理解していますし、今後はそのような方向性で進展していくと思うので大きな論点だと考えています。
現時点では、Paidyには日本のスタンダードな給与水準でもOKという人たちが集まってくれているので、基本的には国内マーケットの給与レンジを見ているのですが、次のフェーズでは世界中の給与レンジを調べて適応していかないといけないなとは思っていて。
国によって給与水準が全く異なる中で、世界中の人たちをいかに公平に扱いながら採用するかというのは難易度がさらに高まってくるし、私にとって大きなチャレンジになりますね。
あらためて、私から日本の採用担当者の方にお伝えさせていただきたいのは、例えば「エンジニアが足りないからベトナムに行ってオフショア開発の拠点を作りましょう」といったマインドではなくて、日本に住んで働きたいという外国籍人材は本当にたくさんいるので、彼らが働きたいと思う会社はどんな会社か、どのような職場環境か、どのような仲間なのか、ということをしっかり検討すると別の解が見えてくるのではということです。
そして、本来は日本に来たいと思っていたのに、企業の給与やグレードの根拠が明瞭になっていなかったりとか、採用担当者に日本はこうだからと固定概念を押し付けられてしまったりしたことで、がっかりして諦めている人がすごく多いんです。
そういった方たちに今後より多く日本で活躍していただくために、弊社のパフォーマンスオリエンテッドな思想や、公平にジャッジするシステムといった側面が少しでも参考になると良いなと思いますね。(了)