• 株式会社ドクターズプライム
  • 代表取締役社長
  • 田 真茂

資金調達ゼロ、事業開始1年でARR1億円。「救急医療」の市場に切り込むリーンな仮説検証

〜「正解のない適正値」を見つけるため、データと定性の両面で仮説検証を進める。確かな差分の積み上げで、事業開始1年でARR1億円突破したDr.’s Primeの軌跡〜

リソースの少ないスタートアップが、スケールする事業を生み出すには、どのように仮説検証を進めればよいのだろうか。

2017年4月に創業し、「救急車のたらい回しをなくす」というビジョンのもと、救急車を断らない医師募集サービス「Dr.’s Prime」を展開する株式会社ドクターズプライム。

▼「Dr.’s Prime」のビジネス構造

同社は、スケールする事業かどうかを判断するため、事業アイデアの「本質的な価値」のみでプロトタイプを作り、営業活動を開始。顧客が本当に必要とする機能プランと、正解のないプライシングの検証を、約2年で30回ほど繰り返したという。

その仮説検証においては、「ストーリーで語れないデータは信用しない」「精度よりも速度を重視する」「差分をもとに仮説を積み上げる」といったことを大切にしているそうだ。

今回は、同社の代表取締役社長である田 真茂さんと、共同創業者である高橋 京輔さんに、Dr.’s Primeの事業検証プロセスについて詳しくお伺いした。

退路を断たず、リーンに始める。週末起業で1年かけて検証

 僕は大学を卒業した後、聖路加国際病院の医師として3年ほど働いていました。2016年にメドレーに入社し、遠隔診療事業部の立ち上げに携わりながら、2017年4月にドクターズプライムを創業しました。

高橋 僕は、新卒でサイバーエージェントに入社し、アメリカ法人の立ち上げやゲーム開発を経験した後、メルカリに転職して米国向けアプリ開発を中心にプロダクトマネージャーを経験しました。

代表の田とは中高の同級生で、田の「医者を辞めました」というFacebook投稿を見かけて久しぶりに会ったんです。

そこで田から「救急当直の現場で、救急車が断られるという課題を解決したい」といった話を聞き、その想いに共感して、ドクターズプライムの立ち上げにジョインしました。

▼左:高橋さん、右:田さん

 2016年5月に高橋と再会してすぐ、まだ形のないサービスを当時僕が働いていた病院に提案しに行ったところ、意外にも売れたんです。そこから1年ぐらいは個人事業主として活動していました。

ある程度売上が立ってきたので、2017年4月に会社を設立し、お互いメドレーとメルカリに在籍しながら、毎朝オフィス近くのカフェで出社前にミーティングをしたり、夜や土日といった隙間時間で仕事をしていました。

約1年間、この生活を続けていたのですが、スケールする事業かどうかをリーンに検証する期間としてはめちゃくちゃ良かったなと思っていて。退路を断って起業する前に、ある程度うまくいく見込みが立ってからじゃないと、無謀すぎるかなと。

「事業として踏める」という判断ができるポイントまで、小さく検証していく堅実な姿勢を貫けたことは、創業初期において良かったですね。

スケールする仕組みをつくる前に、スケールする事業かを検証する

 救急車を断らない医師募集サービス「Dr.’s Prime」は、自分が医者時代に感じていた医療業界のペインが元になっています。

救急医療は、よく当直の医師をアルバイトとして募集していますが、その医師が救急車を断ることで患者さんを受け入れられないことがあるんですね。この救急車のたらい回しをなくすため、まず「人手の不足している救急病院に医師を紹介する」というシンプルな価値が刺さるかの検証を始めました。

高橋 当時はエンジニアもいなかったので、HTMLとCSSだけで 簡単なホームページを作成し、病院側の案件登録から医師側の応募フローまでの仕組みは、すべてGoogleフォームやGoogleスプレッドシートなどを活用しました。初期の頃は、かなりマンパワーで頑張っていましたね(笑)。

というのも、「病院に医師を紹介する」という本質的な価値を検証するための機能だけあればよくて。その紹介の手段は、例えば電話でもいいわけです。

最初にどんなにスケーラブルな仕組みを作っても、そもそも事業がスケールしないと意味がないじゃないですか。まずは事業として成立するかどうかを確かめ、そこからプロダクトの品質を高めていく方針で進めました。

この事業検証において大切なのは、実際にいま起きている行動や事象に着目することだと思っています。そうでないと、妄想のサービスで終わってしまいます。

 実際に起きている具体例を、抽象化して、具体サービスに落とすということをしていましたね。例えば、「聖路加国際病院出身の医師の方が、他の病院の医師よりも救急当直のアルバイト代が高い」という個別事象があったときに、それを「聖路加の医師だから」と解釈せずに、共通点を見つけていくんです。

すると「救急を断らない医師を採用しているから」に抽象化することができる。その上で「救急を断らない医師募集サービス」に具体化します。そういった形で、プロダクトの原型を磨いていきました。

2年で30回以上のプライシング変更。正解のない「適正価格」を探す

 この事業がスケールしそうかの判断は、プロダクトができる前に営業しに行って「売れるかどうか」を指標にしていました。ただ、それだけで事業判断できたかというと、正直不安なところはありましたね。

この転換点になったのは、2018年4月にメドレーを退職し、完全に独立した直後でした。それまでは自ら営業をして、自分と関係性のある病院が顧客になっていたのですが、当時インターン生だったメンバーが、全く関わりのない病院に営業をして売れたんです。

この出来事から、やはりここには強烈なペインがあるなと感じ、事業として踏む決意をしました。

高橋 今までにない価値を提供するプロダクトだったので、プライシングはかなり試行錯誤しましたね。約2年のうちに、30回くらいは価格を変更したと思います。

元々は採用サービスの慣習に倣って、成果報酬型のトランザクションフィーにしていたのですが、毎回の請求書発行がすごく大変で(笑)。これがきっかけとなり、2018年4月からサブスクリプションモデルに切り替えました。最初は、トランザクションフィーでの実績値をもとに月額を仮決めし、スタートしました。

田 月数万円から始めて、一番高いときは月100万円まで、毎月のようにプライシングを変更していきましたね。高ければ高いほどいいという訳ではなく、受注単価と受注顧客数の掛け合わせで最大となるポイントを見つけていく必要がありました。

Dr.’s PrimeはSaaSとマッチングビジネスの掛け合わせなので、単価を上げて病院の数を絞れば、ひとつの病院に対して医師紹介できる数が増えます。そうするとチャーンも起こりにくく収益性も高くなる、という側面があります。

実際、月100万のプランでも受注はできたのですが、ふと「売れるかどうか」だけで判断していいのだろうかと思い直して。

全国に約3,000の救急病院がある中で、価値提供できる病院が毎月数件ペースでしか増えなかったら、僕らが本当に実現したい「救急車のたらい回しをなくす」という状態に近づけられない。

また、プライシングを上げるとともに「救急隊との連携を強化する機能」や「院内体制を整えるコンサルティング機能」といった提供価値を高めるためのオプション機能も入れていたのですが、営業活動をしていく中で顧客が本質的に求めている価値は「採用」の部分だなということがわかり、機能を絞りました。

市場に広げていくスピードと、データに基づいた受注金額の最大化、そして提供機能とリソースの最適化という観点から、最終的な適正価格を設定しました。

データ精度は「50%」でいい。感覚とスピードを重視した意思決定

高橋 弊社では、データを元にした意思決定を大切にしていますが、一方でデータに頼りすぎるのは危険だと思っています。数字やファクトに対して、どういうストーリーでそうなるのかを説明できない場合、たぶん何かが欠落しているんです。

例えば、ユーザーの気持ちがこう動くからこういったアクションをする。院内の状況がこうだから、このプライシングに納得する。データの裏には、なにかしらの理由があります。

特に、僕らのような業界特化のVertical SaaSでは、そもそも顧客となるn数が少ないので、割合を出してもあまり意味がないんですよね。そのため、顧客と対面した際に得られる定性的な感覚をまずは信頼する。その上で、データやロジックをもとに意思決定をすることが大事だと思っています。

 また、物事を進めていく上では「精度」より「速度」を重視しています。データを集めすぎたり、オペレーションを整えすぎてしまうと、かえって意思決定が遅くなると思っていて。

僕らは今、右に行くべきか、左に行くべきかの判断がしたい。その意思決定には、100%の精度というよりは、50〜60%の精度で十分だったりします。早く決断して、違うとわかったらきちんと修正できればいい。

高橋 そして、仮説検証を進める上で大事なのが、差分ですね。データを元に意思決定を重ねていくと、どこかで「これ、前にもやらなかったっけ?」という場面が出てきます。

プライシングであれば、廉価で幅広く売るのか、高価で狭く売るのか、を行き来しながら試しますよね。すると、同じところをぐるぐる回っているような感覚に陥るのですが、その時に我々が気をつけているのは、同じトラックを回るのではなく「螺旋階段を上れているか」、つまり差分があるかということです。

例えば、月50万という価格があった時に、その価格って前にもやったなと。ただ価格でみると同じだけれど、機能や無料プランの有無など、なにかしらの差分があるかどうかを必ず確かめています。

やはりn数が少ないからこそ、確からしい道をいかに歩めるかが重要だと思っていて。一歩ずつ確からしさを積み上げていくためには、同じに見える意思決定の差分を常に意識して、やり方は手戻りさせながらも、ちゃんと前に進んでいるのかがすごく大事だと思います。

自治体との連携を深め、ビジョン実現に向けてスピードを加速する

 最初の1年かけてリーンに仮説検証できたからこそ、自信をもって事業を踏み出せたなと思っていて。2018年4月に完全独立してからの1年間で、ARR1億円を突破することができました。

これまでは採用に力を入れていなかったのですが、今ようやくカルチャーやバリューが固まってきて、2019年10月から正社員の採用を本格化しました。現在は、積極採用中です(笑)。

経営陣としては、現場は現場のメンバーに任せて、どうすれば非連続な成長ができるかという視点からその種まきをすることを考えていますね。

そこで足元では「救急車のたらい回しをなくす」というビジョンの実現スピードをあげるために、次の手段として自治体との連携の可能性を模索しています。

というのも、事業を展開している中で、現場の救急隊や病院、医師の方々からすごく感謝されるという実感があり、社会性が高い取り組みだからこそ、全国の自治体と連携していきたいという思いがあって。

僕らが1件ずつ病院と話していくよりも、救急搬送に課題を持っている自治体と連携することで一気に導入を進めることができるので、スピードをかなり上げられると考えています。

また長期的には、医療業界における不平等をなくしていきたいと思っています。情報の非対称性によって患者さんが理不尽な医療を受けるような世の中を、変えていきたいですね。(了)

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