- 株式会社カケハシ
- 取締役CTO
- 海老原 智
累計149億調達を達成したカケハシ。急成長を支える盤石な組織づくりの裏側と哲学とは
成長スピードの速いスタートアップには、事業フェーズごとに様々な転換期が続々と訪れる。その中で、組織文化や風土を醸成しながら、社員のモチベーションを維持し、強力な組織体制を築いていくことの難易度は非常に高い。
2016年3月に創業した株式会社カケハシは、薬局体験アシスタント「Musubi」シリーズを核に急成長を遂げ、2023年にはシリーズCで総額94億円(累計149億円)の資金調達を達成した。
▼医療の基盤となるエコシステムの実現を目指す同社が展開する「Musubi」シリーズ
その事業成長の裏側では、急速な組織拡大、新規事業のピボットなどを経験しながらも、組織が大きく揺らぐことなく盤石な体制を築いてきたという。
同社で取締役CTOを務める海老原 智さんは、組織運営において大切にしていることは「絶対に変えてはいけないことと、状況に合わせて柔軟に変えることを区分して、その軸を自分の中でぶらさずに持ち続けることだ」と語る。
今回は海老原さんに、カケハシにおける組織づくりの変遷と重視している哲学について、詳しくお話を伺った。
創業期から様々な紆余曲折がありながらも、盤石な組織を築いてきた
カケハシは創業期から一貫して、調剤薬局というバーティカル領域に対してBtoBのSaaSを提供しながら、現場の業務効率化や経営支援などを行ってきました。
近年は患者さんたちにより適切な医療を届けるために、定量的なデータやエビデンスに基づいてサービスを磨き上げてきました。そして現在は、2023年1月と3月にシリーズCで総額94億円の資金調達を行ったことを機に、新規事業の立ち上げを積極化しているフェーズです。
私は学生時代から3DCG(現在のバーチャルリアリティ)の分野を研究していて、卒業後に入社した凸版印刷や、後に知人と2人でやっていた受託制作会社でも、同分野の開発・ディレクション業務に携わってきました。
その後、グリーに転職して初めてWeb開発に携わり、サイカの取締役CTOを経て、2016年に創業まもないカケハシの3人目として入社して以来、取締役CTOを担っています。
▼取締役CTO 海老原 智さん
現在、弊社の開発組織は大きくわけて三つのグループで構成されていて、既存のSaaS事業と新規事業、それらを支える技術基盤グループがあります。私は主に既存事業と技術基盤グループを管掌していて、ソフトウェアエンジニアやプロダクトマネジャー、デザイナーなど、開発に関わる全職種のメンバー130人ほどを見ています。
今でこそ、組織や事業が急成長しているカケハシですが、創業期からこれまでは多くのスタートアップと同様に、組織フェーズごとの様々な紆余曲折がありました。
しかし、急速に組織が拡大したり、いくつもの新規事業を始めたり、それをピボットしたりといった大きな変化がありながらも、メンバーの大幅な離脱もなくここまで成長してこられたのには、組織運営におけるいくつかの重要なポイントがあったからだと思っています。
今回は、創業期から組織づくりの一翼を担ってきた者として、カケハシの組織の変遷と、どのようなことを重視して組織を運営してきたのかについてお話しできればと思います。
創業から「メタ文化」を重視。20人規模で組織分割やMVV再定義を実施
創業初期は、急ピッチで開発者4人をリファラル中心に採用して、とにかく「Musubi」の開発を進めることに集中していました。
その一方で特徴的だったのは、全体で7人という小さな組織であっても「組織文化を明確にすることをかなり意識していた」ことです。
具体的には、どのような組織にしたいかを全員で議論してバリューの原型を作ったり、開発者のチームワークに関する書籍「Team Geek」を参考に、チームとして大切にすべきことの認識が揃っているかを確認したりしました。
その背景には、私自身の前職でのマネジメントにおける反省があって。創業初期から組織文化を明確化し、それをしっかりと醸成することが非常に重要だと実感していたことも影響しています。
ここで大切なのは「どのような組織文化なのか」という中身ではなく、組織文化そのものに意識を向けること、言うなれば「メタ文化こそが重要だ」という共通認識を持つことです。
初期からそういったプロセスを経ていたことで、不毛な言い争いが起きることもなく、いつも建設的に議論や意思の疎通ができていたように思います。
その後、創業から2年半が経った2018年末に、私が管掌する人数が20人ほどになりました。この組織フェーズでは「組織分割」「カケハシらしさの再定義」「評価制度の誕生」という、大きく三つの出来事がありました。
一つ目として、開発組織内で初めてチームを分割して、Musubiの開発チームと薬剤師さん向けの専門的な知見を持つ専門家チーム、技術基盤チームに分けて、各チームにファシリテーターの役割として開発ディレクターを置きました。
二つ目に、創業当時に組織文化について議論したプロセスを経ていない社歴の浅いメンバーから、「カケハシらしさって何?」といった声が上がり始めて。
私は日頃メンバーに「その考え方や行動はカケハシらしいか?」と投げかけていましたが、組織が大きくなるにつれて、すべてのメンバーと直接的にコミュニケーションを繰り返して、バリューの背景まで理解してもらうことが難しくなってきました。
そのため、このタイミングでミッション・ビジョン・バリューを再定義して、誰もが迷った時に立ち戻る場所として意識できるようにしました。
▼同社が掲げる6つのバリュー(バリュー策定プロジェクトの詳細はこちら)
三つ目に、評価制度の試行錯誤が始まりました。一般的なグレード制も検討したものの、結果的に開発チームでは「海老原(私)に自己評価と希望の給与額をプレゼンしてください。それを元に海老原が最終決定します」という方式を採用しました。
実は、これはゆめみ社の給与自己決定制度を参考にさせてもらっていて、感覚的にはスポーツ選手の契約更改と同じ考え方で給与を決めようという感じでした。これまでを振り返っても、現場からの評判が一番良かったのはこのやり方でしたね(笑)。
開発の舵取りや評価担当など、40人規模から大胆な権限委譲を開始
次に訪れた組織の転換期は、創業から4年ほど経った2020年で、私は開発チームの約40人を管掌していた頃でした。このフェーズで特徴的だったのは、全面的にメンバーへ権限を移譲したことです。
まず、2020年7月に「Musubi」のリニューアルと、同シリーズで新たに二つのサービスをリリースしたのですが、それぞれの開発においてはプロダクトマネジャーを明確に置き、サービスに関する舵取りを大幅に委譲しました。
また、2020年の暮れからは、翌年にリリースを予定していた新サービスの開発を開始したので、その立ち上げを任せられるようなシニア人材を集中的に採用し、彼らに全面的に任せる方針を取りました。
さらに、評価制度においても変化があり、それまで私がひとりで評価していたところから、開発ディレクターたちにも評価を担ってもらうようになりました。
しかし、彼らはスクラム開発で言うスクラムマスターなので、本来は評価の役割とは距離を置いたほうが仕事をしやすい職責なんです。また、弊社では基本的に開発ディレクターは他の職務と兼務させないという特徴があります。
これがどのような影響を及ぼすかと言うと、彼ら自身は開発を専門にするテクノロジストというわけではないので、被評価者であるソフトウェアエンジニアからすれば、「自分と専門性が違う人が正しく評価できるんですか?」という違和感を覚えてしまうんですね。
なので、評価権限を委譲することへの納得感の醸成には苦労しましたし、今でも完全には出来ていないかなというのが正直なところです。
とはいえ、創業期からのカオスな状況の中でひたすら前に進めるようなTheスタートアップの状態から、ある程度整った企業体になっていくという変化は、この40人ほどの組織フェーズで起きていたように思います。
職能で組織を分断しない。各メンバーの意見を反映できる構造を重視
それ以降、事業フェーズによって柔軟に組織の形も変えてきたわけですが、開発組織の運営においては「職能軸よりも顧客に提供する価値の最大化を軸に設計する」ことを重視してきました。
具体的には、プロダクト単位でグループを分けた上で、それぞれにプロダクトマネジャー、ソフトウェアエンジニア、デザイナーなど、あらゆる職種のメンバーが混在するチームを編成しています。
2022年1月には、ビジネスサイドと開発サイドを横断するPMM(プロダクトマーケティングマネジャー)チームを設立しましたが、あくまでも開発グループのいちチームという形で、「企画部」と「開発部」のように最上段の組織構造を職能・職責でカットすることはしていません。
▼従来のプロダクトマネジャーの役割を、PMMとPdMで分担(組織構造のイメージ図)
この背景には、組織構造によってメンバーの「思考」と「実践」を分断しないように、という思想があります。
やはり誰にとっても、「自分の意見によって何かを変えることができる」という確信が持てることが、仕事をする上ではすごく重要なんじゃないかなと思っていて。
例えば、サービスの仕様を考える人が別にいて、自分はその人が考えた仕様をもとに忠実に実装するだけと言う構造になると、自分の意見を反映しにくいのでモチベーションが下がってしまうと思うんですね。
なので、厳密には責任者とメンバーという階層構造はありつつも、誰でも自分の意見をフラットに発することができる組織であるということは大切にしていて、カケハシの文化として根付いています。とはいえ、オーナーシップを持って成果に対する責任を持てる人が、主体的に意思決定することは重要です。
誰がどんな意見を言っても良いけど、その議論を重ねた末に最終的に決めるのは責任者である、というところは揺らがないようにしていますね。
100人で組織文化への共感度や、評価の優先度にギャップが生まれた
そして、2022年後半には、私の管掌範囲が100人ほどにまで大きくなりました。
その頃から、グループごとに組織文化に対する共感度のギャップが生まれてきたので、日々の経営陣からのメッセージでバリューに触れたり、組織施策として「バリュー表彰」をしたり、バリューを意識した目標設定を行ったりといったことをしています。
▼全社会議では「Most Valuable “Furumai ふるまい”(通称MVF)」を表彰
また、評価についても個々人で重視する度合いが変わってきました。当然ながら「成果に対する正当な評価と報酬を」と主張するメンバーがいる一方で、「評価に時間をかけるよりも、少しでも早く顧客に価値を届けたい」と主張するメンバーもいて。
双方にどう納得してもらうおうかという部分は、今まさに大きな課題になっていますね。ここへの自分のスタンスは明確で、成果に対する正当な報酬を出すことは100%正しいことなので、評価自体はきちんとやっていく必要があると思っています。
そして、このテーマの本質は評価よりも目標設定そのものや、目標設定に関する被評価者と評価者のコミュニケーションにこそあると思っていて。
現在の評価制度はグレード制ですが、7段階の評価は目標を追って挑戦した結果としてついてくるものなので、その前提となる目標設定の部分をきちんとやらないといけない。なので、私からは「面倒だと思うけど、まずは目標設定をしっかりとやろう」と繰り返し伝えていますね。
※同社の評価制度の具体についてはこちらのnoteをご参考ください。
「譲れないこと/変えて良いこと」を決める。組織づくりの哲学とは
これまでの組織づくりを振り返って、私たち経営陣がやるべきことは、「絶対に変えてはいけないこと」と「状況に合わせて柔軟に変えること」をしっかりと区分して、その軸を自分の中で明確に持つことだと思います。
例えば、私は「思考と実践を分断しない組織構造にする」と決めていますが、開発の進め方や評価制度などは状況に応じて適切なやり方を問い続けて、柔軟に変えていけば良いと思っています。
重要なのは、自分や組織が迷った時に立ち戻る場所が明確であれば、すべてそれに基づいて意思決定できるし、何が起きても納得できるということです。
逆に、経営陣やマネジメント層が色々なことで悩んだり、失敗したりした時に、その軸となる部分がぶれてしまうと、メンバーに信頼されないんじゃないかなという気がしますね。
そして、現在はこれまで以上に垂直的な事業成長をしなければいけないフェーズだからこそ、「事業成長には直接寄与しない、間接的な組織の取り組みをきちんと評価する」ということを強く意識しています。
どうしても人は「売上」「ROI」といったタンジブルな方向に思考が寄ってしまいがちですが、定量化しきれないようなところにも組織の改善の種があるので。今後目に見える成果を出すためにも、ベースとなる組織のマネジメントを改善することを明確に掲げて、それを評価していきたいと思っています。
これから200人を超える組織に成長させていくという観点では、事業成長を真っ直ぐに追うチームとそれを下支えする基盤チームが、相互に尊重し合いながら両立している組織像を描いています。
そのために必要なのは、横断的な技術基盤への投資です。3年後、5年後を見据えて、今すぐ効いてくるわけではない部分に大幅な投資をしていくとなると、「なぜそれをやる必要があるのか」も問われるので、可能な限り定量的な効果も示しながら推し進めていきたいですね。(了)