- 山古志住民会議
- 代表
- 竹内 春華
NFTホルダーの「デジタル村民」に予算執行権も。人口800人の限界集落・山古志の挑戦
「デジタルアートが◯◯億円で落札された」など、投機的な側面が注目されがちな「NFT(※)」だが、その本質はどこにあるのだろうか?
※「非代替性トークン(non-fungible token)」。ブロックチェーン上で資産の所有証明を付与されたデジタルデータの一種。
新潟県長岡市にある山古志地域(旧山古志村)は、2004年の新潟中越地震以降、急激に人口が減少。約2,200人いた地域住民は約800人になり、高齢化率が55%を超えるなど、地域は存続の危機に瀕していた。
そんな中で2021年12月から取り組んだのが、山古志村が発祥である「錦鯉」をシンボルにしたNFTアート「Colored Carp」の発行だ。
▼NFTアート「Colored Carp」(第二弾セールで発行されたもの)
このNFTは、同地域の「電子住民票」の意味合いも兼ねたもの。定住人口にとらわれずにグローバルな「デジタル関係人口」を生み出し、NFTの販売益をベースに独自の財源とガバナンスを構築することで、持続可能な「山古志」を誕生させることが狙いだった。
現在は、リアルな人口を超える900人近い「デジタル村民」が世界中に誕生。Discord上に構築された専用のコミュニティチャットで、山古志地域を存続させるためのアイデアや事業プランについて議論している。
また2022年2月には、デジタル村民から具体的なアクションプランを募り、投票によって実行する施策を決定する「山古志デジタル村民総選挙」を実施。「Colored Carp」第一弾セールの売上の一部を活動予算とする形で、当選した4つのプランを実行中だという。
今回は中越地震後の復興・地域づくりに15年以上にわたって取り組み、今回の挑戦を行った「山古志住民会議」代表の竹内 春華さんと、各地でローカルプロデュースを手掛け、本プロジェクトの支援を行った林篤志さんに、詳しいお話を伺った。
既存のフレームワークではなく、ゼロから「新しい社会」をつくる
竹内 私が山古志に関わり始めたきっかけは、2004年に起こった新潟中越地震です。
最初は地震の3年後に、仮設住宅の住民の方の見守り活動や、ボランティアの人員や物資の受け入れと整備などを担う生活支援相談員として配属されました。その後は地域復興支援員として、長岡市に住みながら山古志の復旧と地域作りを一緒にさせてもらっています。
▼「山古志住民会議」代表の竹内 春華さん
竹内 もともと旧山古志村に高校の同級生が住んでいて、その縁で巡り合ったのですが、それからもう16年目。なぜここまで山古志に関わってこられたのかは、自分でもよくわからないところもあります(笑)。
ただ当初、仮設住宅にお住まいの方を支援する中で、住民の方々が勝手に山に行ってゼンマイを取ってきたり、住宅のそばを耕して畑を作って大根を植えたり、山の暮らしをそのまま再現しようとしているのを見て、「何てカッコいいんだろう」と思ったんです。
被災者としてプレハブの小さな仮設住宅で暮らして、自分の土地にいつ帰れるかもわからないような不安の中で、自分たちの生活を取り戻そうとアクションされている。すごくパワーを感じて、それからずっと一緒にさまざまなことに取り組んできました。
林 僕はファーストキャリアはエンジニアなのですが、もう10年以上、日本の過疎化が進んでいる地域の仕事をしています。その活動をする中で竹内さんと出会ったのも、もう10年ほど前のことです。
僕が地方に飛び込んだきっかけは、2011年の東日本大震災です。このまま東京にいてもダメかなと感覚的に思い、高知県の旧土佐山村という人口1,000人の村に移り住みました。
▼アドバイザーとして本プロジェクトの支援を行った林 篤志さん
そこでさまざまな活動に取り組んだものの、その一方では「やってもやっても今の社会は何も変わらないな」という、ある種の虚無感をずっと持っていました。
ですがある時に、何かが自分の中で切り替わり、「今の社会の延長線上にある課題を解決するのではなく、社会を新しく作ってしまえばいいんだ」と思ったんです。
そこで2015年に、「ポスト資本主義社会の具現化」というビジョンを掲げて、Next Commons Labという組織を立ち上げました。
テクノロジーの発展により、これまではできないと思っていた「新しく社会をつくっていく」ことができるようになってきた。ただそれは大都市ではなくて、余白だらけの地方の方が可能性があるだろうということで、引き続き地方にコミットし続けています。
山古志は、人口減少という既存の行政の中では抗うことのできない困難な課題を抱えています。ですが、そのフレームワークで考えずにゼロからつくろう、ということで立ち上がったのが、今回のプロジェクトです。
ありとあらゆる地域おこしに取り組むも、限界を感じていた過去
竹内 山古志村は、2004年の中越地震の前から、翌2005年の4月に長岡市に編入合併することが決まっていました。その後震災があり、村民はみんな仮設住宅に入居したのですが、その頃から既に「山(山古志)に帰ったあとにどういう地域づくりをしたいか」という議論を集落単位で始めていて。
であれば、旧山古志村のくくりで、山古志のアイデンティティを持ちながら地域を作っていきたい。そこで2007年に、任意団体という形で山古志住民会議が設立されました。
▼新潟県長岡市にある山古志地域(旧山古志村)
竹内 行政視点で見ると村自体は消滅しているので、あくまでも「住民が集まった会議体」として、各集落の首長や若い世代と一緒に議論しながら、トライアンドエラーを繰り返してきました。
特に人口減少という課題を解決するために、本当にありとあらゆることをやってきましたね。ツーリズム事業はもちろん、移住やサテライトオフィスの誘致、インバウンドや情報発信にも取り組んだのですが、その中で「もうこういうことじゃないな」という感覚があったんですね。
これだけがんばっても、800人の村の人口がいきなり倍になる、なんてことは起こらないし、何かが劇的に変わる可能性はほとんどないな、と。
であれば、山古志の人間だけではなく、外にいる共感者を仲間に加えて、共同体のように一緒に新しい山古志を作っていきたいと考えました。ただ、どういうシステムやツールがあればそれを成し遂げられるのかわからず、色々な事業者さんに相談もしましたが、なかなかうまくいかなかったんです。
メタバースなどの先端技術の活用も検討する中で、林さんにも相談させていただいたところ、教えていただいたのがNFTでした。その後、ダメ元で申請した国の交付金をいただけることになり、このプロジェクトに挑戦できることになりました。
林 僕はブロックチェーンには以前から注目していて、それをどう現実社会に実装しようかと考えていました。その中でNFTが登場したときに、既存の社会のフレームワークを越えるためのテクノロジーとして、価値のあるものだと考えました。
物理的にどんどん人が減っていって、言ってしまえば「どうにもならない」状況にある山古志は、自治体という枠組みの中でやり続けることの限界に到達していたと思うんですね。それを飛び越えるのであれば、NFTが活用できるなとシンプルに考えました。
たまたま、NFT自体もデジタルアートの文脈ではかなり話題になり始めていた頃でしたし、新しい技術を社会実装する上ではタイミングも非常に良かったですね。
「クレイジーな」山古志だからこそファーストペンギンになれた
林 2021年12月に、錦鯉をシンボルにしたNFTアート「Colored Carp」の第一弾を発行しました。現在の総Mint数(発行数)は1,500を超え、872人(※取材時)のデジタル村民の方が集まり、ついにリアルな人口を抜きました。
▼Nishikigoi NFT(OpenSeaにて閲覧可能)
ただ、最初に「NFTを活用する」という案をご提案したときは、正直不安だったんですよ。果たして、理解していただけるのかなと。
でも山古志って、ちょっとクレイジーな部分があるんです(笑)。震災を経て、もうやれるだけのことはとにかくやりまくってきた、という突き抜けているところがあって。
だから、ファーストペンギンになれたのかなと。これを他の自治体や地域に提案してやれたかと言うと、やれなかったと思います。
竹内 クレイジーなところ、ありますね(笑)。みんなもう10年以上前から火がついているので、「とにかくやろう、やりまくろう」という雰囲気でしたから。
林 デジタル村民になってくださった方の特徴としては、最初のセールの時、購入者の40%ほどが初めてNFTを購入される方だったんです。
OpenSeaなどでやり取りされている一般的なNFTは、ほとんどの場合は投機性が前提にあると思いますが、それとは全く違うモチベーションで皆さん購入してくださっていて。
ほとんどの人が、「地方に関わりたいけれど、どうやっていいかわからなかった」ということだと思っています。というのも、極端な言い方をすると「地域に関わるならば骨をうずめる気でやれ」というような空気もあるじゃないですか。
最近では二拠点居住やワーケーションなどの選択肢もありますが、今回はより裾野を広げて、オンライン上でも地方と繋がれる門戸を開いたというところが、非常に大きいのではないかなと思っています。
竹内 集まってくださったデジタル村民の皆さまは、Discordのコミュニティに招待させていただき、日々さまざまな議論を行っています。
▼実際のDiscordの様子
また2022年2月には、「山古志デジタル村民総選挙」を実施しました。これは、デジタル村民から山古志を盛り上げるアクションプランを募り、投票によって当選したプロジェクトの活動予算として、NFTの第一弾セールの売上の約30%を充てるというものです。
▼デジタル村民による「総選挙」を実施
現在、総選挙で選出された4つのアクションプランが進行しています。例えば、「デジタル村民が山古志村を訪問してその体験をnoteに書く」「山古志村が世界で一番NFTを所有する村になる」といったものですね。
林 従来であれば、山古志の地域作りの意思決定者は、当然リアルな山古志住民ですよね。
ですが今回は、デジタル村民にNFTの売上を委ねて、「あなたたちが山古志でやりたいことは何なのか」を問うたということで、すごく新しい決断だったとだったと思います。
竹内 デジタル村民に意思決定を委ねることについて、これまで地域づくりに関わってきたクレイジーなメンバーは、「やれ!やれ!やろうぜ!」みたいな感じでした(笑)。もう自分たちだけでは、知恵も出尽くしたし、やり尽くしたから、新しい知恵とマンパワーを入れないと、と言っていましたね。
ただ一方では、「意味はわかるんだけど、まだ自分たちでも頑張れるし、タスキを渡したくない…」といった複雑な気持ちを持っている人もいましたね。
「総選挙をやる前にチラシをまいたりして、Discordなんて入れないじいちゃん、ばあちゃんにも総選挙のことを伝えるべきだったんじゃないか」といった意見もありました。
ただ、みんな目指すところは一緒なので、ずっと応援はしてくれているんです。そういった人たちとも何度もディスカッションをしたり、Discordに入ってやり取りをすべて見てもらったりして、コミュニケーションを重ねています。
そういった意味では、私は地域の中での「ブリッジ役」を担っている部分もありますね。リアルとデジタルの世界の橋渡しをさせていただきながら、少しずつ融合させていきたいなと思っています。
web3とリアル世界のギャップをブリッジしていく存在でありたい
林 リアル村民とデジタル村民がどう融合していくか、ということは今後のポイントになると思います。ただ、デジタル村民が増えていくことが脅威になるというより、リアル村民のチャレンジを推し進める強力なサポーターが増えていく、という意味合いになるのかなと。
現状、デジタル村民の活動はDiscord内にある程度留まっていますが、今後は彼らが山古志を訪ねてさまざまな活動をしたり、リアルな地域運営に参画するフェーズがやってきます。その時の意思決定プロセスをどのようにデザインするのか、ということが重要になってきますね。
今デジタル村民として集まってくださった方々は、本当に多様なんです。例えば国籍を見ても、日本が中心ではありますが、欧米や中華圏の方もいらっしゃいます。
また、もともと山古志のことを応援してくださっていた方ももちろんですが、地方創生に興味がある方、いわゆるweb3界隈の方、といった感じで、本当にさまざまなんです。
とはいえ、web3は基本的に匿名の世界なので、皆さんのアイコンとアカウント名はわかっていますが、どんな顔で、何歳で、どこに住んでいるのか…といったことはわからないのですが。
竹内 こうした多様な人々が集まる中で、コミュニティをどう温めていくか、ということが直近の課題ですね。
例えばDiscordでオープンにディスカッションをしていても、同時通訳はないので、どうしても日本語がわかる人しか参加できなかったり。山古志の情報ももっとしっかりと共有しなくては、なかなかコミュニティも熱くなりきれないので、難しいなと感じます。
林 とはいえ、NFTとデジタル村民という世界によって、山古志のような単独の予算を持たない地域団体が資金調達ができたり、面白い多様な人達をたくさん集めたりしている。これは、ものすごく大きな成果だと思います。
NFTをはじめweb3は、まだ本当に黎明期で、これからどのように社会で使われていくかわかりません。今はデジタルアートに何十億という価格が付いたり、バブル的な側面もありますよね。
だからこそ、これらのテクノロジーがどのように社会に利用されていくかという方向性に、私たちも影響を与えていかなければいけないと思っています。
山古志のような限界集落って、web3界隈の人たちにはとても遠い存在ですよね。だからこそ私たちの方から、こういうふうに技術を使える可能性があるよ、という光を見せることによって、開発の方向性にも影響を与えられると僕は信じているんです。
web3の世界とリアル世界にギャップが生まれている現状に対して、それをちゃんとブリッジさせることが僕個人の、そしてファーストペンギンになった山古志の役割だと思っています。
「リアル山古志」をベースに、デジタル世界の資産をテーブルに載せる
林 山古志のプロジェクトに参加している人を見ていると、みんな、山古志のためというより「やりたいから」やってくださっているんですね。これが、これからの地域づくりは「地域のために」というベクトルだけではないことを表していると思っていて。
自分がやりたいことができる場所を見つけて、そこに多様な人が集まった結果、その地域が豊かになっていく…というプロセスになるのではないかなと。山古志は今、そういった方向を目指しているんだと、僕自身は思っています。
錦鯉のNFTから始まった今回のプロジェクトですが、今は「山古志DAO(※)」をつくることを目指しています。
※DAOについて、詳しくはこちらの記事をご覧ください。
従来、地域おこしというと「しがらみ」がつきものでしたよね。何か新しいことをするには、誰かにお伺いを立てて、事前に根回しをして、みんなに許可を得て…といったプロセスで行うのがスムーズでした。
ですが、それではやはりスピードが遅い。その点、DAOの本質であるパーミッションレスな状態であれば、コミュニティのリソースをリアル、デジタル問わず自由に活用でき、結果的にメリットが得られます。
それが繰り返しグルグルと回ることで、結果、山古志がサステイナブルな状態になっていく、ということを目指したいと思っています。
▼山古志の暮らしの様子
竹内 私も、山古志DAOを目指すことが結果的に山古志を存続させることになると思っています。
ただ、これまで取り組んできたことをガラッと変えるというニュアンスではなくて、山古志ってもともとDAO的な存在だったな、と気がついたんです。
そもそも私自身も「ヨソ者」ですし、色々な人がそれぞれの立場を越えて議論する、というテーブルとして、山古志住民会議は15年間やってきたんですよね。
今後は、リアルに存在している山古志をベースにしながらも、デジタル村民の知恵や、地域の外からのモノや資金といったものも、そのテーブルにどんどん載せていけたらいいなと思っています。(了)