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デザインを「作業から仕事」に。DMM.comラボのデザインチーム立ち上げの軌跡【前編】

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〜本社からの依頼を「作業」として行うだけだったDMM.comグループのデザインチームを、いかに強くしていったかのストーリー〜

デジタルコンテンツ配信、FX、英会話、そして3Dプリントサービスに至るまで、幅広いビジネスを展開するDMM.comグループ。同社のクリエイティブを支えているのは、株式会社DMM.comラボ内にあるデザインチームだ。

同チームはもともと石川県にあり、東京本社で決まった仕様を「単にきれいに仕上げる」ことを求められていた。当時はデザイナーが機能を提案しても、「もう仕様は決まっているから」と言われてしまう状態だったという。

そんな組織を変えたのは、同社で取締役とデザイン統括を務める赤坂 幸雄さんだ。「デザインはお化粧ではない」という思いを持って3年前に上京し、東京本社にデザインチームを立ち上げた。

今では上流工程からデザイナーの視点を取り入れる開発体制の構築に成功し、UX専門のチームを立ち上げるまで社内のデザインへの理解を高めた。

今回は赤坂さんに、どのようにデザインの仕事を社内に理解してもらい、強いデザインチームを立ち上げていったのか。そのストーリーを聞いた。

後編では、同デザインチームでネイティブアプリのUXデザインプロセスを変えたツール、「Prott(プロット)」の活用法について聞きます。

15年前、コンビニの2階の小さな事務所だったDMMに入社

僕がDMMに入社したのは、今から14、15年前の、創業して1年ほどが経った時のことです。今でこそ、年間数百人という単位で社員が増えるような企業になりましたが、当時からいるメンバーは本当に数えるほどですね。

入社した頃はそれこそ、石川県の加賀市にあったコンビニの2階の小さな事務所で、看板もなく、ガラスの扉に社名を書いた紙が貼ってあるだけ。

この会社はまずいかもしれないとも思ったのですが、当時は若かったこともあって「ネタになるかな」という気持ちで入社しました。今はこんな綺麗なオフィスにいて、「ちょっとこれ、嘘じゃないの?」という感覚です(笑)。

でも僕、これまで一度も転職したいと思ったことがないんですよ。この会社のおもしろいところは、学歴や過去の経験ではなく、どれだけ主張して、周りを巻き込んで動くかということが評価されることだと思います。

僕はそこまで考えていたわけではなくて、やりたいことをただ「やらせて!」と言い続けて来た感じなのですが。今では取締役として、DMMのデザイン全体の統括をしています。

デザインは未経験、熱意だけでITの世界に飛び込む

もともとは、デザインとは関わりのない地元の金属加工の工場に勤めていて、ラインで1日に500個、同じパーツを作るような作業をしていました。もちろんその中でもこだわりを持って取り組んでいたので、当時は指先で100分の1ミリの違いも分かりました。

ただ一方で、自分のアイデアを成果物に反映させることが難しい仕事だったこともあり、「ずっとこの人生か?」と自問自答することが増えていきました。

そんなある時、残念ながらその会社が倒産してしまって、自分自身にも転機が訪れました。それは2000年のことで、ちょうどインターネット業界が盛り上がっていた頃でした。僕もその世界に飛び込みたいと思い、全くの未経験ながら、熱意だけでデザイナーとしてDMMに入社しました。

当時はとても狭い事務所で、2人で1台のパソコンを使っているような状態。動画配信の事業もまだ始めたばかりでしたね。主にDMMのWebサイトのアクセスを稼ぐために、カテゴリーに特化した衛星サイトを100以上作って、運用して潰して、ということを繰り返していました。

4つのデザインチームでDMMに関するデザインすべてを手掛ける

今、僕が統括しているのは、ひと言で言うと「DMMという冠がついたものに関するデザインすべて」です。新規サービスの立ち上げ、既存サービスの改善、Web広告の量産…。何でもやっている、としか言いようがないのですが(笑)。

こういったデザイン全般を、4つのチームに分かれて担当しています。今のWebデザイナーは求められる範囲が非常に広くなっているので、すべてを深掘りするのはとても大変です。そこでもう少し分割して、グラフィック、フロントエンド・コーディング、広告専門、改善、という4つのチームに分けています。

今年からは、この4つに加えてUX専門のチームを立ち上げ、横断で見ていく動きも始めています。

UXチームの立ち上げのきっかけは3年前。まだ「UX」という言葉自体がバズる前のことです。メンバーの1人が「これからの時代はUXです」と言うようになり、僕を勉強会やディスカッションの場に連れて行ってくれました。

そこで自分も、「これまで明文化できていなかったこの領域ができてこそ、デザイナーだ」と強く思ったんです。ぜひこれを会社に取り入れようということで、人間中心設計推進機構(HCD-Net)という非営利団体の方に会社に来ていただき、社内教育の一環として定期的にセミナーを開催していきました。

UXという言葉がバズワードになったことで、誤った情報もたくさん世の中に出ています。UXという概念の根本にあるのは、人がモノと出会ったことでどんな体験ができるようになるか、ということです。

その体験をいかに良くしていくか、そして課題があれば、それを解決する方法をきちんと分析する。その手法を広める活動をしているのがHCD-Netです。HCD-Netが認定している人間中心設計(HCD)専門家という資格があるのですが、弊社のデザイナーも2名取得しています。

デザインはお化粧ではない! 上京してデザイン部を立ち上げ

現在、デザイン部は4拠点に分かれています。石川県内の3拠点に加えて、約3年前に東京の拠点を立ち上げました。遠隔でデザインをしているので、定期的にメンバーが出張をして顔を見て話したり、iPadを各地において常時ハングアウトでつないでいる状態にし、アウトプットを見せ合ったりしています。

以前は、デザインに関してはすべて石川県で作業をしていました。その頃は仕事ではなくて「作業」だったんです。というのも、すべて自社プラットフォームで自社サービスだったので、仕事が生まれるのは常に本社のある東京だったんですね。

企画内容や機能も石川県に降りてくる段階ではすべて固まっていて、「デザインはきれいにしてね」という作業依頼でした。「スケジュールは?ーーもう決まっているよ」「こんな見せ方はどうですか?ーーいやもうワイヤーは固まっているから」といった具合で。

これじゃ、僕らがすることってお化粧でしかない。こんなのデザイナーじゃないよね」ということで、僕が3年前に石川県から東京に来て、デザイン部を立ち上げました。上流工程にデザイナーが直接入って、デザイナー視点でディスカッションする場所を作りたかった、ということがありますね。

「はい喜んで」が信頼を高め、徐々に上流に入り込めるように

とは言え、最初からいきなり上流工程に入り込んでいけたわけではありません。周囲も「身近に手を動かしてくれる人がいて嬉しい」といった反応で、「資料を作る時もお願いね」という感じでしたし。ただ、そこは石川から来たばかりだったので、居酒屋みたいに「はい喜んで」と全部受けていました(笑)。

そこから地道に信頼を積み重ねて、少しずつ自分たちの意見も言うようにしていって。もしかして周りから見たら、だんだん態度が大きくなってきた、と感じたかもしれません。そして徐々に上流工程に入り込んでいって、ワイヤーやユーザーの導線を引き始めました。

そこでは基本的に、デザインを作っては見せに行き、話をして承認をしてもらう、ということを繰り返していました。このプロセスをもう少し効率化できないかな、と思っていたんですね。

また、時代が変わってアプリ開発を始めたことで、「共有したワイヤーと実際にできあがった時のイメージが違う」という課題も出てくるようになりました。そこで導入したのが、プロトタイピングツールの「Prott(プロット)」です。

後編では、同デザインチームでネイティブアプリのUXデザインプロセスを変えたツール、「Prott(プロット)」の活用法について聞きます。

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