- パナソニック株式会社
- 執行役員CHRO
- 三島 茂樹
人事は従業員26万人の「旅先案内人」であれ。パナソニックが描くエンプロイージャーニー
〜社内複業・社外留職・エンプロイージャーニーの可視化…。従業員の「働きがい」を向上させる挑戦を続ける、パナソニックの取り組みを紹介〜
日本を代表する電機メーカーとして、500社超のグループ会社と、およそ26万人の従業員を有するパナソニック株式会社。同社では近年、ビジネス環境の変化に伴い、1人ひとりがより「働きがい」を感じられるような組織・制度づくりに着手している。
例えば2018年からは、社内複業や社外留職といった、従業員に「挑戦する機会」を提供する仕組みを開始。特に社外留職では、同社と資本関係のないベンチャー企業等に現役の社員が出向し、大企業では得られない経験や学びを得ているという。
さらに、社内で「挑戦する個人」の視点からエンプロイージャーニーマップ(※)を可視化し、人事がその「旅先案内人」として、挑戦する過程で感じるペイン(不安や不都合、不足など)にどう寄り添っていけるかを仮説検証する取り組みもスタートした。
※従業員が入社してから退職するまでに企業の中で経験するであろう一連の出来事を、そのときの感情や思考、また人事施策とマッピングすることで体系立てる手法
同社のCHROを務める三島 茂樹さんは、「『26万人を一律管理する制度』を提供するのが人事ではない。どんなときも、社員1人ひとりと向き合うこと。そして常に新しいものを受け入れ、変革の先頭に立って会社を変えていく存在が人事でありたい」と話す。
今回は、人事としてこれまで34年のキャリアを歩まれてきた三島さんに、同社における「働きがい改革」について、また、これからの人事のあるべき姿について、詳しくお話を伺った。
「マス管理」せず1人ひとりと向き合ってこそ、人事は経営に資する
私は昭和62年に、パナソニックの前身にあたる松下電器産業に入社しました。そこから基本的には一貫して、人事の仕事をしてきています。
これまで、事業部や研究所のHRマネージャー、将来の幹部候補育成の取り組み、事業部のHRBPなど多様な経験を積んできました。そして現在はCHROとして、戦略的なタレントマネジメントや組織づくりといった、幅広い仕事に従事しています。…まあ、HRの親分みたいな感じです(笑)。
弊社のような大企業の人事というと、「企画大量生産の権化」のようなイメージもあるかと思います。制度、施策、全部ぴちっと間違いなく進めていく存在…という感じでしょうか。
しかし、人事が経営の中で役立とうとするときに、マス管理をしていては絶対にダメなんです。最も大切なことは、社員1人ひとりと向き合うこと、もうそれに尽きると私は思っています。
この考え方には、私自身のある原体験も影響しています。40歳になる手前に、社内で競合していた6個のビジネス、合計2,000名の組織を統合して、ひとつのインターナルカンパニーとして新しい成長戦略を描く…というプロジェクトを、HRBPとして牽引したんですね。
経営者と二人三脚的に、競合している組織、社員、労働組合も含めて、価値感や経営をひとつの方向に向けていく。当初は、やはり大変なコンフリクトがありました。
けれど1年、2年経つうちに、徐々に価値観が合わさってきて。結果的にパナソニックの中でも、本当に有用で高収益な事業体になっていきました。
このときに感じたのが、個人の成長やモチベーションが、結果的に組織の成長につながるということです。それを目の当たりにしたことが、私自身にとって大きな原体験になっています。
経営を成功させるにはもちろん、経営戦略や事業戦略を通じたお客様への価値提供はなくてはなりません。これは当然なのですが、それ以上に、やはり大事なのは社内で「挑戦する個人」だということを改めて実感した体験でした。
常に「個人の言い分」を確認することで、信頼関係が生まれた
当時、大切にしていたことのひとつが、常に「個人の言い分」を確認することです。「会社がこうなんだからこうやれ」というコミュニケーションではなかったんですね。
特に、各領域を牽引するリーダーとは、できるだけ直接話をしていました。まだ便利なコミュニケーションツールもない時代ですから、しょっちゅう国内外問わずに会いにいってフェイス・トゥ・フェイスで話をしていましたね。懐かしいです。
結果的に、その人たちが何をやりたいと思っているのか、逆に会社はどんなことを期待しているのか、ということを、双方向性を持ってコミュニケーションできていたと思っていて。
ときには、不満を持たれることもあったかもしれないですが(笑)。でも、少なくともそれを感じていましたので、裸の王様ではなかったと思います。結果として、「自分たちのキャリアのことは三島さんに任せる」と言ってもらえましたから。
ただ、当時は、競合している組織同士であってもいわゆる「松下イズム」をしっかり共有している仲間である、という前提がありました。ですが今は本当に社員の価値観が多様化している上に、環境変化のスピードも全然違う。
このような時代に、1人ひとりが自分の役割や期待を明確に意識しながら仕事ができるようにしていく。これそのものが、会社にとっては本当に大きな挑戦だと考えています。
「働きがい」改革を通じて、社員への「機会」を提供
例えば「働き方改革」が叫ばれ始めたときに弊社の社長と話したのは、「『働き方』ではなくて、やっぱりその大元の『働きがい』が大切なのではないか」ということです。
「働きがい」がある会社を実現するためには、「自分が挑戦し続けている限り、役立ちと成長が実感できる」ことが前提にあると思っています。私自身も、ここまでキャリアを歩めてきたのは、この会社でずっと挑戦し続けることができたからだと感じていて。
そのためには、まず個人に期待される役割や経験、スキルが明確に明示されること。そしてもう一方では、1人ひとりが心理的安全性を感じながら、自律的に、自由に仕事ができる環境を会社側が意図的に準備していること。この両方が必要です。
こうした背景からパナソニックでは、2018年から「働きがい改革」として、働く人1人ひとりがより良い働きがいを感じるための手段の制度化に着手しました。
▼「A Better Workstyle」と銘打った同社の働きがい改革の取り組み
具体的な制度は様々ですが、ひとつの特徴として、組織や職場を越境する、あるいは社外につながる「機会」を作ろうということがあります。弊社のような大きい組織はどうしても内向きになってしまいがちなので、できる限り社内外の変化、世の中の変化、環境の変化を感じる機会を設けるということですね。
そういった背景からスタートした取り組みの代表例が、「社内複業」や「社外留職」の制度です。
本来は仕組みがなくてもこうした体験を実現できることが一番良いのですが、なかなか難しいですよね。ですから、様々な形で戦略的・意図的に後押しをすることが必要になります。
社内複業は、これまで200名ほどが経験をしてきています。また社外留職では、弊社と資本関係もないようなベンチャー企業等に出向する形で、弊社の社員が活躍しています。
社外留職の経験者には、私も全員会って話をしています。彼らが何を学んでくれたのかを聞いてみると、最も大きいのが「トップの目線で、すべては自分の責任で仕事をする」ことだと感じていて。
パナソニックの中では係長くらいの役割の人が、ベンチャー企業のトップであるCEOの近くで仕事をすることで、トップの目線で仕事をするということがわかると。この感覚を社内に持ち帰って、周りに伝播、影響できたらすごいことだと思っていますね。
▼社内複業の経験者を招いて開催されたパネルイベントの様子(※2019年5月)
人事は、エンプロイージャーニーに寄り添う「旅先案内人」であれ
また、制度的なサポートに加えて、「挑戦する個人」に人事がどう寄り添っていけるかということを、エンプロイージャーニーマップという概念を通じて可視化し、瞬間瞬間の従業員体験の質を高めていくという取り組みを始めています。
エンプロイージャーニーというのは、入社して、新しい仕事や組織に馴染んで、成長して、活躍して、もしかしたら一度は社外に出て、そしてもしかしたらまたパナソニックにカムバックして…という、そういった一連の体験ですよね。
この体験のひとつひとつを、人事が「挑戦する個人」の立場からどう関わるべきかを想定しましょうということです。そして、その時々に個人が乗り越えなければならないハードル、ペインを想定して、その解決手段、あるいは環境を具体的に提供する。
こういう役立ち方を、今後はしていかなければいけないと思っています。
▼エンプロイージャーニーマップのイメージ(編集部作成、クリックして拡大)
ただ、最初はこの考え方をすごく新鮮に感じたんですよ。私の世代からすると、大企業の社員は「入社して、家族を持ち、一社の中で昇格、転勤、定年退職」というふうに生きるのが当たり前でしたから。これを「1人ひとりが違うジャーニーを歩む」という形で表現すること自体が、私にとっては本当に価値観の転換でした。
ですが、理解してみるとすごく納得できました。実際にジャーニー(旅)とキャリアや仕事には、共通したものがありますよね。すごく楽しみで、チャレンジングで、そして偶然の出会いによってさらにエキサイティングなものになっていく…。
けれど旅って、大前提として自由で、自分の意思に基づいている。本当にパーソナルな世界だからこそ、旅は楽しいんですよね。こう思ったときに、人事はその旅先案内人のような存在にならなければいけないんだと、ものすごく発見があって。
やはり私の原体験からも言えることですが、26万人を一律に人事管理するのが人事ではありませんから。
実際のエンプロイージャーニーの策定は、他社からパナソニックに加わってくれた様々な職種・経験・価値観を持っているメンバー7、8人が中心になって進めてくれています。
従業員体験の中で何がペインで、エンジョイメントで、モチベーションなのか。皆さんの個々人の経験に基づいて、マップをデザインしていってくれています。
まだ仮説の段階ではありますが、それに対して既存の制度で補えるところ・補えないところは何か? より個人のニーズを深堀りすべきところは何か? 新しいテクノロジーをどう活かしていけるか? といったことを考えながら、ひとつのシステムにしていこうとしています。
これは当然、最初から26万人の会社に一律で適用することはできないので、一部の組織でトライアル的にインプリメンテーションできないか、ということを模索しています。
CHROには様々な役割があります。しかしその中でも、やはり挑戦したい個人が思う存分に力を発揮できる環境を作り出すことが、最も基本的なチャレンジです。そのために、このエンプロイージャーニーは手段としてとても大切なものになっていくと考えています。
人事は常に変革の先頭に立ち、チャレンジをし続けていく存在
これまで何十年も人事をしてきましたが、「社員1人ひとりとどう向き合うべきか」という問いに対する答えは、毎年違う感覚なんですよね。そこに決まったプロトコルがあるわけではない。
それはやはり、ビジネスを取り巻く環境が変化しているということ。「経営の持続性」という言葉がありますが、会社の強いところ、良いところを残し続ける努力をする一方で、やはり生き残るためには変わらなければいけないことも多くあります。
人事はまさにその先頭に立って、未来志向、先取り、逆算思考で新しいものをどんどん受け入れて、会社を変えていく存在だと考えています。
例えば今の若い世代は、共感性を特に大切にしますよね。だから人事も「制度」を語るのではなく「ストーリー」を語れと言われたりするじゃないですか。私自身も、会社の意図を伝えて共感を得られるような人事にならなければと思っていて。
そのためには、コミュニケーションの達人、言い換えるとクリエイティブなスキルを持った職能の人たちとのコラボレーションが必要です。もう、「ピュアHR」だけではできないということ。私自身もITリテラシーが抜群ではありませんから、周囲のメンバーにたくさん教えてもらっています。
人事のリーダーとして、今後も新しいことへのチャレンジを続けていきたいですね。パナソニックの将来を担うという上でも、人事がどんどん挑戦し、変わっていくことが大切だと思いますから。これからもずっと、そのための種まきを続けていこうと考えています。(了)