- 株式会社オトバンク
- 代表取締役会長
- 上田 渉
「通説」を疑え!一度は衰退したマーケットを再燃させた、サービス開発の全貌とは?
〜「流行らない」と言われていた「オーディオブック」市場に早期参入し、市場を作り出し、サービスを拡大させた事例〜
過去に市場として成立しなかったサービスを刷新することで、大きなマーケットを創り出した企業がある。耳で聴く本、「オーディオブック」の事業を展開する、株式会社オトバンクだ。
1980年代、まだ持ち運べる音源が「カセットテープ」だけだった時代に、出版社がこぞって参入した「カセットブック」。しかし製品が継続的に受け入れられることが難しく、縮小していった。その「耳で聴く本」の市場に、同社は2014年に参入し、当時10億未満だったマーケットを、2016年には50億にまで拡大させている。
同社はなぜ、一度は衰退した市場に参入し、拡大する市場の波に乗ることができたのか。そこには、通説を疑って自分の力で仮説を確かめ、何度断られてもアプローチし続ける行動力があった。
現在では約1万8000以上のコンテンツを配信するサービスに成長した、同社のオーディオブック配信サービス「FeBe(フィービー)」。その成長について、代表取締役会長を務める、上田 渉さんに詳しくお話を伺った。
就職活動の中でたどり着いた、自分が持つ「課題意識」の原体験
2004年、大学3年生のときにオトバンクを創業し、現在はオンラインのオーディオブック配信サービス「FeBe(フィービー)」を運営しています。
大学3年生というと、皆さん就職活動をしますよね。私もその例に漏れず、就活のために自己分析をして、どういった職業が自分に向いてるんだろうと考えていました。そこで自分について掘り下げていったところ、ある問題意識を持っていたことに気づきました。その原点は、祖父との生活でした。
私の中にある祖父の一番強いイメージは、ソファーに座って、テレビの画面を見ないで、音だけをずっと聞いてる姿なんですよね。私の祖父は緑内障で、失明していたんです。好きだった陸上や野球の中継を、ずっと耳で聞いてるんですよ。
また、祖父の書斎には大量の本があったのですが、当然それは読めない本になっていました。ただ、巨大な虫眼鏡があったり、頑張って読もうとした形跡というか、格闘した跡が見えるんですよ。
そういうものを全部諦めて、耳で聞いてる姿がすごく強く心に残っていて。何かできないかと思ったんです。
インフラを作ることで、「耳で本を読む」文化を作りたかった
最初は、朗読サービスを提供するNPOの設立を考えていました。しかし、盲学校や点字図書館へ足を運ぶ中で、日本には「耳で本を読む」文化が希薄だということがわかったんです。
そのため、まず耳で本を読むためのインフラが必要だと思い、1980年代にカセットブックというものを出していた出版社に話を聞きに行きました。ただ、実際に話を聞いてみると、そこにはもう力を入れていないということがわかって。
それであれば、インフラとなる会社を自分が作ろうということで、オトバンクを創業しました。
通説も疑い、「タイムスリップ」して確かめる!?
創業当時、10億円未満だったオーディオブックの市場も、今では50億ほどになっています。ですが当時の出版業界では、カセットブックの衰退から、「日本でオーディオブックは流行らない」ということが通説になっていました。
アメリカでは車での移動中に、音で本を楽しむというライフスタイルができている。でも日本は車社会でないため、市場に受け入れられるのが難しいという解釈でした。
ただ、私は本当にそうなのか、疑問に思ったんです。そこで、カセットブックが生まれた時代に、自分をタイムスリップさせてみました。
当時はちょうど、ソニーのウォークマンが普及したタイミングだったので、博物館で当時のウォークマンを見てきたり、仕様書を見て同じ重さのものを胸ポケットに入れてみたり。他にも国会図書館で、過去に出された全てのカセットブックをリストアップして、内容や価格を調査しました。
すると、実は市場で受け入れられなかった本質的な理由は、別のところにあるのではと思うようになったんです。
具体的には3点あり、まず、価格が非常に高かったんです。
1980年代に、文庫本は300円くらいで買えるのに対し、カセットブックはその10倍もの値段でした。ウォークマンという高い機械を使って、音楽を聴くという新しいライフスタイルを体験している中で、3,000円を超える本を読むというのは、ハードルが高いですよね。
次にラインナップの問題です。「走れメロス」のような著作権が切れた作品が多く、ラインナップが充実していませんでした。
最後に、デバイスの問題です。当時のウォークマンは、結構サイズが大きかったんですよね。当時のカセットブックは、テープを何本も入れ替えないといけないもので、持ち歩くのがなかなか大変なものでした。
プロトタイプとデバイスの進化を見極め、マーケットに参入
このような課題をクリアすれば、日本でもオーディオブックを広められると感じたため、まずはプロトタイプを作って確かめることにしました。
大学でアナウンサー志望の子に協力してもらって、本を1冊朗読してもらい、それを録音しました。次に、それを実際にいろいろな人に聴いてもらって、アンケートを取ったんです。1日で、日比谷公園にいた200人くらいに聴いてもらいました。
すると、結構ニーズがあることがわかったんです。「最近、本を読むと目が疲れるから、こういうのあるといいよね」と言ってもらえたり、「歩きながらでも聴けるっていいよね」と話してくれる人もいて。
そして、プロトタイプを実施した2004年当時は、携帯電話で着うたが聴けるようになっていました。そう遠くない未来、携帯電話で音声ファイルが聴ける時代になることは予想できていたため、デバイスの問題もクリアできると感じました。
価格についても、本と同じかそれ以下であればいけそうだ、ということがインタビューを通して分かったので、本格的にオーディオブック事業の開発をスタートさせ、2007年にオーディオブック配信サービス「FeBe」をリリースしました。
▼FeBeのWebサイト
まだ誰もイメージが湧かないことには、広告は向かない
「オーディオブック」というコンセプト自体、日本ではあまり認知されておらず、広めていくには時間がかかりましたね。
ラインナップは、ビジネス書から始めていきました。ビジネスパーソンにとって、移動中にビジネス書を聴くことができて、時短や効率化につながるって、すごく伝わりやすいメリットだと思いましたので。
広告は、ほとんど使いませんでした。そもそもイメージができない物なので、バナー広告などは適さないと考えたんです。そのため、PRやエバンジェリスト的な活動、メディアからの取材を中心にして、徐々に認知度を広げていきました。
PRの際の情報発信には、記者の方へ個別に連絡するのに加え、「ValuePress!(バリュープレス)」というプレスリリース配信・PR情報サイトを活用しています。2009年から使っていて、主にサービスの新機能や新タイトルの紹介、会社やサービスの拡大の節目に投稿するようにしています。
ValuePress!のWebページ
活用の狙いは、プレスリリース情報を、記者の方だけでなく、一般の方にも広く知っていただくことです。
そのため、なるべくいろんな場所で見てもらえるように、投稿をしたらそのままにするのでなく、FacebookやTwitterを通じての拡散を心がけています。
また、ValuePress!では投稿した記事のビュー数を確認することができるので、「どんな内容が見られやすいのか」、「どういったタイトルにすると開いていただきやすいのか」などを数値をもとに振り返り、PR活動の改善を行っております。
だれでも簡単にデータを確認できる環境づくりで、PDCAを効率化
なお、FeBeへのアクセス数や、会員数、タイトルのダウンロード数といった数値については、「Yahoo!ビッグデータインサイト」を活用して、データの収集から、蓄積、分析まで行っています。データ容量や処理性能を気にせず使うことができるクラウドサービスを活用することで、エンジニアがデータ収集に集中できる環境を作り、スピーディな分析につなげています。
そして、こちらとOSS(オープンソースソフトウェア)のBIツール「Re:dash(リダッシュ)」を連携させることで、エンジニアでなくとも数値確認ができるようにしています。
さらに、社員全員が数値をより簡単に確認できるように、社内チャットツールの「Slack(スラック)」でも毎日通知が流れるようにしています。数字に関して社員が把握しやすい環境を作ることで、PDCAを効率的に回すことができる体制を作っています。
▼Slackの活用例
このような環境づくりを行いつつ、地道なPR活動や、文芸作品の配信ラインナップの増加、オーディオブックカード「OTOCA(オトカ)」を通じたオフラインでのコンテンツ配信チャネルの構築などの取り組みを行ってきた結果、2015年12月には会員数が17万人を突破しました。
▼FeBeから音声ファイルをダウンロードできるオーディオブックカード「OTOCA(オトカ)」
2007年のサービスのリリースからしばらくは、30~40代のビジネスパーソンを中心にご愛用いただいておりましたが、近年では10〜20代の若年層や60代以上の高齢者層の比率が高まり、より幅広い方々に使っていただけるようになっています。
計画よりも「行動力」。総合書店を目指し、改善を続ける
振り返ってみると、戦略的に動いたというよりは、夢中になって「とにかく行動」していたのだと思います。
サービスリリース時のラインナップとして1,000冊ほど配信タイトルを集めたのですが、こちらには3年もの時間を要しました。それまで、出版社の担当者さんに話を聞いていただいても、過去取り組んだことがなく、事例も少なかったため、何も話が進まずに帰ってくるということを繰り返していたんです(笑)。
それでも、大変だと思ったことはなかったですね。何より、私は本が大好きなんですよ。自分が好きな作品の編集者の方に会えたりすると、もうそれだけで幸せみたいな(笑)。
現在、「FeBe」の配信タイトルは1万8000コンテンツを越しましたが、まだまだラインナップを拡充しているところです。最近は小説ジャンルの配信にも力を入れていて、だれが来ても聴きたい本があるような、「聴く本」の総合書店のようなサービスにできればと考えています。
今後も、全ての読者のための「インフラ」を目指して、サービスを改善していければと思っています。(了)