- アライドアーキテクツ株式会社
- 上級執行役員 Chief Product Officer
- 村岡 弥真人
顧客が解決したい「真の痛み」とは何か? SaaSの「死の谷」から1年で抜け出した方法
〜「SOB(Source of Business)」からプロダクトの提供価値とプライシングを見直し、1年でACV(顧客ごとの年間契約金額)を2.5倍にした方法とは〜
プロダクトの提供価値に合わせたプライシングをどう行うか、は難しい問題である。
2005年に創業し、ソーシャルテクノロジーの領域で数々のプロダクトを展開するアライドアーキテクツ株式会社。
同社の提供する、SaaS型クリエイティブプラットフォーム「Letro」においても、SaaSプロダクトのプライシングにおける「死の谷」からいかに脱するか、が課題であったそうだ。
そこでプロダクトの価格を2倍にするという意思決定をし、その提供価値を見直すため、顧客のもつ真の課題を「SOB(Source of Business)」のフレームワークから再考。
それまでプロダクトを象徴する訴求であった「UGC(※)マーケティングツール」から、「UGCを軸にしたクリエイティブ制作ツール」へと方針を転換することで、1年でACV(顧客ごとの年間契約金額)を2.5倍まで引き上げることに成功したという。
※User Generated Contents:Webサイト上でユーザーによって作成・制作されたコンテンツの総称
同社でCPO(Chief Product Officer)を務める村岡 弥真人さんは、「顧客の痛みに合わせてプロダクトの提供価値を上げることで、プライスも上げ続けることが理想」だと語る。
今回は村岡さんに、SOBを軸にした「Letro」のプロダクト価値とプライシングの見直しプロセスについて、その全貌を詳しくお伺いした。
UGCマーケティング領域のプロダクト展開で、直面した壁とは
僕は学生時代に、留学先のアメリカで友人とモバイルアプリのサービスを立ち上げた経験がありまして。それがきっかけで、プロダクト作りとかビジネスって面白いなと感じたことが、キャリアの原体験になりました。
それから帰国して、新卒で入社した日系の大手メーカーで1年ほど働いた後、2012年の5月にアライドアーキテクツに入社しました。
弊社は「ソーシャルテクノロジーで、世界中の人と企業をつなぐ」というミッションを掲げ、テクノロジーを軸にしたプロダクトを中心に事業を展開してきました。
2014年頃からは、市場環境や顧客の要望の変化に合わせて、SNSに特化した広告代理事業を新たに立ち上げ展開しました。
順調に伸びてきた一方で、元々はプロダクト主軸の会社だったにも関わらず、市場の流れとともにSNSマーケティングの代理店のようになってきてしまったことに危機感を覚えてきて。
広告代理の事業単体で、大手の競合に打ち勝つのはかなり厳しい。会社の未来を考えると、他社が真似できないようなソリューションを提供していくために、やはりテクノロジーを使った事業に注力していこう、という意思決定をしたんです。
そこで2年ほど前に、複数存在するプロダクトの事業全体を統括する立場になり、その後、国内外に向けたビジネスのグロースをミッションとして、2019年1月にCPO(Chief Product Officer)に就任しました。
弊社には現在、広告主のマーケティング業務の効率化を支援する4つのBtoBプロダクトがあります。いずれも対象となる顧客はマーケターなのですが、それぞれ提供する価値が異なります。
そのひとつが、InstagramのUGCをクリエイティブ制作に活用するSaaSツール「Letro」です。
▼「Letro」の管理画面
今でこそ「UGCの活用」はマーケティングの一手法として普及していますが、2016年のリリース当時は、国内ではまだ珍しかったんですね。
そのため、「他社もやってないし、UGCを使うって面白いね」という新規性が評価されて、初期の営業はかなり順調に進んでいました。
ですが、1年前くらいから、徐々に限界が見え始めてきて…。この2年でUGCマーケティングがメジャーになってきたことで新規性が弱まってきましたし、営業もリリース直後に比べると効率が悪くなってきていました。
さらに課題だったのが、チャーン(※解約)が軒並み起きてしまったことです。今のプロダクトの提供価値では事業として長く続かない、という危機感がありましたね。
プロダクトの提供方法を見直すため、「SOB」から顧客課題を再考
なぜチャーンが起きるかを考えた時に、結局、自分たちのプロダクトはUGCを効率的に活用できる「ソリューション」のひとつにしかすぎなかったと思っていて。
つまり、それが顧客にとって「なくてはならないもの」ではなかったんですね。UGCという手段でCVRが改善した、というだけで満足してしまって、それ以上の使い方がなされず解約につながっていました。
そこで着目したのが、ビジネスの源を意味する「SOB(Source of Business)」という概念です。
これは、お客様の目の前の課題ではなく、その奥にある根本的な課題にフォーカスして、サービスに支払われるお金がどこから流れてきているのか? を見直すフレームワークです。
例えば、コンビニで販売されているコカ・コーラの競合は、ペプシではなく飲料すべてかもしれないし、もしかしたらアイスクリームも入るかもしれない。つまりSOBでは、お客様はコカ・コーラを飲みたいからではなく、夏のじめじめとした不快感を解消したいからお金を払っていると考えるんですね。
ここからLetroの顧客を見つめ直してみると、より根が深い課題が見えてきて。
例えば、Google広告用のクリエイティブはあってもSNS広告に適したクリエイティブの制作や最適化まで手が回らないとか、代理店に依頼すると制作時間もコストもかかって自分たちの思うようにいかない、といった課題があると。
それであれば、UGCマーケティングの効率化ではなく、その奥に隠れたクリエイティブ制作という大きな課題に、SOBが存在するのではないかと考えました。
そこで、プロダクトの提供方法を変えていくため、Letroのコンセプトを「UGC Marketing Platform」から「UGC Centric Creative Platform」に変更しました。
こうして、UGCマーケティングから、UGCを軸にしたクリエイティブ制作へとプラットフォームの対象を広げることで、顧客が本当に解決したい課題にアプローチするサービスへと転換していきました。
プライスは複数のラインを設定し、顧客の成功に紐づける
また、SOBと並行して、プロダクトの提供価格も見直しました。リリース当初は月数万円のワンプライスだったのですが、ほぼ決め打ちで「価格を2倍にしよう」という意思決定をしたんです(笑)。
というのも、よくSaaSのプライシングで「死の谷」といわれる話がありまして。
これは、年間契約金額が50万〜360万のプロダクトは、参入障壁が低いため価格競争に陥りやすく、かつ顧客内での優先順位が低いため解約されやすい。いわゆるデッドゾーンなのですが、Letroはまさにここに当てはまっていたと。
そこから脱却するため、まず価格を2倍に上げると決めて、それでも顧客が解決したいと思う課題ってなんだろう、という視点からプロダクトの提供価値を考えていきましたね。
この価格設定で重要なのが、SOBのターゲットごとに、複数のプライスラインを用意するということです。
例えば、ミニマムプランである「サイト内活用」では、LP上に掲載する顧客の声の作成コストや運用改善のコストがSOBになるので、だいたいマーケター3分の1人月分くらいの人件費になります。
次に、一段上の「広告クリエイティブ活用」になると、広告に適したクリエイティブ制作が必要になるため、代理店への委託費用や社内デザイナーのディレクションコストが上乗せされるといった形です。
このレンジは「顧客の成功」に紐づく形で設定し、ストーリーとセットにすることも重要です。結局、SaaSのプライスラインって、顧客の成功に紐づいていないとカスタマーサクセスが押し売りせざるを得なくなると思うんですね。
つまり、最も効果の出やすい自社サイト内でのUGC活用からミニマムに始めて、そこで成果の出たお客様に、パフォーマンスの良かったUGCを広告クリエイティブに活用する一段上のプランを提案する。
さらにその広告でも成果が出て、もっと踏み込んだクリエイティブ制作がしたいというニーズがあれば次のプランに上がる、といったような設計をしています。
現場のメンバーに浸透するため、プロダクトミッションを再定義
一方で、価格を上げると、やはり一時的に営業のパフォーマンスは若干下がります。
単純に計算すると、契約単価が2倍になるということは、受注数が2分の1になっても同じ成果を保てるじゃないですか。
ただ、これって営業メンバーの感覚からするとかなり不安で、新しい手法で刺しにいくよりも、とにかく動いて短期的な受注を持って帰ってきたくなるんですよね。
すると「UGCを使いましょう」という従来の営業をしてしまって、以前と何も変わらなくなってしまう。なので、この視座合わせには時間をかけましたね。
具体的には、まずプロダクトのミッションを定義して、刷新した営業資料やセールストークを現場のメンバーに落とし込んでいきました。
ミッションとして「Creative Tech」を掲げ、アドテックのクリエイティブ版をやろうというメッセージを伝えました。
ここで大切なのが、その世界観をどれだけビジュアル化してメンバーにわかりやすく伝えられるか、だと思っていて。ただ活字の資料を見せるだけでは浸透しないので、その未来にわくわくするような雰囲気をつくって、ストーリーで伝えることを意識していましたね。
そのためのオフサイト合宿を実施したりして、とにかく「ミッションをインストールする」ということを繰り返し行いました。
次に、メンバーの行動を変えていくため、広告のメッセージングや営業資料、トークスクリプトなどは、基本的に僕が刷新したものをそのまま使ってもらう方針にしました。
具体的には、以前は「UGC」を主語にした課題提起をしていましたが、変更後は「クリエイティブ」を主語に変えました。
▼変更前の営業資料(UGCでの訴求)
▼変更後の営業資料(クリエイティブでの訴求)
というのも、最初のうちは、半ば強制的に従来の手法をシャットダウンした方がいいと考えていて。
新しい手法では、顧客の潜在的な課題に対して営業しなければならないので、なかなか刺さりづらい部分もあって難しいのですが、「とりあえずこのスクリプトで売ってきてほしい」といった形でやっていました。
そうしないと、顧客の反応もわからなくなってしまうじゃないですか。もちろん僕が間違っている部分もあるので、実際のフィードバックを受けて少しずつ内容を調整していきました。
半年ほどかけて、今はみんなが同じ方向を向いた状態にまでもってこれたので、次のフェーズとしては1人ひとりがお客様の課題に対して最適な提案ができるようにしたいと考えていますね。
提供価値とプライスは上げ続ける。鳥の目と虫の目の往復が大事
こうして、SOBからプロダクトの提供価値とプライシングを見直した結果、1年でACV(年間契約金額)を2.5倍に引き上げることができました。受注の数も、値上げした直後は若干落ちたものの、その後は右肩あがりで推移しています。
いわゆる「死の谷」を脱することができたのですが、僕は極論、プライスって上がり続けることが理想だと思っていて。今も2〜3ヶ月に1度は、プライスラインを見直しています。
なぜなら、お客様のペインポイント、つまりSOBの深掘りに合わせてサービスのメニューを増やしていけば、価格を上げ続けることができると思うんです。逆に下げる場合には、SOBに合わせて切り出す、ということが大事ですね。
なので今後もより大きなSOBを捉えて、そこに対して価値提供できるプロダクトと事業づくりを、足を止めずにどんどん挑戦していきたいと考えています。
そのためには、プロダクト責任者として「鳥の目と虫の目を往復する総量」をどれだけ担保できるか、が大事だと思っていて。
つまり、マーケット全体を俯瞰的に捉えて、先進的な情報をキャッチアップする「鳥の目」も大事ですし、現場の前線にいるメンバーから顧客のペインを拾う「虫の目」も大事なんですね。
この両方を高速で行き来しつつ、顧客のペインはなにか、今のサービスはマッチしているのか、先を見据えた時にどんな提供価値を増やしていけば良いのか、を考えることが大切だと思っています。
結局、マーケティングの領域って、プロダクトだけで顧客の課題を解決するのは不可能だと思っていて。人が提供するサービス価値があって、初めて100%に近づけると思うんです。
特に、新しい市場でのサービスの提供価値の割合は「プロダクト:人=2:8」くらいだと考えています。
そこをプロダクトで仕組み化して、人が提供するリソースを減らし、また新たなサービスに投資していく。これを繰り返すことで、クリエイティブ領域の課題解決をもっと進めていきたいですね。(了)