- 株式会社マネーフォワード
- グループ執行役員 AI活用推進担当
- 工藤 裕之
商談前~後の全フェーズで生成AIを活用!マネーフォワード社セールス組織の超進化
「お金を前へ。人生をもっと前へ。」というミッションを掲げ、すべての人のお金の課題を解決するためのサービス提供を目指す株式会社マネーフォワード。
同社は2024年、組織的なAI活用推進を本格化。その取り組みを牽引するのが、非エンジニア出身ながらグループ執行役員としてAI推進担当を務める工藤 裕之さんです。
セキュリティや倫理面への配慮を前提としながらも、積極的な活用を目指す基本スタンスに立ち、経営陣主導のトップダウンと現場からのボトムアップを組み合わせた推進体制を構築しています。
特に、注力分野のひとつであるセールス領域では、商談前から商談後まで、それぞれの業務に応じた生成AI活用を進め、大きな成果を上げています。その目的は単なる効率化ではなく、「誰も取り残されないAI活用」を目指し、自社のみならず顧客体験の向上も目指しているといいます。
今回は工藤さんに、同社のAI戦略の具体と今後の展望について詳しく話を伺いました。(聞き手:株式会社ゆめみ / Webメディア「SELECK」プロデューサー 工藤 元気)
※本記事は、2024年10月30日に開催した、SELECK miniLIVE シリーズ「非エンジニアの生成AI活用ワザ」の第3回の生配信を書き起こし、編集したものです。当日の映像アーカイブはこちらからご覧いただけます。
プロダクトと組織に大きな変革を生み出すための「AI担当役員」
――まずは視聴者の皆さまに向けて、簡単な自己紹介をお願いできればと思います。
工藤 皆様、はじめまして。マネーフォワードの工藤と申します。入社前は新卒から13年ほど人材系の企業に勤めており、約4年前にマネーフォワードに中途でジョインしました。
前職からずっとビジネス側のキャリアを歩んできて、営業、プロダクトマーケティングを経て事業戦略系に移りました。当社に入ってからは、3年間ほどはビジネス側の事業をリードする役割を務め、2024年に入ってから新しくAIのミッションを担っています。
――元々はビジネス側のキャリアということで、AIのような技術領域のご出身ではないということですね。
工藤 おっしゃる通りです。もちろんエンジニアの方々との協業はこれまでも経験してきましたが、AIに関しては今日のテーマでもある「非エンジニア」として活用を推進しています。
――「AI推進担当の執行役員」という役割はまだまだ珍しいポジションだと思うのですが、どういった背景で設立されたのですか?
工藤 たしかに、まだまだ珍しい役割だと思っています。私もこの役割になって外部の有識者の方々とお会いするケースが増えてきていますが、やはりエンジニア出身の技術寄りの方が多いですね。
具体的な役割は「読んで字のごとく」ではありますが、AI活用を通して業務の変革を促していくことをミッションとしています。
当社はプロダクトづくりにおいても、AIによって生産性を高めてユーザー体験を向上させることを目指しています。そうした大きな変革を組織に生み出していくときには、リーダーから率先して推進することが重要であるという背景から、この役割を設置しています。
――プロダクト側だけではなく、組織の中での推進も任されているということですね。
工藤 そうですね。最新の技術をユーザーに届けるにあたって、自分たちがその技術を理解していないというのはよろしくないので、まずは自分たちから積極的に取り組んでいくことが非常に大事だと考え進めているところです。
▼グループ執行役員 AI活用推進担当 工藤 裕之さん
ボトムアップの生成AI活用を推進するための仕組みや仕掛けも
――組織内での生成AI推進の活用を進めていくにあたり、マネーフォワードさんとしての基本の考え方、スタンスはどのようなものなのでしょうか?
工藤 大前提として、セキュリティや倫理の観点には十分に留意をしつつ、社内では積極的にトライアンドエラーで活用を進めていこうというスタンスです。守りだけではなくしっかり攻めのところにも使えるよう、社内でコミュニケーションを取りながら進めています。
――現場の課題に対して「ここは生成AIでアプローチできるのではないか」といったディスカバリーはどのように行っているのですか?
工藤 さまざまなルートがありますが、まず経営陣では、四半期ごとの合宿でAI活用についてのテーマや課題を洗い出し、それをどう解決するのかをディスカッションした上で方向性を決めています。
その一方で非常に重要なのは、現場での課題感をボトムアップで吸い上げていく仕組みです。現状は、主にSlackのようなコミュニケーションチャネルを通じて吸い上げています。加えて、各セクションにAI推進のリーダーを配置し、定期的なセッションを通して現場の情報を集めていく動きを強化しようとしています。
――ボトムアップというところに非常に興味を持ったのですが、それを実現するためには社内への啓蒙活動が必要ですよね。
工藤 そうですね。今は主な取り組みとして大きく4つほどあります。
まずは生成AIにみんなが触れて、活用できるように環境整備をしていくこと。次に日常的に活用していくための文化醸成、そしてリテラシーの向上のための学習の仕組み。さらに、日々の業務に生成AIをすぐに活かせるよう、課題が大きいところはプロジェクトとして推進をしています。
直近で実施した取り組みとしては、従業員が全員参加する公募型で実施した社内のAI企画コンテスト「みんなのMirAIフェス」があります。
非常に多くの応募があり、書類選考と一次審査を経て、最終的には9名の方がプレゼンをしてくれました。当社の代表や取締役が審査員となり、また全従業員も投票ができる仕組みで、最後に大賞を決めました。
▼実際の「みんなのMirAIフェス」の様子
今回はクイックウィンと言いますか、小さな成功体験をまず作ることを大事にしていました。従って、審査項目に「実現性の難易度」を含ませていたので、比較的地に足のついた提案が多かった印象です。
今後も継続していく際には、より未来感のある、実現性の可否は問わないワクワクするようなアイデアも出てくるといいなという点が、一度やってみての振り返りですね。
商談前~商談後まで、各フェーズに適した生成AIの活用方法
――では次に、今回のテーマでもある「セールスマーケティング領域での生成AI活用」について、背景やフォーカスのポイントをお聞かせいただけますでしょうか。
工藤 前提として、生成AIに関するプロジェクトを推進していくにあたり、全ての課題を扱うことはできないので、インパクトが大きく、かつ影響範囲が大きいところに優先的に絞って進めています。
例えば、議事録の作成のような従業員に共通する課題や、属人化しやすく工数もかかる社内の問い合わせ業務といったものです。また職種としては、当社の中でもセールスマーケティング組織は人数規模が増えてきている大きな組織なので、ここの課題解決はインパクトが大きいと考え取り組んでいます。
特にセールス領域は、一般的にも業務が属人化しやすいと言われていますよね。例えば商談中の会話などは個人の暗黙知化しやすい面もあるので、そうした情報を「プロダクト開発側へ提供する情報として直接転換」できるようになると、その活用の幅が非常に大きいのではと思ってトライしています。
――セールスの中でも具体的にはどのような業務プロセスにフォーカスされ、どのような適用を模索されているのでしょうか。
工藤 当社の場合、セールスマーケティング組織はマーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、そしてカスタマーサクセスという4部門に分かれています。
その中で、マーケティングではSEO記事の作成、インサイドセールスでは架電前のトークスクリプトの作成や、架電後のお客様との会話内容のメモ作成などの領域で、効率化・自動化の事例が出てきています。
フィールドセールスについては、商談前、商談中、商談後という3つのフェーズに分けて活用を進めています。
まず商談前では、お客様の企業分析や状況調査、提案シナリオの作成など、初回商談に向けた準備作業をAIで効率化する取り組みを始めました。属人的だった作業を標準化し、全体的な品質向上を目指しています。
▼社内のAI環境が整備されており、実業務に活用できる
商談中については、まだ研究開発フェーズにありますが、多岐にわたる当社のプロダクトラインナップの中からお客様の課題に沿った最適なご案内ができるよう、AIによるサポートシステムの構築を検討しています。
ーーマネーフォワードさんはさまざまな業務に関連するプロダクトをお持ちなので、営業の方それぞれに得意なプロダクトであったり、課題領域だったりはきっとありますよね。
工藤 おっしゃる通りです。実際、それぞれのプロダクトに詳しい者を呼んで、2〜3人でお客様のところへ行くケースも珍しくないんですよ。でもお客様からすると、窓口の1人に聞けば何でもわかるという状態のほうが体験としてはいいですよね。
営業担当者がより本質的なソリューション提案に注力できる環境を整えることで、顧客満足度の向上も期待できると考えています。
最後に商談後の領域では、既に大きな成果が出始めています。特に商談記録のセールスフォースへの入力作業において、AIを活用した自動化を実現しました。従来は30分程度かかっていた作業が、ほぼワンクリックで完了できるようになり、大幅な業務効率化につながっています。
――まずはセールス組織でAIを活用されて、型化ができて成果が上がってきたら、別部門でも共通的に使える部分は波及させていくイメージでしょうか。
工藤 おっしゃる通りです。特に、お客様との会話がしっかりデータとしてストックされ、それが様々な部門に活用されていくことが非常に重要だと考えています。
この「生データ」は非常に重要なものなので、そこに属人性があると使いにくくなってしまう。現在は生成AIを使うことで標準的なフォーマットで議事録が作成されるようになったので、データが使いやすい構造で蓄積されていくという点でも、大きな価値があると考えています。
「誰も取り残されない」「誰も置いていかない」AI活用を目指す
――今回とても印象的だったのが、単なる自社の組織改革のために生成AIを使っているだけではなく、お客様の体験に結びつけることで良い循環を生もうとされている点です。
工藤 そうおっしゃっていただけるとありがたいです。本当に、そこが全てと言っても過言ではないくらいです。やはり自分たちだけが良くなっていくことを考えても、良いものは生み出せないと思っていて。お客様や世の中のためにどう自分たちが変わっていくか、という視点を大事にしたいですね。
――最後に生成AI活用について、これから描く展望や未来についてお聞かせいただけますでしょうか。
工藤 改めて、当社は「お金を前へ。人生をもっと前へ。」というミッションのもと、全ての人のお金のプラットフォームになることを目指す企業です。そのなかで、ひとつのポイントは「全ての人」にあるように感じています。
新しい技術は使える人だけ使えればいい、という世界観もあると思うのですが、一般的には難しくわかりづらい技術であっても、誰でもそれを享受できるようにしたいという思いがあります。そのために当社では、誰も取り残されない、誰も置いていかないようなAI活用を目指していますね。
正直、ユーザーさんからすると「プロダクトにAIが使われているか」よりも、そのプロダクトやサービスによって自分自身の体験がより良くなることのほうが大事で、技術はそのためにあると思います。その前提に立って、これからもAI活用を推進していきたいと考えています。
――ありがとうございます。最後に、工藤さんから視聴者の皆さんへのメッセージをお願いできればと思います。
工藤 今日お話ししたようなことを実現するために、私を含めてチームとして日々頑張っておりますが、それをより強化していくためにAI推進室という組織を立ち上げました。
新設の組織ですので、これから積極的に採用も強化して拡大を目指していきます。エンジニアの方はもちろん、私のような非エンジニアの方でもAIに注目していて、ユーザーにWowを届けたい、積極的に活用していく人材になりたいといった方は、ぜひお話しさせていただきたいです。
大きなAIのムーブメントも起こっているなかで、変革に向けたダイナミックな仕事ができる環境は整っていると思います。チャレンジするには楽しい時期だと思いますので、興味があればお声かけいただけると嬉しいです。
――工藤さんと一緒に働けるというのは非常に夢があるお仕事ですね。改めまして、本日はありがとうございました。(了)