- 株式会社資生堂
- コーポレートコミュニケーション本部 技術広報グループ
- 松本 理絵
資生堂が「技術」を動画で発信!消費者との新たなコミュニケーションを模索する理由
〜自社の技術をユニークな動画を通じて伝えることで、ブランド力の向上につなげている事例〜
あの資生堂グループが同社の化粧品に関わる技術情報を公開する、動画コンテンツのスペシャルサイトが「資生堂 PICK UP TECHNOLOGY」だ。
2011年のオープン後、シャンプー「TSUBAKI」製造工場での生産ラインや、「ほうれい線」に対する最新の皮膚科学研究の成果など、さまざまな動画コンテンツを配信してきた。
同サイトでは「技術」という一般消費者にはなかなか理解し難い題材を取り上げながらも、YouTubeの再生回数が10万回に迫るような、人気動画を制作することにも成功している。
「動画」という手段を採用したことで実現した、消費者との新しいコミュニケーションとは? 同社の技術広報グループでPICK UP TECHNOLOGYを担当する、松本 理絵さんに詳しいお話を伺った。
▼資生堂「PICK UP TECHNOLOGY」
社員でも知らないことも…化粧品開発の裏側には「技術」がある
わたしは2004年に新卒で資生堂に入社し、営業、マーケティングの仕事を経て、2009年に研究所へ異動しました。
最初は、研究成果をどのようにお客様へ向けて情報発信していくのか、という技術広報の窓口や、研究成果を実際の事業にどう活かしていくのか、という業務に関わっていました。
研究所で働いていると、私自身が初めて知るような技術も多くて…。お客様にはもっと資生堂の技術について知られていないだろうな、と感じていましたね。
弊社のお客様は、「技術のどまんなか」に強い興味をお持ちではないかもしれません。ただ弊社が持つ技術について知っていただければ、商品に対する「安全・安心」という信頼を感じていただけるのではないかと考えています。
技術は商品の価値の根幹をなすものであるため、それをきちんとお客様に伝えていきたいと私は思っていますね。
「PICK UP TECHNOLOGY」の目的は、資生堂の技術力の発信
私が資生堂の技術情報サイト、「資生堂PICK UP TECHNOLOGY」の担当になったのは2012年10月です。動画を通じて弊社の研究成果や技術を紹介するWebサイトなのですが、立ち上がったのは2011年4月のことになります。
弊社は毎年、お客様に企業としてのイメージ調査を行っているのですが、やはり資生堂というと「伝統」「老舗」といったイメージが先行しています。あまり「技術力がある」というイメージは持たれていないんですね。
けれど一方で弊社は、技術や生産部門でも、積極的に新しい取り組みを行って成果を出しています。ちなみに化粧品は「効果・効能」をうたうことは薬事法上難しいこともあって、その技術を商品を通じてお客様に伝えることは難しい現状にあります。
そこで商品とは切り離した、お客様との新しいコミュニケーションのひとつとして、技術だけにフォーカスしたサイトを立ち上げました。
動画という形式をとったのは、技術に関する内容は一般の方にはとっつきにくい部分があるからです。敢えて誰もが楽しめる動画という形をとることで、実際のお客様にもわかりやすく技術を伝えることができると考えました。
「ほうれい線」から「数理モデル」まで!幅広い動画コンテンツを
サイトの立ち上げから今まで、合計で24本の動画を配信しました(※2016年3月時点の日本語版の動画数)。その中で最も多く再生されている動画は、「上だけを向いて歩こう」という、ほうれい線をテーマにしたものです。現時点で、YouTubeの再生回数は10万回目前です。
▼顔を上に向けるだけで、「ほうれい線」に何かが起こる!?
また、「世界は数式でできている」という、弊社が皮膚科学の研究に導入している数理モデルを取り上げた動画は、国際的な広告賞である「ロンドン・インターナショナル・アワーズ(London International Awards)2013」にて銅賞をいただきました。
雲の動きや波、シマウマの柄といった自然現象が実は数式で表現できる、さらに皮膚のある現象も数式で表現できるという科学の部分にフォーカスしている内容なのですが、特に理系の方を中心に大きな反響をいただきました。視聴者の中にはブログでこの動画の解説ページを作成してくれた方もいらっしゃいました。
▼理系の人に特に人気があった「世界は数式でできている」
それ以外にも、脳研究と人の感情を絡めた「胸キュンを教えてあげる」や、体内で作られているコラーゲンにスポットを当てた「MISSION:体内コラーゲンを探査せよ」など、様々なテーマとテイストの動画を配信しています。
あくまで「本物」にこだわる!1本の動画制作にかける時間は3ヶ月
1つひとつの動画で伝えたい内容が異なるため、様々な表現手段にチャレンジしています。コンピュータ・グラフィックスのような手法を使うこともあれば、実際の工場の生産工程や実験シーン(再現性の高い実際の現象)をお見せすることもあります。
リアルな映像を見せることで、それ自体がエビデンスになりますし、説得力も与えられると考えています。
楽しくわかりやすく技術を伝えることを目指しつつも、「本物」へのこだわりは非常に強く持っています。どの技術をどのように見せるか、ということを考えることには非常に時間を割いて、実際に研究所に行って研究員とも何度もディスカッションすることもあります。
ひとつの動画を作成するにあたり、企画から完成までには3ヶ月ほどかけています。まずは私が所属している技術広報グループで、コンテンツの方向性やテーマを出し合って決めていきます。
そして弊社のクリエイティブ部門に企画をオリエンテーションする形で表現方法をディスカッションし、内容が固まったら、絵コンテ作成から撮影・編集へと進み、作品を完成させていく流れになります。
視聴者の離脱ポイントなどを振り返ると、見えてくることがある
それぞれの動画については、配信後に再生回数や視聴者維持率といった数値を振り返るようにしています。その中で気が付いたことのひとつは、ストーリーの構成が非常に大切だということです。
いかに動画を最後まで見てもらうかが大事であり、開始数秒で離脱が多い場合は構成に問題があると考えられます。そのあたりを制作チームとともに検証し、次の動画のストーリーづくりに役立てるようにしています。
また、弊社自体が持つイメージと内容が離れた動画は、他のものと比べて早い時点で離脱が起こる傾向もあります。やはり視聴者の方は、「資生堂の技術動画」という認識を持った上でコンテンツにアクセスしていることが多いようです。
例えば、「Powder World」という動画は、敢えて長めにパウダーが作り出す幻想的な世界を見せて、最後の最後でそのパウダーがファンデーションに収まっていくというストーリーです。
▼神秘的なイメージの「Powder World」
ただ前半部分であまり資生堂との結びつきを感じていただけなかったのか、早いポイントでの離脱が若干高めでした。
しかしグローバルでは神秘的な映像が非常に好評で、良かったという感想を多数いただいた動画でもあります。日本と世界で、見る人の反響が違うことも興味深いと思いました。
作り手としては「資生堂=化粧品」という従来の資生堂のイメージを覆したくてチャレンジしている部分もあるので、それをどう伝えていくか、ということは未だに試行錯誤している部分です。
今後は動画だけでなく「リアルな五感の体験」も届けたい
今後はPICK UP TECHNOLOGY上の動画を起点として、もっとWebとリアルを掛けあわせ、お客様に五感で楽しんでいただけるような体験を提供したいですね。
実は昨年(2015年)は、PICK UP TECHNOLOGYに新しい動画はひとつも配信していません。その代わり、リアルなイベントにチャレンジしました。
例えば秋には、「LINK OF LIFE さわる。ふれる。美の大実験室展」という弊社が開催した展覧会で、PICK UP TECHNOLOGYチームから2作品を出展しました。
▼展覧会の様子
そのコンテンツのひとつは「Powder World」で、動画で表現した世界をリアルな場所で再現することを試みました。内部が空洞になっている「中空パウダー」という、資生堂の歴史の中で最も軽いパウダーの不思議な動きを体験するインスタレーションを設置しました。
中空パウダーって、すごく不思議な水のような動き方をするんですよ。それを見るだけでもお客様は感動してくださったのですが、その動きをスクリーンにも投影したことで、非常にご好評をいただきました。
このように動画を越えたリアルな世界でのコミュニケーションも、今後は資生堂の技術を伝える手段のひとつとして挑戦していきたいです。Webで出会うお客様と、リアルで出会うお客様では属性も違いますし、出会いの深さも違うのかなと。
動画は手軽にアクセスできる一方で、リアルの方は五感を使うことでより深い触れ合いができる。どちらの方が大事というより、双方を、きちんと連携させていくことが大切だと思っています。(了)