- 株式会社ヒトクセ
- 代表取締役社長
- 宮崎 航
経験「ゼロ」から1.5億円調達!VCとの「ハーバード流」交渉プロセスの全貌を公開
〜ベンチャーキャピタル(VC)から「初」資金調達! 1.5億円の調達に成功するまでの交渉プロセスとノウハウを詳細に公開〜
急激な成長を達成したいスタートアップ企業にとって、「資金調達」の成否は、事業全体の存続にも関わる。にもかかわらず、有力な資金調達先であるベンチャーキャピタルとの交渉過程について、表立って語られることは少ないのが現状だ。
2015年12月に、YJキャピタル、GMOベンチャーパートナーズなどから総額約1.5億円の第三者割当増資を実施した、株式会社ヒトクセ。2011年創業で、動画広告やネイティブ広告、リッチメディア広告の配信プラットフォームを提供する同社にとっては、初のVCからの資金調達であった。
今回は、経験「ゼロ」から半年の交渉を経て資金調達に成功した、同社代表の宮崎 航さんに、VCとの交渉で実際に活用した交渉術から、プロセスの詳細まで、余すところなくお話を伺った。
※株式会社ヒトクセと代表の宮崎 航さんへのインタビュー、ユニークなランチ会の試みについてのインタビュー記事の記事もぜひご覧ください。
過去には「交渉」の知識がなかったことで、痛い経験も…
ヒトクセは、私がまだ学生だった2011年に、4名で立ち上げた会社です。
今まで色々なことに挑戦していて…マンガアプリ、Facebookのイベントアプリ、HTML5の開発ツールなどを作ってきました。現在注力しているインターネット広告の事業ドメインにシフトしたのは、2014年のことです。
弊社は、昨年12月にYJキャピタル、GMOベンチャーパートナーズなどから総額約1.5億円の資金調達を実施しました。けれど、VCとの本格的な交渉に入る前は、私自身、資金調達の交渉については素人に近いという状態でした。
以前、弊社が広告領域に参入するときに、ある企業さんと提携しないか、という話がありました。そのときは交渉がうまくまとまらずに、大失敗してしまいそうになったんですよ。
当時はまだ弊社も実績がなかったですし、広告業界のこともよくわからず…。でもそれ以上に、「交渉」というもの自体を、よくわかっていなかったんですよね。
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そのときは最終的に弊社の顧問に協力してもらい、両者が満足がいく形にどうにかまとめてもらいました。
今回の資金調達では、VCに10年ほど勤めていたその弊社顧問にリアルな交渉の現場で教わったこと、そして私自身が顧問におすすめされて勉強した、いわゆる「ハーバード流交渉術」を活用しました。その結果として、1.5億円の資金調達を成功させることができました。
VCからの資金調達は未経験!まず手当たり次第に30社を回った
今回の資金調達では、まず一般的な流れに沿って、事業計画書を作りました。事業計画書の構成としては、
- 経営陣の略歴
- サービス概要、ビジネスモデル
- 実績
- 市場分析、顧客分析、競合分析
- 自社の強み
- マーケティング戦略、成長戦略、資本戦略
といった内容を、スライド50ページほどにまとめました。
次に、アポを取り、事業計画書を持ってVCへ話をしに行きました。VCの過去の投資実績などを調べて50社ほどピックアップし、その中でも30社ほどを手当たり次第に回りましたね。
実際に回ってみて分かった重要な点は、VCごとに出せる金額の制限や、注力している業界があることです。こういった情報がもっとオープンになっていればよいのですが、紹介を受けたり、実際に会ってみないとなかなか分からないんですよ。
弊社の場合、調達金額の目標が1億円以上だったので、やはり数千万単位で出資でき、広告業界に関心があるVCがターゲットとなります。
「リード」ができるかどうかで判断することも重要
他に重要なのは、交渉をリードできるVCと、そうでないVCがあることです。リードできないVCとはいくら話しても全然交渉が進まないんです。
リードのVCと交渉がまとまって、投資の条件を固めた後に、他のフォロワーVCからの資金を集めるという流れになります。私の感覚ですと、日本でリードできるVCは、全体の3分の1ほどかと思います。
こうして、30社のうちから、「リードができ、数千万単位で出資する、広告業界に注力している」VCを優先して選別していきました。具体的な交渉に入ったのは10社ほどでしたね。
ハーバード流交渉術① —交渉の本質は「相互理解」
そこで実際の交渉に入っていったのですが、重要なのは、まず「交渉」とは何なのかを理解することです。
交渉と聞くと、駆け引きや限られたパイ(取り分)の取り合いを想像しがちですが、本当は「相互理解」を通じて「お互いの取り分を最大化し、フェアに分け合う」ことなんです。これが「ハーバード流交渉術」です。
有名なたとえ話で言うと、1個のオレンジを取り合ってケンカしている姉妹の話があります。このときに、どうやって話をまとめるのが良い交渉なのか。
「2人で仲良く半分ずつに分けよう」と話をまとめるのは、幼稚な交渉です。2人に話を聞いてみると、実は姉はマーマレードを作るためにオレンジの皮が欲しくて、妹の方は美容に良いオレンジの中身が欲しかった。
それがわからずにパイを分配する発想だと、2人に均等にオレンジを分配するという答えになってしまいます。正解は2人のニーズを理解して、姉にはオレンジの皮を、妹にはオレンジの身を渡すことです。
お互いに話を聞くことで、お互いが本当に欲しいものが分かり、結果的に両者が満足する解決にいたる。これが理想の交渉なんですね。当たり前のようで、実はここを見失いがちです。
ハーバード流交渉術② —交渉で大事な3つのポイントとは?
もう少し具体的な交渉術に話を移すと、ハーバード流交渉術では、3つの点が重要なポイントとされています。『ハーバード流交渉術』という本でも詳しく説明されているので、今回は資金調達と関連する部分だけをお話しします。
1つ目がミッション。つまり、交渉の本来の目的、交渉を通じて最終的にどのような利益を生み出したいのか、を明確にすること。それを曖昧にしたまま交渉を行なってしまうと本来の目的を見失ってしまい、交渉が上手くいきません。
弊社のミッションは、「1.5億円調達する」ということではなく、「ブランディング広告の市場でNo.1を取る」ということです。資金調達は、あくまでもその手段。資金調達をすることで、競合よりも圧倒的なスピードで市場シェアを拡大することを目指していました。
例えば、起業したばかりで、サービスをまずはリリースすることがミッションのような場合は、1,000万円の資金調達よりも、エンジニアを見つけたり、自らプログラミングを勉強することが優先かもしれません。
2つ目がZOPA(※Zone Of Possible Agreement:合意可能領域)です。平たくいうと、「ここまでなら譲れる」という範囲ですね。ただ、この範囲は単に「金額」だけではなく、幅広く考えることが重要です。
ZOPAが広いほど、こちらが交渉で切れるカードも増えます。これらを総合的に組み合わせ、相手のVC側のZOPAも想定した上で交渉に挑むことで、交渉をうまくまとめられる可能性が非常に高くなります。
最後、3つ目がBATNA(※Best Alternative To Negotiated Agreement:最も望ましい代替案)です。これは交渉が決裂した場合の最善の代替手段のことで、最も重要です。
大雑把にいうと、常に別の逃げ道を残しておけということです。そうしないと切羽詰まってしまって、相手の条件を飲むしかない弱い立場になってしまうので。反対に、複数の相手と交渉して逃げ道を確保しておけば、ひとりの相手との交渉で不利な条件が出てきても、それを飲む必要はないですよね。
以上の3つ、「ミッション・ZOPA・BATNA」が、ハーバード流交渉術の基本となります。
具体的に「ZOPA」「BATNA」をどう意識? 交渉のポイントとは
VCとの実際の交渉プロセスでも、ZOPAやBATNAを意識して、交渉を進めていきました。
ZOPA(「ここまでは譲れる」という範囲)ということでいえば、単に「バリュエーションが3億円から5億円まで」という風に「金額」だけで狭く考えるのではなく、それ以外の条件も広く考えるべきです。
例えば、調達する金額、バリュエーション、調達のタイミング、契約の条件、調達による知名度UP、VCとの事業シナジー、VCからの経営支援など…。実際に私も、シナジーや優先株、VCによる経営支援など、様々なものを交渉の場に盛り込んで、ZOPAを広げることを心がけました。
BATNA(交渉決裂の際の最もよい代替案)でいえば、弊社の場合、借り入れと、他のVCからの資金調達も同時進行で用意していました。今回は借り入れだと月の売上の2〜3倍程度の規模になってしまい、あまり大きな投資ができず成長スピードに制限が出てしまうため、VCからの資金調達を選択しました。
リード選びは、シナジー効果と担当者の信頼感が決め手に
このような交渉術を使いながら、リードVCの選定を進めていきました。最終的に決定する上で決め手となったのは、弊社の場合、事業シナジーと担当者の信頼感でした。
結局、弊社はYahoo!JapanのベンチャーキャピタルであるYJキャピタルをリードVCとして、GMOベンチャーパートナーズなど複数社から資金調達しました。これは資金面だけでなく、広告ビジネスやグローバル展開を進めていく上で、事業面でのシナジーも得られると判断したためです。
またVCは、最初こそ交渉の相手ですが、資金調達の後は、弊社の事業の成長をサポートしていただくパートナーとなります。ですから、担当者が信頼できるかどうかも大事な要因でした。
「バリュエーションの差」や「優先株」には要注意!
具体的な条件交渉では、こちらが事業計画を説明し、希望する調達額とバリュエーション(企業価値)をVCに伝えます。それに対してVC側が弊社のバリュエーションと、投資金額を提示します。
交渉はVC側の担当者との調整、その後に投資委員会(VC社内で投資判断をする会議)と進んでいきます。投資委員会まで進むと、条件がかなりフィックスされ自由度がなくなるので、その前段階での担当者との調整が重要です。
VCによってバリュエーションには2〜3倍ほども差がつくので、複数のVCを回って交渉することが大切です。
他に気をつけたいのは「優先株」の扱いですね。特殊な条件をつけた「優先株」を使えば、高いバリュエーションでの資金調達はしやすくなります。
しかし、一度受け入れてしまった条件は、次回以降の資金調達で緩くなることがほとんどない、という問題があります。後から出資するVCは先に出資したVCより不利な条件になることを嫌うため、将来の資金調達にも影響するようです。
起業家が、資金調達についてもっと情報発信することが大切
現在は交渉で築いた信頼関係をもとに、VCにはパートナーとして、様々なかたちで弊社の事業に協力していただいています。
やはり、最終的にはパートナーとなる相手なので、交渉の過程でも、最初に述べた交渉の本質を意識して相互の理解を深めて、win-winな関係を築くことがもっとも大切だと感じています。
このような起業家視点の資金調達についてのノウハウは、あまり表に出て来ませんよね。それは、資金調達の情報の多くがVC関係者から発信されていたり、資金調達関連のイベントの多くをVC側が主催していることによる、情報の偏りなのかもしれません。
だからこそ、今後は起業家の側がもっと資金調達について世の中に情報発信していくのが、大切だと考えています。(了)