- 株式会社ゆめみ
- 代表取締役
- 片岡 俊行
社員の「不安」はすべて解消する。生産性を最大化する「ワークフルライフ」な組織とは
「心理的安全性」という言葉が叫ばれるようになって久しいが、従業員にとって本当に安心・安全な環境を実現するために、会社はどこまでサポートをするべきなのだろうか?
「欠勤控除ナシ」「給与は自己決定」「有給は取り放題」等、ユニークな人事制度を次々と生み出してきた株式会社ゆめみ。その組織づくりの根底にあるのは、「社員の不安はすべて解消する」という考え方だ。
同社では、1人ひとりが抱えるネガティブな感情を、Slackの個人チャンネル上でオープンにすることを推奨。その上で、発信された「不安」を解消するために、徹底的なサポートを提供している。
例えば「KIZUNA」と呼ばれる生活不安の解消制度では、金銭的に困窮した場合に自己申告で年収を上げることを可能に。また新型コロナウイルスへの恐怖に対する外部カウンセラーのメンタルサポートや、SNS上での中傷被害に対する支援など、あらゆる不安の解消を目指して様々な制度を提供しているのだ。
同社代表である片岡 俊行さんは、「不安でいっぱいの状態では、夢を見つけることもできないし、どんなに優秀な人でも最悪のパフォーマンスになってしまう。であれば、まずは不安を徹底的にゼロにする」と話す。
今回はゆめみ社の「ワークフルライフ」という独自の思想に基づく組織づくりについて、片岡さんに詳しいお話を伺った。
※編集部注:同社の人事制度はすべてこちらのnotionで公開されています。本文中では必要に応じて、制度詳細へのリンクを付与していますので、ぜひ併せてご覧くださいませ。
欠勤控除ナシ!「ワークフルライフ」の考え方で組織を進化させる
ゆめみは、企業のWebサービス・アプリ開発などの内製化支援を通じて、月に5,000万人が使うサービスを作っている会社です。最近では、DXの文脈の中で、企業のエンジニアチームと一緒にサービスを開発していく形態が非常に増えています。
テーマとしては「GROW with YUMEMI」を掲げていて、お客様にサービスを提供するだけではなく、場合によってはお客様の組織やチームをあるべき姿へと成長させていくことを目指しています。
そして自社の組織づくりにおいても、新しい取り組みを実験的に繰り返し、その結果を世の中にも提供していきたいと考え、様々な施策を実行しています。
組織づくりのベースにしているのは、「ワークフルライフ」という考え方です。
背景として、まず、仕事の成果は「時間」ではないと考えていて。例えば、土日に趣味や家族サービスをしている中で思わぬアイデアが生まれて、それだけで1ヶ月分の仕事の価値に値することもあると思うんですよ。
であれば、それで1ヵ月分の働きは完了、と考えても良いわけです。ワーク(仕事)とライフ(プライベート)を区切らなければ、生活の中のあらゆる活動がワークにつながる可能性がある。
このように考えることで、普段の生活も楽しくなるのではないか、という考え方がワークフルライフです。
しかし、現行の法制度は知的労働の時代に合ったものではないので、実際にそうした働き方をすると歪みが出てしまう。そこで、現行法制度の中でもワークフルライフな働き方を気兼ねなくできるように、色々な制度を整えてきました。
例えばゆめみには、欠勤控除がありません。勤務時間が所定労働時間を下回る場合でも、期待されている成果を出せていれば欠勤控除はされないんですね。正確に言うと、自分から「欠勤控除します」と申請した場合のみ、控除がされます。
つまり、時短勤務であっても、本人がフルタイムと同じぐらい成果が出せていると思えれば、フルタイムのときと同様の賃金が支給されることになります。あくまでも、自己申告に基づく形です。
生産性とパフォーマンスのため「社員の不安はすべて解消する」
ゆめみでは他にも給与を自己決定できたり、有給が取り放題だったりするのですが、こうした制度を設けている背景にあるのが、「社員の不安はすべて解消する」という考え方です。
例えば、従業員50人以上の企業に産業医の選定が義務化されるなど、社員の健康管理の重要性への認識は広く持たれていると思います。最近では新型コロナの影響もあり、安全衛生や公衆衛生への意識はよりいっそう高まってきていますよね。
実際、風邪やウイルスが蔓延すると業務に支障が出ますよね。つまりパフォーマンスという観点からも、社員の健康を保全して、安心して働ける環境を作ることが重要、という文脈があると思います。
でもそれで言うと、仕事に影響を与える要素は他にもたくさんあると思っていて。例えば、家庭の問題が自分のメンタルに影響を与えるなど、生産性やパフォーマンスに関係する「不安」は、何も健康面だけに限った話ではないなと。
そうであれば、そうした不安の要素にはすべて対応したほうがいいんじゃないか、と考えるようになったんですね。
わかりやすいのが、「KIZUNA」と呼んでいる生活不安解消制度です。金銭的に困り、仕事や学習どころではない…という場合に、自己申告で年収を上げることができます。
兎にも角にも、お金の面で苦しむことって不安じゃないですか。それはとにかく解消するべきだと。
他にも、新型コロナの影響でウイルスへの恐怖が出てきたので、その解消のために外部カウンセラーと契約して、精神的な部分をサポートする仕組みを取り入れました。
加えて、社会的な不安の発生によってTwitterのようなSNSが荒れてきたんですよね。それによってSNSによる誹謗中傷も身近に起こりうる問題になったので、「SNSでの誹謗中傷の被害支援制度」を作りました。
これは、社員を被害者として発生するサイバー犯罪行為に対する訴訟費用を、会社が一部負担する、というものです。
Slackの個人チャンネルでは、あえて「感情」をオープンにする
こうした「社員の不安」を解消する制度を次々に実施していますが、そもそも不安をどのように察知するのか、と疑問に思われる方もいるかもしれません。
ゆめみでは新型コロナ以前から、1人ひとりの不安を抱え込まずに外在化させるために、Slack上で感情をきちんと発する、ということに取り組んでいます。
具体的には、各社員が「OJTチャンネル」と呼んでいるSlackの個人チャンネルを持っていて、いわばTwitterのようにつぶやきを投稿しているんですね。
そして、その中でのどういうふるまいが望ましいのかということを、Slack OJTチャンネルガイドラインとして定義しています。内容は大きく6つあり、学びのアウトプット、目標・決意・願望、不明点・疑問点・できないこと、自己開示、そして会社批判、顧客理解です。
普通の会社と大きく違うのは、作業報告のようなものはあまり表に出さないことを推奨していることです。それよりも、内面の感情をどんどん出していってもらっています。
▼実際に「OJTチャンネル」に投稿された内容
一般的には、「疲れた」「辛い」といったネガティブな内容は、あまり社内に発信しないほうが良い…という文脈がありますよね。なのでネガティブなことを書いている人を見ると、「この人は周囲の気持ちにあまり配慮できない人」という感じで捉えてしまうことも多いのかなと。
この文脈を、ゆめみでは2019年に根本的に再定義したんです。
ユング心理学における概念で「シャドー」というものがあります。シャドーとは「否定してきたもう一人の自分」のことで、目の前にいる人間の行動にそのシャドーが現れた場合に、怒りを投影してしまう…というものです。
例えば、目の前にいる人がネガティブな発言をしても、むしろ周りから気遣われているのを見て、「いやいやちょっと待てよ」と感じるのは、シャドーなんです。
「自分は昔からネガティブな発言をしないように頑張ってきたので、なんであいつだけ…」と、本当は単にうらやましく思っている。自分も辛い気持ちを吐き出したいけれどできないので、目の前の人に嫌悪や怒りの感情を持ってしまっていると。
ゆめみでは、このシャドーについての社内における共通言語化を行いました。それによって、ネガティブな発信はその人が悪いのではない、受け取り手のあなたにとっての成長機会である。実は目の前にいるネガティブな発言する人は、反面教師ではなくて、反面師匠だと考えていくようにしたんです。
ネガティブなことを発信している人はむしろ弱さを披露できる強い人、もしくは相手にしっかりと異論を唱えて気付かせてあげる賢い人、といった形で、発信者に対して良い評価をする文脈を作っていったんですね。
こうした定義をしたことで、2年ほど時間はかかったのですが、シャドーという考え方が浸透していきました。最初は逆に色々なことを言う人が出すぎて、暴言や悪口も出てきてしまったので、発信の仕方のガイドラインも策定しました。
今では「何かあの人に俺、シャドってるわー」みたいな感じで(笑)、普通に使われる言葉になっています。
私は社員のOJTチャンネルをすべて見ているのですが、本当にみんな色々なつぶやきをしてくれていますね。最近はTwitterも、何かにつけて揚げ足を取られる傾向も一部にはあるので、逆に社内のSlackであればなんでも言える…という逆転的な現象も起こっています。
ちなみにシャドーを最も投影しやすいのは、一番近くにいる家族です。なので、会社は「実験の場」だと思っていて。社内で実験とトレーニングをして、本番は自分の身内ですと。
例えば自由勝手な夫に対して腹を立てたときにも「あっ、ちょっと待って。これシャドーだ」と思えるようになったら、夫との関係も良くなるのではないかなと思います。
仕事における人間関係づくりが家庭で役立つという意味合いで、これもワークフルライフの考え方です。ワークとライフを分ける必要はなくて、つながっている、ということですね。
不安でいっぱいな状態では「夢を見る」こともできない
こうした話をすると、どうしてそこまでやるの?と言われることもありますね。でも、やはり社員の体験を考えたときに、不安は徹底的に解消するべきだと思っていて。
社員体験の向上の実現を、ゆめみでは「夢見」と「夢実」のツーステップで考えています。
まず最初は、「夢見」の状態。これは、不安を解消して夢を見つけることができる状態をまず作るということ。その上で、自分の夢を実現する、実らせるフェーズが「夢実」です。
その上で、「夢見」の段階、つまり不安を解消するということは、もう徹底的にやる。社員が1,000人いれば、1,000人全員の不安をまず解消する。
1人ひとりの不安はゼロにはならないのですが、不安でいっぱいの状態な人は0人にする。それでようやく、夢を実現するほうに目を向けられると思っていて。
999人の不安が解消されていれば、別に1人ぐらいいいんじゃないの、という考え方もあるかもしれません。でも、不安って伝播するんですよ。
自分の身の回りに不安な人がいる、ということが自分にとっての不安になるので、やっぱりもう、まずここをゼロにしようという考えに戻るんですよね(笑)。
また、1人に起きた不安の要因は、残り999人の誰かにいつか起こる可能性もあるものとして捉えて、1人でも発生したら、それをゼロにしていくという考えに至りました。
各社さん、似た文脈で色々な施策をされているとは思うのですが、ゆめみは単にそれを徹底したり、めちゃくちゃ大胆にやっている、ということなんだと思います。
自分は全然健康だし、メンタルも大丈夫だし、誹謗中傷もへっちゃらみたいな人もいますよね。でも、どんなことも誰にでもに起こりうるんですよ。
実際に社内であったのが、本人が健康であっても、奥様の親御さんの介護で本人が働けなくなってしまう…というケースです。
こういった事象が起こる確率は低いけれど、一方で誰しもに起こり得る。なので、ロングテールで考えて、仮にそんなことが起こっても絶対対応できるようにすると。
原因関係なく、その人が仕事をしている中で不安で不安でしょうがない状態は起こりうる。起これば、どんな優秀な人でも、もう最悪のパフォーマンスになってしまう。であれば、それをゼロにするということなんですね。
社内だけではなく、「家族」も含めて会社の境界を広げていく
こうした対応を繰り返し継続することで、今のところは、顕在化している不安については比較的対応してこれているかなと思います。
でも今後、偉大な会社への道のりを進んでいきたいと考えたときに、このままで良いとは思っていなくて。例えば社員本人は良くても、社員の家族のような身の回りの人はどうなのか、と言ったときに、まだそこまでサポートできてないですね。
実際、同僚との関係性はすごく良くて、不安もないけれど、家では奥様と育児や家事分担の話ですごい悩みがある…みたいな場合に、会社としてどうサポートしていけるかが課題です。
なので、社員の家族との関係性も含めた課題に着目していくのが次のステップだと考えています。
家族の問題に踏み込むのはなかなか難しいですし、踏み込むべきものではないと思いますが、課題を解決できるような枠組みを作ったり、選択肢を提供したいですね。そこでいま、家族を巻き込んだ勉強会であったり、対話の場を設けて、家族の人にも会社づくり参画してもらうことを、少しずつ検討している段階です。
ゆめみという会社のコミュニティの境界を広げて、家族の人にも会社のメンバーになってもらう…ということですね。もうここまでいくと、会社じゃないかもしれないですが(笑)。
まずは、身近なところということで家族からですが、その延長には、他社であったり社会であったりにどう貢献していくか、ということが偉大な会社への道のりにつながっていくのだと思っています。(了)