- 株式会社ドラフト
- 代表・インテリアデザイナー・クリエイティブディレクター
- 山下 泰樹
【前編】働き方を「本気で」変える!セブ島と日本、デザイン制作の分業の仕組みとは
今回のソリューション:【海外拠点】
「ワークライフバランス」「働き方の改革」といったことが叫ばれるようになって久しい。しかし企業が本気で「働き方」を変えようと思った場合、それは綺麗事だけでは実現できない。
どんなに制度を作ったとしても、目の前にタスクが山積みになっているような状況では結局ワークせず、取り組み自体が中途半端に終わってしまうことも少なくないだろう。
そんな中、働き方の改革に本気で取り組んでいる企業がある。オフィスや店舗などのデザイン事業を展開する、株式会社ドラフトだ。
徹夜も当たり前の企業も多い建築・内装業界の中で、同社では残業時間などをしっかりとコントロールする仕組みを取り入れている。
それが実現できる最大の理由は、業務の中で最も時間がかかる3Dモデリングをフィリピン・セブ島の拠点に一任していることだ。
セブとの分業体制によって、日本で働くメンバーの業務負担を減らすことができただけでなく、技術面の向上、社員の英語力向上や福利厚生といった観点からも「良いことづくし」だったという。
前後編の前編では、同社代表の山下 泰樹さんに、セブ島への拠点設立の経緯を中心にお話を聞いた。
「スーパーフラット」な組織づくりを目指して独立
元は別の業界の出身なのですが、将来的に形に残る仕事がしたいなと思って内装業界に転職し、1年間勤めた後に独立。2008年に株式会社ドラフトを立ち上げました。
現在8期目で、70名ちょっとの従業員がいます。拠点は東京と大阪、上海、そして3Dデザインを行っているセブ島のオフィスがあります。
目指しているのは「スーパーフラット」な組織です。男性だから女性だからではなくて、純粋に優秀な人を採用して、きちんとポジションも与えたいなと。
そう考えながら採用を進めていったところ女性が増えていって、この業界では珍しいのですが今は社員の4割以上が女性です。家庭を持った時にもしっかり働けるような福利厚生の体制も、これから整えていこうとしています。
▼株式会社ドラフトのオフィス
徹夜が当たり前、の働き方は綺麗事だけでは変えられない!
建築業界って一般的にすごくハードなんです。徹夜も多いですし。若い時は良くても30代に差し掛かってくるとちょっと嫌ですよね。
そんな働き方を変えていきたいと考えていて、弊社では徹夜を禁止しています。「マスト10」という制度があって、夜10時には完全消灯です。残業時間も月に45時間を超えないようにしっかり管理しています。こうした取り組みをしている内装業界の会社はまだまだ少ないですね。
とは言え、このような「働き方を変える」取り組みってキレイ事ばっかりじゃないんですよ。
精神面だけでは無理で、実際にはこなすべき仕事が目の前に山積みになっているという現実があるわけです。その状況自体を変えることができるように、社員が楽になるための取り組みをたくさんしています。
例えば最近始めたのは、チームや会議の最小化です。本当にその会議や業務に必要な人だけが参加することで、時間を効率的に使おうということです。そういった取り組みの1つが、フィリピン・セブ島の拠点設立です。
最も時間のかかる3D制作の海外拠点への委託を決意
以前は業務の中で、3Dモデリングに一番時間がかかっていたんです。昔は完成イメージといえば手書きでしたが、今は業界的に3Dを起こすのはもう常識となっています。
3Dパースはほぼミリ単位で設計した物をそのまま立ち上げるため、写真のようにリアルで精巧なので、クライアントさんもイメージが湧きやすいんです。
ただ、制作に時間がかかります。例えば弊社の320平米ほどのオフィスであれば、最終的にかっこいいデザインを起こすのに、修正期間を含めると1枚あたり2週間は必要です。
▼同社制作の3Dパース(上)。完成図写真(下)にかなり近いイメージを起こすことができる。
この状況ではいくら「早く帰りましょう」と言っても難しいですよね。だからこの、一番時間がかかる3Dモデリングの業務を切り離して分業してしまおうと考えました。
分業という仕組みができたことで、人類は宇宙に行ったらしいんですよ(笑)。要は1人ひとりが幅広く様々な業務を行うより、誰か1人がある領域を追求した方が専門性が上がるスピードが速いんですね。
そこで弊社の場合は、3Dは海外に渡し、日本ではレイアウトやマテリアルの選定・デザインを追求する。この体制であればお互いのスキルを最も効率的に伸ばしていけると考えました。
そこで、2013年の9月に全社会議で僕が海外オフィスの立ち上げを発表しました。僕たちの業界は1月〜3月が繁忙期なので、なんとかそれまでに間に合うように10月〜12月までの3ヶ月間で急ピッチで立ち上げました。
視察に行って、不動産を決めて、法人登記して、採用活動を行って…他にも銀行口座を開いたり、細かい手続きを一気に進めましたね。最終的に2014年の1月に、正式にセブ島にオフィスをオープンしました。今現在3Dモデリングは100%セブに委託しています。
人材、英語、コスト、環境… いいことづくしのセブ島を選択
もともと候補地として考えていたのはフィリピンとベトナムでした。まずはいろいろ視察に行った上で、最終的にフィリピンを選んだ決め手は英語圏であることです。
今やグローバル化が当たり前の中で、英語を日常で使って慣れていく環境をつくったほうがいいのではないかと。
フィリピンの中でマニラかセブか、という話があったのですが、マニラは都市で利便性が高い反面、ちょっと歌舞伎町的な雰囲気が見受けられて(笑)。そこにうちの社員を送り込むのは少し嫌だなと。
一方でセブを訪問したところ、観光地ならではのウェルカムで温かい感じがありました。
私もセブが候補に入るまでは知らなかったのですが、実はセブには建築系やIT系の優秀な大学や研究所が集まっていて技術者の人材が豊富なんです。政府も「I.T.パーク」というエリアをつくって、海外企業を誘致しています。
人件費もマニラと比べた時に70%ほどです。物価が日本より安いフィリピンでは、平均給与も日本より低いので、セブの人にも安定した良い生活をしてもらうことができる上に、会社としてはコストを抑えることができます。
それから、やっぱり仕事って日々業務に追われて大変じゃないですか。ちょっと疲れたな、というタイミングがありますよね。
そんな時に日本にいる社員が駐在という形で滞在すれば、ちょうどいいリフレッシュ期間にもなるということも大きかったですね。
今は、日本から3ヶ月ごとに交代でセブに社員が駐在しています。3ヶ月くらいであれば寂しくもならないし、戻ってきた時にはすごくリフレッシュできているんです。
▼3ヶ月交代制のセブ島への駐在で社員もリフレッシュ!
このように、英語、人材のレベル、土地の雰囲気、コスト、それから社員の福利厚生的な部分。いろいろな「いいこと」のオプションがあったので、最終的にセブ島を選んだという経緯になります。
立ち上げを決め、まずは会社設立についてJETROに相談
セブに決めてからは、具体的なことを詰めるためにまずはJETRO(日本貿易振興機構)に相談に行きました。日本人が海外進出する際の手続などを円滑にすることを業務として行っているので、まずは行って、セブで会社を作りたいのですが、と相談したんです。
そこで法人登記の流れや、日本人が経営している各種の代行サービス会社を一通り紹介していただきました。
弊社の場合は自分たちで業者を見つけつつ、JETROで裏を取るような形で進めていきました。その中の数社にアポイントを取ってまたセブに飛んで、各社と調整しながら具体的に進めていきました。
立ち上げ時に12名を大々的に採用!
セブ島での求人も最初はJETROに手伝ってもらい、現地に駐在している日本の人材会社を紹介してもらいました。結果200人ほど応募が来たので、応募者の方の学歴をチェックし、SPIのような筆記試験も実施しました。
更に英語レベルが本当に高いのかということまで面談でチェックしてもらって。それでスクリーニングされた候補者の方たちに僕たちがお会いして、採用をしていきました。
立ち上げメンバーを揃えてからは現地のメンバーにも協力してもらって、圧倒的に費用が安いローカルの求人サービスを使用しています。
セブでは結構、日本企業に対するイメージがいいので、求人に対しての反応はいいです。立ち上げの時に、一気に12名に採用しました。せっかく会社を作ったんだから、大々的にいきましょうと。
バックオフィス、財務系のメンバーを各1名と、10名の3Dが起こせるデザイナー・プログラマーを採用しました。オープンから1年半経って、社員数も今では17名に増えました。
「本当にセブ島に拠点を作ってよかった!」
やはり文化が違うことで越えるべき壁はあるのですが、これまで大きなトラブルは起こったことがないんです。
採用に力を入れて、本当に勉強してきた人を選んでいるので技術的にも優秀で何より真面目です。日本人よりも真面目なんじゃないか、と感じることもあります。
南の国なので、時間にルーズかなと思いますよね。実際立ち上げの時に、オフィスの工事がなかなか進まなくて大変だったこともありました。
でも社員に関して言えば、一度同じ会社のメンバーになりさえすれば、納期を含めた「日本の習慣やルール」を非常に真面目に守ってくれます。仲間として、決められたことは守ってくれるんです。それにみんな本当に明るくて、元気を貰えます。
技術的にも本当に申し分ない。実は今使っている3DモデリングソフトのSketchUpも、セブで採用したデザイナー達の推薦で導入したんです。
セブに拠点を作って、本当に良かったと思っています。いいことばっかりなんですよ。会社経営をしている知人にもよくお勧めしていて、実際に設立に向けて動き出しているところもあります。(了)
※後編では、日本とセブ島での具体的な分業の仕組みと、3Dモデリングツール「SketchUp」の使い方をお伺いします。セブ島で実際に働く3Dデザイナーの方も登場します。