• 株式会社SHIBUYA109エンタテイメント
  • ソリューション事業部 企画戦略部兼メディア・コンテンツ部
  • 天野 真輔

「都市部」でWeb3を活用する意義。SHIBUYA Q DAOが目指す新たな街づくりの形

Web3時代のコミュニティ形成手法として注目される「DAO(分散型自律組織)」。日本では、2024年4月より「DAO特別法」が施行され、法人格としてDAOを運営することが可能になった。

しかしながら、DAOの運営には未だ技術的・法的な課題が存在し、多くの企業や個人にとってハードルが高い。そうした中、地方を中心に「地域活性×DAO」といった先進的な取り組みは続々と生まれており、企業や自治体におけるWeb3活用への期待は一層高まっている。

こうした潮流の元、地方ではなく、都市部である「渋谷」を舞台に画期的なプロジェクトが立ち上がった。それが、東急株式会社が手掛ける「SHIBUYA Q DAO」(以下、SQD)だ。

これは、NFTの技術とDAOの仕組みを活用して現実世界とWeb3の接点を創出し、「エンタテイメントシティSHIBUYA」の実現に向けて、コミュニティメンバーとの協働を通じて運営される参加型・共創型のプロジェクトだ。

ユーザーは、会員権として機能するNFTを購入することで、渋谷の街で楽しめるエンタテインメント体験や各種優待を享受できる。2023年11月に実施された先行販売では100枚限定のNFTが即時完売となり、その注目度の高さが伺える。

東急はこれまで、都市開発や住宅事業といった実物資産(ハードアセット)をメインとした事業を主軸にしてきたわけだが、なぜWeb3技術を活用したプロジェクトに着手したのか。

そこで今回は、同プロジェクトを推進する東急株式会社 フューチャーデザインラボ 主査として活躍しながら、現在は株式会社SHIBUYA109エンタテイメント ソリューション事業部 企画戦略部兼メディア・コンテンツ部に所属する天野 真輔(@mimosa525)さんに、SQD立ち上げの狙いや、DAOの概念を渋谷の街づくりに活かす将来像について詳しく伺った。

「自律分散的な都市経営」を目指して立ち上げたDAOコミュニティ

私は2005年に東京急行電鉄(現 東急株式会社)へ入社し、 当初は会員制リゾート施設の開発・運営に7年間ほど携わっていました。

その後、 リテール部門での経営管理や、東急メディア・コミュニケーションズ社の立ち上げ、社内ベンチャー制度を活用した新規事業の創出、観光事業でのベンチャー企業との事業共創といった経験を積んできました。

現在は、SHIBUYA109エンタテイメント社に出向しながら、東急株式会社の「フューチャー・デザイン・ラボ」という組織にも所属しています。この組織は「東急、次の100年を創る。」というミッションのもと、既存の事業部とは別に、中長期的視点で未来の事業種を探索するR&D部門です。

東急は長年、都市開発を主軸に事業を展開してきましたが、昨今のデジタル技術の進化を背景に、弊社の既存のアセットにVRやデジタルツイン、ブロックチェーンといった先端技術を活用することで、都市課題を解決したり、新たな付加価値を生み出していきたいと考えています。

こうした考えのもと、Web3の技術や考え方をうまく活用できないか模索していたのですが、FT(代替性のある暗号資産)は法制度の整備が追いついていないこともあり、上場企業として取り扱うにはハードルが高かったんです。そこで、既に多くのユースケースがあったNFTを採用することにしました。

さらに、日本の人口減少という長期的な課題に直面する中、街づくりにおいては、従来の行政やデベロッパー主導の都市設計から脱却し、都市機能や行政サービスの維持について住民と共に検討していく必要があります。そのため、地域のステークホルダーと共創しながら街を運営する姿勢がより一層重要になると考えています。

この観点から、地域のステークホルダーと継続的な対話を可能にするコミュニティの形成手段として、親和性が高かったのがDAOの仕組みです。そこで、「自律分散的な都市経営」を目指す実験的な取り組みとして、SHIBUYA Q DAOを立ち上げました。

改めて、SQDとは、渋谷の街を舞台にWeb3を活用したビジネスモデルを検証しながら、「エンタテイメントシティSHIBUYA」の実現を目指す参加型・共創型のプロジェクトです。

東急株式会社を中心に、Web3のインフラサービスを提供するPBADAO、コミュニティの運営を生業とするSHINSEKAI Technologies、Web3総合広告代理店PARDEYの3社と協力しながらオープンイノベーションで推進しています。

仕組みとしては、渋谷に所縁のあるアーティスト福島 滉平さんがデザインした参加証NFTと、カード型ハードウォレットのセットを購入することで、SQDに参加できる形です。第1弾として、2023年10月に100枚限定で販売し、現在はその購入者を中心にコミュニティを運営しています。

デジタル空間上での交流に閉じず、「実際に渋谷に足を運ぶ」体験設計

私たちSQDとしては、コミュニティの方々と一緒に渋谷を盛り上げたいという気持ちが根幹にあります。その機運を高めるために、プロジェクトを立ち上げる際には大きく2つのことを意識しました。

まずは、「誰もが入りやすいコミュニティ設計」です。クリプトネイティブ層だけでなく、誰もが参加しやすいオープンな環境にしたいと考えていました。しかし、暗号資産の購入やウォレットの開設は、初心者にとって依然として高いハードルです。

そこでSQDでは、PBADAO社の「POKKE」を導入し、ウォレット不要かつ日本円で決済ができる形にしました。さらに、コミュニケーションツールにはDiscordを使わず、多くの人々に馴染みのあるLINEのオープンチャットを採用しています。

もう1つは、「渋谷ならではの体験設計」です。渋谷を盛り上げるためには、やはり実際に足を運んで、街のエンタテイメントを楽しんでもらう必要があります。しかし、Web3プロジェクトの交流がデジタル空間に留まってしまうことが多い中、現実世界での行動を促すための工夫が必要でした。

そこで、渋谷来訪の動機付けとなるように、「PIZZANISTA! TOKYO」や「渋谷SAUNAS」、「Crypto Cafe & Bar」など、渋谷にしか拠点を設けていない店舗と連携し、ユーティリティを設計しています。

具体的な内容としては、まずPIZZANISTA! TOKYOでは、SQDメンバーを1人以上含む3人以上で来店すると、SQDメンバーは無料でワンスライスのピザをもらえ、それ以外の方も割引が受けられるユーティリティを設けています。

3人という設定は、1人だと横のつながりが生まれにくく、2人では初対面の場合の緊張を感じやすいことから、この人数にしています。また、毎週木曜日を「ピザ会」と銘打ち、メンバー同士の自発的な交流を促す企画も行っています。

また、渋谷SAUNASでは参加証NFTの提示で初回の入館料が半額になったり、Crypto Cafe & Barでは毎週火曜の18時以降に1ドリンク無料で入場できたり、といった特典も用意しました。

ユーティリティを提供する店舗やエリアを絞っている背景には、協力店舗側のメリットも含まれています。

よくある例として、「渋谷の提携店舗では〇%割引」といった特典がありますが、メンバーが100名程度のSQDの場合、提携店舗数が多すぎると送客が分散してしまう懸念がありました。

実際、月にSQDのメンバーが1、2人ほど来店したとしても、お店の売上には寄与しないですし、オペレーションも煩雑になってしまい、私たちとの連携効果も実感してもらえにくくなると思っていて。

そうならないためにも、コミュニティの方々が繋がり、何度も来訪したくなるような仕掛けを作ることで、双方にとってより有意義な関係性が生まれるよう意識しました。

多様な趣味嗜好をもつ人が集まる「学校の放課後」のような空気感が理想

また、コミュニティ内の交流を促す仕掛けとして、運営主体で月に一度のペースでリアルイベントを開催しています。

リアル開催にこだわる理由は、2024年2月末に初めて開催したオフ会でアンケートを取った際に、対面でのイベント企画に対する要望が多かったからです。

特に、ひとりではなく、家族で一緒に楽しめたら嬉しいという声が目立ちました。これを受けて、お子さんも参加できるアートワークショップを休日に開催したところ、大変好評でしたね。今月もCrypto Cafe & BarでSQDメンバー限定の交流会を開催しましたし、直近ではBBQを開催する予定です。

▼Crypto Cafe & Barで2024年7月に開催されたイベントの様子

運営側としては、コミュニティメンバーの方々と一緒にプロジェクトを作れたらいいなと思っています。今はまだ十分に把握しきれていないのですが、SQDメンバーの持っている多様なスキルや特技をうまく組み合わせ、ユーザー主導で渋谷を盛り上げる取り組みが生まれるような仕掛けができればと考えています。

過去の事例としては、昨年末に実施したAR宝探しイベント「Shibuya Ready Players “XR Quest @Shibuya”」があります。これは、AR系の会社を立ち上げたSQDメンバーと協力して実現した取り組みです。

将来的には、「毎週火曜日はAのイベント」「毎週水曜日はBのイベント」というように、定期的かつ自発的な活動が展開されている状態が理想だなと思っています。いわば「学校の放課後」みたいなイメージです(笑)。

コミュニティの拡大に伴い、多様な趣味嗜好を持つ人が集まって、個別の集まりやサークルのようなものが自由に形成されていくと面白いですね。とはいえ、100名限定という小さなコミュニティからスタートしたため、現時点ではできることに限りがあるのも事実です。

そこで、SQDのメンバー数を増やすべく、今年の6月末から第2弾のセールを開始していて、既に20名ほどのメンバーが新しく仲間になっています。当初から人数制限を設ける意図はなかったので、メンバーの増加によってコミュニティの新陳代謝を上げ、熱量の維持にも繋がったらと思っていますね。

「コミュニティを動かすエンジン」として導入したトークン「toQen」

今後も第3弾、第4弾とセールを展開し、コミュニティを段階的に拡大していく予定ですが、最終的にSQDをどのくらいの規模にすべきかは議論している最中です。

現状は顔の見える関係性を維持できる規模感ですし、数百名規模のコミュニティ運営は行ったことがないので、最適な規模や実現可能なラインを慎重に見極めている段階です。

とはいえ、どれだけコミュニティメンバーが増えても「最初の100人」は大切にしたいと思っていて。プロジェクトの成否がわからない中でNFTを購入してくださった方がいるからこそ、今のSQDがあると感じているので、「全員が楽しめる」ことを前提にしつつも、彼らの貢献が可視化される仕組みを検討しています。

また、メンバーが増えると、個々のSQDとの関わり方やモチベーションに濃淡が生じることが予想されます。そこで、「コミュニティを動かすエンジン」として2024年2月に導入したのが、コミュニティトークン「toQen」です。

これは、イベントに参加したことをSNSで発信したり、オフ会を企画したりするとtoQenが付与され、リアルイベントの参加や抽選などに利用できる仕組みです。

当たり前ですが、SQDのメンバーにはそれぞれ仕事や家族など優先すべきことがあり、SQDへの関与が必ずしも第一優先ではないことを理解しています。そうした中、toQenがインセンティブとして機能することで、純粋なボランティア的ではない形で「コミュニティに貢献しよう」というモチベーションになると思っています。

これにより、toQenを積極的に集めるメンバーが目立つようになり、ロイヤリティの高いメンバーの創出にも寄与すると期待しています。経済的価値はもちろんのこと、それ以上に、SQDのコミュニティや渋谷に対する愛着など、情緒的な価値を生み出すきっかけになればと思いますね。

渋谷を拠点に、Web3時代における新たな都市開発の在り方を模索

これまでコミュニティ運営についてお伝えしてきましたが、会社のいち事業として継続するためにはマネタイズ方法の検討も必要です。ただ、1つ言えるのは、現在は短期的な収益は追求しておらず、投資フェーズだと捉えています。

よって、具体的なマネタイズ戦略はまだ固めていませんが、今年の7月に開催されるイーサリアムコミュニティ開発者カンファレンス「EDCON 2024」のスポンサーに東急が参加し、そこでトライアルのマネタイズ施策を実施する予定です。

SQDの今後の成長戦略としては、SQDのコミュニティを基点に渋谷の関係人口をいかに増やしていけるかが重要だと考えています。

これまで東急沿線に人口を増やそうと思ったら、マンションの建設や学校の誘致などにより、街の魅力を向上させることで定住人口が増える構造でした。しかし、「定住人口」「関係人口」「交流人口」という形で地域に関わる人々を分類したときに、日本全体で見ると定住人口は年々減ってきているわけです。

そこで、地域と継続的に関わりを持つ関係人口の創出には、DAO的な思想を取り入れたコミュニティが有効ではないかと考えています。

今後も引き続き、Web3を活用した関係人口の創出にチャレンジしながら知見やノウハウを蓄積し、SQDならではのユースケースを創出していきたいですね。

一方、SQDの事例を渋谷以外の地域に展開することについては、まだ可能性を探っている段階です。例えば、福岡で同様のコミュニティを立ち上げる場合、東急のアセットとの兼ね合いを考える必要があり、「やる意義」を検討する必要があります。

私たちのアセットがすでに存在し、「多様性」や「遊び心」といった独自の文化をもつ渋谷という街を拠点に、まずはSQDのプロジェクトを継続しながら、新たな都市開発のあり方やビジネス機会の創出も視野に入れていきたいと考えています。(了)

取材・ライター:古田島 大介
企画・編集:吉井 萌里(SELECK編集部)

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