- 株式会社SARAH
- 代表取締役CEO
- 酒井 勇也
Web2からの華麗なる転換。グルメアプリ「SARAH」が取り組むWeb3化戦略
「Web3元年」と言われた2022年から2年が経ち、様々な業界でブロックチェーン技術やNFTを取り入れる事業者が増えてきた。
実態や成果を伴った取り組みも次第に顕在化しているが、NFT保有者に向けたデータの活用方法や持続可能なトークノミクスの在り方は未だ模索されている状況であり、課題も多い。
そうした中、ブロックチェーン技術の活用によって「法定通貨では測れない価値」を可視化し、ユーザーのロイヤリティ向上に成功する企業がある。それが、「おいしい!を増やす」というミッションを掲げ、「食の行動データ」を活用しながら複数の事業を展開する、株式会社SARAHだ。
同社は、お店ではなくメニュー単位で投稿・検索ができるグルメアプリ「SARAH」を2015年にリリース。このアプリは元々、Web2のサービスとして展開されていたが、2021年からWeb3へ本格参入し、「UME」と呼ばれるトークンや「NOREN NFT」などの機能がすでに実装されている。
▼グルメアプリ「SARAH」
セブンイレブンジャパンや味の素などの大手企業から累計11.5億円もの出資を受けていることもあり、グルメ業界では最も注目を浴びているWeb3プロジェクトだと言っても過言ではないだろう。
今回は、Web2のサービスをWeb3に転換することのメリットや、サステナブルなトークン経済圏の実現を目指してこだわった点について、同社の代表取締役 CEOである酒井 勇也さん(@skyuya03)に詳しくお話を伺った。
SARAHが展開する、「おいしい!」を増やす3つの事業
僕は、まだ大学生だった2015年に、CTOの林と前CEOの髙橋と3人でSARAHを共同創業しました。そしてこれまで10年ほどCSOとしてSARAHの経営に携わってきましたが、Web3領域での事業推進を強化するべく、2024年4月から代表取締役CEOに就任しています。
髙橋とは大学のゼミが一緒で、その教授はシリコンバレーの隆盛を実際に見てきた方でした。よって、ゼミではスタートアップに関する内容が多く扱われていたため、振り返れば、その時に経営において重要なことを多く学んだと感じています。現在も、教授には外部顧問としてSARAHのサービスづくりに関わってもらっています。
創業当初はWeb2のグルメアプリを開発していたため、会社としてWeb3化に本格的に舵を切ったのは2021年頃です。現在は、「おいしい!を増やす」をミッションに掲げ、主に3つの事業を展開しています。
1つ目は、飲食店のメニュー単位で投稿・検索ができるグルメアプリ「SARAH」です。月間200万人以上の方に利用いただいており、国内外の約60カ国から合計100万件以上の口コミが集まっています。
そして、2つ目の「FoodDataBank」は、「SARAH」で集めた口コミデータを基に、食品業界に特化したマーケティングや商品企画のコンサルティング支援を行うサービスです。例えば、とある食品メーカーにて新商品を開発するにあたり、どのような属性の人がどういった言葉でメニューを評価しているのかを分析し、ターゲットに合わせた味付けや商品名を検討いただくような形です。
最後の3つ目が、食とヘルスケアに特化したパブリックブロックチェーン「ONIGIRI Chain」の開発です。これは、2023年にパートナーシップを締結したAva Labs社のサポートのもと、独自に開発したブロックチェーンです。
これら3つの事業を通じて、どのような料理が世の中に存在しているのか、また、誰が何を食べたのかといった情報をオープンに、かつ長期間にわたって記録することで、業界全体の発展に貢献することを目指しています。
法定通貨で計測できない価値を「UMEトークン」で見える化
SARAHのWeb3化を検討するきっかけになったのは、会社の創業から1年ほど経った2016年に、ゼミの教授が「ブロックチェーンは将来、注目される技術になる」と話していたことです。
僕は当時、正直「SARAHには関係ない」と思っていました(笑)。しかし、そこから個人的にビットコインなどの暗号通貨を勉強し始めるとブロックチェーン技術の面白さに魅了され、どうやったらSARAHに活用できるだろうかと考えるようになりました。
そんな中で、SARAHを本格的にWeb3へシフトする意思決定をしたのはコロナ禍の最中でした。元々、SARAHのユーザー間ではオフ会が開催されるなど交流が盛んだったのですが、オフラインで集まることが難しくなったことを背景に、100名ほどのヘビーユーザーを対象にDiscordのサーバーを立ち上げてみたんです。
すると、彼らの熱量によってコミュニティが盛り上がり、まだアプリ上に登録されていないメニューの写真を共有してくださるなど、各所で自律分散的な動きが生まれました。その結果、コミュニティの運営をスタートさせてから約半年で数万枚もの写真が投稿されるという現象が起きて。
この現象が非常に興味深く、僕たちの目指すビジョンに共感してくださるユーザーの方々が自律分散的に活動できる環境を作れれば、世の中の「おいしい!」、つまり、口コミの総量を増やせるのではないかと考えました。これがWeb3への転換を決めた理由です。
そうして、2023年6月にまず第一弾として実装したのが、口コミを投稿すると獲得できる「UME(ウメ)トークン」です。口コミ1件の投稿につき10UMEがもらえ、1日に3投稿まで可能です。UMEをリリースしたことで、投稿継続率が1.6倍になるといった成果もありました。
従来のWebサービスにおける「CGM(ユーザー生成コンテンツ)」は、自分の投稿に他のユーザーから「いいね」がつくことで満足感を得ていたと思います。そこに加えて、僕たち運営としては、UMEトークンの配布を通じて、「あなたの投稿によって世の中においしい!が増えている」という感謝を示したかったという背景もありますね。
今後は、ユーザーの貢献度によってUMEの獲得量を変化させていこうと考えていて、例えば飲食店を紹介したり、オフ会を開催するといった行動に対してUMEを付与する仕組みを整えていきたいと考えています。
トークンありきではなく、口コミの投稿数を条件にした「NOREN NFT」
Web3化の取り組みとして次に行ったのが、2024年4月にリリースした、お店への応援を可視化する「NOREN NFT」です。Nishikigoi NFTのデザイナーとして知られるToshiさんに担当いただき、店舗ごとにデザインが異なるジェネラティブNFTとして発行しています。
特徴的なのは、他のWeb3プロジェクトのように「トークンでNFTを購入する」形ではない点です。単純に僕たちが儲かるようなマネーゲームにはしたくないと思っているので、口コミの投稿数を条件にし、UMEトークンとNFTを交換する仕組みにすることで、ユーザーの行動が飲食店の応援に直接結びつくように意識しました。
また、NFTには3つのランクが設けられていて、それぞれの取得に必要な口コミ数とUMEトークンの量が異なります。そのため、ユーザーは保有するNFTによって自分がどのくらいお店のファンであるかを表現することも可能です。
一方、飲食店側としては、お店のファンが可視化されることで販促活動に繋げられるようになったり、継続的な来店を促す仕組みを設けるなどして、これまで以上に、お店への愛着を持ってもらうきっかけを作れるというメリットがあります。
このNOREN NFTをリリースするにあたって意識したのは、 いかにNFTという言葉を使わずに機能を使ってもらえるかという点です。
そこで、NOREN NFTを取得したユーザーの名前が、アプリ上のお店ページに「オーナー」として表示される仕様にしていて、NFTというよりも「応援バッジ」のように見える形にしています。
また、NOREN NFTを実装するにあたってもう一つ譲れなかった点は、既存ユーザーに対して「ガス代を絶対に払わせない」ことでした。その理由として、自分のデータをブロックチェーン上に記録するために、自分でお金を払わないといけないのは、ユーザー体験としてイケてないと思っていて。
そのため、ガス代がかからない設計をどう実現できるかを考えた結果、Ava Labsが開発するブロックチェーン「Avalanche」のサブネット技術を使い、独自の「ONIGIRI Chain」の開発に踏み切ったという背景があります。
これらの工夫を通じて、Web3についてあまり詳しくないユーザーもNFTをミントしてくれている実感がありますね。また、最上位ランクのNFTも既にいくつかミントされていて、この事実からも、NOREN NFTが既存のユーザーにも受け入れられ、アプリの活性化に繋がっていると感じています。
既存ユーザーへの配慮と、将来的なNFTの売買を見据えた技術選定
また、Web3に馴染みがない方々にとってハードルになりやすい、ウォレットの設計も十分に配慮しました。
具体的には、NOREN NFTでは、「ERC-6551」規格のNFTをONIGIRI Chainのデータベース上に付与する形にしています。ERC-6551を簡単に説明すると「NFTを保有できるNFT」というイメージで、要はNFTにウォレット機能を追加したような形なので、事前にウォレットを用意せずともNFTを保有できるんです。
将来的には各ユーザーの暗号資産ウォレットのアカウントに紐付けられるようにし、NOREN NFTを自身のMetaMaskなどに移動させて、マーケットプレイスで売買できるようにしようと思っています。
そして、この「NOREN NFTを売買できる」という点が、SARAHをWeb3化させていく上で最も重要なポイントだと考えていて。
現状では、各ユーザーが自身の好きな飲食店を応援したいという気持ちから、NOREN NFTをミントし、SARAHで口コミを投稿したり、SNSでそのお店の魅力を発信したりしています。すると、そのお店の人気や知名度が徐々に高くなっていくと思うのですが、ここで一つ問題が生じるんですよね。
というのも、ユーザーからすると、自分の好きなお店が繁盛店になってしまうと、混雑したり、予約が取れなくなったりして、肝心の自分がお店に入れなくなる恐れがありますよね。その不安から、敢えて口コミを書かないということも実際に起きているそうです。
一方で、SARAHでは「本当においしいお店を世の中に広げていく」ことを目標に掲げているため、出来るだけ口コミをたくさん書いてほしいという思いがあります。そこで考えられるのが、予約が殺到するほどの人気店になった暁には、「NOREN NFTのホルダーは優先的に予約が取れる」という特典を付ければ、先ほどのような課題は解決できると思っていて。
こうした流れが加速していけば、お店に優先的に入りたい人や、海外の旅行客が日本に来るタイミングでNOREN NFTを二次流通で購入するといった可能性もあり、NFTの流動性を担保できます。
また、一次流通での売上はもちろん、二次流通においても売上の10%をすべて飲食店に還元されるようにしているので、人気店になればなるほどNFTの価値が上がって還元される量も増えますし、応援する人だけではなく飲食店も報われるような仕組みにしています。
ユーザーに裁量を任せ、法定通貨で測れない価値の最適化を図る
これまでお伝えしてきた流れを通じてSARAHをWeb3化してきましたが、最も大事にしていたスタンスは、「SARAHはあくまでプラットフォーマーである」という点です。そのため、各トークンの使い道やユーティリティは運営側が定義しないようにしてきました。
つまり、ユーザーや事業者がSARAHを通じて何ができるかを考え、自律分散的にアクションしてもらえるにはどうしたら良いかを常に念頭に置いてきたんですね。
例えば、NOREN NFTに関しては、僕たちはユーザーのアクティビティをNFTで見える化するだけで、ユーティリティの提供は飲食店に任せており、限定メニューの提供やクーポン発行といった形で提供してもらっています。
また今後、SARAHのデータを食品メーカーなどの事業者が活用できるとなれば、カレー屋のNOREN NFTを複数持っているユーザーにサンプルを送ったり、新商品の座談会の案内を送るといったマーケティングが可能です。
このように、各ステークホルダーに裁量を任せている背景には、世の中には「価格が明確ではないもの」が多いと感じていることもあります。
例えば、ユーザーがお店の口コミを書く行為はお店にとっては嬉しいことですし、SARAHはメニュー単位で投稿できるので、異なるメニューであれば何度もそのお店の口コミを書くことができます。ただ、この行為がお店にとってどれだけの価値があるのか、判断することは難しいですよね。
他にも、ラーメン屋のファストパスの相場は人によって感覚が異なり、1,000円が妥当だと思う人もいれば、200円が適当だと思う人もいて、何にどのくらい価値を感じるかを中央集権的に決めるのは難しいと思っていて。
そこで、日本円の価値を市場が決めるように、これらの価値もトークンを介してみんなの意見を反映させた方が良いと考えています。そうすることで、トークン活用のメリットである、法定通貨では計測できない価値を可視化できると思っています。
SARAHの成長戦略で重要になるヘルスケア領域への拡張と価値創出
SARAHは、様々な背景があった上でWeb3へ移行してきましたが、「世の中のすべてのサービスがWeb3を取り入れる必要はない」と思っています。
まずは、自分たちの提供するサービスの価値を明確にし、その中で法定通貨で計測できない価値が何かを見極めた上で、Web3の活用を検討するのが良いと考えています。
SARAHは、ブロックチェーン技術を活用することで各ステークホルダーの自律的な動きを促進でき、それらをデータとして蓄積・可視化することで、提供価値を最大化できると思った点が意思決定のポイントです。
Web3化を目指す場合は、まずはコミュニティを形成し、その後、プロダクトにWeb3の機能を足していくと良いのではないでしょうか。その際に、すべての機能を自社で開発せずとも外部のサービスと組み合わせることも可能ですし、NFTやウォレットなどを最初に作り込みすぎないことも重要です。
最後に、今後の展望をお話しできればと思います。僕たちは、2年前に食品クチコミ情報サイト「もぐナビ」を買収し、飲食店以外のコンビニスイーツやパックグルメの口コミ情報も集められるようになりました。そのため、今後は飲食店だけでなく、食品の領域でもWeb3の活用に挑戦していきたいと考えています。
また、食品メーカーが商品開発やマーケティングで活用しているFood Data Bankにもトークンインセンティブを導入することで、サプライチェーンマネジメント領域までサービスの提供価値を広げていく予定です。
将来的には、引き続き「食」に関するデータ収集を行いながら、これらのデータをヘルスケア領域にも活用していきたいですね。例えば、とあるユーザーの食生活だけでなく将来の健康状態も追跡することで、他の人の病気を予測し、健康に関するアドバイスを提供できる可能性もあると思っています。
実際、過去に料理のレコメンド機能を開発していた際に、ラーメン好きにはラーメンをおすすめすると最もCV率が良かったことがありました。しかし、しばらく時間が経ってからヒアリングすると、「身体を壊してしまったから、もうラーメンは食べていない」と回答される方が多く見受けられました。
つまり、短期的にはおいしいラーメンの口コミが広まっているものの、長期的にみると、僕たちが本当に増やしたい「おいしい!」は増えないわけで。そこで例えば、ラーメンを多く食べている人には、サラダをランチにするとUMEトークンが2倍もらえるといったインセンティブを付与することで、ユーザーの食に対する行動変容を促せないかと考えています。
そういう意味では、世の中に「おいしい!」をもっと増やすためには、グローバルで2,000兆の市場規模があると言われているヘルスケア領域でいかに価値を追求していけるかが勝負であり、これが、次に見据えているSARAHの成長戦略です。
食と健康は日本が世界に誇る強みであり、Web3の活用によって世界により多くの価値を生み出していけると思っています。今後、さらなる飛躍を遂げられると確信しているので、SARAHのビジョンに共感していただける方は、ぜひご連絡いただけると嬉しいです。(了)
取材・ライター:古田島 大介
企画・編集:吉井 萌里(SELECK編集部)