- 株式会社HERP
- 取締役 COO
- 徳永 遼
SaaSの成否は「コンセプト」にあり!戦うフィールドを変え、MRRを4ヶ月で4倍にした方法
〜プロダクトの提供価値と市場の動向を見極め、勝てる軸にコンセプトを転換。社員主導型の採用プラットフォーム「HERP ATS」の、MRR急成長の裏側〜
プロダクト開発を行う上で、競合他社との差別化に頭を悩ませている人は多いのではないだろうか。
2017年に創業し、採用プラットフォームを開発・提供する株式会社HERPでも、先行企業のひしめく市場の中でいかに自社製品を差別化するか、という課題に直面したそうだ。
そこで、プロダクトの提供価値と市場のトレンドを検証し、自社サービスのコンセプト変更を実行。
具体的には、競合他社の多い採用管理ツール市場で、「採用業務を効率化する採用管理システム」という訴求から、「社員主導型のスクラム採用を支援する採用プラットフォーム」へとコンセプトを変更した。
そして、営業やマーケティング、カスタマーサクセスなど顧客との全てのタッチポイントにおいて新コンセプトを落とし込んだ結果、MRR(※)を4ヶ月で4倍に、NPS(※)のスコアを48ポイントまで伸ばすことに成功したそうだ。
※MRR(Monthly Recurring Revenue):月間経常収益
※NPS(Net Promoter Score):「サービスを知人にどれくらい勧めたいと思うか?」という推奨度で、ユーザーの満足度を測る手法
同社COO(最高執行責任者)である徳永 遼さんは、「SaaSプロダクトをスケールさせるには、ユーザーに対して理想的な業務像を示すことが重要」だと語る。
今回は徳永さんに「HERP ATS」のコンセプト変更と、業務への浸透プロセスの全貌について、詳しくお伺いした。
ベータ版リリース後、最初にとったNPSは「-60」という結果に
新卒で入社した会社で、UXデザインのコンサルティング業務に携わっていました。その後、大学時代から知り合いだった代表の庄田から起業するという話を聞き、創業前のHERPにジョインしました。
当時は、サービス企画から営業、採用コンサルタントまで、本当に何でもやっていましたね。この頃に、人事業務にまつわる課題を実際に経験できたことが、後にプロダクト責任者を務める上でとても役に立ったと感じています。
HERP ATSは、人事業務を効率化する採用管理システムとして、2018年1月にβ版をリリースしました。
僕自身は、2018年8月よりプロダクト開発を統括し始め、まず現状を把握するためにNPSを計測してみたんです。
すると、当時はまだユーザーの母数が今と比べてかなり少なく、参考レベルにしかならなかったものの、NPSのスコアが「-60」というかなり厳しい結果でした。
実際、社内でも「プロダクトの品質に関しては、十分とは言えない状況にある」という共通認識があって。
このまま販売していてもチャーン(解約)が起こってしまっては意味がないと思い、2018年8月から営業を一旦ストップし、サービス改善とカスタマーサクセスに組織のリソースを集中させました。
そこから年末にかけてUI/UXを中心に細かい改修を重ね、半年かけてNPSのスコアを-10くらいまで押し上げることができました。
「採用業務の効率化」軸での比較から脱するため、コンセプトを変更
事業のKPIとしては、CMRR(Committed Monthly Recurring Revenue)という指標を置きました。月間収益であるMRRとは違い、CMRRは、契約済だけれど課金が始まっていないものも含めた収益になります。
というのも、当時、資金調達を目指していたので、その時点でのMRRより、収益の見通しであるCMRRの方が重視される指標だったんですね。
そして僕のミッションとしては、資金調達を成功させるため、「CMRRを短期間で急成長させること」でした。
そのため、プロダクトの改善が落ち着いた後は、いかに事業としてグロースさせるかを考え、施策を実行していきましたね。
そこで最初に直面した壁が、競合サービスとの差別化でした。というのも、採用管理のツールって、ほぼすべてが「採用業務を効率化する」というコンセプトの中で戦っているんです。
HERP ATSは、複数の採用媒体からの情報を自動取得する、という機能面における優位性はあったのですが、他社との比較になった際に、細かい機能の有無で負けてしまうことがありました。
また当時、僕ら自身としても、業務効率化をした先に採用担当にどのような業務をしてもらうことが理想なのか? という点が不明瞭で、社内でもかなり議論を重ねていました。
一方で、既存ユーザーにはプロダクトに満足いただいている実感があったので、最初の取っ掛かりを変えれば、もっと広く売れるようになるはずだと考えたんです。
SaaSをスケールさせるためには、ユーザーに対して理想的な業務像を示して、それに合致するプロダクトを提供することが重要だという結論に至り、2019年2月に「採用業務の効率化」というプロダクトのコンセプト自体を大きく変えることを決断しました。
業界の有識者とユーザーヒアリングを通じて感じた「勝機」とは
コンセプト変更のきっかけは、NPSの質問に対して9〜10点をつけていたロイヤルユーザーの声でした。
サービス価値を感じているポイントを改めて精査すると、主要機能である採用媒体との自動連携だけでなく、Slackなどのチャットツールとの連携が気に入っている、というコメントもとても多くいただいていたんです。
さらにその理由を深掘っていくと、チャットツール上で採用情報が可視化されることで、現場の社員を巻き込みやすくなる、という点に価値を感じてくださっていることがわかりました。
加えて、現場の社員を巻き込んだ採用が今後なぜ求められるかをより深く理解するために、業界の有識者の方々にヒアリングし、最新の採用トレンドを調査しました。
その結果、リファラル採用の広がりとともに、採用活動の起点が人事から現場へと移ってきていることがわかってきて。求められるスキルが多様化する中で、職務内容や必要スキルを人事が全て把握することは難しく、採用の権限委譲が進み始めていたんですよ。
また、自社が求める人材要件について理解を深める必要があるため、過去の選考情報を共有することの重要性も高まっているのが見えていきましたね。
つまり、業界のトレンドとしても、現場のニーズとしても、全社一丸となって採用していくという機運が高まっていると。そこに僕らのプロダクトの本来の存在意義と勝機を感じました。
新コンセプトは、検証のしやすい「営業」から業務に落とし込む
これらを踏まえて、HERP ATSのコンセプトを「採用業務を効率化する採用管理システム」から「スクラム採用を支援する採用プラットフォーム」に変更しました。
スクラム採用とは、代表の庄田が名付けた社員主導型の採用手法を意味する言葉です。
このコンセプトに基づき、職種やチーム起点の採用が増えて行く中で重要になるのは「情報共有」であり、その基盤としてHERP ATSを活用していただきたい、という訴求に変えました。
また同時に、コンセプトの検討途中で、社外からのフィードバックを受けつつ、プロダクトの方向性に関する社内の認識を統一していきました。
さらに、ユーザーとの各タッチポイントにおいても新コンセプトを落とし込んでいくため、まずは工数をかけずに仮説検証のしやすい「営業」から、業務フローを変えていきました。
具体的には、営業時のヒアリング項目・トーク内容・サービス紹介資料を更新しました。以前は、日常業務の中でどこに時間がかかっているかをヒアリングして、自社の強みに落とし込むような流れで進めていたんです。
例えば「HERPを導入すると月900分、15時間削減できます。時給換算だと、いくら分の価値がありますね」といった形でクロージングしていました。
それを、まず現状の採用課題を確認する流れに切り替えました。すると「エージェント頼りになってしまっている」とか「社員経由の採用を増やしたい」というような課題が出てくるので、それらに対して今後どうしていくべきかを一緒に議論するんです。
それらを解決するには、現場を巻き込むことが必要だというところから、HERP ATSの実現したいコンセプトをお伝えした上で具体的な機能説明を行うことで、営業先での反応もよくなりました。
決裁者からしても、人事担当者が楽になるだけでなく、社員全員の採用に対する意識が上がることに価値を感じていただけたんだと思います。
こうして、競合サービスとは異なる土俵で戦うことができるようになりましたね。
スクラム採用イベントを開始し、カスタマーサクセスのKPIを変更
次に、マーケティングとカスタマーサクセスにおいても、メンバー全員で新コンセプトに基づいた施策を実行していきました。
マーケティングではランディングページの刷新やメディアでの発信内容を大きく変えたことに加えて、新たな施策として「Scrum Recruiting LABO」というイベントを始めました。
このイベントは、スクラム採用を実践されている企業2〜3社を毎回ゲストとしてお招きして、自社でどんな戦略をもって採用活動に取り組まれているかなど、リアルな現場の話を聞ける場になっています。
逆に、対象となるペルソナは以前とほぼ同じなので、Webのターゲット属性は変えずに、広告のクリエイティブのみ変更しました。
また、カスタマーサクセスについては、ウォッチする指標を変更しました。
以前は、解約防止のためにオンボーディングが重要だったので、初期設定に必要となる求人票の作成数やエージェントの招待状況など、その完了度合いをウォッチしていました。
それを現在は、スクラム採用がどれだけ浸透しているかを測るため、採用に関わる社員の割合が5割を超えている企業数を指標に置いています。
そのため、ユーザー企業での社内説明会という形で、どのような採用活動が求められるかというお話をしたり、機能面だけでなく現場の運用まで含めた設計を一緒に考えたりしています。
今後、こうしたサポートの内容をプロダクトのヒントとして、開発に反映していけるようなフローに変えていきたいと考えています。
開発からCSまで、一気通貫した組織を作りたい
こうした一連の施策を実行した結果、MRRは4ヶ月で4倍まで成長しました。
コンセプト変更以降はチャーンが起こっていないですし、NPSも参考数値ですが+48と大幅に改善しているので、取り組んでみて本当に良かったと感じています。
一方で、今後はいかにレイトマジョリティーの層までユーザーを広げていくかが挑戦だと思っています。
スクラム採用に対する理解や、企業規模の違いなどもあるので、タイミングと提供方法についてはベストなやり方を考えていきたいですね。
また組織としては、マーケティングからカスタマーサクセスまで、コンセプトに基づいた運用ができるようになってきたので、今後は開発チームも統合していきたいです。
組織の規模が拡大すると、自分の担当領域しか見えなくなってしまいがちですが、そうするとユーザーの顔が見えなくなっていくと思っていて。
理想の形としては、開発・営業・サポートを一つの人格として回せているような組織を構築していきたいですね。(了)