- 株式会社リンクアンドモチベーション
- イネーブリングチーム テックリード
- 伊藤 遼
GPT活用をボトムアップで進め、企業の競争力に。「GPTハッカソン」で生まれた成果とは
ChatGPTの登場以来、特に開発現場においては大きな技術革新が起きているが、組織全体を挙げてその活用を進められている企業はまだ一部に限られるだろう。
その中で、非IT企業でありながら約100人規模の内製化された開発組織を有し、2023年に実施した3ヶ月間のアンラーンプログラム「GPT Bootcamp」を通して、組織内のGPT活用を広げているのが株式会社リンクアンドモチベーションである。
同社が実施したGPT Bootcampでは、開発組織全体で従来の手法での開発業務を止めて、GPT技術を活用した新機能のリリースや開発チームの業務プロセス改善に取り組んだという。その結果、さまざまな成果が創出されたが、あるチームでは3週間で21個もの新機能リリースに成功したそうだ。
その取り組みに続き、開発メンバーの発案によってボトムアップで実施されたのが、今回のテーマとなる「ハッカソン2023」である。本施策では、「Amazon流の社内プレスリリース」とデモの発表を必須とした上で、あえてお題を設けずに「事業の枠を超えてGPTをとにかく試す」そして「それを楽しむ」ことを重視したという。
その結果、11チームから新たな切り口のプロダクトが創出されたと共に、開発現場においては、仮説検証のスピードアップなどの成果につながったそうだ。
そこで今回は、本取り組みを牽引した、イネーブリングチームでテックリードを担う伊藤 遼さんと、新規プロダクト開発チームでリードエンジニアを担う宮田 稔さんに、「GPT活用を楽しむハッカソン」の全容について、詳しくお伺いした。
※本記事では、ChatGPTやOpenAI APIなどのLLM技術を包括してGPTと表現しています
従来の開発手法を止め、GPT活用に挑んだ「GPT Bootcamp」の次の一手
伊藤 私は新卒で入社し、モチベーションクラウドの開発に携わった後、CREチーム(顧客信頼性エンジニアリングチーム)の立ち上げや新規プロダクトの立ち上げに関わってきました。
現在は、イネーブリングチームとして開発組織全体のメトリクス可視化や生産性向上に取り組みながら、GPTなど最新技術の取り入れにも尽力しています。
▼イネーブリングチーム テックリード 伊藤 遼さん
前回の記事では、開発組織全体でGPT活用を進めるためにはアンラーンプログラムが必要だという考えから、CTO柴戸の号令のもと、2023年4月から実施した「GPT Bootcamp」についてお話しさせていただきました。
取り組みの概要をお伝えすると、従来の手法での開発業務を止めて、GPT技術を活用した新機能のリリースや開発チームの業務プロセス改善に取り組むというものでした。
具体的には、デザイナーやプロダクトマネージャーを含めた開発組織の全メンバーを対象として、3ヶ月のプロジェクト期間のうち、3週間をGPTを活用した開発に充てた形です。これによって、個々人のGPTへの抵抗感をなくし、新たな技術にアジャストするという一定の成果が得られました。
▼2023年に実施した「GPT Bootcamp」の概要
※「GPT Bootcamp」の詳細については、こちらの記事をご参考ください
わずか3週間で10個のAIツール開発に成功!アンラーンプログラム「GPT Bootcamp」とは
その取り組みを通じて、メンバーが日々の開発にも当たり前のようにGPTを取り入れる必要があると実感したことから、「もっと楽しみながら技術的な課題に取り組める機会を広げたいね」という声が自然と上がるようになったんです。
そこで、GPT活用を強制するのではなく、楽しむことを目的として「ハッカソン2023」を実施することとなりました。GPT Bootcampがトップダウンでの取り組みだったのに対して、このハッカソンはボトムアップで企画・実施したことが大きな違いのひとつとなります。
「アジリティ」をテーマに、とにかく技術を楽しむハッカソンを開催
伊藤 今回のハッカソンは、2023年8月にオフラインで2日間かけて実施しました。実は、初めてのハッカソンは2022年にオンラインで実施したのですが、その当時はGPTもまだ登場しておらず、スライドやごくシンプルなデモでプレゼンするチームが多い状態でした。
また、前回は中期経営計画に則って、「事業課題をプロダクトで解決する」という目的で行ったので、飛躍的な発想のアウトプットが出にくかった印象がありました。
その経験から、今回のハッカソンでは「アジリティ」をテーマに置き、あえてアウトプットのお題は設けずに「事業の枠を超えてGPTをとにかく試す」そして「それを楽しむ」ことを大切にしました。
その上で、単に試すことを目的化してしまうと、技術を使うHOWの部分に終始してしまうため、「ユーザーへ提供する価値」としてWHY、WHATをきちんと考えるところからブレないように工夫しました。具体的には、取り組みの成果を示すアウトプットとして、プレスリリースと動くプロダクト(ツール)の2つを発表するというルールにしました。
加えて、ハッカソンの審査においても、開発組織内だけで評価し合うのではなく、お客様に対峙しているコンサルタントや、外部のスタートアップのプロダクトマネージャーの方にも参加していただきました。
それによって、みんなが技術に特化したすごいアウトプットを創出しようという意識だけではなく、「誰にとって嬉しいのか」を意識しながら開発できるようにしたことも工夫したポイントです。
前者のプレスリリースについては、「Amazon流の社内プレスリリース」の型を参考にしています。これは、タイトルや想定顧客、プロダクトのベネフィット、解決する課題、提供者と利用者の声などの項目を、ドキュメント1枚にまとめて簡潔に伝えるというものです。
そして、今回は開発したプロダクトのデモを必須としたのですが、この背景にはスライドや紙芝居形式でのプレゼンスキルに頼らず、純粋にプロダクト開発に時間を使ってほしいという思いがありました。もちろん、今回はエンジニア以外のメンバーも参加していたので、ローコードやノーコードツールを積極的に使うことも推奨していました。
そういった内容で企画した「ハッカソン2023」ですが、職種を問わず開発組織に所属する全員に参加希望を募ったところ、エンジニア、デザイナー、プロダクトマネージャー、データサイエンティストなど、組織の半数以上となる約50人が参加してくれました。そこから、業務で直接的に組むことが少ないメンバーで4〜5人のチームを組み、11チームに分けて取り組んでもらいました。
また、このような場では目立つ人や技術的に秀でた人のアイデアに周囲が乗ってしまいがちです。なので、運営側であえてそうしたメンバーを分散させないことで、議論がより活発になり、メンバー同士の化学反応が起こるようなチーム編成にしました。
ここからは、ハッカソンの運営に携わってくれたリードエンジニアの宮田に、当日の様子を話してもらえればと思います。
事例① オンライン会議で参加者の主体性と生産性を高めるツール
宮田 僕は大学卒業後、フューチャーアーキテクト、OHAKO、freeeの3社を経て、2022年3月にリンクアンドモチベーションに入社しました。その後は、モチベーションクラウドや新規プロダクトの開発に携わっています。
▼新規プロダクト開発チーム リードエンジニア 宮田 稔さん
今回のハッカソンではさまざまなアウトプットが生まれたので、メンバーを代表して、具体的に3つの事例をお伝えできればと思います。
まず最初にご紹介するのが、エンジニアチームが開発した、オンライン会議を通じてメンバーの主体性を育むツール「MeeanT」です。
この数年でZoomやGoogle Meetなどを使ったオンライン会議が日常的になりましたが、「会議の生産性が低い」という問題は様々なところで起こっていると思います。
そこで今回、彼らがツールを開発する上で着目したのが「参加者の姿勢」でした。本来、会議に呼ばれるメンバーにはそれぞれに果たしてほしい役割があるはずです。一方で事前準備が不十分だったり、そもそも自分が何のためにこの場にいるのか不明瞭だったりすることも多く、会議がなんとなく進んでしまうこともよく起こります。
その解決のために「事前準備をしっかりしましょう!」と働きかけるのは当然ですが、「それをツールにしてしまえないか?」というのが今回のアイデアでした。
▼1例目のプレスリリース(一部抜粋)
実際の実装画面は下記です。オンライン会議に入室すると「あなたがこの会議で果たすべき役割は?」「あなたがこの会議で得たい果実(ゴール)は?」といった問いがツール側から投げかけられ、参加者の回答が一覧となって表示されます。これによって、参加者が会議を「自分事」として捉えて参加できるようにしています。
また会議中も、ChatGPTを活用した機能から、参加姿勢へのアドバイスが表示される工夫もありました。
なお、このチームの顔ぶれは、各グループ・プロジェクトをリードする新卒5・6年目のメンバーでした。普段、彼らが会議のオーナーとして実践していることや参加者に求めていることをツールに落とし込んでいるので、実用性と納得感のある事例だったなと思います。
▼Google Meetに実装した「MeeanT」
▼「MeeanT」上でメンバーのコミットメント内容も閲覧できる
事例② 育児も仕事も頑張りたいパパママのキャリアサポートアプリ
宮田 次にご紹介するのは、新卒2・3年目の若手エンジニアメンバーが開発したキャリアサポートアプリ「Reflog」です。弊社では事業の特性上、自社においても働く人の「働きがい」や「働きやすさ」をとても大切にしていますが、このアプリは働く人の中でも「育児をしているパパママ」にターゲットを絞ったアプリです。
実際、私たちの開発組織の中にも育児をしながら働くメンバーが多く、今回のツールを開発したメンバーもそんな先輩や上司に助けられてきました。その先輩や上司が困っていることは何か?というところからアイデアを練っていったそうです。
着目したのは「時間の制約が多いことによる不完全燃焼感」。育児に仕事に、と常にやるべきことに追われ、なかなか自分自身を客観視する時間がもてない状況を、LINEアプリを毎晩5分使うだけで解決しようというものでした。
▼2例目のプレスリリース(一部抜粋)
これはChatGPTを連携させたLINEのChatbotなので、本人が前の晩に振り返った内容を踏まえて翌朝に応援コメントが送られてくるのも、AI機能の活用が進んだ今だからこそ実現できる仕組みだと思います。
また、普段の業務では触ることのないモバイルアプリの開発に挑戦できたことも、チームメンバーにとって非常に楽しい挑戦だったようです。
▼ChatGPTと連携させたLINE Chatbotとのやりとりの様子
事例③ 事業の延長線上にない、斬新なアイデアを形にしたアプリ
宮田 最後にご紹介する事例は、デザイナー数人とカスタマーサクセス1人が組んだチームが発案した、老後を迎える親との対話と心の交流をサポートするアプリ「オヤトコ」です。
例えば、自分の親が老後を迎えたとしても、遺産相続などの話をするのは心理的なハードルがあると思います。しかし、現実には突然その時が来てしまうこともあるので、生前に親子で深い会話をできていれば、お互いに安心して過ごせるのではという着眼点から生まれました。
このアプリでは、「相手にしてもらって嬉しかったことは?」「どんな子供/お父さんでしたか?」といったテーマから会話を始め、自然な流れで介護やセカンドライフ、葬儀などの重要な内容も含めて親子のコミュニケーションを深められます。
▼「オヤトコ」で親子のコミュニケーションを深める様子
実際のプレスリリースはこのような内容でした。審査員を務めたCTOの柴戸もとても興味深く聞いていましたね。
▼3例目のプレスリリース(一部抜粋)
ここまでご紹介した3つのプロダクトの他にも、「組織改善のナレッジ共有プラットフォーム」や「社内メンバー向け自立的なキャリア形成支援システム」など、多くのアウトプットが創出されました。中にはハッカソンで出てきたアイデアから着想を得て、新たに事業化を検討しているものもあります。
どの発表も素晴らしかったですが、初めて自由度の高いハッカソンを実施したという点では、事業の延長線上にないアイデアが生まれたことも嬉しかったですね。
また、約50人のメンバーでスピード感のある開発を楽しめたと共に、「今後新規プロダクトを発案する際も、プロトタイプは数日で作れるんだな」と、それぞれが自信をもって実感できたことが良かったです。
誰よりも新しいことへの挑戦を楽しみ、価値提供していきたい
宮田 GPTが登場してまもなく、組織全体でGPT Bootcampやハッカソンを実施した効果として、開発組織のメンバー自身がそれまで以上に顧客理解を深めるようになり、開発におけるWHYやWHATを突き詰める姿勢が強まったと感じています。
また、ハッカソンでは、プレスリリースの作成を通じて「ユーザーへ届けたい価値」を言語化し、開発途中でも「本当に届けたい価値を出せているのか?」と問いを立てて仮説検証したことで、その後の業務においても継続的にそれらが実行されています。
伊藤 プロジェクトの進め方においても、従来は開発要件をドキュメントにまとめて、現場メンバーの承認を待ってから進める形でした。それが今では、開発メンバーが主体的にプロトタイプを作ってメンバーやお客様の反応を見にいって、事前に検証するシーンが増えましたね。
ハッカソンのおかげで、「最低限ここまで決まれば、まずは作って試してみよう」という空気感が醸成されましたし、みんなにとって「試す、挑戦する、新しいものを作る」ことのハードルが1段下がったと感じています。
宮田 今後に向けて、僕自身は、お客様に心から喜んでいただけるプロダクトを生み出せる組織を目指しています。なので、現場のメンバーだけでなく開発側でも、お客様のペインや課題を早期に取り込んで、数日後には課題解決のための機能をリリースできるようにしたいと考えています。
そのようにアジリティを持った個人が集まった組織になれたらと思っているので、まずは自分が一番先頭に立って、その実現のためにチャレンジしていきたいです。
伊藤 私は開発組織全体の生産性を上げるミッションを持っているので、今後もハッカソンに限らずみんなのチャレンジを応援しながら、誰よりも新しいことに挑戦するのを楽しんでいきたいと思います。
また、私たちと共に歩んでくださる仲間を積極的に募集しているので、ご興味をお持ちいただけた方はぜひご連絡いただけると嬉しいです。(了)