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売れるメカニズムを解析し、成果に繋げる。マネーフォワードのセールスイネーブルメントとは

売れるメカニズムを解析し、成果に繋げる。マネーフォワードのセールスイネーブルメントとは

営業プロセスの型化やテクノロジーの導入などを通じて、営業組織を強くする「セールスイネーブルメント」。属人化しやすいと言われる従来の営業プロセスを、企業はどのように改革していくと良いのだろうか。

個人事業主・法人向けバックオフィスSaaS「マネーフォワード クラウド」をはじめ、個人向け家計簿サービス「マネーフォワード ME」、金融機関向けサービスなど、さまざまなサービスの開発・提供をおこなう株式会社マネーフォワード

同社でカンパニーCRO(Chief Revenue Officer)を務める島村 誠一郎​​さんは、ビジネスカンパニー全体の営業生産性を上げていくプロジェクトを横断的に主導する中で、2023年3月からマネーフォワード特有のセールスイネーブルメントを開始

具体的には、過去の商談動画、顧客の意思決定プロセス、競合状況などから「売れるメカニズム」を解明。誰もが一定の成果を創出できるマネーフォワードとしての営業の「型」をデザインしていったという。

それを現場のメンバーに実装し、定着させるためにこだわっているのが、半日サイクルで高速のPDCAを回す「毎日の朝会・夕会」の運用である。また、その日に宣言したTo Doをデータとして記録することで、将来的に商談結果と紐づけた分析もできるようにしているそうだ。

今回は島村さんに、マネーフォワード社が取り組むセールスイネーブルメントの全容について、詳しくお話を伺った。

マネーフォワード特有の「セールスイネーブルメント」に着手

私は1990年に米国のAIGグループに入社し、日本向けに保険サービスの認知を広げてダイレクトマーケティングで販売する分野で、セールスやマーケティング企画、オペレーションなどを統括しました。

その後、2013年に米国アシュリオンに移り、Vice Presidentとして交渉戦略やCorporate Strategyをリードしていた頃に、マネーフォワードの経営層の方々とお会いしたご縁から、2023年1月にマネーフォワードに参画、同年6月にカンパニー執行役員のCROに就任しました。

現在は、ビジネスカンパニー全体の営業生産性を上げていくプロジェクトを複数立ち上げて、全社横断的に進めています。

▼ビジネスカンパニー執行役員CRO 島村 誠一郎さん

今回は、属人化しやすい営業活動の「型」をつくり、一人あたりの受注額を増やすために2023年3月から取り組んだ、独自のセールスイネーブルメントの取り組みについてお話しできればと思います。

はじめに、私がセールスイネーブルメントのプロジェクトをリードすることになった背景からお話しします。それは、本プロジェクトの戦略パートナーであるセールスコア社の協力のもと、3Cの視点から現状分析を進めた際に、「会計や経理財務に関するサービスは導入の意思決定に経営者視点が入ってくるため、営業の難易度がめちゃくちゃ高い」と気付いたからです。

また、競合となる新たな企業も増えてレッドオーシャンな市場になっていましたし、自社の事業拡大に伴って2021年から大幅にメンバーが増えたことで、営業手法が属人化しやすい傾向にあったことも分かりました。

それらを加味してプロジェクトメンバーで議論した結果、「営業社員の増加に比例して売上が伸びる構造」を確保するには、営業の再現性を保つための整理された仕組みと、それをやり切る風土・文化の醸成が必要だという見解に至り、取り組みを開始しました。

商談動画、意思決定プロセス、競合状況から「売れるメカニズム」を解明

ここからは、セールスイネーブルメントの具体的な内容についてお伝えします。全体像としては、下図の流れでプロジェクトを進めました。

▼セールスイネーブルメントのプロジェクト全体像

まず、1つ目の営業戦略の策定では、「営業プロセスやKPIの設計」「営業スキルの育成」「現場のオペレーション設計によるマネジメント強化」といった取り組み全体のゴールとして、一人あたりの受注額増加を目指すことにしました。

2つ目の「売れるメカニズムの解明」では、営業資料や商談の録画、メンバーへのヒアリングから現状の営業内容を把握し、お客様の導入事例もすべて読み込みました。

また、お客様がサービスの導入を意思決定するまでの「カスタマーパス」や、競合サービスの状況などを詳細に見に行った上で、我々のサービスの正しい売り方を導き出していった形です。

このステップの中で私が特に感じたのは、自社のサービス数が急増したために、多くのメンバーが「いかにお客様に正しい情報を伝えるか」に傾注していたということです。

それ自体は素晴らしいのですが、一方でサービスの価値が伝わってないまま次回のアポを取ろうとしてしまったり、無理な流れでデモンストレーションを始めてしまったりなど、コミュニケーションがオペレーション化するケースがあり、苦戦しているように感じました。

また、顧客ニーズを表面的に捉えているケースが多いという課題もありました。例えば、お客様から「ペーパーレス化したい」という発言があると、それをメインの課題と捉えて早い段階で機能説明に移ってしまうという感じです。

とはいえ、ペーパーレスはあくまでも手段であり、本質的なニーズは「紙のデータをデジタル化することでデータを体系的に見れるようにして、与実管理をしっかりとした上で経営判断に生かしたい」ということかもしれません。

実際に、お客様の声を分析してわかったのは、サービス検討時には「業務効率を上げたい」「属人化を防ぎたい」というニーズを伺っていたものの、導入後には「細やかなサポート体制」を評価してくださるお客様が圧倒的に多かったということです。そこから分かるのは「誰もがサービスを正しく使えるようになる」というニーズが根底にあったということだと思います。

このように、導入後に初めて本質的かつ重要なポイントに気付くことも多々あります。なので、初期の表層的なニーズに囚われず​​、検討段階でそこまで踏み込めるかどうかがすごく大事だと感じましたね。

フェーズの解釈を明瞭化し、顧客の状態を正確に判断する項目を設けた

売れるメカニズムを解明できたら、それを現場で実践できるような仕組みを設計する必要があります。そこで、3つ目のステップとして「営業の低難易度化」と「営業の能力向上」に取り組みました。

特に営業の低難易度化は重要で、現状のスキルレベルを問わずに誰もが一定の成果を出せるようになるには、営業の進め方や案件管理の仕方、KPIなどのガイドラインを用意する必要があると思います。

その中でも、今回のプロジェクトで最重要だったポイントが「案件のフェーズ管理」でした。

というのも、顧客管理に利用しているセールスオートメーションシステム上の​​各フェーズの解釈が、メンバーによって異なっていたためです。その解釈が揃っていなければ、当然ながらチームとして正しく営業状況を把握し、効果的に売上に繋げることが難しくなります。

さらに、どのフェーズでの失注が多いかを調べると、全5つのフェーズの中で特定のフェーズに6割が集中していることも判明しました。しかし、私自身もこのフェーズの正しい解釈が分からなかったんです。

なので、失注が多いフェーズを細かく分解して、受注までのフェーズを全7つに増やし、それぞれを明瞭化して受注に繋がりやすい構造に変更しました。具体的には、明確な課題の合意と、クラウドサービスの価値を理解していただいた上で、サービス紹介に入っていくという流れにしています。

つまり各フェーズの表現を明瞭化すると共に、自社視点のプロセスから、顧客視点で意思決定に寄り添うプロセスに変更したということです。

そして欠かせないのが、新しく作ったパイプラインをもとに、お客様の現在地(顧客フェーズ)を正しく確認することです。

そのために、「特定の質問に対してこういう回答が得られれば、お客様はこのフェーズにいらっしゃる状態だ」と客観的に判定できる項目も作りました。それがないと、これまで同様に定義が曖昧なままになってしまうので、とても重要な施策だと思います。

また、ソフト面である営業の能力向上については、案件の各フェーズを前に進めるためにどういったスキルが必要かを、職能要件として明文化しました。例えばヒアリング力などの基礎的なものや、仮説構築力、会計業務やサービスの知識などをレベル別に分けて、メンバーの育成プログラムを組んでいった形です。

それを定義したことで、チームのリーダーとメンバー間で1on1をする際にも、どのように次のレベルに上げていくかなどを建設的に会話できるようになりました。

朝会・夕会を毎日半日ごとに実施。高速でPDCAを回し、成果に繋げる

その後のステップは現場実装と運用定着になりますが、ここで特徴的なのは「半日サイクルでPDCAを回す会議体」の取り組みです。

まず、プロジェクト開始前は週に1〜2回の会議体があり、「何とか受注いただけるように頑張ります」といった抽象度の高い言い回しになっていたため、それを可能な限り排除して、より具体で語ることが重要だと考えました。

そのため、現在は目標達成に向けた宣言を行う週次定例に加えて、毎日15分ずつの朝会・夕会を半日単位で実施し、高速でPDCAサイクルを回す形へアップデートしました。

その場では、個々のメンバーが案件を次のフェーズに進めるために、お客様とどのようにコミュニケーションを取るかを具体的に宣言し、行動に繋げていきます。​​その内容はTo Doとして営業活動データに記録し、将来的に商談結果と紐づけた分析ができるようにしています。

そして夕会では、実際にやってみてどうだったか、うまくいかなかった場合は何が問題だったかをフィードバックし合うので、それを聞いているメンバーも自分の行動にすぐに反映できる仕組みです。その他にも、日々の営業ナレッジはSlackでシェアする風土もできているので、情報共有の頻度は非常に高いと思います。

加えて、我々のサービスは受注までに数ヶ月かかりますが、この仕組みによって現状を精緻に把握できるため、業績目標管理がぶれにくくなりました。

とはいえ、このように半日サイクルで学びと行動を深める取り組みは、初めからうまくいったわけではありませんでした。

最初にメンバーへセールスイネーブルメントを実施すると伝えた時はポジティブな反応が見られましたが、毎日朝会・夕会を実施するほどの厳格な運用をするイメージは持っていなかったようで、そこに対して一定のハレーションが生まれたんです。

ただ、私は組織としてやりきる文化をどうしても作りたかったので、事情があって一部出られないメンバーには後からキャッチアップしてもらう形で、まずはできる範囲での参加を推奨しながら、理解を得られるまでとにかくメンバー間で対話を重ねていきましたね。

また、初期の頃は会議体でどう発言して良いか分からないというメンバーが多かったので、私も含めてプロジェクトを主導するメンバーが手分けをして、すべての朝会・夕会に参加しました。そこで、具体的に表現するとはどういうことかを地道にアドバイスしていきました。

その体制で進めていくうちに、どのメンバーも「朝会・夕会に出た方が自分にとってのメリットがある」と理解してくれて、今ではみんなリアルタイムで参加するようになっています。

やはり「正しいことだからやりなさい」と言われるだけでは、人はなかなか納得感を持って動けませんが、効果を感じ始めるとハレーションだったことが、そうではなくなるのだと思います。

実際にすべての会議体に参加するのは、結構骨の折れることではありましたが(笑)。やはりそれが効果的だったと思いますし、運用が定着した今でも時々モニタリングで入るようにしています。

このような取り組みは、どの企業でも簡単に実行できるものではないかもしれませんが、表面的な内容だけではなく、そこに根付いている哲学も理解して取り入れていただくとうまくいくのかなと思います。

それは「自社の営業メンバーたちが今どのように感じているか」の1点に尽きますが、もし大多数が今のままで良いと思っているなら、そのインサイトを変えないかぎり絶対に前には進みません。

弊社の場合は、一定の成果を出しながらも「もっと良いやり方があるんじゃないか」と感じているメンバーが多かったので、我々から「このようにセールスを科学して実践すると、きっとこんな成果に繋がるよ」と提案したわけです。

それに対して、みんなが「ぜひやってみたい!」と賛同してくれて前のめりで取り組むことができたので、スタートラインで導火線に火をつけられるかどうかが重要だと思いますね。

セールスイネーブルメント成功の鍵は「定着」にあり

これまでの取り組みを振り返ると、セールスイネーブルメントを成功させる鍵は「定着」にあると思います。

ただし、それまでプロジェクトを牽引してきた人が、定着フェーズでも手取り足取りサポートしてしまうのは好ましくありません。理想的なのは、現場のメンバーが主体性を持って動くという状態を作ることです。

結果的に弊社では何が起きたかというと、最初に私たちが作った営業の型をもとに、現場でマネジメントに携わっているリーダー陣が議論を重ねて、さらなる改良を加えてくれました。

先日も、彼らが自主的にキックオフを実施して、メンバー全員に対してセールスイネーブルメントに取り組む意義の再周知と、よりうまく前進させるためにはどうしたら良いかをプレゼンしてくれたんです。

その後も彼らがきちんとモニタリングをしてくれているので、チームに定着するポイントは自発的かつ継続的に主導してくれるメンバーが出てくるか否かにあるのだと思います。

今回のプロジェクトに対してメンバーの声を聞いてみると、「朝会・夕会で他のメンバーから学びを得て、半日サイクルで自分の行動を変えられるようになった」などのポジティブな感想が多かったです。

また、毎日自分のやるべき行動を宣言しているので、「一歩目の動きに迷いがなくなった」と感じているメンバーもいましたね。

ここまで、メンバーにとっては苦労も伴う大きな改革だったと思いますが、特別なインセンティブを設けたわけでもなく、みんな純粋に「成長したい、ユーザーのためになるなら頑張りたい」という意欲から前向きに臨んでくれたと感じています。

そういった彼らの真摯な姿勢からも体感したように、僕がマネーフォワードにジョインした決め手は「人」でした。私が入社する前に、経営レベルの方々と会食やディスカッションをさせていただく機会があったのですが、皆さんとても謙虚な方々で、人間力の高さを感じたんです。

実際に入社した後も、導入研修プログラムがとても丁寧に整理されていて驚きました。「きっと人を大切にする会社なんだろうなぁ」という印象を持ったことを今でも覚えています。

マネーフォワードは「ユーザーフォーカス」をはじめとするバリュー・カルチャーがとてもクリアーに明文化されていて、おそらく組織全体の細部に渡って浸透しているのだと感じています。​​

これはセールスイネーブルメントとは直接関係のない話かもしれませんが、メンバーたちの人となりや、真摯に物事に向き合う姿勢に反映されているように思いますね。

「マネーフォワード=セールスを志す人の登竜門」になる未来を目指す

最後に、セールスイネーブルメントを行う意義についてお伝えできればと思いますが、それは誰でも売れる仕組みにするという「型化」と、「営業職としてのキャリアのアップデート」の2つがあると考えています。

従来の世の中の営業職というのは、「努力と根性で成果を出す」とか「うまくいくかどうかは勘と経験がものを言う」という感じがありましたよね。なので、自分のキャリアとしてきちんと営業スキルを言語化して伝えることが難しい領域だと思います。

でも本来は、現場で起きていることのメカニズムを科学して、ある程度型化された仕組みの中で行動することがすごく重要ですし、今の時代に目指すべき営業職の在り方だと感じています。

まさに今回のプロジェクトを通じて、一人ひとりのメンバーがその在り方を体現することで、将来的に自分の営業職としてのキャリアを、生き生きとした文脈で語れるようになると考えていて。私自身はそういう世界を実現するサポートをしたいと思っています。

また、ゆくゆくは「マネーフォワードでセールスを経験することが、その人にとってのキャリアブランドになる」という企業認知を世の中に作っていきたいですね。(了)

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