- 株式会社LayerX
- バクラク事業部 プロダクトマネージャー
- 花村 直親
「爆速開発×ユーザー体験向上」を実現するLayerX。その鍵となる「地図とコンパス」とは
〜LayerXの開発チームは、顧客への価値提供が速い「爆速開発」に定評があるという。それを支える重視項目三つと「地図とコンパス」と呼ぶ開発ロードマップとは〜
2018年の創業から2年で、主力事業をブロックチェーン事業からSaaS事業へと舵を切った株式会社LayerX。
「すべての経済活動を、デジタル化する。」をミッションに掲げる同社では、現在「BtoB取引のデジタル化」「証券・資産流動化のデジタル化」「PrivacyTechを活用した企業間データ共有の活性化」という三つの軸で事業を展開している。
その中で、SaaS事業「バクラク」シリーズの開発にプロダクトマネージャー(以下、PM)として関わるのが、花村 直親さんと飯沼 広基さんだ。
ふたりはそれぞれの担当領域を持ちながらも、同社が得意とする「爆速開発」を実現するため、「地図とコンパス」と呼ばれる同じフォーマットを使って開発ロードマップを描き、開発チームとして進むべき道を指し示しているという。
また、開発においては「やらないことを決める」「要望通りの仕様で作らない」「仕様をシンプルにする」という三つのポイントを重視し、ユーザーの真のニーズを十分に拾い上げながらも、開発スピードを緩めない工夫を行っているそうだ。
今回は花村さんと飯沼さんに、爆速開発を実現するプロダクトマネジメントの具体について、詳しくお話を伺った。
「ブロックチェーンの会社」から「法人支出管理の会社」へピボット
花村 私は、大学卒業後にITコンサル企業や、監査法人トーマツで開発経験を積んだ後に、ブロックチェーン分析SaaSの事業で起業し、2020年6月にLayerXに入社しました。2021年8月からはSaaSプロダクト「バクラク請求書」のPMを担っています。
▼バクラク事業部 プロダクトマネージャー 花村 直親さん
弊社は元々、ブロックチェーンコンサル事業を展開していましたが、2020年に下記の3事業にピボットするという、大きな変化を遂げました。
・BtoB取引のデジタル化
SaaS事業「バクラク」・証券・資産流動化のデジタル化
三井物産等との合弁会社「三井物産デジタル・アセットマネジメント」・PrivacyTechを活用した企業間データ共有の活性化
パーソナルデータ活用ソリューション「Anonify」
というのも、ブロックチェーンコンサル事業で数多くのお客様のペインを伺ってきた中で、「契約書や請求書などの申請・承認に必要な、紙とハンコをなくしたい」といった、アナログな業務を効率化したいという部分に、真のニーズがあることが分かったんですね。
その他のペインを伺っても、結局はブロックチェーン技術を使わなければ解決できないものはあまりなくて。それならプロダクトで解決できるよね、と気付いたのがピボットの背景です。
そこから、2021年1月に請求書受領SaaSの提供を開始し、その後も社内の稟議申請や電子帳簿保存、経費精算のプロセスを効率化するSaaSプロダクトとして「バクラク」シリーズをリリースしてきました。
現在では、それらのプロダクトも含めて、企業の支出にまつわる業務を一気通貫で管理できる「法人支出管理(Business Spend Management:BSM)」のプラットフォーム開発へと舵を切っています。
▼ピボット後のSaaS事業では「バクラク」シリーズを展開
※法人支出管理(BSM)の事業全体については、同社の代表取締役 CEO 福島 良典さんのnoteもご参考ください。
爆速開発を支える重視項目三つ。「やらないことを決めること」が最重要
飯沼 私は、新卒入社した東京ガスで製品開発を担当した後、株式会社グラファーにてBizDevとして地方自治体のデジタル化支援などを担いました。
その後、2021年11月にLayerXに入社し、2022年2月からSaaS事業の「バクラク申請」と「バクラク経費精算」のPMを担っています。
▼バクラク事業部 プロダクトマネージャー 飯沼 広基さん
私たちの開発チームの最大の特徴は、「爆速開発」にあります。
これは単に機能の開発(アウトプット)が速いという意味ではなくて、お客様への価値提供(アウトカム)が速いことから、多くの方が「LayerXは開発速度が速い」と評価してくださっているのだと思っています。
その爆速開発を実現するために、私たちPMが大切にしていることは大きく三つあります。それは、「やらないことを決める」「お客様に言われた通りの仕様で作らない」「仕様をシンプルにする」というものです。
この三つの中で最も重要なのが、一つ目の「やらないことを決める」ですね。
世の中にはプロダクト開発に関わらず、やった方が良いと感じることが溢れていますが、それをすべて実現するにはリソースが足りないのが現実なので、優先順位付けと同時にやらないものをしっかりと決めるようにしています。
私がやらないことを決める軸としては、どのくらいお客様が困っているかという「ペインの深さ」と、その「発生確率」という二つがあります。
例えば、「すごく困る事象だけど、100万回に1回の頻度でしか発生しない」ものと、「あまり困らない事象だけど毎回発生する」ものがあるとしたら、私は後者の事象を解決すると判断することが多いですね。
とはいえ、100万回に1回発生する重大な事象について、将来的にも一切対応しないと判断するのは難しくて。
お客様が増えれば増えるほどその事象に出会う確率は上がってきてしまうので、全体としては「今やらないけど将来やる」「未来永劫やらない」といった段階分けをしながら判断していますね。
顧客の要望で思考停止しない。真のペインを探り、汎用化した機能を開発
飯沼 大事にしていることの二つ目は、「お客様に言われた通りの仕様で作らない」ということです。
大前提として、お客様のお困りごとやご要望はきちんと伺って受け止めます。ただ、より本質的なペインを知って本当の意味で役立つためにも、徹底した理由の深掘りが重要だと思っています。
例えば、お客様から「上長の許可なく支払い金額を変更させたくない」といった、細かい承認フローを作りたいというお声があったとします。そこで理由を深掘りしてみると、そこまで細分化されていない機能でも十分にペインを解決できると分かったりするんですね。
このように、例えば「バクラク経費精算」の開発では100回以上のヒアリングを実施するなど、お客様の真のニーズを見つけ出すことを徹底しています。
その際には、エンジニアが商談に同席させてもらったり、許可を取って録画させていただいたオンライン商談の映像を見ながら、お客様の業務を構造化して、ペインがありそうな部分の仮説検証のスピードを速める工夫もしていますね。
また、私が開発を検討する際は、「これがないと業務が回らない」という絶対的に必要な機能と、「これがあるとすごく良くなる」という機能の大きく二つのレイヤーで捉えていて。
後者を「アハ体験」と呼んでいるのですが、大半のお客様はその機能の必要性に気付いていないので、これを発見するのはすごく難しいですね。
アハ体験の例を一つ挙げると、「バクラク経費精算」では、まとめてアップロードした領収書の画像を数秒ほどの高速でデータ化する「AI-OCR」という機能を実装しました。
これは、お客様へのアンケートで「既存ツールに自動読み込み機能が搭載されているものの、実際はデータ化されるまでの時間が長くて、手入力のほうが早かった」といった回答が多かったことから開発した機能です。
このAI-OCRで高速にデータ化される様子をお客様にお見せした瞬間に、ニコッとして「これだよ!」と反応してくださって、これがアハ体験なんだなと手ごたえを感じましたね。
とはいえ、絶対に必要な機能とアハ体験を生む機能の双方のバランスが大事なので、基本的には機能開発の優先順位を定量的に判断できるようにしています。
具体的には、お客様へのヒアリングから抽出した機能候補をExcelにまとめて、お客様に5段階評価を付けていただいています。例えば、5点は「これがないと業務が回らない」、4点は「あったら嬉しい」、1点は「多分あっても使わない」といったような内容です。
この結果として平均点が高いものは、その機能を実装しないと弊社のサービスを選んでいただく土俵に上がれないので開発が必要だな、といったように意思決定することが多いですね。
その上で、多数の企業に同じサービスを使っていただくSaaSという性質から、幅広いお客様が活用できるように、カスタマイズ性が少なく汎用化した機能を開発するようにしています。
このHowの部分については、優秀なエンジニアのみんなと一緒に考えていきますが、必ずしも当初の要望と異なる形の機能になるわけではなく、結果的にお客様に言われたとおりの仕様に行く着くこともありますね。
寄り道しない開発ロードマップとして「地図とコンパス」で方針を示す
飯沼 そして、三つ目の「仕様をシンプルにする」というのは、誰が見てもパッと見でわかりやすくするということですね。
特に経費精算のサービスは全従業員が利用するので、「Less is more」の考え方で究極的にシンプルにしないと、せっかく付けた機能が使われないといった事態になってしまうんです。
なので、開発時のUIで迷った時は、面倒くさがりな自分が見てダメだなと思ったらやめることにしています(笑)。自分自身がエンドユーザーとして、きちんと直感的に業務を完了できるかどうかをすごく大事にしていますね。
花村 ここまで述べた三つの項目が、プロダクト開発全体で大事にしていることですが、加えて弊社の爆速開発を下支えしている「開発ロードマップの作り方」についてもお話しできればと思います。
LayerXの各サービスでは、「寄り道しない開発ロードマップ」として、各PMが「地図」と「コンパス」を作成しています。
具体的には、まずセールスとカスタマーサクセスが持っている新規・既存ユーザーの声といった一次情報に加えて、ユーザーの行動ログの情報をプロダクトマネージャーが集約して整理していきます。
その上で、先ほどお話しした「お客様に言われた通りの仕様で作らない」ことを意識して、要望の背景を確認しながら、開発すべき機能要件をまとめます。
次に、その抽出した要件を求めている企業群の属性を企業規模や業界などで振り分けて、それをマッピングしてこのような「地図」を作るという形です。
▼企業属性や業界を分けた上で、顧客からの要望をプロットした開発の「地図」
この地図を作る過程で、どこから開発をしていくべきか、どの領域で我々のサービスが求められているかといった優先度が可視化されて戦略を立てることができますし、その戦略がそのまま開発における優先順位の指針になるイメージです。
この作業をお客様へのヒアリングと並行して、走りながらやっている感じですね。
次に、この地図を基に、いつ・どの順番で開発していくかを細分化して、四半期や月次ごとにタスク分けをし、開発の方向を指し示す「コンパス」としてのロードマップを作ります。
▼地図を基に、開発する時期や順序を示す「コンパス(=ロードマップ)」を作成
飯沼 この手法をプロダクトごとに変えると認知コストが掛かるので、どのプロダクトにおいても同じフォーマットでまとめている形ですね。
0→1フェーズを超えると、要望の多さでは優先度を決められない
花村 PMのみんなは、これらの仕組みの元でプロダクトマネジメントをしているわけですが、実は2021年1月にリリースした「バクラク請求書」は0→1のフェーズを超えて、今は1→10ぐらいのフェーズに来ています。
そうなると、ユーザーからの要望件数の多いものが複数に増えてくるので、優先度をつけるにしてもかなり甲乙つけがたい形になっていて、何を開発すべきかが難しくなってくるんですね。
例えば、リリース当初はIT系スタートアップですごく重宝してもらっていたからと、そこからの要望ばかり集めていたら、そのカテゴリに特化した製品になってしまいます。仮にそれが大企業向けや、製造業向けといったように矛先が変われば、プロダクトの形も容易に変わっていく可能性があります。
そのため、このフェーズになると「要望件数が多い機能である」ということを意識的に横に置いて、どのマーケットを狙うかを先に決めた上で、そこに向けた要望を集めていくという順番で戦略を立てていますね。
飯沼 他の企業のPMの方々にとっては当たり前レベルのことかもしれませんが、それを組織としてきちんと実行に移せて徹底できているのが、爆速開発を実現する要因の一つになっていると思います。
爆速開発×ユーザー体験の向上を実現。今後は製品の連携に注力したい
花村 現在、「バクラク」シリーズは、TPV(Total Payment Volume)が年間約7,000億円となり、導入企業様は累計で2,000社を超えるまでに急成長しています。
また、今弊社では数カ月に一度のスピードで新しいプロダクトをリリースしているので、自分が担当しているプロダクトのユーザーを大切にするのは当然ですが、それぞれのプロダクトの間を滑らかに連携するということもすごく重要なフェーズになってきています。
編集部注:2021年1月から2022年7月までの期間で、バクラク請求書、バクラク申請、バクラク経費精算、バクラク電子帳簿保存、バクラクビジネスカードの5プロダクトを開発
最近の開発現場では、自社の他プロダクトとの連携を前提に、それぞれのプロダクトでの体験が地続きであることをすごく大事にしています。ここの連携を強めていくことが、次のチャレンジになるかなと思いますね。
実際にバクラクを導入いただいたお客様の中には、これまでは現場メンバーと経理メンバーとの連携が弱く、メールやチャットを介したやり取りの手間に困っていらっしゃるお客様が数多くいらっしゃいました。
そこから、バクラクのワークフローを導入いただいたことで、メールやチャットを介することなく、現場から経理に直接請求書などのデータを流すことなどができるようになってきて、ユーザー体験も向上し続けています。
飯沼 私は、バクラクを導入いただくことで、単純に経理の業務工数を効率化するだけではなく、可能性を解き放って別のことに時間を使えるようにするという、LayerXのビジョンに対して共感してくださっているお客様が多いと感じています。そういった価値提供を継続していきたいですね。
また、将来的にこのSaaS事業を成長させていった先で、最終的には企業間取引をデジタル化したり、経済活動をデジタル化したりするところに繋げられたら良いなと思っています。
個人として振り返ると、流れ着くままに色々なことを頑張っていたらPMになっていたという形ですが(笑)。
チームのみんなが「地図とコンパス」を見れば、誰に聞かずとも自律的に動けるようになっているという点からも、PMという仕事は「色々な方々が生産的に動けるようにするためのインターフェース」のような職種なのではないかなと思っていて。
これってすごく魅力的な仕事だなと思ってるので、今のプロダクトの実現によってたくさんの方を幸せにしていくことに邁進したいですね。(了)